第10話 帝国内乱

 ジョーはドミニークス軍の心臓部である「フランチェスコ星域」に近づいていた。彼は次々に襲撃して来るドミニークス軍の艦隊を撃破し、確実に中枢に迫っていた。

「狸め、何か企んでいるな。手薄になっているのが一定方向だ。誘導しているのか?」

 ジョーは罠だと悟っていたが、

「罠だからこそ、そこに隙ができる。それにこの罠の張り方は、あまりにもあからさま過ぎる」

 敢えてその罠にかかるつもりで進撃した。


「ジョー・ウルフは我が方の誘導通りの進撃をしています」

 通信が入った。ドミニークス三世は総裁の椅子に座りながら、

「奴の事だ。わかっていて罠にかかって来た可能性もある。心して取りかかれ」

「はっ!」

 ドミニークス三世はジョーがロボテクター隊を殲滅するつもりでいる事を知っていた。そして、彼がロボテクター隊のこととなると、いつもの冷徹なまでの判断力が半減する事も知っていた。その心理をうまく利用し切れなかったのが、ケン・ナンジョーの戦い方だった。

「ジョー・ウルフは、心臓が止まるまで、いや、脳波が消えるまで気を緩めてはいかん相手なのだ。それを忘れると、ケン・ナンジョーのような失敗をする」

 ドミニークス三世は元々慎重な性格だが、ジョーを相手にする時は、それがさらに強くなった。

「必ず仕留めねばならぬ。ジョー・ウルフ如きに我が野望を邪魔されるわけにはいかぬ」

 ドミニークス三世の眼は鋭さを増し、総裁室のスクリーンに映し出されているジョーの小型艇を睨んだ。


 帝国ではバウエルの死が広報された。いらぬ詮索をされないうちに、情報を開示するのが得策という影の宰相の進言で、エリザベートの名で伝えられたのだ。しかし、バウエルは病死とされ、暗殺された事は伏せられていた。

 エリザベートは型通りの戴冠式をすませて、正式に皇帝に即位した。

 女皇が即位するのは、銀河帝国では珍しい事ではない。バウエルの父であるストラードの先代は、彼の母親だったのだ。

 血筋より権力保持を優先する帝国のやり方は、過去にいくつもの王朝を誕生させた。マウエル朝が終わり、プレスビテリアニスト朝で20の王朝が成立した事になる。

 だからこそ、メストレスもバウエル暗殺を考えたのだし、ドミニークス三世も帝国乗っ取りを企てたのである。

 エリザベートは侍女達と共に皇帝の間に戻った。

「皇帝陛下、これで儀式は全て終了致しました。すぐに執務に取りかかっていただきます」

 影の宰相の声がした。エリザベートは頭痛がしそうなくらい混乱していたが、

「何から始めれば良いのですか?」

 絞り出すような声で尋ねた。すると宰相は冷たい声で、

「前皇帝陛下暗殺の首謀者の、死刑執行書にご署名下さい」

 エリザベートは真っ青になった。そこへ側近が書面を載せたトレイを運んで来た。

「さァ、皇帝陛下、ご署名を」

 影の宰相の声が皇帝の間に響いた。エリザベートは泣き出しそうだったが、ハッと思い立って、

「それでは皇帝の権限で言い渡します。トラッド・プレスビテリアニスト侯爵の罪状は不明。よって無罪。死刑執行には同意致しません」

「わかりました。皇帝陛下のお言葉は絶対です。侯爵は釈放致します」

 宰相の言葉に応じるかのように、側近はトレイを持って皇帝の間を出て行った。エリザベートはホッとして皇帝の椅子に寄りかかった。

( この椅子はつい先程までバウエル様が座っていらしたもの……。悲し過ぎるわ )

 そこへ今度は帝国軍司令長官がやって来た。

「申し上げます。エフスタビード家の大艦隊が、こちらに向かっておるとの情報が、国境警備隊から入りました」

「何ですって?」

 エリザベートは思わず椅子から立ち上がった。彼女はどうしたら良いのかわからず、天井を見た。すると影の宰相の声が、

「すぐに全軍に指令、出撃させよ。エフスタビード家を滅ぼす絶好の機会だ」

 長官はエリザベートを見た。エリザベートは頷き、

「出撃を許可します。それから、プレスビテリアニストの私軍にも出撃を要請しなさい。勅命だと伝えなさい」

「わかりました」

 長官は最敬礼して答え、退室した。エリザベートは自分の立場を少しずつ理解し、その強大な権力に身震いした。


 ジョーは罠と知りつつ、ドミニークス軍の誘導通り進撃していた。

「この先に何があろうと、全てぶっ潰すぞ。ケリをつけるぜ」

 彼は呟き、小型艇を進めた。

「あれは……」

 ジョーは前方に人工惑星があるのに気づいた。

「あの人工惑星は、見覚えがある。どういうつもりだ? 何故こいつに俺を向かわせる?」

 ジョーにはドミニークス三世の意図が読み切れなかった。その人工惑星は、紛れもなくロボテクターのリフレクトスーツを製造している工場であった。特殊な技術を要するもののため、軍の内部でもその工場の場所を知る者は少ない。ジョーは隊長をしていたので、以前の工場の位置は知っていたが、その後の場所は把握していなかった。

「それほど自信があるっていうのか、狸め」

 ジョーは意を決してその人工惑星に接近した。多少の攻撃はあったが、すぐに殲滅できた。

「この工場が罠なのか? しかし、中の反応は間違いなくリフレクトスーツの素材の金属の反応だ。何を企んでいるんだ?」

 ジョーは警戒しながら人工惑星に突入した。遠くに工場の建物が見えた。

「あの建物も見覚えがある。間違いなくリフレクトスーツの製造工場だ。何が……?」

 ジョーが小型艇を工場に接近させた時、人工惑星全体が大きな音を立てて動き出した。

「何!?」

 ジョーはコンピュータのモニターを見た。攻撃が始まるわけではないようだが、何かが起こっている。人工惑星のあちこちで熱反応が観測された。

「むっ?」

 人工惑星の中心部に何かが浮かび上がった。それはドミニークス三世の立体映像だった。

「久しぶりだな、ジョー・ウルフ。このような形で会うとは思わなかったぞ」

 ドミニークス三世はニヤリとして言った。ジョーは外部スピーカを使い、

「へっ! 俺はてめえの顔なんざ、二度と見なくてすむと思っていたぜ、狸オヤジ」

「相変わらず口の減らん奴だな。だがその憎まれ口も今日で聞き納めだと思うと、寂しくなるな」

「何?」

 ジョーは眉をひそめた。ドミニークス三世は再びニヤリとし、

「お前がいるロボテクターの工場は、確かに本物の工場だ。しかしそれはすでに廃棄が決まっている古い工場。お前の墓場用に用意させたものだ。時限爆弾を搭載してな」

「何だと?」

 ジョーはコンピュータのキーボードを叩き、付近を探った。

「無駄だ。今から脱出しようとしても、この惑星の内部は全てリフレクトスーツと同じ素材で出来ている。いくらストラッグルを撃っても、全て跳ね返す。それは自殺行為だ」

「くっ……」

 ジョーは自分があまりにも不用意だったことを思い知らされた。

「それにビームの弾薬ではなく、弾丸を使っても無駄だぞ。お前も知っていよう。ロボテクターの工場がある人工惑星は、通常のミサイルでも破壊できないことを」

 ドミニークス三世の言葉にジョーは歯ぎしりした。確かにこの人工惑星を破壊するには、熱核ミサイルを使わなければ無理だ。

「お前は、ロボテクターのことになると、いつもの恐ろしいまでの冷静さがどこかに行ってしまう。ケン・ナンジョーはそれをうまく利用し切れなかったから敗れた。しかし儂は違う。今日がお前の最後の日だ。さらばだ、ジョー・ウルフ」

 ドミニークス三世の立体映像は消えた。ジョーは人工惑星内部の組成を調べた。確かにドミニークス三世の言う通り、それはロボテクターのリフレクトスーツと同じ素材だった。

「特殊弾薬があれば、そんな素材諸共ぶち抜けるんだが……」

 彼にはその特殊弾薬、所謂「対艦用」の弾薬の在庫がなかったのだ。戦艦をたった三発で沈められる弾薬なら、リフレクトスーツの素材の反射性能など全くの無力なのだが、今はそんなことを考えても仕方なかった。


 ルイは銃戦隊本部で、カジキのアジトで入手したストラッグルの銃撃の痕を分析させていた。どれほどジョーの持つストラッグルの威力が、帝国の粗悪品と違うのか、データを取っているのだ。そこへバウエル崩御とエリザベート即位の連絡が入った。

「そうか。帝国中枢で、一体何が起こっているのだ?」

 ルイは影の宰相がどういう人物なのかはまるで興味がなかったが、帝国の行く末には関心があった。

「エフスタビードが動き出したという情報もある。ジョー・ウルフを追いかけている場合ではないかも知れんな」

 彼は隊員に、

「軍に連絡して、我々のこれからの活動予定を確認してくれ」

「はっ!」

 

 バルトロメーウス・ブラハマーナは迷っていた。ジョーが廃棄予定の人工惑星に閉じ込められ、窮地に陥っている事を知っているからだ。

 誰よりも尊敬しているジョーが危険に晒されているのに、自分は何も出来ない。助けるのは簡単だ。自分が行って、外から隔壁をぶち抜けばいい。しかしそんなことをすれば、ドミニークス軍の中枢に人質同然に住まわされている彼の家族の命がない。心優しいバルトロメーウスは本当に困っていた。


 一方当のジョーは、何か策はないかと思案中だった。

「爆弾はかなりの数仕掛けられていて、とても全てを探し出す余裕はない。どうする?」

 脱出不可能。それがジョーの思案を止めてしまいそうだった。


 メストレス率いるエフスタビードの大艦隊は、帝国の国境付近で、帝国軍とプレスビテリアニストの私軍の連合軍の艦隊と交戦していた。

「怯むな! 帝国の戦力など、たかが知れている。帝国が今までその地位を保っていられたのは、我がエフスタビード家があったからなのだということを、思い知らせてやるのだ!」

 前回の屈辱を晴らすため、メストレスは必死だった。影の宰相が何かを企んでいる事も想定し、決して深追いせず、敵を引きつけて交戦していた。


「三番、五番、十二番の各艦、脱落。我が軍の戦力はエフスタビード軍の戦力の半分以下になってしまいました!」

 帝国軍の作戦司令室で、伝令の非情な報告が入った。司令長官は、蒼ざめていた。

「ここまでやられてしまうとはな。第一級艦隊、出撃だ。私も出る」

「はっ!」

 第一級艦隊とは、以前にメストレスが言っていた、帝国軍の最終防衛ラインを護る艦隊である。それが出撃すると言う事は、帝国存亡の危機と言う事なのだ。


「帝国軍の第一級艦隊の信号を確認。急速接近中です」

 レーダー係の報告が入る。メストレスはニヤリとし、

「前回は不意を突かれて撤退したが、今度はそうはいかんぞ。返り討ちにしてやる」

と呟いた。

「第一級艦隊、我が艦隊の有効射程に入りました!」

「全艦砲撃開始!」

 エフスタビード艦隊から、無数のミサイルとビームが放たれた。帝国軍の第一級艦隊は次々に撃破され、爆発した。


「こ、こんなはずは……。どういうことだ?」

 旗艦に搭乗していた司令長官は慌てふためいた。しかし何もできなかった。まもなく彼は、炎に包まれてしまった。


「兄さん、呆気なさ過ぎるよ。何かあるんじゃないのか?」

 エレトレスが言うと、メストレスは、

「今は何があろうと、一気に押し進むのみだ」

と答えた。


 帝国軍とプレスビテリアニスト軍の連合軍は、全滅してしまった。確かにエレトレスの言う通り、あまりにも呆気ない終わり方であった。しかし、メストレスは引く事はせず、帝国中枢へと進軍した。


 ドミニークス三世は、ジョーがもうすぐ爆死すると思い、上機嫌であったが、エフスタビード艦隊が帝国・プレスビテリアニスト連合軍の艦隊を打ち破った事を知り、驚愕していた。

「メストレスめ、儂より早く動いたか」

 報告に来た側近はビクビクしながら、

「いかが致しましょう?」

「影の宰相、それほど間の抜けた戦略を立てるとは思えん。まだ終わってはいないだろう。様子を見る」

「ははっ」

 ドミニークス三世は、静観する事にした。


 銀河が大きく動こうとしていた。 

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