第12話 ジャーマン家崩壊
帝国に帰還したルイを待っていたのは、驚くべき展開であった。
「軍法会議?」
ルイは耳を疑った。執事は恐縮して深々と頭を下げ、
「はい。すぐに出頭するようにとのことです」
「……」
ルイは納得が行かなかったが、いろいろ考えてみても仕方がないと判断し、その足で帝国中枢の軍本部に出向いた。彼は帝国軍が壊滅した事を知っていたが、それ以上の事は知らされていなかった。
軍は以前とはすっかり組織が変わっており、内部統制をしているのは憲兵隊ではなく親衛隊で、軍は皇帝の直轄であったはずが、宰相の指揮下に変更されていた。
「何をするつもりなのだ、影の宰相は?」
ルイは自分の処分がどのようなものなのか推察が出来たので、もはや帝国には留まれない事を悟っていた。
ルイの父フランセーズ・ド・ジャーマンは、自分の息子が軍法会議に呼び出された事を知り、愕然としていた。
「帝国の名門であるジャーマン家の跡取りが、軍法会議だと? 恥曝しもいいところだ」
フランセーズの怒りに執事達は恐れおののいた。
「ルイ・ド・ジャーマン、帝国追放。ジャーマン家はその財産を没収し、断絶とする」
軍法会議の判決は、まさしく血も涙もないものだった。
「罪状は何ですか?」
被告人席に立つルイが尋ねた。軍法会議の議員の1人が、
「ジョー・ウルフを取り逃がした罪。そして帝国存亡の危機にも関わらず、ドミニークス領に出向き、エフスタビード軍との戦いに参加しなかった罪」
「……」
判決理由は全く理由になっていなかった。ルイは判決に逆らうつもりはなかった。
( 帝国はもう終わりかも知れん。ジャーマン家が潰されてしまう以上、留まる理由も必要もあるまい )
彼は一瞬父親の事を考えたが、誰よりもプライドの高いフランセーズが、これほどの屈辱に耐え、帝国に留まる事はないだろう、と思った。
ルイは判決後、ストラッグルの免許を剥奪された。帝国から受け取ったストラッグルは破壊された事を申し出ていたので、ジョーに教えてもらった銃工で手に入れたストラッグルは没収されなかった。
「まさか、こうなる事を予測して、ジョー・ウルフは……」
いくら何でもそれは考え過ぎだ、とルイは思った。
フランセーズは、どうしても諦め切れず、帝国軍に出向き、財産の没収だけでも取り消してくれるように懇願したが、聞き入れてもらえるはずもなく、追い返された。
「この歳になって家を失うとは考えてもみなかったぞ」
と言い残し、フランセーズは帝国領から姿を消した。彼はルイにさえ行き先を告げなかった。ルイも探すつもりはなかったが。
ルイ・ド・ジャーマン追放の情報は、各反乱軍のスパイを通じて、全銀河を駆け巡った。
中でもドミニークス三世は、その情報に興味を示した。
「面白い事になって来たな。影の宰相、何を考えているのか知らんが、バカなことをしたものだ」
ドミニークス三世は側近を見て、
「すぐにルイ・ド・ジャーマンに接触するのだ。我が新共和国に引き入れるためにな」
「はっ!」
ドミニークス三世はニヤリとした。
ジャーマン邸は、跡形もなく取り壊され、瓦礫の山になっていた。そんな廃墟に、1人の女性が立っていた。長い黒髪の、痩身の美人である。軍服ではなく、帝国の官僚の制服を着ている。彼女の名はテリーザ・クサヴァー。ルイの恋人である。彼女はルイが帝国を追放された事を知り、ジャーマン家に来たのだ。
「早いわね。もうこんな状態」
栄枯盛衰が世の常なのはテリーザも理解していたが、あまりにも早い帝国の仕打ちに彼女は憤りを感じていた。
「父がもう少し理解ある人だったら……」
テリーザの父親は、枢密院の委員であり、軍法会議の構成メンバーの1人でもある。しかし彼はルイを嫌っていた。
「成り上がりのジャーマンの小倅に何が出来る!? 宇宙のクズ共を退治しているのが似合っているわ!」
それが彼のルイに対する評価だった。いくらジャーマン家が名門に名を連ねようとも、認めなかったのである。
「私にできることは只一つ。エリザベート様に会うこと」
テリーザは意を決して帝国の宮殿に行く事にした。エリザベートとは、幼い頃共に学び、遊んだ事もある友人なのだ。皇后になってからはあまり会う機会がなかったが、それでも彼女以外にすがれる人物は、テリーザには思いつかなかった。
一方エリザベートは、謁見室で親衛隊隊長であるアウス・バッフェンと会っていた。
「つまりバウエル様を暗殺したのは、ドミニークス反乱軍所属の情報部員だというのですね?」
「はい。しかしわかりませんのは、何故ここまでその男が辿り着けたのか、ということです。近衛兵や側近が見かけないはずがないのですが」
バッフェンは跪いて言った。エリザベートは顎に右手を当てて、
「それは確かに妙ですね。手引きした者でもいるのでしょうか?」
「その可能性は否定できません」
バッフェンの言葉にエリザベートは、
「すぐに調査に当たりなさい。何としても真相を究明するのです」
「はっ!」
バッフェンは最敬礼した。すると宰相が、
「そこまでわかっているのなら、宣戦致しましょう。反乱軍討伐は、帝国統治者の義務にございます」
エリザベートは宰相の大胆な提言に驚き、
「帝国内部に協力者がいる可能性があるのですよ。そちらの究明を急ぐのが最優先でしょう?」
「そちらはそちらで急がせます。帝国はドミニークス反乱軍を討つ大義を得たのです。この大義を掲げれば、ドミニークスに潰れて欲しい他の反乱軍も同調しましょう。この機会を逃すわけには参りませんぞ、皇帝陛下」
「しかしドミニークスとは同盟を結んでいます。それはどうするのです?」
「皇帝を暗殺されたのです。同盟はあちらが破棄したも同然。帝国には何も非はありません」
「でも、我が国には軍隊がありません。先の戦いで全滅してしまったではないですか……」
エリザベートの悲観的な言葉に宰相は、
「軍隊はありませんが、親衛隊、銃戦隊、秘密警察があります。これらは名前こそ違いますが、軍隊と同じです」
「いくら彼らが優秀でも、戦艦一隻ない我が国が、ドミニークス反乱軍と戦えるとは思えません」
エリザベートはそれでも消極的だった。すると宰相は、
「それならば、エフスタビード軍とドミニークス反乱軍を戦わせましょう」
「何ですって? そのようなことができるのですか?」
「できます。私にお任せ下されば、何とでも致しましょう」
エリザベートは考え込んだ。そして、
「任せましょう。双方が潰れてくれれば、帝国は安定します」
「わかりました」
宰相は答えた。そしてバッフェンに、
「作戦会議を開いて検討しろ」
「はっ」
バッフェンは再び最敬礼して謁見室を退室した。それと入れ替わりに近衛兵が入って来た。
「どうしました?」
エリザベートは椅子に座り直して尋ねた。近衛兵は敬礼して、
「はい、クサヴァー枢密院委員の娘、テリーザ・クサヴァーが参っております」
「テリーザが? まァ、懐かしい。すぐに通しなさい」
「はっ」
近衛兵が退出した後、テリーザが入って来た。
「皇帝陛下に拝謁でき、恐悦至極です」
テリーザは深々とお辞儀をした。エリザベートは微笑んで、
「堅苦しい挨拶は抜きにしましょう。久しぶりね、テリーザ」
「はい」
テリーザも微笑み返した。エリザベートは真顔になって、
「どうしたのです? 何かあったのですか?」
テリーザも真顔になり、
「実は、ルイ・ド・ジャーマンのことでお願いがあって参りました」
「ルイ・ド・ジャーマンのことで?」
エリザベートはその話を知らない。影の宰相が全て取り仕切っていたからだ。
「ルイ・ド・ジャーマンはあることが原因で軍法会議にかけられ、帝国から追放になりました」
影の宰相が説明した。テリーザは影の宰相の事を知らなかったので、どこからともなく聞こえたその声にギョッとした。エリザベートは何かを思い出したようにテリーザを見た。
「ルイは確か、貴女のフィアンセでしょう?」
「はい。でも今は、でした、です。彼から婚約解消のメールが届きましたから」
テリーザの寂しそうな笑顔を見て、エリザベートは悲しくなってしまった。
「処分に不服なのですね?」
エリザベートは慎重に言葉を選んで尋ねた。テリーザは大きく頷いて、
「はい、そうです。ですからこうして、皇帝陛下に処分の取り消しをお願いに参ったのです」
エリザベートは椅子から立ち上がってテリーザに近づき、
「あなたの気持ちはよくわかります、テリーザ。でも、いくら私でも、軍法会議の決定となると、そう簡単には覆せません」
「でも、皇帝は帝国の最高権力者ではないのですか?」
テリーザはキッとしてエリザベートを見上げた。エリザベートは苦笑いして、
「確かにそうですが、一度下された決定を誰かが不服を申し立てるたびに覆していたら、国はその機能を麻痺させてしまいます」
すると宰相の声が、
「良いではありませんか、陛下。ルイの処分を取り消しましょう」
「どうしてです、宰相?」
エリザベートには影の宰相がそんな提案をしたのが意外だった。むしろ自分がそうしようとして宰相に反対されるのではないかと思ったからだ。
「今情報部から入手したのですが、ルイ獲得のため、ドミニークス反乱軍が動き出したようです」
「何ですって?」
エリザベートはテリーザと顔を見合わせた。
「もし我々がこのままルイを放置しておくと、ルイはドミニークス反乱軍に引き込まれてしまいます」
エリザベートは考え込んだ。この機とばかりにテリーザは、
「陛下もルイの実力はご存じのはずです。ドミニークス反乱軍が彼を狙っているのなら、尚の事……」
エリザベートに詰め寄った。エリザベートは顔を上げて、
「わかりました。ルイの処分を取り消すよう、軍法会議に勧告します。但し、決定権は会議にありますよ」
「はい、陛下」
テリーザは涙を流して頷いた。
ジョーは中立領の惑星の酒場にいた。彼はバーに入り、カウンターに座った。
「何にしますか?」
バーテンが声をかけて来た。ジョーはバーテンを見上げて、
「ストレートだ。あと、軽い食事を頼む」
「はい」
バーテンはジョーの顔色が冴えないのを心配そうに見ていた。ジョーはそれに気づき、
「どうした? 品切れってワケでもねえだろ?」
「あっ、はい、只今」
バーテンは慌てて用意し始めた。ジョーは出されたグラスを手に取り、しばらく中の酒を眺めていた。
「水割りくれ」
その時、2人連れの男がジョーの隣の席に座った。そのうちの1人かが、
「それにしてもよ、あのルイ・ド・ジャーマンが帝国を追放されるとはな。おったまげたぜ。本当なのか、その話は?」
相方に尋ねた。相方はー胸を張って、
「本当さ。こんなこと嘘ついても、何も得はねえよ」
ジョーはその話に耳を傾けた。
「理由は伏せられてるらしいけど、どうもジョー・ウルフを取り逃がしたことが原因らしいぜ」
「でもなァ、あれだけ大活躍していた人間が、たった一度失敗しただけで追放って、いくら何でも酷過ぎるよな」
ジョーはグラスを煽り、軽食を受け取った。2人の話は続いた。
「バウエル皇帝は病死って話だが、それも怪しいしな。かみさんのエリザベート様が皇帝になったってことだが、あの嬢ちゃん、何もわかんねえだろ? 確か20歳になったばっかりって聞いたぜ」
バウエルの死もジョーには初耳だった。
( 帝国で何が起こっているんだ? )
「何にしても、ストラード皇帝が早く亡くなったのが、そもそも間違いだったんだよなァ」
いや、そうではなかった。ストラードの死が、全ての発端なのは事実だが、「間違い」ではなかったのだ。全ては仕組まれたものだったのである。誰が仕組んだのかは、やがてわかるだろう。
「……」
ジョーは目を伏せた。
( 帝国が狸と同盟を結んでいながら、戦争に向かおうとしているのは風の噂で聞いていたが、こいつはもっと奥深いことになりそうだな )
ルイ・ド・ジャーマンはテリーザの邸の前に来ていた。2人は入れ違っていたのだ。
「テリーザ。もう二度と会う事もあるまい。もう一度会いたかったが……」
彼はそう呟くと邸の前から去った。
「フレンチの連中が、不穏な動きをしているという報告があった。万一の事を考えて、連中との国境付近に戦力を投入し、不意打ちに備えよ」
ドミニークス三世は、銀河中に情報網を張り巡らせている。他の反乱軍の動きも全て把握しているのだ。その反乱軍の一つであるフレンチ反乱軍、通称フレンチ候国が何か始めようとしているらしいのだ。
「しかし、今は帝国とエフスタビードに対する決戦に備えて、戦力の分割は望ましくないかと思われます」
軍の幹部が提言した。するとドミニークス三世は、
「お前は私の命令をそのまま伝えれば良いのだ。いらぬ口答えをするな」
「ははっ」
軍の幹部は冷や汗をかいて頭を下げた。ドミニークス三世は、思い通りにいかないもどかしさから、かなり苛立っていた。
ルイは中立領を訪れていた。
( 私は帝国を追放されたが、ジョーの追跡は諦めん。必ず奴を倒す )
彼は再びジョーと出会った惑星に来ていた。ルイを見た者は皆振り返り、ヒソヒソと話をした。
「金はここに置くぞ」
ジョーはそう言ってカウンターを離れ、バーを出た。彼は右に歩き出した。そしてジョーが見えなくなった頃、左からルイが現れた。ルイはバーに入り、バーテンの目の前のカウンターに座った。バーテンはルイに気づいてギョッとした。
「ジョーがここに来なかったか?」
ルイは単刀直入に尋ねた。隣に座っていた男がルイに気づき、
「あ、あんた、ルイ・ド・ジャーマンさんでしょ?」
ルイはその男を睨んだ。その男はギクッとして顔を下に向けた。男の声があまりに大きかったので、バーの中にいた客達が一斉にルイを見た。ルイはそれを無視して、
「ジョーが来なかったかと聞いているんだ」
バーテンに言った。バーテンはオロオロして、
「い、いえ、あの、その……」
口籠っていたが、
「さっきまで貴方が座っているその椅子に……」
「!」
ルイはハッとした。
「どこへ行った?」
「わかりません。でもついさっきなんですよ、出て行かれたのは」
ルイの隣の男はまたびっくりしていた。
「じゃ、さっきここに座っていたのが、ジョー・ウルフだったのか! こいつは驚いたなァ」
連れの男と顔を見合わせた。
「邪魔したな」
ルイは金貨を一枚カウンターに置くと、バーを出て行った。
( 私と入れ違いだったのか。すると、こっちか? )
ルイはジョーの向かった方向に歩き出した。
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