梅雨空の恋心
告井 凪
梅雨空の恋心
わたしは
窓の外は雨。喫茶店でひとり、わたし
そう、改めて。
今、わたしの心はぷかぷかゆらゆら揺れている。
「依子ってさぁ、鳥野君のこと好きでしょ?」
思い悩んだり考え込んだりするのが苦手なわたしは、友だちにそう言われて、ほんのちょっとだけ考えて、
「うん、そうだと思う」
すぐに答えを出していた。
だけどその後、どうして好きなんだろう? と、わからなくなってしまった。
好きならそれでいいじゃない。深く考えることないよ。
そう思う自分もいるけど、やっぱりきちんと答えを出したいとも思う。
正面から向き合って、しっかりと。悩むのが苦手でも、考えて答えを出したい。
だから珍しくひとりで喫茶店にやって来て、紅茶を飲みながら物思いにふけっていた。
雨は静かに降り続いている。六月、梅雨まっただ中。
このまとわりつくような細かい雨は苦手。じめじめ湿気が気持ち悪くて元気が出ない。
はっきりしない天気もイヤ。強くなったと思ったら弱くなって、止んだかなと思ったら降り出して。
ぼんやりした空模様は、まるで今のわたしの心の中みたいだった。
……やっぱり、ちゃんと考えてはっきりさせたいな。
わたしは鳥野くんのどこが好きなんだろう?
鳥野
二年に上がって同じクラスになって、席が隣りになった。
背はあんまり高くない。大人しいタイプで、人見知りなのかなぁ、わたしが話しかけるとだいたいいつもどもってしまう。初めて話した時だって、
「これからよろしくねっ、おとなりさん。あ、わたしのことわかる? 仲山依子」
「う、う、うん。……一応」
「よかった、ありがと。それでね、名前、教えてもらってもいい?」
「あぁっ、そっか。俺、鳥野」
という感じで。
今思うと、いまいち会話になってないなぁ。
ぶっきらぼうとは違うんだと思う。緊張してたのかな。あれから二ヶ月もたったのに、まだ緊張されてると思うとちょっぴり寂しいけど。
あ、でも。前よりは会話が続くようになったし、ほぐれてきてるのかも。
こないだも……。
「鳥野くん、ゴールデンウィークどこか行った?」
「ご、ごごご、ゴールデンウィーク? いや、どこにも……だいたい家にいたよ」
「そっかー。わたしはね、家族で箱根に行ってきたよ、車で。もーお父さん張り切っちゃってさぁ」
「へぇ……。いいね、家族旅行」
「毎年どこかしら行ってるんだ。でもね、今年はすっごく混んでて、渋滞もやばくって。夕方に帰れるはずが夜遅くなっちゃってね。さすがにお父さん、来年はちょっと考えさせてくれって、弱気なこと言い出しちゃったよ」
「みんな休みだから、どこも混むんだね」
「うんうん。鳥野くんは、家族旅行とか行ったりする?」
「……いや、うちは両親が仕事で忙しいから。家族旅行とかは、ぜんぜん」
「そうなんだぁ。だったらせめて、いつか友だち同士で旅行行きたいね。わたしそういうの憧れてるんだ。アルバイトしてお金をためて、好きなところに行くの。ね、どう思う?」
「うん……いいと思うよ。叶うといいね」
なんて話をしたのを思い出す。
うんうん、やっぱり普通に話せるようになってきたと思う。
鳥野くんはどんなにくだらない話でもちゃんと聞いてくれる。わたしはそれが嬉しくって、ついつい話しかけてしまう。
だから好きになったのかな?
……うーん……。
理由のひとつではあるけれど、ちょっと弱い気がする。
もっと、これだぁ! っていうのがあるはずだよ。
鳥野くん、女子の間では頼りない感じだって言われてる。
そんなことはない……こともなくって、そんなことあるんだよねぇ。
一度だけだけど、掃除当番を押しつけられてたのを見たことがある。用事があるから頼む! って、ゴリ押しされてた。押しつけた彼は、友だちとカラオケに行ったのを知ってる。そういうウソは好きじゃないなー。はっきり言って嫌いなタイプだ。
鳥野くんも断り切れなくて。だから頼りないって言われちゃうんだよね。
しょうがないから掃除を手伝ってあげようとしたら、鳥野くんに『いいよ別に』って言われた。
わたしはちょっとムッとして、無理矢理手伝った。たぶんいつもの二倍、いや三倍は頑張ったかな。
「早く終わったね~。よかったよかった」
「仲山さん……。ど、どうも……」
「んん~? そこは、ありがとう、でしょ?」
「あ、えっと……ありがとう」
そういえば!
鳥野くんは、あんまり『ありがとう』が言えない人だった。
これはよくないなーと思う。
例えば、鳥野くんが時間割を勘違いして教科書を忘れて来たことがある。
……その時も、忘れたことを誰にも言わないでオロオロしているだけで……そういうのをはっきり言わないのも、鳥野くんの悪いところだよね。
で、隣のわたしが教科書を見せてあげたんだけど、その時も掃除の時と同じやり取りをした。
言えばもちろん『ありがとう』って言ってくれるんだけど。
すぐには出てこないみたい。
わたしはむしろありがとうって言いまくる方だから、それがちょっと不思議だった。
だから、どうしてだろうって彼のことを見ていたんだけど……。
もしかしたら鳥野くん、なにかをしてもらうことに慣れていないんじゃないかな?
あんまり人に頼ろうとしない。なにもしてもらえないと思っているから、なにかあっても言い出せない。
もしそれが本当なら……寂しいな。
わたしは冷め始めた紅茶を飲んで、天井を見上げる。
あーあ……。鳥野くん、今なにしてるかな?
鳥野くんのことを考えていたら、鳥野くんに会いたくなってきた。
今日は日曜日だから、会うことはできないけど。それでも会いたい。
わたしが寂しくなっちゃったから? ううん、鳥野くんが寂しそうだからかな。
会って話をしたい。くだらない話をいーっぱい聞かせたい。
寂しくない、楽しいよって思ってもらいたい。わたしと話して元気になってもらいたい。
もちろん、鳥野くんが寂しがってるなんて、わたしの思い込みかもしれない。
でもなぁ。たった二ヶ月。されど二ヶ月。わたしは隣で彼を見てきた。
だからわかる。わたしと話す時の鳥野くんが、ちょっぴり楽しそうにしてくれていることに。
寂しそうな目をしている彼が、心から笑ってくれていることに。
おぉ? わたしってこんなに鳥野くんのこと見てたんだ? すごい。
ちゃんと考えたことはなかった。でも改めて思い返すと、しょっちゅう見ていたことに気が付いた。
あはは、友だちに『好きでしょ?』って言われちゃうわけだ。
きっと周りからはバレバレだったんだろうなぁ。
窓の外を見る。会いたい。鳥野くんここを通らないかな。
雨はまだ降ってるし、鳥野くんのことだから外に出ないよね。
どれだけ外を眺めていても、彼は通らないんだ。
やっぱりちょっと、わたしが寂しくなっちゃってる?
雨雲が空を覆っているせいで、昼過ぎなのに薄暗い。だから余計にこんな気持ちになるのかも。
わたしは鳥野くんのことが好きみたい。
それは間違いないみたいだけど、結局どうして好きになったのかはわからなかったなぁ。やっぱりわたしはあれこれ考えるのが苦手だ。
残った紅茶を飲み干して、わたしはお店を出ることにした。
「あぁ~……雨、さっきより強くなってる」
もう少し店内にいた方がよかったかな。でも弱くなるとも限らないし、このまま帰ってしまおう。わたしは意を決して傘を差す。
「……駅の方まで歩いてみようかな」
もしかしたら駅前に、なんて。そんなことを考える。
わたしは家とは逆の、駅の方へ歩き出そうとして――道の先から、誰かが走ってくるのに気が付いた。この雨の中傘も差さず、カバンを抱えて。一直線に喫茶店の軒下に駆け込んでくる。
「あれ……? 鳥野くん?」
「えっ? な、なななな、仲山さん?!」
驚いたことに、走ってきたのは鳥野くんだった。
会いたいと思っていた人が突然現れて、嬉しいはずなのにぽかんとしてしまう。心がどういう気持ちになったらいいかわからなくなってる。
「え、えっと、仲山さん、どうしてここに」
「……わたしは、お店から出てきたところだよ。それより鳥野くん、傘は?」
話しかけられて、ようやく頭が動き出す。
今日は朝からずっと雨。突然降り出したわけでもないのに、どうして鳥野くんは傘も差さずに走ってきたんだろう?
「それはその……さっきまで、本屋に行ってて」
「本屋?」
「うん。傘立てに入れておいたんだけど、そしたら……」
「もしかして盗られちゃったの?」
「間違えられたのかな。ほら、今日はずっと雨だったから」
そうだった。みんな傘を持って来ているんだから、鳥野くんの言う通り間違えられたんだろう。代わりに別の傘を……ってしないのは、さすが鳥野くん。
「自分が濡れるのは最悪いいんだけど、買った本が濡れるのは困るから、走って帰ろうとしてたんだ」
「そっかぁ。たいへんだったね」
雨はいつ止むかわからない。わたしは空を見上げようとして、自分の傘が目に入った。
「そうだ! 鳥野くん送ってあげるよ。ほら、わたしの傘入って」
「え……えええぇっ? い、いいよ、そんな」
「だって本、濡れちゃうよ? いいの?」
「うっ……よくない」
「だ~よね~。ほらほら入って入って」
「う、うん……」
半ば無理矢理傘に入れて、わたしは歩き出そうとする。
でも鳥野くんが動かなくて、振り返ると……。
「ありがとう。仲山さん」
「あっ……」
鳥野くんが、ありがとうって。
真っ先に、ありがとうって言ってくれた!
「鳥野くんっ!」
「え? うわっ、ななななな仲山さんんん??」
嬉しくって、思わず鳥野くんに抱きついていた。
鳥野くんはだんだん変わってきてる。わたしを頼ってくれるようになった。
それが嬉しい!
「あ、あの、仲山、さん、えっと」
「…………あ。ごめんごめん、ついつい」
「つ、ついって……な、なんで?」
わたしは自分のしたことに気が付いて、慌てて離れる。
嬉しいと思った時には身体が動いていた。
依子は一旦考えてから動くことを覚えた方がいいって友だちによく言われるけど、本当にその通りだ。
さすがに恥ずかしくて、鳥野くんの顔を見ることができない。
……でも、どうして鳥野くんが好きなのか、わかった気がする。
これだ! みたいな理由はなくて。
ただ、わたしほっとけないんだ。鳥野くんみたいな人。
寂しそうな鳥野くんを楽しくしてあげたい。もっといっぱい頼って欲しい。
好きになるには、それだけで十分。
「…………」
「…………」
あ、わたしが黙り込んじゃったから、鳥野くんが気まずそうにしている。
どうしよう、よくよく考えたら傘のことだっていわゆる相合い傘なんだよね。
好きな人と相合い傘なんて……これも大胆な提案だったなぁ。
でもしょうがないよね。わたしは鳥野くんがほっとけないんだから。
「ねっ、鳥野くん。このあと予定ある?」
「えっ? いや……な、ないけど」
「だったらこの喫茶店でお話ししていこうよ! ね? いいよね!」
「えぇ? それって……あ、仲山さん?! て、手をっ」
鳥野くんの手を取って、出たばかりのお店のドアを開ける。
会いたいと思っていた人に会えたんだよ? この奇跡みたいな偶然をフル活用しなきゃ。
あれこれ考えるのは、もうおしまい。
今ならはっきり答えられる。
わたしは鳥野くんのことが好きだよって。
梅雨空みたいにゆらゆら揺れていたのがウソみたいに、わたしの心は晴れ上がっていた。
梅雨空の恋心 告井 凪 @nagi_schier
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