「優しさ」という最強魔法

 実社会では、「優しい」と「頑張っている」は褒め言葉ではないことが多いようです。特筆すべき結果を出していないから「優しい」という耳あたりのいい単語で形容され、目に見える成果がないから「頑張ってはいるらしいんだけどねえ」と陰口をたたかれる。文字通りの意味に解釈して喜んだら、周囲からますます白い目で見られていたりして……。

 そんな切ない環境に甘んじたことのある身には、「魔法師」として活躍したいと願いながら肝心の「魔法力」に恵まれないアレックス君が、気になってたまりません。実際、アレックス君は、魔法学校こそ何とか卒業したものの、就職活動は当然ながら全滅。
 一度は夢を諦めた彼のところに、わずかな魔力しか必要としない「獣人専門医院のトリマー」というお仕事の話が来ます。さぞやふてくされて働き始めたのかと思いきや、彼は実に幸せそうに自分の仕事に勤しみます。自分の魔法で役に立つことがあったから。それがとても嬉しかったから。

 他の魔法師が「馬鹿にするな」と怒るような地味な仕事に誠実に取り組んでいるうちに、アレックス君はいつの間にか無敵の魔力を手にしています。それは、お客さんを幸せな気持ちにする魔法。その魔法の名前は「優しさ」です。
 強い魔法力を持つ人に、彼の魔法の価値はなかなか分からないようです。しかし、アレックス君の「優しさ」は、確かに獣人たちに幸せをもたらす強力なパワーを持っています。そして、彼の住むシャーロット・タウンでは、住人みんながこの「優しさ」の価値を知っています。だからこそ、アレックス君の魔法は多くの人に尊重され、それが彼の喜びとなって再び魔法の原動力になる。「優しさ」がうまく循環しているのです。

 リアル世界はどうでしょう。「優しさ」を価値あるものとして認めてもらうのは難しいかもしれません。せめて、誰かの「優しさ」を感じた時は心からの敬意を払いたい、そんなことを思わせてくれる、ふんわりと温かい物語です。
 トリマーのお仕事の描写がものすごくリアルな点も、物語の可愛さを倍増させています♡

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