第13話 放浪のルイ・ド・ジャーマン

 ジョーは町外れの岩場の陰に小型艇を潜ませていた。

( ルイが帝国を追放されたか。帝国は何をしようとしているんだ? ルイは帝国軍が全滅した今、貴重な存在のはずだ )

 ジョーは考え事をしながら小型艇に近づいていたので、すぐそばまでルイが来ているのに気づいていなかった。

「待て、ジョー・ウルフ」

 ルイが後ろから呼び止めた。ジョーはハッとしてホルスターに手をかけ、振り返った。

「しつけえな、あんたも。そんなに俺の首が欲しいのか?」

「お前に懸けられている賞金になど興味はない。私が興味があるのは、お前自身だ」

 ルイは真顔のまま言った。ジョーはフッと笑って、

「何度やっても同じだぜ。あんたは俺には勝てない」

「お前がビリオンス・ヒューマンだからか?」

 ルイのその挑発にジョーの顔色が変わった。

「てめえ、どこでそれを?」

「ジェット・メーカーに聞いた」

「へえ。それで?」

 ジョーはホルスターから手を放した。ルイはジョーに近づきながら、

「それだけだ。それ以上は帝国のデータベースで調べようにも開示されていなかった。一つ教えてくれ。お前は何故帝国を追われた?」

 ジョーはまたフッと笑って、

「そんなことを聞いてどうする?」

「私も同じ理由で帝国を追われた気がするからさ」

「……」

 ジョーはルイがジェットと違って全く敵意を持っていない事を感じていた。

( こいつ、純粋に俺と戦いたいだけなのか? )

「ご名答だよ。あんたも俺と一緒で、やり過ぎたんだろう。目立ち過ぎると、叩かれるのさ。組織って奴は、そういうもんだ」

「お前はそれで良かったのか?」

 ルイが尋ねた。ジョーは肩を竦めて、

「俺はそもそも帝国の枠組みに合わない人間だったんだよ。何も後悔はない」

「カタリーナ・エルメナール・カークラインハルトのこともか?」

 ルイがそう言うと、またジョーはキッとした。

「何でその名前を知っている?」

「カタリーナのデータは、帝国情報部に残っていた。だから知っている。しかし、お前のデータは、枢密院の幹部クラスでないと閲覧できないようになっていた。どういうことなのだ?」

「その答えをあんたは知っているんじゃねえか」

「何?」

 ルイは禅問答のようなことをジョーに言われ、眉をひそめた。

「ストラード・マウエルは、ビリオンス・ヒューマンを帝国から排除しようとしていた。それは極秘で行われていて、数多くのビリオンス・ヒューマンが追放、あるいは殺害された。俺も殺されかけたのさ」

「何だと?」

 ルイはジョーの話にギクッとした。ジョーはルイを見て、

「あんたも多分、俺と同類。でなければ、突然帝国を追放されたりしない。あんたほどの実力を持った人間を放逐するってことは、他に理由が考えられないからな」

「しかしストラード・マウエルは死んだ。その息子バウエルもな。それでもその方針に変わりがないというのか?」

 ルイは影の宰相がストラードの遺志を継ぐ者だと悟った。ジョーは小型艇に向かい始めて、

「さァね。それは俺にはわからないし、興味もないな」

「……」

 ルイは考え込んだが、ジョーが小型艇に乗り込もうとしているのに気づき、

「待て、ジョー・ウルフ」

「何だよ?」

 ジョーは鬱陶しそうに振り向いた。

「お前はまさか、私が帝国を追われる事を見越して、この星で銃工を探せと言ったのか?」

 ルイの問いにジョーは背中を向けて、

「あんたに最初に会った時、わかったんだよ。あんたが俺と同じだってね」

「そうか」

 ルイはおかげで助かったと言いたかったが、どうしても口に出せなかった。

「ならば、いつか私はお前を超えるぞ」

 ルイはジョーの背中に言った。

「つまり、お前を必ず倒すという事だ」

「勝手にしな」

 ジョーはそう言い残して小型艇に乗り込み、飛び立った。ルイはジョーの小型艇が見えなくなるまで空を見ていた。


 カタリーナも中立領に来ていた。ジョーの行方はここでしか調べようがないと思ったのだ。

「あの星にいるかしら?」

 彼女はジョーが助けてくれたバーがあるトレトミーユ星に来ていた。

「また?」

 カタリーナは、何者かが尾行している事に気づいた。

( ジェット・メーカー? しつこいわね、あの男! )

 カタリーナは何故秘密警察の留置所を出られたのか知らなかったので、ジェットが彼女をまた追い始めたのは、執念のためとしか思っていなかった。ジェットは、ジョーばかりでなくルイを釣るためにも、カタリーナが必要だと考えているのだ。

「トレトミーユソーダのダブルをちょうだい」

 カタリーナはバーのカウンターに着くとバーテンにそう言った。バーテンはカタリーナの顔に気づき、そそくさとソーダを作り始めた。

「水割りくれ」

 カタリーナの隣に、彼女を尾行していた男の1人が座った。もう1人は入り口のそばに立っている。

「くっ!」

 カタリーナはソーダを受け取ると、いきなりその尾行者の顔にぶちまけた。

「何しやがる!」

 男がそう言った時、カタリーナのハイキックが男の顔面を襲った。

「グハァッ!」

 男は鼻血を噴き出してそのまま後ろに倒れた。相方はそれに気づき、カウンターに走った。

「ケンカなら外でやってくれ!」

 バーテンが悲痛な声で叫んだ。カタリーナはそんなことはお構いなしで、加勢に来た相方も回し蹴りで倒した。周囲にいた男達が彼女に喝采を浴びせた。カタリーナはニッコリしてそれに答え、

「ごめんなさいね。これ、騒がせたお詫びよ。みんなに奢ってあげて」

と金貨を数十枚カウンターの上に並べた。バーテンは仰天した。その店が一日貸し切りに出来るくらいの金貨の枚数だったのだ。バーの中は騒然とした。カタリーナは客達が口々に言う礼にニコニコしながら答え、

「あの2人の身ぐるみ剥がしちゃっていいわよ」

 バーを出た。

「ジョー……」

 彼女は心なしか寂しそうに呟いた。


 ルイは酒場に戻る途中で、1人の男に声をかけられた。

「何だ?」

 ルイはホルスターを探った。男は苦笑いをして、

「おっと、勘弁して下さい。私は貴方と戦うためにここに来たんじゃありません。貴方をお迎えにあがったのです」

「迎え? どういう意味だ?」

 男は身分証を提示した。それはドミニークス軍の情報部のものだった。

「新共和国は、貴方を破格の待遇でお迎えする用意があります。私と一緒にいらしていただけませんか?」

 ルイはフッと笑って、

「狸に伝えろ。この前はジョー・ウルフと一緒に殺そうとしたのに、今度はゲスト扱いかと。私はそれほどお人好しではない。無駄な労力は使わん事だとな」

「そのことはお詫び致します。帝国打倒は新共和国の悲願なのです。何とぞ、ご協力を賜りたく……」

 男がそこまで言うとルイは背を向けて、

「消えろ。私の機嫌がいいうちにな」

 歩き出した。男はニヤリとして、

「私もこれは仕事でしたね。はいそうですかと引き下がるわけにはいかんのです。また改めてお会いしましょう」

 そこから消えた。

( 狸が私に接触して来るのは薄々感じていた事だ。私が、ロボテクター隊最大の敵であるジョーを始末してくれれば、これよりいいことはないだろうからな )

 ルイはその惑星を離れ、銀河の端を目指した。彼に唯一残された財産である戦艦ジャーマンで。


 ジェット・メーカーは、またしてもカタリーナを取り逃がしたという報告を受け、激怒していた。

「何故わからんのだ。あの女は黒い女豹と言われた程の手練なのだぞ。もっと慎重に近づけと言っておいたのに、揃いも揃って愚か者共が!」

 彼は隊長席から立ち上がり、

「やはり俺が出るしかないか。今度はルイに邪魔される心配はないしな。どちらにしても、決着をつけてやる」

と呟いた。


 ジョーは中立領を離れ、無意識に航行しているうちに、フレンチ反乱軍、通称「フレンチ候国」が統治する領域に入ってしまっていた。

「畜生、ボンヤリしていたせいで……」

 彼はコンピュータの発信音にも気づかずに進んでいたのだ。

「フレンチの巡視艇か?」

 ジョーは小型艇を反転させ、中立領へと戻り始めた。しかし巡視艇は追跡をやめず、中立領にまで追いかけて来た。

「何だ? どうしてそんなに追い回すんだ?」

 ジョーは巡視艇の数が尋常でないほど増えているのに気づき、疑問に思った。


 ベスドム・フレンチとビスドム・フレンチの父子は、国境警備隊からの報告でジョーが領域に侵入した事を知り、巡視艇に追跡させていた。

「ジョー・ウルフは殺してはならんぞ。奴を生け捕りにし、帝国打倒の力とするのだ。帝国は混乱している。倒すのは今なのだ」

 ベスドムはその尖った鼻をしきりに触りながら言い、回転椅子から立ち上がった。その隣に座っているビスドムは、端正な顔立ちの美青年であるが、まるで感情がないような表情をしている。

「いえ、父上、ジョー・ウルフは殺す気で攻撃しなければ捕まえる事など出来ませんよ」

 彼は静かに言った。ベスドムはフフンと笑って、

「確かにそうだな。でなければ、とうの昔に奴は帝国かドミニークスに殺されていたな」

「そうです。奴の強さは魅力ですが、両刃の剣。使いこなせなければ、我らも帝国やドミニークスと同じ目に遭いましょう」

 ビスドムは巡視艇が次々に撃破されて行く映像を眺めながら言った。そして、

「これ以上犠牲を出す事もないでしょう。しばらく様子を見た方がよろしいかと」

「そのようだ。巡視艇を引かせよう。奴にはとてもかなわんだろう」

 ベストムはすぐに巡視艇を撤退させた。


 ジョーはようやく巡視艇が引き上げて行ったので、銃座から操縦席に戻った。

「どこに行っても手荒い歓迎だな」

 彼は苦笑した。そして、

「取り敢えずはしのいだようだな」

 針路を中立領にセットした。


 ルイはジャーマンのコンピュータに帝国からのメールが届いている事に気づいた。

「何だ?」

 彼はそのフォルダを開き、内容を確認した。

「処分を取り消す? どういうことだ?」

 それはエリザベートの名で出された勅命だった。ルイの追放は取り消され、ジャーマン家は名誉を回復するというものだった。しかしルイにはもうどうでもいいことだった。

「何を今更。軍法会議ではあれほど一方的であったのに、今になってこのようなことを言われても、何も信用できん」

 彼はテリーザの尽力でこうなったことを知らないため、何か裏があるのではないかと思っていた。

「何より、私にもプライドがある。おめおめと帝国に戻る事などできん」

 ルイはそのメールを削除してしまった。

「私に必要なのは、ジョー・ウルフを倒すだけの力。今手に入れたいのはそれだけだ」

 ジャーマンは外宇宙の闇へと消えて行った。

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