#04-21「僕はきみの探偵なんだから」

 ふたりはマヤ・マウンテンにある展望台・掬星台きくせいだいに降り立った。

 掬星台——星をすくう場所。

 まさにその名のとおり、夜空の星々とコーベの夜景を間近ですくい取ることができるような、コーベ屈指の展望台だ。

 僕とカレンは向かい合った。彼女の顔の輪郭は星明かりに縁取られてぼんやりと宵闇に浮かび上がっている。輝く羽根の生えたカレンは、まだもじもじと恥じらっている。

「似合ってるよ、カレン」

「ぅぅぅ……」

「天使のコスプレ」

「う、うるさいのっ! コスプレじゃない!」

 カレンはぷりぷり怒った。

「でも、よく天使なんかに変身したな」

「そ、それは……」

 彼女が口ごもる。「どうせ梅田は、天使みたいな子が好きなんでしょ? 《魔糖菓子マナドルチェ》だけじゃあ、わたしは天使になれないから」

 以前みたいに険のある態度でも、なにかをあきらめたような声色でもない。ありのままを受け入れるように、それでも前に歩み続ける決意を秘めているように、カレンの言葉は凛と澄み切っていた。

「そうだ、おミソたちはっ?」

 三十重は華式綿花糖を食べてマフィアを食い止め、飛空船に取り残されてしまっていたのだった。あんなところでくたばる器じゃないと思いながらも、僕たちは彼女の身を案じていた。僕たちを魔法で転送してくれたもこもそうだ。

 そこへ、持っていた無線受信機が電波を受信した。

『あー、梅田くん、聞こえますか?』

 御影さんからの無線だ。僕はあわてて応答する。

「聞こえますっ。御影さん、三十重ともこちゃんは無事ですかっ?」

『安心してください。ふたりの身柄は保護しました』

 御影さんの言葉のあとに、うしろからやかましい騒ぎ声が響いてきた。『カレン殿〜〜逢いたかったでありますよ〜〜っ、奏殿もカレン殿のためにがんばったであります!』『べ、べつにぼくはカレンのためにがんばったわけじゃ……花熊うるさいぞ、照れてなんかない! あ、だ、抱きつくのはやめたまえ息ができないっ!』『ちょっとあなたたちここで騒がないでいただけますっ? 西宮カレン、はやくこのやかましい連中を引き取りに来なさい! え、苑生もこ、わたくしになにか用ですの?』『……わたあめ』

 気が抜けるようなやりとりのあと、御影さんの冷静な声が聞こえた。

『誘拐されていた帝都の子供たちも全員無事です』

「よかった……」

『夙川警部の陣頭指揮のおかげです。警部はこういうとき、ほんとうに頼りになるお方です』

 僕は春日野みちるのコンサートでマフィアを制圧したときの、夙川警部の凛とした表情を思い出す。

「でも、ふだんはぽんこつお嬢様ですけどね」

『探偵風情がなにか言いましたか?』

「なんでもありません」

『そういえば、あなたたちふたりは飛空船から転送されたと聞きましたが、どちらに?』

「帝都の真上です。いやあ、参っちゃいましたよ、飛ばされた瞬間真っ逆さまに落っこちて」

『ほう』

 御影さんは興味深そうな返事を返す。『どうやって助かったのですか? 西宮カレンの魔法では空は飛べないはず。ヒョーゴ警察の航空艇も出払っていますし』

「それは……」

 僕は言いよどむ。どうやって説明すればいいんだろう、ほんとうのことなんて恥ずかしくて言えたもんじゃないし……。けれど、ヒョーゴ警察屈指の切れ者である御影さんに、隠しごとなんてはじめからできなかったのだ。

『あのときの、梅田くんのチョコレートですか』

「うぐ……」

「なになに、梅田、御影さんとなに話してるの?」

 カレンが身を乗り出して訊ねてくる。ぼくはあわてて「なんでもない、じゃあ御影さん、またあとでっ」と話を強引に切り上げた。

『ええ。梅田くん』

 すると、御影さんは無線の切り際にこう言った。

『すてきな夜ですね』

「……」

 僕が言い返す言葉を見つけられずにいるうちに、通信は途切れしまった。

「御影さん、なんだって?」

「……すてきな夜、だって」

 僕たちは宝石の輝きを放つ街を見た。ヒョーゴ警察の航空艇に囲まれた飛空船は行き場をなくし、いつのまにか高度を下げて空港に引き返していた。帝都からは大量の打ち上げ花火が上がっていて、飛空船に襲いかかっている。いまごろマフィアたちはてんてこ舞いだろう。

「行こう、カレン。みんなが待ってる」

「うん」

 僕たちはふたたび夜空に飛び立つ準備をする。するとそこへカレンが僕を呼び止めた。

「梅田。みんながわたしをあきらめないでくれて、梅田がああやってわたしを助けに来てくれて、すごく……すごく、うれしかったの。だから、その、あの」

 はにかみながら言うカレン。

「あ、ありがと」

 その言葉に、僕はこう言った。

「あたりまえだろ。僕はきみの探偵なんだから」

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