伝説
迷いの夜は払われて、いざ行動の朝が来た。
僕はずっと昔に封印していたあれを、タンスの奥底から引きずり出した。窓の外に突き出し、上下に振ってほこりを落とし、隅々まで見分する。破れや汚れはない。
灰色の
そいつをふわりと
現実へと連なる階段をひとつひとつ、踏みしめながら降りていくと、玄関には靴を履いて今にも外へ踏み出そうとしている
「遅かったね、お兄ちゃ……ん……?」
「どうしたプリズム」
「ぷり……、え? えっと、いや、そっちこそどうしたの」
「ああ、この外套か」僕は『
「そ、そう……」
晶子は顔を引きつらせて、そそくさと玄関から出ていった。
親愛なる妹の、よそよそしい態度に、僕は少しだけ悲しくなった。
リビングではいつもと同じように父が朝食を摂っている。弁当の準備を済ませた母はコーヒーを飲んでくつろいでいる。
『本日のニュースをお送りします。昨日に引き続き、貿易協定に関するニュースからです。昨夜の閣僚級会談では、各国の歩み寄りが見られるかが焦点でしたが――』
ニュースが流れている。あくびをかみ殺したときの涙のように、大した価値もなく流されていく。今日もどこかで事件が起こる。誰もそいつを顧みない。
「博人……?」
「博くん……?」
父と母がそろって目を丸くする。
ああ、やはり、
僕は返事がわりに右手で外套を跳ね上げる。バサァ、という風切り音。
「あ、ちょっと、朝ご飯は?」
「僕らは有限の糧を、あまりにも無造作にむさぼっている。だから、ときにはこんな朝があってもいいと思うんだ」
弁当はありがたく受け取って家を出る。
降り注ぐ太陽の日差しはいつもと変わらない。昨日とも、一昨日とも。
きっと何千何万――否、何億もの朝を、太陽はこうして怠けることなく演出しているのだ。途方もなく巨大な、世界という名の基幹システム。不変のシステム。
だが、そこに住まう人々は移ろいやすい。
僕は決心した。
妹の言葉を受けて、その言葉を頭の中で反響させて、そこに黒峰とエーデルワイスの言葉を投げ込んで、ごった煮にして考えた。自らのなすべきことを考えた。そして心を固めたのだ。
僕は黒にも白にも染まらない。
第三の色となって、学園を支配する。灰色の外套はその決意表明である。
世界が変質する中、どうやら僕は、さらに先のステージへと足を踏み入れてしまったらしい。それを寂しいと思うけれど、だからといって立ち止まることはできない。先に進んだ人間には、あとに続く者を導く義務があるのだ。それがひと晩じゅう悩みぬいて、僕が出した結論だった。
通学中の列車の中では、こちらへ向けられる多数の視線を意識した。やはり早すぎたのか、と自問する。しかし、ためらっている場合ではない。僕は征かねばならないのだ。
駅を出て少し行くと、学校へ向かう坂道がある。
それを一歩一歩上がっていく。
特別な人間の義務を果たすために、僕は征く。
名を残したいなんて思っちゃいない。むしろ自分のためなのかもしれない。先頭を行く者は、孤独だ。振り返るとたくさんの
僕は彼らをすくい上げる。
ともに征こうと手を取るのだ。
中二病オーバードライブ 水月康介 @whitewood
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