六回読んで、なお面白い。

本作は「傑作」だ。読むかどうかを迷っているなら、その時間がもったいない。最初のページをクリックしてしまおう。

謎めいたプロローグを頭の片隅に入れつつ、まずは第一話だ。

文明が崩壊し、奇病が蔓延する世界。ただ一つの希望「星の雫」を追い求め、男は荒廃した星を往く。巨大な棺桶を背負い、傍らには無表情な少女を従えて。

さあ、貴方はもう戻れない。
ここに描かれているのは、度外れたスケールの滅びと再生、世界の終わりと始まり、身を焦がす深く切ない愛だ。
彼らの苛烈な戦い、入り混じる愛憎、そして過酷な旅路の果てを見届けるまで、読む手を止められなくなる。
散りばめられた全てのピースがはまる時、貴方は頭の奥が痺れるような感動に震えることだろう。



ところで作品を評価する上では「キャラクター、ストーリー、文章力」が定番の要素と言われる。

・キャラクター
これはもう言う事がない。執念と愛とで身を焼き尽くさんばかりの主人公ゲオルグ、自我が希薄でありながら奥深い想いを垣間見せるツェオ、頼れるトラブルメーカーのヘレネー。無個性がかえって不気味な敵。幕間や外伝で登場する居住区画のしたたかな住民たちも、息遣いが聞こえてきそうな生き生きとした描写が魅力だ。

・ストーリー
滅びゆく世界で戦い続け、あるかなきかも分からない希望を探す旅。これだけでもロマンあふれる舞台仕掛けだが、テンポよく提示されては深まる謎、せめてもの安寧が崩壊し怒涛の展開へとなだれ込む構成は見事だ。最後はもう激流に飲み込まれるような気分で読み進められる。

・文章力
この作者の文体はなかなかに特徴的で、「軽くてすらすらと読める」文体とは少し違うが、好みに合う人にはたまらない魅力がある。

重厚かつキレのある文章は、簡単に言えば「カッコイイ」。描写はシンプルだが明快。見たこともない世界でありながら、状況を容易に把握できる。時おり使われる古語表現も、作者の文体に独特の雰囲気と味を加えている。また、深い葛藤を思わせる沈黙の後にずしりと重く、キレのある台詞を決める表現コンボの破壊力も絶大だ。

特徴的なルビ使いも魅力の一つだろう。電磁投射式弾体加速装置《レールカノン》、絢爛舞踏《モータル・バレエ》なんて見せられた日には、脳がうずいてたまらない読者も少なくあるまい。このセンスだけでも見事だが、よく読むと一部の語句は物語の序盤と終盤でルビが異なる。これらは物語の展開に沿った必然的な変化で、それぞれに意味がある(作者にも確認済みである)。個人的には「星の雫」の読み方がどう変わり、最後にどんな意味を持つようになるか、追ってみることをお勧めしたい。



また、隠された設定やオマージュを見つけるたびに、新鮮な驚きを味わえるのも本作の魅力だろう。

まずは緻密な設定と、それを支える作者の膨大な知識量。本作のカギとなる奇病「慧可珪素置換症《アリストテレス・シンドローム》」や、人類の生存圏を規定する「神樹木《エメト》」などはいずれも奇抜な存在だが、その背景にはしっかりした科学的考証が垣間見える。

さらに本作はSF面とは別に、古典的名作のオマージュが驚くほど大量に詰め込まれている。その範囲は文学、戯曲、オカルト、民話など実に幅広い。私が気づいた範囲だけでも、解説すれば数ページの論文が書けるだろう。これらを知っているとニヤリとできる一方で、作者の豊富な知識に圧倒されることだろう。手始めに戯曲「ジゼル」を調べてみてはいかがだろうか。ゲオルグが目に宿す執念の光が「鬼火」でなければならない理由、彼が「死ぬまで踊る」ことになる理由、さらには「愛しい人」に振られた数種のルビの意味など、様々なメタファーに気づくはずだ。

いったいどれだけのインプット量と、ネタの複合能力があれば本作を生み出せるのか。また、これほどの作品を一気に書き上げる執筆速度も考えると、作者は創造的化け物だと言わざるを得ない。



なお、本作は同作者の「錬金詐欺師と最後の魔女 ~その賢者の石、燃えます~」と併せて読むことをお勧めしたい。内容的には全くつながりのない二つの作品だが、見方によっては「陰」と「陽」の関係にあると気づくだろう。読者の一人として、貴方にもぜひ対比を楽しんでほしい。


さあ、さあ。迷うことはない。早くプロローグをクリックしたまえ。11万2千字の長さを感じさせない、あっという間の濃厚な旅が貴方を待っているのだから。

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