7 呪詛返し

 片付けを終えた僕は、戻ってきた先輩とともに、彼女のアパートを辞する。

 二人になるとさっそく、彼女から聞いたことを報告した。


「誰やねん、サナって」

「大学の友達らしいですが、なーんか聞き覚えあるんですよね」

「ほう」

「そういえば、金神に祟られた家はどうでした?」

「別に何も。事故はホンマらしいけど、金神なんて誰も知らんかったで」

「え? 噂になってんじゃないんですかって、こんな短時間でどうやって調べたんです?」

「その辺のオバハンたちに聞いてん」


 なるほど、オバチャンの情報網なら間違いないだろう。


「じゃあ、祟りなんてなかったってことですか?」

本来ほんらい東西とうざいしょ南北なんぼくや」


 先輩は唐突に、金神除けの願文をそらんじた。


「ゆうたやろ。金神は悟るモンには祟らんのやて。金神の方位を侵せば祟るっちゅうても、本来この世に定まった方位なぞあれへんのや。オレが東て思うこの地点も、オレの東隣に立つオマエから見たら西やろ。わかるか?」


 ああ、なるほど、そういうことか。

 二人の間を示す先輩に、僕は頷く。


に金神がいるといっても、視点を変えれば、にもにも西にもなるから、に金神はいないことにもなるってことですね」

「せや。『あぎょうさんさぎょうご』の話と同じ。種さえわかれば、何も怖ないんや」

「あの、金神の話はわかりましたが、『あぎょうさん』って何です?」


 聞くと先輩は、わざとらしいくらい驚いた顔をした。


「えっ、知らんのかいな。ほな、『よだそう』は? 『そうぶんぜ』は?」

「知らないです」

「ウソやろって、まあってことなんやけど。そか。怪談する友達、おれへんかったんやな。可哀想に」


 ちょっと小馬鹿にしたような物言いに、さすがの僕もカチンとくる。


「所詮、先輩は先輩ですね。お経上げてるときは、本物のお坊さんみたいでちょっとカッコよかったのに」


 イヤミを込めていうと、先輩は何故か嬉しそうに笑った。


「本物ぽいてオマエが思たなら、大成功やな」

「え?」

「彼女がもう大丈夫やて、心から思てくれたらエエねん。あれはそのための儀式や。家鳴りなんて、科学的にも証明されとる現象、イチイチ怖がってたら可哀想やろ」

「だったら最初から、祟りなんてないっていえば――」

「そういうて素直に納得するか。なんぞ悪いことがあるたびに、ホンマは祟りとチャウかて気にするやろ」

「うーん……」


 それは確かにそうかもしれないが。


「ほな、行こか。サナとやらのとこに」

「えっ? 何しに?」

「アフターフォローや」


 栞さんの話では、その子は実家住まいで、それは近くにあるらしい。

 この時間なら多分家にいるだろうということだったので、さっそく聞いた住所を訪ねると、ちょうど門から誰かが出てきた。

 ゆるく波打つ栗色の髪を肩に垂らし、ネイビーのトップスに白いパンツを穿いた若い女性だ。

 まあ美人ではあるが、やや化粧の濃いその顔を見て、僕はハッとする。


「やっぱり。あの子、アイツの元カノですよ」

「はーん、なるほどのぅ。ほな、行くで」


 先輩は先に立って、彼女の元へ赴いた。


原西はらにしさんですね」


 いきなり現れた怪しい坊主に、彼女は呆然となる。

 並外れたその美貌に、圧倒されているようだ。


「実は今日、野々村栞さんに頼まれて、金神除祈願を行ったんですがね、あれ、金神の祟りでなくじゅだったんですよ。で、その出所を探ったらへ着いたんですが、何かご存知ありませんか?」

「呪詛なんて、そんなの知りません」


 そりゃそうだろう。

 僕も初耳だし、そんな気配は微塵もなかった。


「そうですか。でもまあ、呪詛返しの方、きちっとさせて戴いたので、行き場を失った呪詛は術者の元へ、何十倍にもなって返るはずですから、お友達のあなたもどうぞご安心下さい」


 そこで先輩は、にっこりと微笑む。


「そうそう。呪詛にはね、特別な修法など何も必要ないのですよ。例えば、男を寝盗られた腹いせに、相手を怖がらせて困らせようなどという悪意からの行為。それも立派な呪詛になります」


 最後の一言に、彼女の表情が変わった。


「まあ、イマドキ金神七殺をご存知の博識なあなたなら、そないなモン百も承知ですよね。ほな、ご機嫌よう」


 青ざめた彼女を残し、僕らはその場を後にした。

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