第14話 フレンチ候国
フレンチ反乱軍は自称「フレンチ候国」で、ベスドムとビスドムの親子が統治している第二の反乱軍である。国家の中枢は、「フレンチステーション」と呼ばれる巨大な移動要塞の中にある。親子はこの中のプライベートルームにいた。
ドミニークス三世の「新共和国」に比してはるかに小さいが、軍事力では帝国に劣っていない。だからこそ今まで生き残って来られたのだ。
「ジョー・ウルフの監視は継続しろ。奴から目を離すな」
ベスドムは部下達に命令した。彼はビスドムを見た。ビスドムも父親を見て、
「ルイ・ド・ジャーマンが帝国を追放され、呼び戻されたという情報が入っています。しかしルイは戻りはしないでしょう。となると、ドミニークスの狸が、ルイ獲得を狙うは必然。それに対抗するためには、ジョー・ウルフを我が国に引き入れる必要があります」
「しかし、ジョー・ウルフは誰の命令も聞かない男と言われている。そんな奴を我が国のために動かす事が出来るのか?」
ベスドム問いかけにビスドムはニヤリとして、
「そのようなことは百も承知です。奴を我々の思い通りに動かすには、エサが必要です」
ある資料を渡した。ベスドムはそれを見て、
「カタリーナ・パンサー? 何者だ?」
「ジョー・ウルフのフィアンセだった女です。最高のエサになります」
「なるほど。釣る事は出来ようが、その後はどうするつもりだ?」
ビスドムはベスドムを見て、
「ジョー・ウルフはカタリーナ・パンサーを楯に取れば、従順になりますよ。奴にとってカタリーナは何ものにも代え難い存在なのですから」
ベスドムはそれに頷き、
「ならばジョー・ウルフをどうやって中立領から炙り出すつもりだ?」
「軽身隊を使います」
「軽身隊をか」
ビスドムとベスドムは狡猾な笑みを浮かべた。軽身隊とは何なのだろうか?
「それならば安心だな。いかなジョー・ウルフと言えども、軽身隊にはそう簡単には勝てはしない」
「そういうことです」
2人は窓の外に目をやった。
その頃ジョーは、中立領のある星系の惑星の一つに降下していた。その街はちょうど夜になっていた。
「おかしいな。街の様子が変だ……」
いつもは大勢の人々で賑わっている繁華街が、まるでゴーストタウンのように静まり返っていた。
「むっ?」
ジョーは頭上に何かを感じ、ストラッグルを構えた。
「何だ?」
人影が3つ、舞い降りて来る。後ろにも2つ、前にも2つ、影が動くのがわかった。
「フレンチの手の者か!」
ジョーはストラッグルを構えたまま、走った。後ろの影2つと上から来た影3つが、彼に襲いかかって来た。
ジョーはストラッグルを連射したが、影はそれをことごとくかわした。
「わかったぞ」
彼はその動きを見て、影達が何者なのか理解した。次の瞬間、ジョーは腹に一撃を喰らい、よろけた。影の攻撃が次々にジョーを襲う。ジョーはストラッグルを連射し、影を散らした。しかしビームは当たった様子はない。
「てめえら、軽身隊だな?」
しかし影は何も答えず、攻撃を続けた。ジョーはストラッグルをホルスターに戻し、肉弾戦に切り替えた。軽身隊と呼ばれた影達は、上から前後から同時に攻撃を仕掛けて来た。ジョーは前からのパンチをかわし、後ろのキックを避け、上から来た影を拳で殴った。
「このっ!」
ジョーの右ストレートが影の顔面に決まった。しかし叫んだのはジョーだった。
「うわっ!」
影は顔にも何か装備しており、ジョーは右手首を押さえた。
( こいつら、何か着込んでやがるな? )
ジョーはその場から駆け出した。影はまるで重力を無視するかの如く高く飛び上がりながらジョーを追いかけた。
「チィッ!」
ジョーは振り向き様にストラッグルを連射した。一瞬にして4つの影が地面に落ちた。
「あと3つか」
ジョーは飛び交う影を見上げた。ところがその影の数は、減っていなかった。
「何だと?」
ジョーは仰天した。確かにストラッグルが命中し、4人倒したはずなのに、影はまた7つになっていたのだ。
「どういうことだ?」
ジョーはすぐさまベルトのケースから特殊弾薬を取り出し、装填した。
「今度はそうはいかねえぞ」
ストラッグルがさっきとは桁違いのビームを放ち、軽身隊の1人に命中し、そのまま消滅させてしまった。戦艦をたった三発で沈める化け物のような弾薬である。いくら特別な装備をしていても、それは何の役にも立たない。ジョーは形勢を逆転させた。ストラッグルは次々に軽身隊を撃破して行った。
「立場が逆になったな!」
軽身隊は不利と悟るとサッと引いて行った。ジョーは深追いをせず、ストラッグルをホルスターに戻した。
「フレンチめ、軽身隊まで使って、俺に何の用があるんだ?」
ビスドムは軽身隊の惨敗を知って激怒していた。
「愚か者共が! ジョー・ウルフが特殊弾薬を所有している事はわかっていた事だぞ。何と間の抜けた戦い方をしたのだ!」
彼は平伏している軽身隊の隊長に怒鳴り散らした。隊長は少しだけ顔を上げて、
「申し訳ありません。しかし、搦め手の方はうまくいきそうです」
「そうか。そちらがうまくいけば、ジョー・ウルフの方も何とかなるな」
ビスドムはそう言ってニヤリとした。
カタリーナ・パンサーは、中立領の外れにある惑星にいた。彼女は賞金稼ぎをしているのだ。ここに中立領の管理者が賞金を懸けたお尋ね者がいた。彼女はそのお尋ね者を討ち取って管理者に突き出し、賞金を得た。
「私、何やってるんだろ……」
彼女は賞金を持ってあるバーに来ていた。
「その辺のゴロツキと変わらないわね」
カタリーナは自嘲気味に呟いた。
「!」
カタリーナは殺気を感じて振り向いた。しかし誰も彼女を見ていないし、近くにそれらしい人物はいなかった。
「気のせい?」
カタリーナは不思議に思いながら、
「ご馳走様」
金貨をカウンターに置き、立ち上がった。
「誰もいない……」
カタリーナはバーの外を見渡したが、怪しい者はいなかった。
「やっぱり気のせいか」
ジェット・メーカーに追い回されていたので、神経質になっているのだろう。彼女はそう考えて、歩き出した。
「はっ!」
バーの屋根の上から、黒い影が舞い降りて来た。
「何?」
カタリーナは素早くピティレスを抜き、連射した。しかし当たりはするものの、影は全く動きを止めなかった。
「そんなバカな! ピティレスの銃撃を受けつけないなんて。リフレクトスーツではなさそうね」
カタリーナはピティレスをホルスターに戻した。
( 何? どこかの暗殺団? 一体どこの? )
カタリーナはこのままでは追い込まれると判断し、走った。しかし影の方がずっと速かった。
「くっ!」
カタリーナはたちまち取り囲まれ、次の瞬間気を失っていた。
ジョーは町外れに着陸させてある小型艇に戻り、乗り込もうとした。すると小型艇の上から軽身隊員が現れ、ジョーの喉元にナイフを突きつけた。
「へへ、抜かったぜ。こんなところで待っていたとはな。用件を言え」
「フレンチ候国に一緒に来てもらおうか」
軽身隊員の言葉にジョーは笑って、
「何故だ? 俺は用はねえぞ」
「フレンチ候国は近々帝国に革命戦争を仕掛ける。その先鋒をお前に務めてもらうのだ」
「嫌だと言ったら?」
「お前とカタリーナ・パンサーの命はない」
ジョーは思わず振り向きそうになった。
( カタリーナだと? カタリーナを捕まえたって言うのか? )
「カタリーナはどうか知らねえが、俺の命はあんたと引き換えにはできねえ」
「何?」
軽身隊員はムッとした。ジョーはニヤリとして、
「フレンチのバカ親子は俺を利用したいんだろう? その俺が断ったからって、簡単に殺していいはずがねえよな」
「くっ……」
ジョーは軽身隊員の一瞬の隙を見逃さなかった。彼はナイフを弾き、振り向き様に隊員の顔面をストラッグルのグリップで殴った。
「グハッ!」
軽身隊員はそのまま後ろに倒れた。ジョーは小型艇のハッチを開いて、
「あばよ。バカ親子によろしくな」
その場を飛び去った。
「フレンチめ。カタリーナを本当に捕えたのか?」
ビスドムは、軽身隊からの報告で、ジョーがこちらに向かっている事を知った。
「やはり来るか。あいつはしつこくかまってやれば、必ず礼に来る男だ。やり易い」
ビスドムはニヤリとした。そして、その部屋の隅の椅子に縛り付けられたカタリーナを見た。
「お礼だけでなく、お前のことも気になるのだろう。カタリーナ・エルメナール・カークラインハルト」
ビスドムがそう言うと、カタリーナはキッとして、
「どうしてその名を知っているの!?」
「どうして? 調べればすぐにわかることだ」
ビスドムは哀れむような顔でカタリーナを見た。
「お前はここに来る間、ずっと眠っていた。その間に何もしなかったと思うのか?」
「えっ?」
カタリーナはギクッとした。ビスドムは高笑いをして、
「心配するな。我が軍にはそんな下衆な奴はいない。お前にしたのは、催眠尋問だ」
「催眠尋問?」
カタリーナはその言葉に、どうしてビスドムがカタリーナの本名を知っているか理解した。
「お前はいろいろと話してくれた。ジョー・ウルフと婚約していた事、ジョー・ウルフが突然それを破棄して姿を消した事、お前がジョー・ウルフを探している事。全て聞いた」
カタリーナは顔から火が出そうだった。
( 何もかも喋ってしまったっていうの……)
一方ジェット・メーカーは秘密警察の署長室に赴いていた。
「ジョーとカタリーナを尾行していた隊員10名が、フレンチの手の者に殺されました。報復措置をとらせてください」
「ダメだ」
署長は表情を変えずに言った。ジェットは机に手を置いて、
「何故です? これは明らかに帝国への挑発行為です」
「だからこそダメなのだ。フレンチ如きの挑発に、いちいち目くじら立てるな」
署長の素っ気なさにジェットは耐えかねて、
「フレンチを叩くチャンスなんです。見過ごす事は出来ません」
「そんなに戦争がしたいのか? 我が国は今大変な時期なのだぞ。無駄な戦いはできんのだ」
「……」
ジェット・メーカーは無言のまま署長室を出た。
( フレンチめ。この俺がやろうとしていたことの先を越しやがって! )
ジェットは怒りに震えて、帝国の宮殿に向かった。
「そうか、フレンチがジョー・ウルフ獲得に動き出したか」
ドミニークス三世は、情報部からの報告を受けていた。
「宣戦布告だ。フレンチ反乱軍に仕掛けるぞ」
彼はニヤリとして言った。
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