第12話 その後

 邪馬台軍が引き揚げた西暦248年晩秋の豊饒祭に合わせ、ヌナカワミミは第二代綏靖すいぜい天皇として即位した。12歳であった。

 幼いヌナカワミミに政事まつりごとが務まるはずが無く、そうかと言って、イスズ妃が摂政として振る舞う事にも庶民が納得しなかった。男尊女卑の風習が根強かったのだ。打開策として、イスズ妃は父クシミカを出雲集落から呼び寄せ、摂政に据えた。

 冬は雪に閉ざされる出雲が権力の中枢となる事は無い――と、兼ね兼ね考えていたクシミカは、娘イスズ妃の誘いに喜んで応じた。出雲集落の政事は一族郎党に預けているので、誰かに乗っ取られる心配も小さいと判断した。肉親同士のいさかいまで懸念しては何も出来ない――と、腹を括った。

 イスズ妃とオトシキの間には、初代神武天皇暗殺の真相を秘匿する密約が結ばれた。奈良集落におけるオトシキの求心力を削ぐ事は得策ではない――と、イスズ妃は判断した。

 イスズ妃は、貸しを作った見返りに、オトシキにはクシミカを祀る神社を建立させた。彼女には皇族を神格化させる深慮遠謀が有ったのだ。

 勿論、父親を現人神あらひとがみとして扱う事ははばかられたので、クシミカの死んだ後の話である。奈良県桜井市三輪に建立された大神おおみわ神社が大物主おおものぬしを主祭神としている所以ゆえんである。時と共にアニミズム信仰が大物主信仰に移り変わり、イスズ妃の大願は成就したのだった。

 第二代天皇として即位したヌナカワミミだったが、その治世は長く続かなかった。余所者であるクシミカが居丈高に指図する構図に、奈良人達の鬱憤うっぷんが溜まったのだ。

 成人を待たずして、ヌナカワミミは天皇の座を追われる。但し、第三代天皇への禅譲は平和裏に執り行われ、ヌナカワミミ自身はオトシキ一族の娘と結婚し、子供を儲けている。

 第三代の安寧あんねい天皇から第九代の開化かいか天皇まで、正確には綏靖天皇から開化天皇までの八代を、歴史学者の一部は“欠史八代”と呼び、実在を疑っている。天皇8人中5人の享年が百歳を超えるからだ。科学的に納得し難い。

 天皇の方々の長過ぎる寿命を単純に逆算すると、皇紀元年が紀元前660年と比定される。日本では弥生時代、中国では周王朝の時代に相当する。

 実際は、奈良集落の各村落の有力者を持ち回りで天皇に据えたのだが、不和不仲な状態が続いた。互いに平等意識の強い村落同士で、何処かの村落が頭一つ抜ける事にねたそねみが渦巻いたのだ。

 ヌナカワミミが天皇の座を退位してから約20年後。ヌナカワミミの長男を第10代崇神すじん天皇に据える事で、奈良集落の混乱は治まった。大和政権が安定したのは、崇神天皇からの時代だった。

 後世の歴史家が欠史八代の取り扱いに悩む原因は、かかる経緯に在った。皇位継承の混乱を隠す為、各天皇の寿命を水増しして記紀に記したのだろう。


 古事記・日本書紀の双方には、手研耳命たぎしみみのみことの反逆伝承が記載されている。お読み頂いた通り、タギシミミは母親救出を目指したに過ぎないが、正史では反逆者として扱わざるを得ない。

 ところが、イスズ妃はタギシミミを丁重に弔ったのだ。供養と懺悔の気持ちからだろう。

 具体的には、耳成山みみなしやまに埋葬し、墳墓とした。畝傍山うねびやま天香久山あまのかぐやま、耳成山を合わせて大和三山と称するが、父イワレの暮らした畝傍山と、母アイラ姫の暮らした天香久山の双方を間近に望んでいる。

 イスズ妃が干渉した唯一の所作は、自分の息子達の名前と韻の共通する“ミミ”を打ち消す呼称を耳成山に与えた事だった。だからこそ、“みみなりやま”とは呼ばない。

 地質時代第三紀に噴出した火山岩が浸食形成された耳成山は、標高140mの低い山である。空から鳥瞰すると、不自然な程に真ん丸な山であり、上円下方墳の名残では?――と推察する歴史学者も多い。

 中腹に建つ耳成山口神社の建立時期は定かではないが、延喜式神名帳えんぎしきじんみょうちょうに依れば、奈良時代には月次祭つきなみさい新嘗祭にいなめさいが執り行われた由緒有る場所である。

 

 最後に、邪馬台城の状況を語っておこう。

 帰還したクズヒやイノタチから顛末を聞いた卑弥呼は、沈痛な面持ちで「そうですか」と呟いただけだった。寧ろ、疲弊したアイラ姫とキスミミの看病に心を砕いた。

 出雲集落を故郷とするオモイカネは、断腸の思いだったはずだが、何も言わなかった。

 魏王朝高官の張政の働きにより狗奴くぬ集落との内紛は収束していたが、不穏な動きを見せる大和朝廷との新たな戦いに備えなければ――と、ミカヅチは決意を新たにしていた。

 アイラ姫とキスミミの行く末については詳細不明である。但し、邪馬台城で安寧な余生を送った事だけは確かであった。

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儚座を追われた皇子~邪馬台国隠滅記2~ 時織拓未 @showfun

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