#05 Dolce.
『スウィート・ネヴァーエンドロール』
#05-00「Goodbye, The Everlasting Kaleido Girl.」
天使のコスプレをした怪盗少女とその探偵が帝都の空に舞った夜——一〇月三十一日、ハロウィンの日。
ヒョーゴ警察の総力と帝都市民の協力のおかげで、帝都への叛逆を目論んでいたコーベ・マフィアたちの計画はみごとに頓挫した。あごひげや葉巻といったマフィア上層部の大多数が捕縛され、華式綿花糖開発をはじめとした諸計画が中止を余儀なくされたという。マフィア組織の全容こそつかめないにしても、またこれが一時的なことであったとしても、その勢力を抑えることができたといえる。
そのハロウィンから二ヶ月がたった、十二月二十四日。
街はあの日よりもさらに鮮やかな光に彩られ、せわしない年末のまえのお祭り準備にいそがしい。
そんな僕たちの日々はというと……なんだかあまり変わってないように思えていた。
その日の僕とカレンは、帝都コーベのセンター街にある珈琲店・芳香堂に足を運んでいた。ここは帝都でいちばん古い珈琲店だという。こぢんまりとした店内で、優雅なBGMが流れている。ふたりの向かい合うテーブルの上には熱い珈琲のカップがふたつ。そこからゆらゆらと湯気が立ちのぼっている。
「じゃーん、見て見て!」
はしゃぐカレンに見せられたのは、とあるチケットだった。券面に書かれている文字を見て、僕も心を躍らせる。
『春日野みちる年末コンサート@大世界アイランドホール』
「すごいな、もう倍率高すぎて取れないのに」
「ちるちるがくれたの。怪盗団のみんなで遊びに来てって」
チケットは四枚あった。僕たち怪盗団全員分だ。三十重なんかはこれを渡されたら泣いてよろこぶにちがいない。が、かく言う僕もいまではすっかり彼女のファンになってしまっている。差し入れにマカロンでも持っていこう。
「年が明けたら初詣かあ〜。去田神社、混みそうなの」
「そう言ってカレンは毎年寝正月だろ」
「こ、今年はちゃんと行くのっ」
「そうだな。依奈さんにあいさつしないとね」
「うん、約束したし。あ、あと、おっまんっじゅう〜〜」
「現金なやつだな……」
僕は彼女をジト目で見据えた。
「あ、そうだ、もこちゃんからお姉さんの話聞いた?」
「うん、聞いたの。わたしたちにお礼がしたいって」
「わざわざいいのにね」
「『遊園地であんなに綿飴をごちそうになって……高かったでしょう?』って」
「え、お礼ってその部分? もこちゃんのお姉さんもたいがい変わったひとだなあ」
「どうせ梅田のお金ですから〜って丁重に断っといたの」
「やり直しだよ!」
そういえば、と僕はカレンに本題を持ちかけた。じつはカレンからとある相談を持ちかけられていたのだ。
「クリスマスプレゼントは決まった?」
「うぅ〜ん、なにがいいかなあ」
「なんでもいいんじゃねえの」
「梅田はまたそうやって適当に言って。相談してる意味ないじゃん」
「適当じゃねえよ、アリスちゃんならなんでもよろこんでくれるって言ってんだ」
「んん〜。でもぉ」
優柔不断にへなへな頭を抱えているカレンを見据えながら、僕は珈琲のカップに口をつけた。「珈琲冷めるぞ」「うう……」これでは埒が明かない。ふだんはなんでもかんでも自分の思いどおりに決めつけて突き進むくせに、実の妹がからむとこんな感じの頼りないお姉ちゃんになってしまうようだ。
「はやく決めないとクリスマス終わっちゃうぞ。アリスちゃんにプレゼント渡すんだろ?」
「そうだけど……」
カレンはほおを膨らませながら訊ねてくる。
「もし梅田がプレゼントもらうとしたら、なにがいい?」
「どうして僕が」
「いいから。たとえばの話」
僕は頭をかいて考えてみた。
「そうだなあ……なにか手づくりのものをもらったらうれしいかな。真心こもってる、って感じで」
「う、梅田……」
カレンは恥ずかしそうに顔を伏せた。それを見た僕はあの夜を思い出して、あわてて首を振った。
「い、いや、そういうつもりじゃなくて」
「真心こもってたの?」
「ま、まあ、少々」
「でもおいしくはなかったの」こいつ……。
「手づくりかあ……間に合うかなあ」
「モノにもよるんじゃね」
「チョコレートはすぐできたの?」
「うん。あの対決の時間でできたよ。湯せんして固め直しただけだけど」
「ふぅん。わかった、ありがと」
そう言うとカレンは、カップに残っていた珈琲を飲み干して席を立った。
「プレゼント決まった? なににすんの?」
すると、カレンは得意げな顔を浮かべて答えた。
「ないしょなの」
なんか腹立つな。
その日の夜、カレンは無事買い物と孤児院へのプレゼント配達を済ませたようで、僕のスマホには任務完了のメッセージが入っていた。これにて一件落着、今年もお世話になりましたそれではみなさん良いお年を……と締めくくれそうなものを、カレンがこんなことを言う。
『帝都ポートタワーに集合』
きょう? いまから? もう夜なのに? 超寒いのに? 無数の文句が頭に浮かんで、うわ〜こたつでテレビ見てえ〜とひとしきり歯噛みしたところで、断ったらあとでなにされるかわかったものではないぞと思い直し、観念した僕はポートタワーに向かった。
帝都の澄み切った寒空にそびえるタワーは、クリスマスイヴにひときわ輝きを増し、でっかいアロマキャンドルみたいにぴかぴかしている。
そして、そのてっぺんにたどり着くと、そこにはカレンがいた。
「もうっ、梅田おそい! おなか冷えたの!」
「ごめんごめん」
低頭しながらカレンに歩み寄る。
「プレゼント、どうだった? アリスちゃんよろこんでくれた?」
カレンはまた得意そうに胸を張った。
「もちろんなの。お姉ちゃんサンタさんことわたしのプレゼントを、かわいいアリスがよろこばないはずがないの」
うじうじ悩んでたのはどこのどいつだよ……。
「で? どうして僕をこんなところに呼び出したんだよ」
僕がそう言うと、カレンは急にまじめくさったような顔になった。そして、ポケットからとあるものを取り出す。カレンはそれを憎たらしそうににらみつけたあと、思い切り目をつぶりながら口に放り込んだ。
「あっ」
僕は思わず声をあげた。《
「……お姉ちゃんサンタさん」
「まあ、うん」
「——のコスプレ?」
「コスプレじゃないって言ってるの!」
カレンがまた地団駄を踏む。顔も身体つきも豊かな金髪もカレンそのままで真っ赤な衣装に着替えただけの変装をコスプレ以外になんと呼ぶのか、というかわざわざ魔法を使う必要はあったのか、はなはだ疑問だけど……しかし急にどうしたんだ?
僕が訝しげに見据えていると、カレンは視線をそらしてばつが悪そうにしながら、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。やがて僕の目の前に立つと、おもむろに右手を差し出した。
「ん、これ」
僕は黙って差し出された彼女の右手を見た。そこには白い紙に包まれた小さな箱が握られている。それは赤いリボンでラッピングされていた。
「なんだこれ」
「いいから。黙って受け取って」
わけもわからず受け取る。まじまじと見てみると、結ばれたリボンはあまり綺麗な形ではなく、素人がおざなりに結んできたみたいに見える。どうやら爆発などはしなさそうだ……が、だとしたらなんだ?
ふたたびカレンを見る。彼女はほんのり赤みの差した表情で、僕とその包みを交互に見比べた。「開けろ」というアイコンタクトらしい。僕はなかばあきらめて、その箱を開けてみた。
そこに入っていた不揃いのお菓子を見て、僕は思わず言葉をこぼす。
「……チョコレート?」
すると、カレンはまた顔を真っ赤にして言う。
「ほ、ほら、今年のバレンタインは梅田にチョコあげてなくって、今年はその、いろいろ? お世話になったし、でも来年のバレンタインには憶えてるかわからないから、きょう渡そうかなあ、なんて思ってみたりして? アリスのプレゼント買うついでなの、ついで!」
ついでに買ったにしては不細工な包装とお菓子の形だけど……と頭のなかで突っ込みを入れる。でも僕は、その言葉を飲み込んだ。そんな突っ込み、いまのカレンには言いたくなかったのだ。たったひとつの気持ちだけが、僕の口をついてあふれ出た。
「ありがとう、カレン。うれしいよ」
カレンは「えへへ」とはにかんだような笑顔を浮かべた。その赤ら顔を見つめながら、僕は怪盗・《
『カレン、梅田。聞こえるかい』
そこへ連絡が入る。三十重からだ。
「聞こえるよ。どうした?」
『新たな犯罪組織の情報を仕入れたのだ。こんどはひさびさの大物だぞ。きみたちの協力が必要だ、手伝いたまえ』
『カレン殿、またいっしょにがんばるでありますよ〜!』
「わかったの。おミソ、おハナ。すぐ行くよ」
『やった〜っ! 梅田は足手まといであります!』
「うるせえんだよ!」
僕とカレンは見合わせる。そしてしっかりとうなずきあう。
「行こう、カレン。ふたりが待ってる」
「うんっ」
そうして僕たちは、きらきらと宝石のようなきらめきを放つ、帝都の街へ駆け出した。
これからなにが起こるんだろう。
どんなことが待ってるんだろう。
僕たち西宮カレン怪盗団の向かう未来、それはだれにもわからない。
でもきっと、向かう先にある不思議な街の輝きは、僕たちの行く道を鮮やかに照らし出してくれるはずだ。
夢と、奇蹟と、魔法がきらめく、帝都コーベの街。
そう、僕たちが夢見る以上に、街は不思議でいっぱいだ。
エヴァーラスティング・カレイドガール 音海佐弥 @saya_otm
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