第11話 脱出

エフスタビードの艦隊は帝国・プレスビテリアニスト連合軍を殲滅し、帝国中枢へと進軍していた。

「罠が仕掛けられているかも知れん。徹底的に付近を調査しろ。艦隊が潜んでいて、不意打ちをかけて来るかも知れん」

 勝利に酔いしれていたメストレスだが、あまりにも進軍がスムーズにいくので、警戒し始めていた。 

「影の宰相め、何を企んでいるのだ? コンピュータで計算した結果では、帝国軍は全ての軍艦を失い、プレスビテリアニストもその私設軍を出し尽くしている。艦隊がいる可能性はほとんどゼロだ。だが、何かおかしい」

 メストレスは旗艦のブリッジにあるキャプテンシートに深く座って思案していた。傍らに立つエレトレスが、

「兄さん、ここは一旦引き上げた方がいいのではないか?」

 メストレスは、

「それも危険な気がする。このまま進むしかない。もはや我々には、退却する選択肢はないのだ」

「……」

 エレトレスは悲しそうな顔で引き下がった。メストレスは視線を前方に広がる帝国中枢に移した。


 エリザベートは失意のどん底にあった。プレスビテリアニストの私設軍が全滅し、帝国軍も艦隊を全て失ったと聞いたからだ。彼女は、エフスタビード軍がここまで来るのにあとわずかな時間しかかからないと思っていた。

「ご心配なさいますな、皇帝陛下。まだ帝国は完全に負けたわけではございません」

 影の宰相の声がした。エリザベートは呆然とした顔で天井を見上げ、

「どんな希望があると言うのです? 我が国はもう終わりです」

「帝国にはまだ、切り札がございます。エフスタビード軍は、もうすぐ敗走致します」

「敗走?」

 エリザベートには、そんな奇跡のような事が起こるとは信じられなかった。


 その頃ルイは、帝国軍からの命令で、ドミニークス軍の領域に向かっていた。

「ジョー・ウルフを捕えよという命令はありがたいが、何故影の宰相はジョー・ウルフがドミニークス軍の領域にいると知っているのだ?」

 ルイは命令を不審に思っていた。

「ドミニークス軍に打電。ジョー・ウルフ確保の旨を伝えよ」

「はっ」

 ルイは腕組みしてキャプテンシートに座った。


 ドミニークス三世は、ルイがジョーを捕縛に来ていると報告を受けた。

「ルイ・ド・ジャーマンがか」

 ドミニークス三世はフッと笑い、

「面白い事になって来たな。ルイにジョー・ウルフのいる人工惑星を教えてやれ。二人同時に始末できれば、手間が省けて良い」

「わかりました」

 通信兵は答えた。


「人工惑星の一つに閉じ込めている? どういうことだ?」

 ルイは隊員の報告に質問した。隊員は、

「どうやらドミニークス軍は、ジョー・ウルフの監禁に成功したようです。こちらでは手に負えないので、引き渡すから連行して欲しい、とのことです」

「そうか」

 ルイは妙な感覚に囚われた。

( おかしい。何かある。あの狸が、手に負えないから引き渡す、だと? 何を企んでいるのだ? )

「ドミニークス軍から、ジョー・ウルフのいる人工惑星の座標が送信されて来ました。如何致しますか?」

 ルイはほんの一瞬考え込んだが、

「そこに行ってみるしかあるまい。何かあるかも知れんが、ここでじっとしているわけにもいくまい」

「了解です」

 彼の乗艦ジャーマンは、ジョーが閉じ込められている人工惑星へと針路を取った。


 他方、バルトロメーウスも、ルイが現れた事を知っていた。

「ルイ・ド・ジャーマンか。ジョーを捕まえに来たと言うのか。これはチャンスだ」

 彼はルイにジョーを救出させる方法を思いついた。そして、

「ルイ・ド・ジャーマンに警告をする。通信を取れ」

 部下に命じた。


 ルイは人工惑星まであと数kmまで近づいた時、バルトロメーウスからの通信が入った事を知らされた。

「ロボテクター隊の隊長から通信?」

「はい。警告することがある、と言って来ています。どうしますか?」

「わかった。聞こう」

 ルイは「ロボテクター隊」という肩書きを持つ者からの通信という事が妙に引っかかった。

( この前の戦闘の時のあの判断の早さは評価できる奴だ。そいつが警告とは、何か裏があるのか? )

 通信士が機器を操作すると、バルトロメーウスの声が聞こえ始めた。

「私はロボテクター隊隊長のバロトロメーウス・ブラハマーナである。ルイ・ド・ジャーマン卿に告ぐ。ジョー・ウルフを捕獲次第、一刻も早くこの宙域を離れよ。いつまでも留まる場合は、実力を行使する」

「……」

 バルトロメーウスの「警告」は謎めいていた。ルイ達はジョーを捕まえる事が出来れば、言われるまでもなくこの場を離れるつもりでいるのに、何故わざわざそんなことを指摘して来るのか? 

( こいつ、何か私に教えたい事があるのか? だとすれば、それは一体? )

「どうされますか?」

 隊員の1人が尋ねた。ルイは考え込むのをやめ、

「無視しろ。人工惑星に入れ」

 ジャーマンは人工惑星に接近した。

「北極側から入れという通信が入りました」

「そうしてくれ」

 ジャーマンは北極側のハッチが開くのを確認し、内部に降下した。そこは二重の隔壁で守られていた。

「ここは……」

 内側の隔壁が開き、ジャーマンの行く手に工場群が見えて来た。

「この工場、何を造っているのだ?」

 するとレーダー係が、

「建物の規模、中の熱反応その他から、噂されているロボテクターの工場のようです。例のリフレクトスーツと同じ金属反応も見られます」

「ロボテクターの工場?」

 ルイはようやくバルトロメーウスの意図がわかった。

( そうか。そうだったのか。ドミニークスの狸が、我々帝国の人間がロボテクターの製造工場のある人工惑星に入るのを許すはずがない。ここは偽の工場か、罠だ。となると、ジョー・ウルフも罠に落ちたのか? しかし何故ジョー・ウルフがこんなところにいるのだ? )

「ジョー・ウルフの小型艇が、南極方面にいます」

「そうか」


 ジョーもジャーマンに気づいた。

「あれは、帝国の戦艦だ。一隻だけ? しかし、どうしてこんなところに?」

 ジョーはジャーマンから通信が入っている事に気づいた。

「何だ?」

 彼は回線を合わせた。するとルイの声が、

「私はルイ・ド・ジャーマンだ。ジョー・ウルフ、貴様を捕獲に来た。小型艇を着陸させて、投降しろ」

 ジョーは呆気に取られた。

「ルイ、だと? 何であいつがここに来た?」

 ジョーはルイが何故ここに来たのかはわからなかったが、ドミニークス三世が考えている事はすぐにわかった。

「あの狸め、俺とルイを一緒に片づけるつもりか!」

 ジョーは意を決した。

「無謀なやり方だが、狸の思い通りになるよりはずっとましだ」

 ジョーは小型艇をジャーマンに接近させた。

「砲撃はできません。この惑星の内部全体から、リフレクトスーツと同じ金属反応があります」

 レーダー係が報告した。ルイはフッと笑って、

「そうだろうな。我々は引っかかったのだ。ドミニークスは私とジョー・ウルフを同時に片づけるつもりなのだよ」

「ええっ?」

 隊員達は仰天した。

「うわっ!」

 ジョーの小型艇は、ジャーマンをかすめてすれ違い、北極側のハッチに向かった。

「爆弾の一つはハッチ付近にある。そいつを爆発させれば……」

 ジョーは小型艇を自動操縦にし、艇の下部にある銃座を外に出した。

「出来るだけ接近しねえと、威力が最大にできねえな」

 ジョーは猛烈な風を受けながら、ストラッグルを構えた。

「今持っている弾薬の最高出力だ!」

 ストラッグルが吠えた。強力な光の束が吐き出され、北極側のハッチに向かった。光の束はハッチにぶつかった。

「反射分が来るか!」

 ジョーはすぐに小型艇を反転させ、反射するストラッグルのビームから逃れた。反射し切れなかったビームがハッチを貫き、その中に仕掛けられていた爆弾を爆発させた。轟音と共にハッチの一部が爆発した。

「やったか?」

 ジョーはモニターで爆発を確認した。

「こいつが通れればいい。穴が出来ていれば……」

 ジョーは爆雲が消えるのを待った。


「何?」 

 ルイはその光景をモニターで見ていた。

「何をしたのだ?」

 ルイは何が起こったのか考えたが、

「とにかく、長居は無用のようだ。我々も脱出するぞ」

「はっ!」

「ビームは危険だ。ミサイルで攻撃しろ」

 ジャーマンはありったけのミサイルで南極側のハッチを攻撃した。しかし、隔壁はビクともしなかった。

「ダメか。ならば私が出る。ストラッグルなら、何とかなるかも知れん」

 ルイの言葉に隊員達は仰天した。

「危険です、隊長。ビームは反射されます」

「ジョー・ウルフにできたのだ。私にもできる」

「……」

 そう言われてしまったら、隊員達には何も言い返す事は出来なかった。

 ルイは艦のタラップに立ち、ハッチをストラッグルで狙った。するとその時、

「隊長、ジョー・ウルフから伝言です! ハッチの中心を狙えと言って来ています」

「何?」

 ジョーがどうしてそんなことを伝えて来たのか、ルイにはわからなかったが、

「さっきの北極側のハッチの破壊と何か関係があるのか?」

と思い、言われた通りに中心部を狙った。

「そこだ!」

 ルイのストラッグルが吠えた。

「くっ!」

 最大出力で撃ったので、反動が凄まじかった。ルイは危うくタラップから落ちてしまうところだった。

「全速反転! 反射するビームから離れろ」

 ルイはタラップから中に入りながら、通信機に叫んだ。

「おおっ!」

 ストラッグルのビームはハッチの中心に命中し、その大半が反射されたが、一部は隔壁を貫き、その向こうにある爆弾を爆発させた。

「爆弾が仕掛けられていたのか? ドミニークスめ、汚い手を使う奴だ」

 ルイは怒りに震えた。

 

 ジョーはルイの艦が脱出に成功したのを知り、人工惑星を離れた。

「俺をつけ狙っている奴を助けちまったか。甘いな」

 ジョーは自嘲気味に呟いた。


 ドミニークス三世は、ジョー達の脱出の様子をスクリーンで見ていた。

「時限爆弾にしたのは失敗だったか。ジョー・ウルフめ、悪運の強い奴だ」

 彼は椅子に身を沈めて、

「まァ、良い。奴がルイの追手を避けるためにこの空域から離脱してくれれば、今はこれ以上深追いする必要もないからな」

と呟いた。


 ルイは人工惑星から脱出し、ジョーを追ったが、すでにジョーはジャンピング航法をした後だった。

「私達は、あいつに助けられたという事か」

 ルイは何となく屈辱を感じたが、ジョーの伝言がなければむやみにストラッグルを撃って自滅していたかも知れないと思い、そんな自虐的な考えを吹っ切った。


「人工惑星が爆発しました!」

 レーダー係の声にルイはモニターを見た。

「核を使わなければ破壊できないと言われているロボテクターの工場がある人工惑星が爆発して四散するとは、どれほどの量の爆弾が仕掛けられていたのだ……」

 ルイはドミニークス三世のジョーに対する執念を、爆発する人工惑星の凄まじさに感じた。そしてそれは同時に、ドミニークス三世のジョーに対する恐れなのだという事もわかった。


 エフスタビードの大艦隊は、帝国中枢まであとわずかの距離にまで進撃していた。

「もうすぐだ。もうすぐ帝国は我がものとなる」

 メストレスがそう呟くと、エレトレスはギョッとして彼を見た。

「兄さん」

 優しかった兄の面影はどこにもない。エレトレスは悲しそうな眼で野心に取り付かれたメストレスを見ていた。

 その時だった。

「何だ!?」

 突然艦隊の中で爆発が起こった。

「どこからの攻撃か?」

 メストレスはキャプテンシートに座って尋ねた。レーダー係は、

「付近に敵の気配はありません! 不明です」

「何?」

 メストレスは焦った。

( 何だ? 何が起こっている? )

「第三主力戦艦、大破! 巡洋艦、駆逐艦、各三、大破!」

 非情な報告が続く。メストレスは歯ぎしりし、

「何が起こっているのだ? すぐに調べろ! このままではどうすることもできん!」

と怒鳴った。

「監視員も何も見ていないと言う報告が上がって来ています。熱レーダーにも光レーダーにも、何も映っていません」

「……」

 メストレスは悪夢を見ているようだった。そして彼はあることに思い当たった。

「そうか。忘れていた。連中がいたことを……」

「連中? 誰の事だ?」

 サブキャプテンシートに座っているエレトレスが尋ねた。メストレスは苛立たしそうに彼を見て、

「親衛隊だ。連中が宇宙の闇に紛れて艦に取り付き、内部から破壊しているのだ! 標的が小さ過ぎて、レーダーも捉えられんのだ!」

 悔しそうに肘掛けを叩いた。エレトレスは唖然として前方を見た。窓の外には味方の艦が次々に爆発しているのが見えた。

「全艦反転せよ! この宙域を離脱する。このままでは全滅してしまう!」

 エフスタビードの大艦隊は、進撃して来た時の4分の1を失い、撤退を始めた。

「おのれ。態勢を立て直して、必ずこの礼はさせてもらうぞ、影の宰相め!」

 

 エリザベートは、エフスタビードの大艦隊が撤退した事を知り、最初は何がとうしたのかわからなかった。

「我が国は軍は失いましたが、まだ帝国親衛隊があります。そして銃戦隊と秘密警察もあります。戦い方を変えれば、エフスタビード軍などいくらでも蹴散らせます」

 影の宰相の言葉に、ようやくエリザベートは事の成り行きを理解した。

「わかりました。まだメストレスは諦めたわけではないでしょう。警戒を怠らないようにして下さい」

「ははっ」

 エリザベートはグッタリとして椅子の背もたれに寄りかかった。

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