第4話 ラルミーク星系での出会い

 ジョー・ウルフを探すカタリーナは、ジョーが帝国からばかりでなく、ドミニークス軍からも狙われている事を知り、中立領内のラルミーク星系に向かった。

 ラルミーク星系には中立領で唯一の宇宙船ドックがある。ジョーが立ち寄るとすれば、修理関係が行き届いている星系であろうというカタリーナの考えだった。

 カタリーナはラルミーク星系の第3番惑星に降り立ち、ドックに赴いた。

 しかし、ドックの誰も、ジョーの事を知らなかった。どうやらドックには立ち寄っていない。いや、この星にすらいないかも知れない。カタリーナはまたガッカリしたが、それでも何か手がかりが掴めないかと酒場に足を向けた。


 一方ルイ達銃戦隊も、ジョーが中立領にたびたび立ち寄るという情報を得て、帝国の人間だと悟られないような服装に着替え、同じくラルミーク星系の第3番惑星に来ていた。

「中立領とは言え、敵もいる可能性がある。それにここでは帝国の威信も法令も我々を守ってはくれない。くれぐれも身分を悟られないようにな」

「はっ」

 ルイ達はジョーが利用しそうなドックやバーを覗いて歩いた。

 そんな酒場のバーの一つにカタリーナはいた。ジョーが一番顔を出しそうなところなのだ。彼女は入り口から離れたカウンターの端の席に座った。

「何にするね、お客さん?」

 柄の悪そうなバーテンが尋ねて来た。カタリーナは面倒臭そうにバーテンを見て、

「水割りをちょうだい」

「はいよ」

 バーテンは、しけた客だぜ、と小声で呟き、その場を離れた。彼はグラスを取り、水割りを作りながら何気なく入り口に目を向けた。その時、ルイ達がバーに入って来た。服は一般人が着ている類いのものだが、歩き方や目の配り方が軍人めいていたので、バーテンはカタリーナにグラスを運びながらも、ずっとルイ達を目で追っていた。

「何者だ、あいつら?」

 バーテンはしばらくルイ達を見ていたが、その視線に気づいたルイがバーテンを見たので、慌てて顔を背け、グラスを磨いているフリをした。

「全員ストレートだ」

 ルイはオーダーを取りに来たボーイに答えた。

「知り合い?」

 カタリーナはバーテンがずっとルイ達を見ていたのに気づき、尋ねた。バーテンは苦笑いして、

「違いますよ。何か妙な感じの団体だな、と思いましてね」

 誤摩化した。本当は彼は、ルイ達が軍人で、何かを探っているのではないかと思ったのだ。

( 何者なの?)

 カタリーナもルイ達に気づき、観察していた。だからバーテンの視線にも気づき、何か知っているのか尋ねたのだ。

「?」

 ルイはまたバーテンがこちらを見ており、気づかれたのがわかると顔を背けたのを見て、

「何か感づいているのかな、あのバーテンは?」

 隊員の1人に尋ねた。しかし隊員は、

「そうではないでしょう。見かけない顔なので、気になっているだけですよ」

「そうか?」

 ルイはバーテンがもうこちらを見ないので、グラスに目を落とした。

「むっ?」

 その時、彼はカタリーナに気づいた。と言うより、彼女の腰のホルスターに下がっている銃に気づいたと言った方が正しいだろう。

「あれは……」

 ルイの声に隊員が、

「どうされましたか?」

「あの女の下げている銃、普通の銃ではないな」

「そうみたいですね。遠目ではっきりはわかりませんが、大きさ、形から推測するに、ピティレスでしょう」

 ピティレスとは、ごく一般的に帝国の軍人が使用しているスタバンより強力な銃で、ジョーやルイが持っているストラッグルの一つ下の銃である。普通、ピティレスを所持する女はいない。ルイは女の素性が気になった。

「軍の情報部にあの女のデータを照会しろ。ピティレスを持っているという事は、一時的にも帝国軍にいた事があるはず」

「はい」

 隊員はカタリーナに気づかれないように小型のカメラで彼女を撮影し、データを帝国情報部に送信した。

( 今私を撮影した? )

 カタリーナはカメラを向けられたのを気づいていたが、わざと素知らぬフリをしていた。何が目的か知りたかったからだ。

「返信が来ました。ちょっと驚きですよ」

 隊員は小型カメラのモニターに映し出されたカタリーナの情報をルイに見せた。

「何?」

 ルイは驚愕した。

「女の素性はカタリーナ・エルメナール・カークラインハルト。ジョー・ウルフの元婚約者です」

「元婚約者、か」

 ルイは横目でカタリーナを見た。

「ジョーが帝国を出た直後に軍を離れ、行方不明になっています。まさか、ここでそんな女に会うとは思いませんでした」

「ああ」

 ルイはこれは何かの縁なのではないかと考えた。そしてこの機を逃すわけにはいかないとも思った。

「カタリーナを捕えるぞ。バーを出たら、尾行する」

「はい」

 カタリーナはルイ達が何か相談をしているようなので、このままここにいるのはまずい事になりそうだと判断し、

「ご馳走様」

 一口も飲んでいない水割りの代金を金貨で払い、バーを出た。

「追うぞ」

 ルイ達は素早くボーイに金を渡すと、カタリーナを追おうとした。

「!」

 しかしルイはカタリーナを追うのをやめた。カタリーナが出て行った直後に、ジョーが入って来たのだ。

「あれは……」

 ルイは隊員に目配せした。隊員は頷き、

「データ照合終了しました。間違いありません。ジョー・ウルフです」

「私達は強運だな」

 そう思ったのはルイだけだろう。隊員達は、ジョーに出会ったのは人生最大の不幸だと考えていた。

「あいつは誰だ?」

 ジョーはカウンターに座るなり、バーテンに尋ねた。バーテンは愛想笑いをしながら、

「さァ。見た事ない顔ですねェ。帝国の犬か何かじゃないですか?」

「犬にしちゃ、貫禄がある奴が一人いるぜ」

 ジョーはバーに入った瞬間、ルイの視線に気づいていた。ジョーはグラスの酒を一気に飲み干すと、カウンターに金を置き、バーを出て行った。

「追うぞ」

 ルイが足早に出入り口に向かった。隊員達は慌ててこれを追いかけた。


 ジョーがバーの前を去りかけた時、

「待て、ジョー・ウルフ」

 ルイが後ろから言った。しかしジョーはかまわず歩き続けた。ルイは、

「待てと言っているんだ、聞こえないのか?」

 大声で叫んだ。ジョーは煙たそうに振り向いて、

「何の用だ、帝国の軍人さん?」

 彼はルイがストラッグルをホルスターに納めているのに気づいた。

「なるほど。腕には覚えがあるのか。だけどな、俺には脅しは通用しねェぜ」

 ジョーはニヤリとして言った。ルイはフッと笑って、

「私は脅しなどしない。返答次第ではこの場で撃つ」

「この人通りの多いところで、そんな物騒なものをぶっ放すっていうのか? 頭大丈夫か、あんた?」

 ジョーの挑発に隊員達は憤ったが、ルイは冷静に、

「私に挑発は無駄だ。何を言われても受け流す。お前の戦い方は大方察しがついている」

 逆に挑発した。ジョーは苦笑いして、

「俺の戦い方ね。大した自信だ。ならその自信、微塵に打ち砕いてやるよ」

「ほォ」

 すでにルイとジョーの戦いは始まっていた。銃戦隊の隊員達は全身汗まみれになっていた。

「ついて来な」

 ジョーは通りから細い路地に入って行った。ルイ達はジョーを追った。そこは裏通りにある空き地だった。

「ここなら誰もいねェし、邪魔もされねェ。さ、抜きな」

「何?」

 ルイはジョーを睨んだ。

「どういう意味だ?」

「先に銃を抜いていいって言ってるんだよ。そのくらいのハンディはつけないとな」

 ジョーの挑発に耐えていたルイだが、さすがにこの言葉は我慢の限界だったようだ。

「ふざけるな! 私をどこまで見くびるつもりだ!? そんなハンディはいらん!」

「そうかい。わかった。じゃ、こっちも遠慮しないぜ」

 ジョーの手がホルスターにかかったまでは、ルイも見ていた。

「くっ!」

 しかしジョーがストラッグルを抜き、ルイのホルスターからストラッグルを弾き飛ばすまでの動作は、全く見えなかった。

「なっ……」

 隊員達ばかりでなく、ルイもすっかり仰天していた。

( この私に見えない銃さばきだと? 信じられん……)

「あんたのストラッグルは帝国が大量生産させたまがい物だ。それじゃどれほど腕を上げても、俺には勝てねェよ。諦めな」

 ルイは弾かれてバラバラになってしまった自分のストラッグルを見た。

「それをあまり使っていなくて良かったな。いつかそうなる。その銃は粗悪なコピーだ。暴発の危険がある。本物が欲しけりゃ、この星の銃工を探しな。そいつなら、本物を扱っている」

 ジョーは立ち去りながら言った。ルイは何も言い返す事が出来ず、只ジョーが立ち去るのを見ていた。

「ちょっと通して」

 カタリーナはストラッグルの銃声を聞きつけ、野次馬をかき分けてルイ達のいる空き地に来た。

「あの人達は……」

 カタリーナはルイ達に気づいた。

( さっきの銃声は間違いなくジョーのストラッグルのもの。ジョーはこの星にいる。あの人達は、ジョーを追っているの? )

 ルイはバラバラになったストラッグルを見下ろし、

「この星の銃工か」

と呟き、歩き出した。

「隊長!」

 隊員達は慌ててルイを追いかけた。


 監獄惑星を脱出したメストレスとエレトレスは、銀河のあちこちに散らばっていたエフスタビード家の兵士達を集結させ、艦隊を編成していた。

「帝国は私が手に入れる。それが幼き頃からの私の悲願。マウエル家に媚び、その陰で着々と力を蓄え、志半ばで死んだ父上の悲願でもある。屈辱の中で死んだ父上のためにも、私は帝国を手に入れねばならんのだ」

 メストレスは艦隊の旗艦のミーティングルームで、各艦の艦長達に熱く語った。全員が先代の頃からエフスタビード家に仕え、メストレスと共に歩んで来た強者達である。

「このままマウエル家の統治が続けば、あの狡猾なドミニークスの古狸に帝国は滅ぼされてしまう。帝国の存続のためにも、マウエル家は打倒しなければならない」

「はっ!」

 メストレスはニヤリとし、

「我らはこのまま帝国中枢を目指し、マウエル家を討つ。我らに勝利あり!」

「おおーっ!」

 メストレスの言葉に応じ、全員が雄叫びを上げた。只一人、エレトレスだけが、不安そうに兄を見ていた。

「兄さん……」


 他方、皇帝バウエルはメストレス達の脱獄の話を聞き、酷く狼狽えていた。

「い、一体どうすればいいのだ? メストレスは必ず私達を殺しに来るぞ」

 バウエルは皇帝の間をうろうろと歩き回っていた。

「まァ、そうでしょうな」

 陰の宰相の声がどこからともなく聞こえた。バウエルはムッとして天井を見渡し、

「な、何を言うか!? だから私はあの2人はもっと厳重に監視させるようにと言ったのだ。それをあのような手緩い監視下に置いて……」

 怒鳴り散らした。しかし陰の宰相の声は、

「全て私の計画通りに事が運んでおります。ご安心下さい」

「な、何と。それは本当か?」

「はい。万事私にお任せ下さい」

「わかった。お前を信用しよう」

「ありがとうございます」

 宰相は笑ったようだった。


 メストレス率いるエフスタピード軍の大艦隊は、その勢力を次第に増しながら、帝国中枢に進軍していた。

「エフスタビード軍、レーダーで捕捉。数、およそ三千。帝国中枢に向かっています」

 帝国軍の指令本部でレーダー係が言った。帝国軍司令長官はニヤリとし、

「宰相閣下のご指摘通りだな。愚かなり、メストレス。全軍に指令。エフスタビード軍を包囲し、殲滅せよ」

「了解」

 影の宰相の仕掛けた罠とは思っていないメストレスは、艦隊を一直線に帝国中枢に進めていた。

「敵のレーダーの有効範囲に突入しました!」

「よし、全艦隊機動体制。第一次攻撃に備えよ」

 メストレスが指令すると、艦隊は間隔を十分にとって並列し、直進した。


 帝国軍司令長官はエフスタビード軍の艦隊の動きを嘲笑って、

「バカな奴らだ。これで名実共にエフスタビード家を滅ぼせる」

と呟いた。


 現在、銀河系は大きく7つに分かれている。帝国領、エフスタビード領、フレンチ領、ドミニークス領、プレスビテリアニスト領、トムラー領、そして中立領である。

 この中で帝国領とエフスタビード領、中立領は急激に領域を減らされていた。

 影の宰相は、ドミニークス軍やフレンチ軍、トムラー軍を抱き込み、一気にエフスタビード家を滅ぼし、そこを新たに帝国領にしようとしていた。宰相は、反乱軍の当主達を騙し、さらに他の領域をも手に入れようと企んでいるのだ。

「帝国の艦隊です! 数、およそ五千!」

「何? どこの艦隊だ?」

「第一級艦隊です。急速接近中です」

 メストレスは罠にはめられた事に気づいた。

「影の宰相とやらの策略だったか」

 メストレスは歯ぎしりした。

「反転しろ。エフスタビード領内に引き返す」

「ええっ?」

 エレトレスもびっくりして、

「兄さん、どういうことだ? ここまで来て急に引き返すなんて……」

 メストレスはエレトレスを睨み、

「バカめ、わからんのか? これは罠だ。帝国の第一級艦隊は帝国の最後の守りをする艦隊。通常は一番中心に位置しているのだ。その艦隊が、中枢の端に待機していたのだぞ。はめられたのだ、我々は」

 苦々しそうに言った。

「そ、それじゃあ?」

「もちろん脱獄がすんなりできたのも、全てあの影の宰相の仕組んだ計画の中に入っていたのだ!」

 メストレスは屈辱に塗れていた。


 バウエルは軍の司令長官から、エフスタビード軍の艦隊が撤退した事を知らされた。

「良かった。諦めてくれたか」

バウエルがそう呟くと、影の宰相は、

「まだそうとは限りません。メストレスはそれほど諦めが良い男ではないですよ、陛下」

 バウエルはその言葉にギョッとした。



 ルイは銃工を探し当て、ストラッグルを手に入れた。確かに帝国のライセンスセンターで受け取ったものとは、重量感が違っていた。

「噂では戦艦もたった三発で沈められる特殊弾薬も撃てるということだからな。このくらいの重さでないと、無理だろう」

 彼は何故ジョーがストラッグルのことを教えてくれたのか、疑問に思った。

「ジョー・ウルフ。いつか必ず、超えてやるぞ」

 ルイはそう呟き、その星を離れた。

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