不思議な探偵たち

@non_sleep701

第1話 水口法律事務所の探偵

 水口法律事務所はある意味でその界隈では有名であった。それは所長の水口光一郎がやり手だということもあるが、それ以上に、兼業している探偵業において二人の青年従業員のその振る舞いが原因であった。というのも探偵とは世間一般に言えば頭の良い切れ者でユニークな変人であるという小説の登場人物をいうが、実際に依頼されることといえば、つまらないものが大半であって夫の浮気現場の証拠を抑えることや、それこそ行方不明の犬を探すという類のものばかりであった。つまり、探偵の素質とは目立たぬ探し物上手な人物を指していた。それを踏まえた上でこの青年たちは極めて探偵とは程遠い外見と性格の持ち主であった。一人は背中まで届く金髪の髪を後ろで結び、女顔の少年外見だがその見た目とは裏腹に粗暴な性格。総合的にみたらヤンキーそのもの。もう一人と言えば、背の高いガタイの良い男であったが、重度のオタクで悪い意味で目立っていた。そいういう意味でこの二人にくる依頼はつまらない宝探し程度の仕事さえなく、普段から閑古鳥を鳴り響かせていた。

 その日も客の足が遠のいている中、蓮見直斗はいらぬ余暇をふてくされてソファの上で横になっていた。というのもつい先日久しく来たと思った依頼が今朝事務所に来たら急に客の都合でキャンセルとなり貴重な収入を失ったのをしったからであった。これはもう寝るしかないとソファの上で先日クレーンゲームに6000円の投資により相棒が取って来たブサイクな猫の抱き枕に顔を埋めて寝ていた。一方その相棒の森川晴信は客のことなぞいざ知らぬといった程で何事のなかったかのようにいつものように昨日の深夜アニメの視聴に勤しんでいた。その様子を太った体を揺らしながら眉が八の字になったような顔で書類を眺めるふりをして見ていた所長の水口は本業である弁護士の仕事に勤めていた。とはいえども、森川はともかく蓮見の今朝から続くふて寝はいい加減見ていられないと、自分の仕事の中から蓮見に鉄沢せる仕事を半分同情、半分楽したいといった気持ちで探した。ちょうど自分が面倒だと思っていたものを見つけた時に、見てもいない夢から覚めてソファから目をこすりながら、あくびの代わりにため息を吐いて起き上がった。


「あぁ・・・ミズさん、おはよう」

「遅いおはようだ。今何時か知っているかな」


 蓮見は玄関口の向かって右横に置かれた古い振り子時計をうんざりといった顔で見た。


「壊れた時計なんておくんじゃねえよ。もし本当にあの短針がさす時間なら今頃俺は不倫旦那の後を追いかけてる。」

「そうだね。残念ながら時計は正確。夫婦そろって仲つむまじくて良かった。」


 少し皮肉交じりにいう水口から顔をそらし、不満な表情で舌打ちをうつ。


「それよりもどうだね。ちょっとばかり忙しくて人手が欲しい。」


 蓮見を見かねて書類の束から一枚の紙を取り出して蓮見に向かって突き出した。


「大道夫人からの仕事だ。どうやら夫人の甥が・・・・」

「おいおいまてまて。俺はやるなんていてねえぞ。だいたい、まだ夫人からの仕事引き受けてんのか。」

「ん?まあ、金払いがいいからな。手を切る理由はないだろう。1件にいくら払ってくれると思う。」

「バカか?また面倒ごとを押し付けられているだけだろ。まさに飼い犬扱いじゃねえか。どうせいつか捨てられること間違いねえよ。」

「ああ、きっとそうだろうが、まだその時じゃないさ。今は飼い犬らしく貰える物は貰っておくことにして、そのうちタイミングを見計らってその前に手を切るさ。」


 だからやらないかと苦笑いをしながら言うと呆れた表情でちらりと見ただけで、あとは無言で答えた。

 確かに大道夫人というのは蓮見が言う通り、付き合うのが難しい人物であり、それに最後には利用するだけして捨てると言うことも知っていた。そして彼女からの以来というのも面倒ごとがつきものであるのも事実だった。金を持っているだけ人間関係が複雑で、単純に物がないという小間使いに任せればいい問題もことあるたびに必ず簡単にはいかない問題に発展した。ただ、そうした仕事と蓮見や森川が受ける仕事を比較すれば、水口からすると当然大道夫人から仕事をもらう方が金にもなるし、何よりやりがいがあると思っていた。


「君の仕事といってもペット探しや浮気現場の取り押さえ、そんなところでの仕事じゃあ満足もしないだろう。」

「それじゃあ推理小説のような奇妙奇天烈な殺人事件の仕事があるっていうのか。どうせババアも大差ねえんだろ。」


 蓮見は冗談じみて皮肉に笑い、そして大きなため息をすると虚無感で満ちた面持ちになりそのままソファに倒れた。困ったような表情で蓮見を見る水口は事務所の奥の角に目立たないように置かれたPCのモニターに食い入るように見る森川にその視線を向けると、それに気づいたように森川はその視線に合わせると仕方がないといったように椅子をまたがるように背もたれを前にして顔を載せ、依頼を受けることを勧めるが、無視されると両手を上げてまさしくお手上げといった手振りをした。結局、森川による蓮見の説得も見込めず、鬱屈とした気分を利用して面倒ごとを押し付けられなかった。ついで森川にも打診をしてみたが、森川はすっと身体の向きを変えて、顔の半分くらいの大きさのヘッドフォンを着けて水口のその話を聞かなかったようなそぶりで流した。仕方がないというように突き出した書類を戻して、通常勤務の弁護士としての仕事に取りかかろうとすると、胸ポケットに入った携帯電話が鳴り理響いた。発信者を見るといつもは気にせず出る電話を何かをきにするように事務所からでていった。蓮見は少し顔を上げて水口が出ていくのを見ると、仰向けになって天井を見上げた。


「なんだろうな、ミズさん。聞かれたくねえ話なんてあるのか。」


 蓮見の問いかけにヘッドフォンを外して振り向くように蓮見の方を見る。


「家族の話とか人によっては話したくない、聞かれたくないって人、多いんじゃなかな。」

「ミズさんも御多分に洩れずってか・・・そんなんじゃないように見えたけどな」

「それじゃあ、大道のお婆さんじゃない?」

「ババアとの話ならなおさらここで話すだろし、逆だろ。わざと俺たちに聞こえるようにあえてスピーカーにするとか」

「う〜ん、そうだねえ・・・・。」


 森川の沈黙が答えとみた蓮見がもしかすると、と言いかけたところで水口が眉間にシワを寄せて打って変わったような顔つきで入ってくる。それに蓮見と森川が振り向くと何だといった顔で二人を交互に見た。シワを寄せてはいたが力なくわらうって孫から電話だと言うと森川がほらなといったように蓮見を流し目でみて、蓮見は構うなと左手で力なく払って森川をあしらう。水口はでっぷりとした腹を突き出して椅子にかけると体重を後ろにかけて椅子の後ろ2本の足が限界一歩手前といった危険な音を鳴らすが、それにかまわず天井を見上げて何か考えるように集中をしていた。

 水口の様子に違和感を感じた蓮見はお節介と分かった上であえて気だるそうにどうしたと問いかける。水口は何も言わずに蓮見を見ると、目を閉じてさてどうしたものかといった面持ちで黙ったが、数秒後には口を開いた。


「大道夫人はどうしても仕事を受けて欲しいとのことだ。」

「どうしてババアと孫の話が関わってくるんだよ。関係ねえだろ。」

「まあ、関係ないといえばないんだが・・・大道夫人は今日の午後に面談を希望しているんだが、電話で孫からどうしてもきてくれとせがまれてなあ・・・。」

「孫のわがままと婆の信頼か?俺からしたらババアのツラ拝まなくて済む方選ぶけど、あんたの立場上はどうなんだ。」


 決まって後者だろと遠まわしに伝えると、それもそうだと思う水口であったが、それをはっきりとはさせなかった。


「孫の方もどうにもただ事じゃないらしくてなあ、身内と金持ちの婆さんと天秤にかけたら可愛い孫を優先させたくもなるのさ。だが、今後のことを考えると夫人をないがしろにするわけにもいかない。長い目をみたらどちらも優先せざるをえないだろう。」


 もちろん子供も結婚すらしていない蓮見からは半分呆れるようになるほどと言って、ちらりと森川を見てのその反応を伺うが、森川は我関せずといったように話を聞かないように離れた場所でも聞こえるくらいの音をかけてヘッドフォンを着けていた。


「まあ、そこで蓮見君に大道夫人のところに行って貰えば万事解決。私は安心して孫の元に行けるのだが・・・」

「言いたいことは分かった。だけど残念だが俺はいかねえよ。俺が行く理由にはならねえからな。」

「どうしてもか?」

「どうしてもだ。どちらか諦めろよ。」

「そうか・・・・。」

 水口は片手をひたいに当てて参ったといった様子で聞こえない程度にため息をついた。そして少し上方向を向いてさてどうしたものかと腕を組みながら考えていると、そこに森川が話をどこからか聞いていたからか、ああそれならと言って、いいことを思いついたというように手を打つ。


「それなら、ハスミンがミズさんの孫のところに行けばいいじゃないか。」


 蓮見と水口は何を言っているのかと理解できなかったように同時に森川に顔を向けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

不思議な探偵たち @non_sleep701

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ