第9話 動き出した陰謀
ドミニークス三世は、トラッド・プレスビテリアニストがおとなしく帰ったと知り、
「それならそれで、こちらもまた次の手を打つまでだ。ムラト・タケルに連絡をとれ」
側近に言った。
「影の宰相め。一体何者なのだ? ストラード以上の切れ者が、帝国にいたというのか?」
ドミニークス三世は拳を握りしめて椅子の肘掛けを叩いた。
ルイ・ド・ジャーマンは、ジェット・メーカーがカタリーナを秘密警察に留置されていることを知った。
「ジェットめ、何が何でも私より早くジョー・ウルフを仕留めたいらしい。しかしそんな卑怯な手は使わせんぞ」
ルイは隊員を見て、
「軍を通じて秘密警察に圧力をかける。ジェットの思い通りにさせてはいけない」
「わかりました」
ルイはカタリーナを自由にして、ジョーと接触させる方が上策だと考えたのだ。
「ジョーは私が倒す。誰にも邪魔はさせん」
ルイは呟いた。
一方トラッド・プレスビテリアニストは、一旦邸に引き上げたものの、どうしてもエリザベートの事が気にかかり、宮殿に向かっていた。
「やはりあの影の宰相に丸め込まれたのかも知れん。エリザベートに直接会って確認せん事には、納得ができん」
トラッドが戻って来たのを知らされ、バウエルは椅子から立ち上がった。
「何、また来たのか?」
「はっ。如何致しましょう?」
「謁見室に通せ。すぐに行く。エリザベートにも伝えよ」
「はい」
側近が退室すると、
「皇帝陛下、エリザベート様と侯爵を会わせるのは、得策ではありませんぞ」
影の宰相の声がした。バウエルは天井を見上げて、
「何故だ?」
「実際、エリザベート様は最近の陛下の態度にご不満のご様子です。もし侯爵がエリザベート様からそのことを聞けば、マウエル家とプレスビテリアニスト家の仲は決裂してしまうでしょう」
「……」
バウエルは考え込んだ。やがて、
「しかしエリザベートもそれほど愚かではあるまい。両家の決裂は、帝国の崩壊に繋がる。それは侯爵も望んではおらんだろう」
「それならよろしゅうございますが」
バウエルは再び天井を見上げて、
「お前はいろいろと先を読み過ぎるぞ。それほど人は愚かではないと思うぞ」
「はっ」
バウエルはそのまま謁見室に向かった。
帝国軍司令長官は、ジョー・ウルフの小型艇が帝国領内にジャンピングアウトした事を知った。
「何故だ? 何をしに来た、化け物め!」
長官は、エフスタビード軍が押し寄せた時よりはるかに動揺していた。
「ルイの言った通りになったというのか。ジェット・メーカーの愚か者が、カタリーナ・パンサーを監禁し、ジョー・ウルフをおびき寄せようとしているという話は、本当なのか」
長官は部下に、
「すぐに秘密警察の署長に連絡を取れ! カタリーナ・パンサーを至急解放しろと。さもなければ、ジョー・ウルフ侵攻に対し、命がけでこれを食い止めよ、とな!」
長官は今、エフスタビード、そしてドミニークス軍に対する作戦で手一杯なのだ。ジョー・ウルフなどという、たった一人で一個大隊を上回るような邪魔者が帝国に侵入して来るのは、とてつもなく迷惑な事なのだ。
ルイはジョー・ウルフが現れた事を知り、自分で迎え撃ちたいくらいだったが、それではジェット・メーカーと同じになると思い、諦めた。
「カタリーナ・パンサーは銃戦隊が保護し、ジョー・ウルフに送り届けると軍に伝えろ。そのくらいはしてもいいだろう」
ジェット・メーカーは、軍からの圧力で、カタリーナを解放するように署長から命令が下ったのを知り、激怒していた。
( ルイの差し金だ。あのガキめ! )
いくら悔しがっても、軍司令長官からの命令では、署長もどうすることもできない。
「それにしても不甲斐ない。たかだか1人の男に軍が怯えて、逮捕した者を解放するとはな」
ジェットにできるのは、その程度の皮肉を言う事だけだった。
「ルイめ。この怨み、いつか必ず」
ジェットは歯ぎしりして悔しがった。
ジョーは帝国の国境警備軍の攻撃を撃退し、さらに帝国の内部に進んでいた。
「攻撃が手緩い。どういうことだ?」
彼は小型艇を停止させ、周囲を探った。
「むっ?」
彼は休戦信号を発しながら接近して来る一隻の小型艦に気づいた。
「どういうつもりだ? 休戦だと?」
ジョーはまさかルイが動いてカタリーナを解放し、その上で送り届けたとは夢にも思わなかった。
「当艦はカタリーナ・パンサーを搭乗させている。これから貴艦に送り届ける。攻撃はしないでほしい」
小型艦からの通信が入った。
「カタリーナを送り届ける?」
ジョーは意味が分からなかった。国境の端に侵攻しただけで、ここまで帝国が折れて来るとは、考えもしなかったのだ。
「解放するのなら、その艦を捨てて帝国へ帰れ。カタリーナにその小型艦を譲るんだ」
「わかった。貴殿には一切逆らうなと厳命を受けている。言う通りにしよう」
小型艦の乗組員達は、脱出用の小型艇に乗り込み、小型艦を離れて行った。
「ジョー、どういうつもり? 私を乗せてくれないの?」
カタリーナの声がした。ジョーは、
「俺に関わると、命を落とす。そう言ったはずだ。もう俺の事は忘れろ」
「ジョー!」
ジョーは通信を切り、小型艦から離れると、ジャンピング航法に入ってしまった。
「ジョー!」
カタリーナは答えがあるはずもないのに、何度も通信機に叫んだ。
「どうして、どうしてなの。私の事、嫌いになってしまったの?」
ジョーはカタリーナを危険な目に遭わせたくない。でもカタリーナはジョーのそばにいたい。2人の思いはすれ違っていた。
ジョーはカタリーナが無事でいてくれた事を知ってホッとしていた。
( あのままカタリーナがジェットのヤロウに連れ去られて、取り返しのつかないことになっていたら、俺はどうすればいいかわからなくなっていた)
それくらいジョーは焦っていたのだ。自分の判断ミスでカタリーナを危ない目に遭わせてしまった。「俺に関わると命を落とす」と言いながら、実際は自分がそうしてしまったのだ。
「ジェットのヤロウへの礼は後回しだ。今はもっと優先順位が上の奴がいる」
ジョーの小型艇がジャンピングアウトしたのは、ドミニークス軍の星域だった。
ドミニークス三世は、ジョーが現れた事を知らされ、仰天していた。
「ケン・ナンジョーめ、決してしくじらんと言いおって、結局はこの様か。余計な戦いを引き起こしただけだ」
ドミニークス三世がジョーを恐れるのには理由がある。
彼は帝国を追われたジョーを新共和国に招き、ロボテクター隊の隊長に任命した。ジョーは親衛隊と戦う事を条件に隊長を引き受けたのだが、ドミニークス三世はその約束を反古にして、帝国ばかりでなく、あらゆる敵と戦わせた。
ジョーはやがて戦闘を拒否し、出撃しなくなってしまった。業を煮やしたドミニークス三世は、帝国親衛隊が国境付近で戦闘中だという偽の情報をジョーに伝え、そこに出撃させた。ジョーはその戦いを終えたら、ドミニークス軍を去るつもりでいたが、国境で待っていたのは、無数の帝国軍の艦隊だった。
ジョーは騙されたのである。集中砲火の中、ジョーは随行していたロボテクター隊の艦を下がらせて、自分だけで帝国軍の旗艦に接近し、ストラッグルが装填できる弾薬で最強の弾薬を使い、旗艦を撃ち抜いて沈め、戦線を離脱、ドミニークス軍を去った。
ドミニークス三世は、ジョーがいつか復讐に来ると考え、様々な手段を講じて撃退しようとしていた。その一つがケン・ナンジョーの作戦だったのだが、ジョーを撃退するどころか、呼び込んでしまったのだ。
「ジョー・ウルフが相手では、我が軍最強のロボテクター隊も何の役にも立たん。何か手を打たんとな」
ドミニークス三世は、眉間に皺を寄せて思案した。
「仕方がない。工場を一つ犠牲にして、ジョー・ウルフを始末する。すぐに作戦に取りかからせよ」
「はっ!」
ドミニークス三世の指令を受けた側近が部屋から出て行った。
「帝国攻略で忙しい最中に、何と迷惑な奴よ。必ず仕留めねば、次は本当にこの国が危うくなる」
ドミニークス三世は、額に手を当てた。
「やはり、エリザベートに会っておこうと思いましてな。考えてみれば、もう長く顔も見ていません」
トラッドはバウエルが謁見室に現れると言った。バウエルは椅子に座ると、
「どうしてもと言うなら、会わせましょう」
まもなくエリザベートが侍女に伴われて現れた。
「お父様」
エリザベートはトラッドに会釈した。トラッドは目を細めて、
「元気だったか、エリザベート?」
「ええ、もちろんですわ」
エリザベートはバウエルの隣に座って答えた。トラッドはニッコリしてから真顔になり、
「陛下の前だからとて、遠慮する事はない。正直に申せよ。お前は今の生活に満足しているのか?」
バウエルはトラッドを睨んだ。エリザベートは謁見室まで来る道すがら、侍女達が言っていた事の意味をようやく理解した。彼女は微笑んで、
「お父様、いきなり何をおっしゃるの? そんな事を訊かれても、私、困りますわ」
「それはどういう意味だ? 口止めされているのか?」
父親の言葉にエリザベートは動揺して夫を見た。しかし夫である皇帝は、何も言ってくれない。
( どうすればいいの? )
エリザベートは途方に暮れた。
ドミニークス軍のスパイであるムラト・タケルは、密命を受けて皇帝の宮殿に向かっていた。彼は帝国情報部の所属であるから、宮殿への出入りにはそれほど困らなかった。
「もはや帝国はドミニークス軍のスパイだらけだな。全くの手つかずは、親衛隊のみか」
ムラト・タケルが言う通り、ドミニークス軍は帝国のあらゆるところにスパイを潜入させていた。情報は筒抜け。しかし、影の宰相の事だけは全くわかっていない。いくら調べても何もわからないのだ。同時に親衛隊にもスパイを送り込んでも、全てすぐに姿を消してしまう。たちどころに見抜かれ、殺されているのだ。
「この二つがクリアできない限り、帝国攻略はできないだろうな」
ムラト・タケルの偽らざる考えである。彼は昔の戦争で失った左目の眼帯を左手で触り、
「この眼の礼をストラードにしたかったがかなわなかった。その無念が今晴らせるな」
と呟くと、謁見室の扉の前に立った。
「お前には何の怨みもないが、死んでもらうぞ、バウエル」
ムラト・タケルはソッと扉を少しだけ開いた。すると中から声が聞こえて来た。
「何をおっしゃりたいのです、お父様?」
エリザベートはとうとう我慢し切れなくなって言った。トラッドは、
「お前が今の生活に不満なら、いつでも儂はお前を呼び戻すぞ」
エリザベートは困惑してバウエルを見たが、バウエルは何も答えてくれない。
「トラッド侯爵か。これは好都合だ」
ムラト・タケルはサイレンサー付きの銃を構え、バウエルに狙いを定めた。
「短い人生だったな、バウエル。ストラードに会ったら宜しく言ってくれ」
ムラト・タケルは銃を撃った。
「グハッ!」
バウエルは右胸を撃ち抜かれ、椅子から崩れ落ちた。
「陛下!」
トラッドとエリザベートは驚愕してバウエルに駆け寄った。
「任務完了だ」
ムラト・タケルは銃を扉の前に置くと、その場から立ち去った。
しばらくして謁見室に秘密警察の署長が警官隊を率いて現れた。そして、
「トラッド侯爵、皇帝陛下暗殺の現行犯で逮捕します」
トラッドはバウエルから顔を上げて署長を睨み、
「何をバカな。皇帝陛下は銃で撃たれたのだ。儂は銃など持っておらん!」
「銃は扉の外で発見しました。殺し屋を雇ったのですな」
「無礼者! 儂はそのようなことはしておらん!」
「とにかく、ご同行願います」
トラッドは抵抗したが、警官隊に押えつけられ、そのまま連行されてしまった。
「お父様!」
エリザベートがトラッドを助けようとすると、
「エリザベート様にはここに残っていただきます」
署長が言い、警官隊と共に退室した。エリザベートが泣き崩れていると、
「エリザベート様、皇帝陛下がお亡くなりになって、マウエル家は断絶してしまいました。このままでは帝国は滅んでしまいます」
影の宰相の声がした。エリザベートは涙に濡れる顔を上げて、
「このような時に、そんな話はやめて下さい」
しかし宰相は、
「このような時だからこそなのです。帝国存続のため、貴女に皇位に就いていただきたい」
「何ですって?」
エリザベートは仰天した。
「もちろん、本来であれば、貴女は皇帝暗殺の犯人の娘。国家反逆罪で死刑は免れません。しかし貴女はそれ以前に皇帝の妃。妃を法で裁く事は出来ません。ですから、皇帝に就任して、貴女の父親の罪を償って頂きたいのです」
エリザベートは宰相の話に憤然として、
「お父様が犯人だと言うの!?」
「そうです。他に誰がいるというのです?」
宰相の声は酷く冷たかった。するとその時、
「宰……相。わ……たしは……まだ……死んでは……おらん」
バウエルが息も絶え絶えの声で言った。エリザベートは泣きながらバウエルにすがりつき、
「陛下!」
「エリザベート」
バウエルはもうほとんど目が見えなくなっていたが、エリザベートの声がする方に顔を少しだけ向けて、
「私は……そなたを……愛して……いた……ぞ」
遂に絶命した。
「陛下!」
エリザベートはバウエルの血まみれの胸に顔を埋めて泣いた。
「私も陛下を愛し申し上げておりました」
エリザベートのすすり泣きが、謁見室に響いた。
メストレスは、宮殿に潜入しているスパイから、バウエル暗殺の情報を得ていた。そして犯人がムラト・タケルだということも知っていた。
「ドミニークスが何を考えているのか知らんが、帝国を倒す絶好のチャンスだ。狸の軍より早く、帝国に侵攻するぞ」
兄の言葉に、エレトレスはビクビクしていた。
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