第2話 銀河系最強の男

「どこだ? どこにいるのだ?」

 メストレスは姿の見えない相手に酷く狼狽していた。

「私は決して姿は見せん。しかしお前達の動きは全て把握している」

 影の宰相と名乗る者の声が聞こえた。

「何? 我々を愚弄しているのか!? 姿を見せろ!」

 メストレスは大声で怒鳴った。しかし影の宰相はメストレスの言葉を無視して、

「バウエル皇太子殿下、貴方は皇帝になられるのです。さァ、そのことを帝国全体に伝えるのです」

 バウエルに語りかけた。バウエルはびっくりしたが、側近に促され、

「わ、わかった。後を頼む」

 医師に言うと、側近と共に部屋を出て行った。

「何ということだ!」

 ようやく冷静さを取り戻したメストレスは、

「行くぞ、エレトレス」

 部屋を出て行った。エレトレスはオロオロしながら怒りに震えている兄を追いかけた。

「私の帝国が遠のいてしまう……。そんなことは絶対にさせんぞ」

 メストレスは長い廊下を歩きながら呟いた。エレトレスはそんな兄を心配そうに見ていた。


 ルイは自分の邸に帰り着いた時、皇帝崩御の連絡を受けた。

「急だったな」

 ルイが答えると、執事は、

「噂では、毒殺とも……」

「メストレスか?」

 ルイもメストレスの狡猾さと陰険さは良く知っていた。執事は頭を下げ、

「どなたかは私の口からは」

 ルイはフッと笑って自分の部屋に向かった。

( 帝国は大変なことになりそうだな。ジョー・ウルフを探している場合ではないかも知れん )

 ルイは内乱勃発を想定していた。


 ストラード死去の情報は、1日とかからずに全銀河系に知れ渡っていた。

 情報の伝達も早かったが、それ以上に影の宰相の動きも速かった。

 まず反乱軍徹底弾圧のために秘密警察の強化を図り、ついで帝国の余分な人員を全て解雇し、逆らう者は容赦なく反逆罪で獄中に入れた。ストラードの時代には全くなかったことだった。帝国の国民は影の宰相の恐怖政治におののいた。

 マウエル家に対する憎悪を一掃するために、反皇帝派は帝国のあらゆる要職から駆逐された。もちろんメストレスも例外ではなかった。彼は弟エレトレスと共に逮捕され、辺境域にある監獄専用の惑星に幽閉されてしまった。彼らの家族は逮捕こそされなかったが、身の危険を感じ、帝国を出た。

 それほどのことが行われていた時、当の皇帝バウエルは何をしていたかと言えば、メストレスの言っていた「妃選び」をしていた。一族の遠縁から、選りすぐりの姫達が選ばれ、妃候補となった。

 帝国の国民は、この呑気な皇帝の事を知り、あちこちでデモや反乱を起こしたが、秘密警察と親衛隊が全て排除し、何人もの死傷者が出た。難民が数多く生まれ、帝国はもはや風前の灯火にも見えた。


 翌日、ルイはライセンスセンターでストラッグルを受け取っていた。

「帝国はどうなってしまうのでしょうか?」

 試験官が尋ねた。ルイはストラッグルをホルスターに入れ、

「心配するな。何も変わらんよ。影の宰相とか言う得体の知れない人物、かなりの策士だと思われる。帝国そのものを立て直すつもりなのだろう。私は、帝国よりむしろバウエル様の方が心配だ」

「はァ」

 試験官は溜息とも返答ともとれない声を出した。

( 影の宰相は私のジョー・ウルフ捜索を許可してくれた。どうもわからん。何を考えているのだ? )

 ルイは影の宰相に不安よりも恐れを感じた。


 さらに数日後。帝国の辺境域の惑星「トレトミーユ」にある酒場での出来事である。

「や、やめてくれっ!」

 店のマスターが、酔っぱらって騒ぎ立てる傭兵に叫んでいた。彼らは戦争が起こると召集される臨時の兵士で、普段は酒を飲んで騒いでいるか、女を侍らせて遊んでいるかのどちらかである。

「うるせえよ。引っ込んでろ!」

 傭兵達は、腰のホルスターに銃を下げており、それを見たマスターはすごすごとカウンターの中に引き下がった。

「どけ」

 傭兵達はテーブルを蹴倒し、客を突き飛ばしながら、カウンターの隅にいる真っ黒の軍服を着ている女のところに近づいていた。

「よう、ネエちゃん、一杯付き合わねえか?」

 傭兵の1人が女の肩に手をかけてグラスを顔の前に突き出した。するとその女はグラスを取り、中の酒をその傭兵の顔にぶちまけた。

「このォッ、女だと思って下手に出りゃァ!」

 その傭兵が殴り掛かろうとした時、女はサッとカウンターを離れ、傭兵の右腕をねじ上げた。

「下手に出てるのはこっちだよ、間抜け!」

 女は長い黒髪をバサッとかき上げ、傭兵達を見渡した。目は鋭かったが、相当な美人である。しかも動きから素人ではなく、どこかの軍人らしい。傭兵達は警戒しながらも、女にジリジリと近づいた。

「ふざけやがって!」

 すぐそばにいた傭兵が殴り掛かった。女はその傭兵に腕をねじ上げていた傭兵をぶつけた。

「うわっ!」

 2人はそのままテーブルに突っ込み、倒れてしまった。

「なかなかやるじゃねえか、ネエちゃんよ。でも強がりはそこまでだ」

 傭兵達のリーダー格の男が前に出た。女はキッとリーダーを睨んだ。

「あっ!」

 そのリーダーに気を取られた一瞬の隙を突かれ、女は後ろに回り込んだ別の傭兵に羽交い締めにされた。

「くっ!」

「随分となめた真似してくれたな。大人しくしてもらうぜ」

 リーダーの右手が女の左肩を掴んだ。

「ウウッ!」

 その握力で女の肩がギシッと音を立てた。リーダーはニヤリとして左手で女の長い髪を掴み、グッと後ろに引いた。

「ああ……」

 女の頭が大きく後ろに反った。

「そうだ、そのままおネンネさ。へへへ」

 女は必死に抵抗したが、力でかなうはずもない。彼女は息も絶え絶えになっていた。リーダーはニヤリとしてさらに左手に力を入れた。その時である。

「やめな」

 男の声がした。傭兵達は一斉に声の主の方を見た。そこには、どこの軍かもわからない軍服を着た男が立っていた。眼光は鋭く、腰のホルスターの銃は大きなものだ。しかし、身体の大きさは、傭兵達の方が勝っており、この男に女を助ける事はできないと、酒場にいた誰もが思った。

「何だ、てめえは?」

 一番下っ端の傭兵が軍服の男に言った。しかし軍服の男はそれには答えず、

「やめなと言ったのが聞こえなかったのか? それとも言葉が理解できないのか、てめえらは?」

「何だと!」

 傭兵達がササッと男を囲んだ。リーダーは女を放して軍服の男を睨み、

「どこの軍のあんちゃんか知らねえが、俺達に意見するとは大した度胸だ。命知らずも大概にしとかねえと、本当に死ぬぜ」

「俺がか?」

「他の誰だって言いてえんだよ、てめえはよォッ!?」

 リーダーは銃を抜いた。しかし彼は銃を構える事はできなかった。男の銃がリーダーの銃を弾き飛ばしていたからである。傭兵達は、その男の銃さばきと、その銃の型を見て腰を抜かしそうになった。

「ス、ストラッグル……」

 リーダーはその場に尻餅をついて呟いた。酒場全体がざわついた。ストラッグルとは一握りの人間しか所持できない銀河系最強の銃の名称だ。その破壊力は誰もが知っている程である。

「大丈夫かい、お嬢さん?」

 女は男の顔を見て驚いていた。

「ジョー……」

 女が呟いた。

「ジョー?」

 傭兵達は顔を見合わせた。

「ジョー、だって?」

 リーダーは改めて軍服の男の顔を見た。その顔は以前帝国軍の詰め所で見た事があった。莫大な懸賞金がかけられたお尋ね者のポスターだった。

「ジョーって、あのジョーか?」

 リーダーの問いかけに男はフッと笑って、

「どのジョーでもいいさ。ところでお前さん、ストラッグルスープってのを食った事はあるかい?」

 リーダーの顔は色を失っていた。

「食ってみるか?」

「や、やめてくれェ!」

 リーダーはそれだけ言うと、

「い、行くぞ」

 他の傭兵達に言い、酒場を逃げるようにして出て行った。ジョーと呼ばれた男はマスターに金貨を放り、

「騒がせたな」

 酒場を出て行ってしまった。女はしばらく呆然としていたが、ハッと我に返り、ジョーを追いかけた。

「待って、ジョー!」

 女が叫んだ。ジョーは声に反応してチラッと振り返ったが、また歩き出した。女はジョーの前に立ちふさがり、

「ジョー、忘れたの? 私よ、カタリーナよ」

 一瞬ジョーはカタリーナを見つめたが、

「カタリーナ? 知らねえな、そんな名前は」

 そう言って立ち去った。

「ジョー!」

 カタリーナはジョーを追いかけようとしたが、彼の姿は人混みに紛れてしまい、見えなくなった。

「ジョー、やっと会えたのに……」

 カタリーナはその場に座り込んでしまった。風が彼女の長い髪をなびかせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る