第8話 ドミニークス三世野望への始動

 ドミニークス三世は、怒り心頭だった。

「影の宰相め。侮れん奴だ」

 彼は座っている椅子をギシッと軋ませて、

「しかし、次はうまくいかんぞ。儂も謀略家と言われた男。戯れに新共和国を立ち上げたわけではない」

 その時、椅子の肘掛けにある通信機から、

「メストレスが動き出しました」

と報告が入った。

「何? どう動き出したのだ?」

「裏工作を始めたようです。まだ具体的な事は掴めていませんが、帝国の内部分裂を期待している模様です」

 ドミニークス三世はニヤリとして、

「なるほど。もっと詳しく探り、できれば陰ながら手助けしてやれ」

「はっ? とおっしゃいますと?」

 ドミニークス三世は椅子の背もたれに寄りかかり、

「エフスタビードを使って、マウエル家を叩かせるのだ。バウエル亡き後は、一体誰が世継ぎになるのか、楽しみな事だ」

 大声で笑った。


 ジョーとジェット・メーカーの睨み合いはまだ続いていた。

「ここで会えるとは思っていなかったよ、ジョー・ウルフ」

「俺もだよ、腰抜け」

 ジェット・メーカーは怒りを抑えた。ジョーはジェットがイライラし始めているのに気づいて、

「問答無用らしいな」

 2人は銃を抜いた。ジョーのストラッグルが吠えた。ジェットのスタバンが唸った。勝ったのはジョーだった。

「く……」

 ジェットはスタバンを撃ち抜かれ、右手を火傷した。ジョーはホルスターにストラッグルを戻し、

「スタバンなんかで挑むてめえが愚かなのさ。まだ粗悪品のストラッグルを下げてた、あの取り澄ました顔の奴の方が骨があったぜ」

 ジェットはそれがルイの事だと気づいた。彼はルイと比較されて、自分の方が劣ると言われた事に激怒した。

「何だと!?」

 ジェットはとうとう我慢し切れなくなって怒鳴った。しかし、ジョーの策略にはまってはいけないと思い直し、

「ルイと戦ったのか?」

「ルイ? ああ、あいつの名前か。顔に似合ってるな。いかにも私は高貴な出でございますって響きだ」

 ジョーの冗談にジェットは少しだけ共感したが、

「俺とルイを比べるな。反吐が出る」

 ジョーはフッと笑い、

「何だ、仲良しじゃねえのか? そうか」

 こっそり逃げ出そうとしたカジキの足下をストラッグルで撃った。

「ヒィィィッ!」

 カジキは直立不動で絶叫した。ジョーはカジキを睨み、

「殺されてえのか、てめえは。訊きたい事があるんだ、大人しくしてろ」

「……」

 カジキは腰が抜けたのか、その場にへたり込んでしまった。その時だった。

「キャッ!」

 一瞬の隙を突き、ジェット・メーカーがカタリーナに飛びかかり、ピティレスを奪い取って羽交い締めにした。

「何!?」

 ジョーは虚を突かれ、唖然としていた。

「ジョー・ウルフ、大人しくするのはお前もだ。カタリーナの命が惜しいだろう?」

 ジェットはピティレスの銃口をカタリーナの顔に押し当てた。ジョーは仕方なくストラッグルを放った。ジェット・メーカーはストラッグルを足で部屋の隅に蹴飛ばした。

「さすがにお前の命は大切らしい。他の人間は平気な顔で撃ち殺すくせにな」

 ジェットはカタリーナの耳元で囁いた。カタリーナはムッとして、

「何よ、あんたなんかに言われたくないわ!」

「強がるなよ。ジョーは丸腰だ。このまま撃ち殺すのも簡単なんだぜ」

 ジェットは得意満面でジョーを見た。しかしジョーは狼狽えるどころか、バカにしたような顔でジェットを見ていた。

「何がおかしい!?」

「てめえの詰めの甘さがおかしくって仕方がねえぜ」

「何?」

 ジョーがホルスターを触ると、シュルシュルシュルと何かが巻き取られる音がした。

「?」

 最初ジェットは何が起こっているのかわからなかった。

「あっ!」

 その音はストラッグルにつけられた透明な糸が巻き取られている音だった。次の瞬間、ストラッグルはジョーの手に戻っていた。ジェットは仰天した。

「ハッ!」

 ジョーがジェットを撃とうとした瞬間、今度はカジキが動いた。彼は開け放たれたドアから外に飛び出した。

「くっ!」

 ジョーは一瞬迷った。それに気づいたカタリーナが、

「ジョー、カジキを追って! 私なら大丈夫よ!」

 ジョーはジェットが右手を負傷している事を思い出した。そしてカタリーナのピティレスの秘密も。

「すまねえ、カタリーナ」

 ジョーはそう言うとカジキを追った。

「お前の恋人は薄情だな」

 ジェットが言うと、カタリーナは、

「いつまで私に抱きついてるのよ!」

 ジェットを突き飛ばした。ジェットはフッと笑い、

「つれないことを言うな。同期じゃないか、俺とお前は」

「だから何?」

 カタリーナは怯まなかった。ジェットはピティレスをカタリーナに向け、

「おいおい、俺は誰かさんと違って、女だって平気で撃ち殺せるんだぜ。あまり舐めた真似するなよ、カタリーナ」

「その手でピティレスを撃ったら、手首を折るわよ」

 カタリーナは怯んだら負けだと考え、あくまで強気で行く事にした。ジェットはそのカタリーナの考えを見透かすかのようにニヤリとし、

「残念だったな。こいつを使わせたかったんだろうが、俺は銃マニアでね。こいつには安全装置がついていて、他人は撃つ事が出来ないことくらい承知してるさ」

「……」

 カタリーナはギョッとした。ジェットは彼女の一瞬の油断を見逃さなかった。

「うっ」

 カタリーナは当て身を喰らい、気を失ってしまった。ジェットは倒れたカタリーナを見下ろして、

「お前はジョーを殺すための最高のエサになる」

と呟いた。


 ジョーはカジキを追い詰めていた。

「う、うわァッ! わ、悪気はなかったんだよォ。お、俺は、その、あの、ケン・ナンジョーって奴に頼まれて、あんたに偽の情報を掴ませただけなんだよォ」

「面白い言い訳だな。あれのどこが悪気がないんだよ!」

 ジョーはストラッグルを腰を抜かしてへたり込んでいるカジキの額に押し当てた。カジキはガタガタと震えていた。

「さァてと。どこを撃って欲しい?」

「ヒィィィィッ!」

 カジキは涙を流し始めた。鼻水も垂らしている。口からは泡を噴き出しそうだった。

「た、助けてくれェ」

 彼は絞り出すような声でそう言った。

「死にたくないなら、ロボテクターの工場の場所を言え」

 ジョーは銃口を押し当てたままで言った。カジキは涎と鼻水を服の袖口で拭い、

「本当の工場は移転されて、もっと奥にあるんだよ。こいつはドミニークス軍にいる仲間からの情報だから、間違いねえよ」

「もっと奥? 狸の邸の近くってことか?」

「そうだよ。でもそんなとこには、さすがのあんたも入り込めねえと思うよ。あそこは鉄壁の護りが敷いてあるって話だ」

 ジョーはカジキの髪の毛の一部をストラッグルで吹き飛ばした。

「ギャーッ!」

 カジキはそのまま後ろに倒れた。

「今度騙しやがったら、髪の毛だけじゃすまさねえぞ」

「わ、わかったよ……」

 ジョーはカジキを置いて、その場を去った。そしてカタリーナとジェットがいるカジキのアジトに急いだ。

「……」

 ジョーはカタリーナを置いてカジキを追いかけた事を恥じていた。

( 俺は……)

 ジョーは考えるのをやめ、アジトを目指した。


 ドミニークス三世は、帝国内に潜伏させているスパイであるムラト・タケルに、プレスビテリアニスト家に行き、エリザベート皇后の父親であるトラッド・プレスビテリアニストに会い、マウエル家でのエリザベートの処遇を報告するよう命じた。

 ムラト・タケルは帝国では情報部に所属しており、トラッドと接触することは容易であった。

「これであの影の宰相に一矢報いる事が出来るぞ。マウエル家とプレスビテリアニスト家が対立すれば、メストレスも動き出す。まずはバウエルを暗殺してマウエル家を断絶し、それをトラッドの仕業にしてプレスビテリアニスト家を潰す。そして、メストレスと手を組むと見せかけ、奴も殺す。フレンチやトムラーを滅ぼすのはその後だ」

 ドミニークス三世の企みは、底知れなかった。彼はフッと笑い、

「銀河系統一は外宇宙からの侵略者に対抗するためにも必要なのだ。特に大マゼラン雲に巣食うブランデンブルグ公国はとても恐ろしい外敵だからな」

と呟いた。


 ジョーはカジキのアジトに戻ったが、そこにはカタリーナもジェットもいなかった。

「……」

 ジョーは帝国に向かう事にした。

「カタリーナ」

 彼はいつになく焦っていた。


 ジェットは自分の艦にカタリーナを連れ帰り、その惑星を飛び立っていた。

「エサは手に入れた。後は獲物をどうやっておびき寄せるか、だ」

 ジェットはニヤリとして言った。


 ルイはジェット達と入れ違いに、ジョーがいる惑星に降り立った。ジェットを監視していた隊員からの連絡があったのだ。

「一足遅かったか」

 ルイ達はジェットが殺したドルスとマッシーの遺体が運ばれて行くのを見た。

「どうやら、バーでも2人殺されているようです。どちらもスタバンで一撃ですね」

「……」

 ルイはジェットのやり方に腹が立った。

「勝てればいいのか、ジェット!」

 彼は大声で怒鳴った。隊員達はギョッとしてルイを見た。

「恐らく奴は私に情報を与えないためにあいつらを殺したのだろう。どこまで汚い男なのだ、ジェットは」

 ルイはギュッと拳を握りしめた。

「この先にある情報屋の家に黒い軍服を着た女が向かったという情報があります。カタリーナ・パンサーのようです」

 隊員が報告した。ルイは頷いて、

「もうジェットもカタリーナもいないだろう。だが、何かわかる事があるかも知れない。そこへ行ってみよう」

「はっ」

 ルイ達はカジキのアジトを目指した。


 メストレスは、プレスビテリアニスト家に出入りしているエフスタビード家のスパイに連絡し、トラッドにエリザベートのことを話すように命じた。ところが、スパイからの報告は意外なものだった。

「ドミニークスの狸が同じ事を考えたようだ」

 メストレスはスパイからの報告メールを見ながら言った。エレトレスはビックリして、

「先を越されたってことかい?」

「そういうことになるな。これは油断できんぞ。狸が動いているとなると、ツケは全部こちらに回って来る可能性すらある」

「俺達が犯人にされるってことか?」

 エレトレスは身震いして言った。メストレスは歯ぎしりして、

「あるいはな。だが、犯人にされるくらいではすまないかも知れん」

「どうするんだ、兄さん?」

 エレトレスの不安そうな問いかけにメストレスは、

「ドミニークスがどこまであの影の宰相と渡り合えるか、見守るしかあるまい」

と答えた。


 エリザベート皇后の父、トラッド・プレスビテリアニストは、ムラト・タケルから聞いたエリザベートの話を半分疑っていたが、それでも確かめずにはいられず、側近数人を率いて帝国中枢部の宮殿に向かっていた。

「確かにエリザベートは大切にされていない。職務は宰相や側近に任せて、小僧はエリザベートの相手をしていればいいのだ。元々愚鈍な奴なのだからな」

 トラッドは、バウエルとの婚姻自体は反対しなかったが、バウエルが長く皇帝の座に就く事は承服しかねていた。本当は自分が皇后の父親という立場で、摂政になるつもりだったが、影の宰相などと言う得体の知れない人物が全権を掌握してしまい、それも望めなくなってしまった。彼は公私ともに不満を募らせていたのだ。

 バウエルは思わぬ人の訪問に驚いたが、すぐに奥の間に通した。

「よく来て下さいました、お義父上ちちうえ

 バウエルが満面の笑みで出迎えると、トラッドはムッとして、

「エリザベートはおりますかな」

 辺りを見回した。

「これはまた随分と高圧的な態度ですな、トラッド侯爵」

 影の宰相の声がした。トラッドは上を見て、

「宰相か。帝国情報部の者に聞いたぞ。皇帝陛下が、儂の娘エリザベートをどのように扱われているのかな」

「ほほォ。これは妙な事をおっしゃる。エリザベート様はすでに皇帝陛下のお妃様です。侯爵の娘ではありませんぞ」

「何を言うか! 嫁に行こうが、どこへ行こうが、儂の娘だ!」

 トラッドは怒り狂って叫んだ。

「そのような事は、庶民の考えです。皇帝陛下の妃になった以上、娘でも父親でもありませんぞ」

 宰相の冷徹な物言いにトラッドはますます激怒し、

「うるさい! 貴様、勝手な事ばかり言いおって! とにかく、エリザベートに会わせてくれ。詳しい話が聞きたいのだ」

「しかし侯爵、貴方はその情報部員の話が真実かどうか何故わかるのです?」

「何?」

 トラッドはハッとなった。

「考えてもみて下さい。帝国情報部の者が、どうしてマウエル家とプレスビテリアニスト家の仲を裂くようなことを言うのです? おかしいではありませんか」

 宰相のその言葉にトラッドはようやく冷静になった。

( となると、罠か? しかし、誰が? )

「わかった。儂の早とちりだったようだ。失礼する」

「そうですか。もう少しごゆっくりして下さってもよろしいのではないですか?」

 宰相の声が皮肉っぽく響いた。


 ジョーは帝国領に向かっていた。

「ジェット・メーカー。てめえは絶対許さねえぞ」

 ジョーの小型艇はジャンピング航法に入った。


 その頃カタリーナは、帝国秘密警察特殊部隊本部の留置所に入れられていた。

「カタリーナ、すぐに出してやるからな。ジョーが死んだらな」

 ジェット・メーカーが鉄格子越しに言うと、カタリーナは彼を睨みつけて、

「あんたなんかにジョーが殺せるもんですか! 士官学校の時だって、一度も勝てなかったじゃないの!」

 その言葉にキレたのか、ジェットは鉄格子を蹴飛ばして、

「うるさい! その話は二度とするな!」

 そしてそのまま留置所を出て行った。

「ジョー、無事でいて」

 カタリーナはジェットがいなくなると、高窓の向こうに見える星空を見上げて涙を流した。

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