最終話 星のもとを歩む
「チョコがめちゃくちゃ美味しいなあ」
「だよね。でも食べ過ぎないようにしとけよ。いきなり飲んだり食べたりすると危ないらしいんだ」
僕はリュックを床において、手をついて足を延ばしていた。チョコがなくなると、コーラのペットボトルをユミに渡してゆっくりゆっくり口に含ませた。最後の一口を飲み終えると、ユミも僕と同じ姿勢になった。
「食べたらなくなっちゃった」
下をむいて、泣くふりをする。当たり前だよと、笑いながら答える。ユミも僕を見て笑った。
「くすんくすん」
「また取ってくるさ」
「次いつ食べられるかって思うと怖いな。まだ外にチョコあるかな?」
「コンビニは意外と生きてるよ。チョコとかジュースとかは当分大丈夫さ」
ユミが、ふふっとそれを聞いて笑う。
「変わったね、邦彦」
「なにが?」
「カッコよくなった。すごく」
ボッと顔が音を立てる。燃えるかと思った。
「大したことしてないよ。いろんな人に助けてもらって、なんとか来たんだよ」
「そっかあ……ね、それなに?」
ユミが筒みたいなものを指さした。リュックの底に詰めていたやつだ。
「忘れてた。じいちゃんからもらったんだよ。ユミと僕にくれるって」
「武器かな?」
「いや、だったらもと早く使えっていうと思う」
「手紙?」
「だと思うよ。がんばれとかそういうことでしょ」
筒をとめたガムテープをはがすと、その中から予想通り紙が出てきた。ユミがのぞき込んでくる。懐かしいじいちゃんの達筆だ。
「表彰状?」
「いや、なんだこれ……? 免許状。新関弓子、恋愛初段。右の者、人知を超えた脅威に耐え、その彼氏を思う心意気は顕著なものであり、
ぷぷっと、ユミが口に手をあててふきだして、それからもう一枚の紙をさっと取りあげた。
「こっちあたしが読む! 上町邦彦、恋愛初段! 右の者、人知を超えた脅威を乗り越え、その彼女を思う心意気は顕著なものであり、
「なんだよこれー?」
「いいじゃん! あたしたち恋愛有段者だよ!」
「このあと二段とかもあるのかな」
「それは下ネタ」
「なんでだよ!」
筒に免状もどきを戻して、二人で大笑いした。ユミの笑顔がかわいい。思わず立ち上がって手を取った。ユミがまっすぐ僕に目を合わせる。
「そっか。もうあたしより背が高いんだ」
ユミが背伸びした。僕は少しだけかがんでキスをした。一緒の身長だと思ってたのに、いつのまにか僕とユミは、ちょっとだけ視線を傾ける関係になっていた。
きつく抱きしめて、笑って、泣いて、もう一度笑って、もう一度泣いて、それからようやく外へ出る話を始めた。サラ姉がまだ外にいる。急がないと。
「その刀で斬って降りてくの?」
「いや、非常用のはしごがベランダにあるよね。それで降りて、馬のいるところへ行こう。道を作ってくれてるはずなんだ」
「馬?」
「うん、馬」
いろいろと説明するのに時間がかかった。死にかけが馬を怖がることや、火をどう使うか、刀でどう倒すのかなどなど。話しながら、ユーハさんにもらった茶色の紙袋も渡した。こっちには衣服やクリーム、生理用品とかが入ってるはずだ。けれどそれを開けると、ユミは突然変な顔になった。あわてて途中であったお姉さんにもらったんだよって言った。いったん納得してくれたけど、それから、その人綺麗なのって聞かれた。普通だったって答えた。ふーん、と、もう一度不愉快そうな目をされた。
「微妙にブラとパンツがエロい」
「知らないよ! 僕が選んだんじゃないって!」
「これ、なーんだ」
ユミが明るい家族計画に使われるゴムをぱしっと僕の顔に投げつける。
「邦彦先生、そういうリクエストをしたんですね」
「してないよ!」
「もー最低。ね、次はあたしに渡すもの、邦彦が選んでね」
「服なんてもうブランド物からジャージまで選び放題だよ?」
「そういうことじゃないの。邦彦が選ぶの」
なんとも言えず、ウェットティッシュを渡して反対を向いた。ユミが全身を拭いてから着替えて、ジーンズとシャツを着直した。僕はバンテージをユミの腕と首に巻いて、それから厨房の包丁を台拭きでくるんでユミのバッグに入れた。
非常階段から降りるのはそれなりに怖かったけど、待っている馬の吐息が聞こえると少し気が楽になった。ユミを前に乗せて、手綱を手に取る。サラ姉が倒した無数の死体がアスファルトを埋めていたけれど、
一つ、植えてある木に矢が刺さっていた。紙が縛り付けられている。
『邦彦へ 弓子さんといようと一人でいようと、まずは生還を喜びます。彼女がいるならお邪魔ですし、一人なら自立を妨げるかと存じますゆえ、今宵はこれにて失礼。わたくしは亡者のうごめくところへ、地獄を終わらせに参ります。また生きて会える日が来ることを衷心から祈ります。 須藤更紗』
「流鏑馬のお姉さんから?」
「うん、サラ姉。毛筆かな。筆ペンか。じいちゃんよりずっと手紙らしいな」
「邦彦の従姉妹って動画でしか見たことないや。会いたかったな」
「会えるさ」
「そうかな」
「そうさ」
「ね、邦彦」
「ん?」
「二人っきりだね」
「そうだな」
「邦彦」
「なに?」
「大好き」
「うん」
短く答えて、それからもう一言。
「大好きだよ、ユミ」
二人で馬を降りて、大きな道路の真ん中に立つ。日食が終わって丸い形を取り戻した太陽が沈んでいくけれど、暗くはない。満天の星が輝いていた。これまでのことをいたわってくれるように、優しい光が降りそそいできた。僕たちはその中を二人、蹄鉄の音を聞きながら歩いていった。
【完】
カネサダを北極星へ向けろ 梧桐 彰 @neo_logic
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