チェルシーと赤いバラ

一初ゆずこ

チェルシーと赤いバラ

 あるところに、花の王国とよばれるうつくしい王国がありました。

 鳥がうたをかなでる春には、もも色の花が咲いています。

 水がすきとおる暑い夏には、れもん色の花が咲いています。

 もみじが羽のようにふる秋には、ゆうひ色の花が咲いています。

 銀せかいにかわる冬にも、雪色の花が咲くのです。

 たくさんの花たちはいつだって、王国をうつくしくいろどります。

 そんな花の王国に、チェルシーとウィリアムという女の子と男の子がいました。

 チェルシーは、とってもわがままな女の子です。ブロンドの髪にバラ色のほっぺたをしていて、女王さまのようにあごをつんと上にむけています。

 ともだちは、ウィリアムひとりだけでした。

「ウィリアム! そのおもちゃ、私にちょうだい!」

「ウィリアム! おいしそうなスコーンね、私にちょうだい!」

「ウィリアム! あなたのもっているものは、ぜんぶ私にちょうだい!」

 そう言ってチェルシーは、いつもウィリアムのものをうばうのです。

 ウィリアムは、とってもやさしい男の子です。くせのつよい赤毛に、泉のように青いひとみをもっています。チェルシーにどれだけいじわるをされても、ぜったいに泣きません。

「いいよ。チェルシー」

 いつも舌たらずな声でそう言って、すこしさびしげに笑うだけです。

 もちろんチェルシーのママは、チェルシーのわがままをしかりました。

「いじわるをする悪い子は、王国のはずれの花の魔女に、からだをバラの花にかえられてしまうよ! その花びらが一まいあれば、どんな願いごとでも一つだけかなうのさ。チェルシー! いじわるばかりをしていると、魔女にバラの花びらジャムにされて、スコーンにぬられて食べられてしまうよ!」

 ママはいつもこわい声で、チェルシーをおどかします。

 そんなときチェルシーは、あごをつんと上にむけて、ママへ言いかえすのです。

「花の魔女なんて、こわくないわ! 私がやっつけてやるんだから!」

 けれどチェルシーは、王国のはずれには行きません。

 ほんとうは、バラの花びらジャムにされるのが、とてもおそろしかったのです。


     *


 ある青い空がまぶしい朝、チェルシーは庭にいちりんのバラが咲いているのを見つけました。

 もも色がかった赤いバラは、チェルシーのママがたいせつに育てていた花です。

 ママのバラは、ひかりかがやいて見えました。ぽかぽかとあたたかな日差しをあびて、うつくしさが花びらのうちがわから、あふれでているようでした。

「ママのお花なんて、なくなっちゃえばいいんだわ」

 チェルシーはバラの花を、ハサミで切ってしまいました。

 毎日チェルシーはおこられてばかり。おこりんぼのママを困らせたかったのです。

 切ったバラの花は、ウィリアムにあげてしまいました。

 ウィリアムははしゃいでよろこびましたが、やがて困ったような顔をして、青い目をふせました。

「チェルシー。このきれいなバラの花は、チェルシーのママのお花だよ。ごめんなさいを言いにいこう」

「いやよ。私は悪くないもの!」

 ぷいとそっぽをむいたチェルシーは、ウィリアムの言葉をききません。そのままおうちにもどりました。

 そして、あっとさけびそうになりました。

 チェルシーのママが庭にいて、なくなったバラの前で泣いていたのです。

 チェルシーはもと来た道をひきかえし、もういちどウィリアムに会いにいきました。

 ママからきかされたお話を、思いだしていたからです。

「ウィリアム、花の魔女のもとへ行きましょう! 花の魔女ならきっと、願いがかなう魔法の花びらをもっているわ! ママのバラの花を、よみがえらせてもらうのよ!」

 ウィリアムはとまどった顔で、バラの花をにぎっています。

 ママのたいせつな赤いバラは、ウィリアムの手の中で、まだうつくしいひかりをはなっていました。

 けれどそのかがやきは、さっきよりもすこしだけ、よわくなっているようでした。


     *


 チェルシーはウィリアムをつれて、王国のはずれをめざしました。

 王国のはずれは、くらくてふかい森をぬけた先にあります。おひさまがささない緑の中を、チェルシーとウィリアムはすすんでいきます。

 背のたかい草になんども足をとられながら、ウィリアムがかなしそうに言いました。

「チェルシー。やっぱり帰ろうよ」

 チェルシーは、返事をしません。土と草をふみしめて、ずんずん歩いていきます。

「チェルシー。ぼくもいっしょにあやまるよ」

 チェルシーは、返事をしません。魔法の花びらを手に入れるまで、おうちには帰れないのです。

「チェルシー。このままではぼくたちは、きっと後悔をしてしまうよ」

 チェルシーは、いちどだけ足をとめました。

 ウィリアムの声は、ふるえていました。けれど青いひとみにはけんめいな気持ちがつまっていて、チェルシーをまっすぐ見つめていました。

「後悔なんてしないわ! だって私は悪くないもの!」

 チェルシーはにげるように森の出口の白いひかりへ、一歩足をふみだしました。

 すると、さあっとさわやかな風が、からだをやさしくなでていきました。

 チェルシーは、わあっと声をあげておどろきました。

「見て、ウィリアム! ぜんぶ赤いバラよ!」

 二人をまちうけていたのは、どこまでも青くひろがる空と、いちめんの赤いじゅうたん!

 たくさんの赤いバラが、地平線のかなたまで咲いていたのです。

 このお花たちがもしかして、魔法のバラなのでしょうか。

 さそわれるようにチェルシーは、赤いバラへちかづきました。

 そのときでした。

「私の庭に、かってに入った悪い子は誰だい?」

 ふりむいたチェルシーは、あっと息をすいこみました。

 黒バラのようなドレスすがたの、魔女が立っていたのです。

「私は花の魔女。うつくしい花のいのちをうばった、悪いこどもはどちらだい?」

 アイスブルーのひとみが、ウィリアムのもつバラの花をひややかに見おろします。

 その声の、なんとおそろしいことでしょう。

 すっかりふるえあがったチェルシーは、おもわずさけんでしまいました。

「ウィリアムよ! この花のいのちをうばったのは、私じゃないわ! ウィリアムよ!」

 赤いバラの花たちが、風に吹かれていっせいにゆれました。

 ウィリアムが、はっとした顔でチェルシーを見ました。

 泉のように青いひとみに、チェルシーのまっさおな顔がうつっています。

 王国のはずれの赤いせかいで、ふたりはみつめあいました。

 すると、まっしろな光がどこからともなくあふれました。

 その光がうすれたとき、チェルシーの手には、いちりんの赤いバラがありました。

 真っ赤なバラでした。毒りんごのように赤い、赤い、赤いバラです。

 花の魔女は、消えていました。

 ウィリアムも、消えていました。

 ウィリアムが立っていた場所には、ママのたいせつな赤いバラが、しおれてぽつんと落ちていました。


     *


 王国へもどったチェルシーは、たくさんの人たちにとりかこまれました。

「それは、魔法のバラじゃないか!」

 わっとはずんだ声をあげて、花の王国の人たちはバラの花びらをほしがりました。

「魔法のバラの花びらを、どうか一まいわけておくれ!」

 困ってしまったチェルシーは、くっとあごを上げて言いました。

「だれにもあげないわ! だって私のバラだもの!」

 人びとはそんなチェルシーを、くちぐちに悪く言いました。

「一まいくらい、いいじゃないか!」

「花びらは、こんなにもたくさんあるのに!」

「わがままチェルシー! いじわるチェルシー!」

 チェルシーは、負けませんでした。花の王国の人たちをつよきのひとみでにらみつけて、毒りんごのように赤いバラを、ぎゅうっとにぎりつづけました。

 そんなチェルシーへ、赤いバラが言いました。

「チェルシー。ぼくの花びらをあげていいよ」

 チェルシーは、はっとしました。

 その声は、ウィリアムのものだったのです。

 赤いバラはゆたかな花びらをゆらしながら、チェルシーの耳へささやきました。

「一まいだけは、のこそうね。チェルシーのママのバラを、きっとよみがえらせようね」

 それをきいたチェルシーは、なんだかくるしい気持ちで胸がいっぱいになってしまい、何も言えなくなりました。

 うでの中を見おろせば、そこには魔法の赤いバラのほかに、ママの赤いバラもあります。

 けれどママの赤いバラは、いまではすっかり元気をなくしていました。

 チェルシーの庭ではひかって見えたはずなのに、いまではしおれた花びらは、地面をむいているのです。

 つらくて、なみだがでそうでした。

 チェルシーが花をきらなければ、こんなことにはならなかったのです。

 花の魔女にだって、きっと会いにはいかなかったはずです。

 そうしたらウィリアムだって、こんなすがたにはなりませんでした。

 チェルシーは、ひっしに考えました。

 けれどどんなにたくさん考えても、どうしていいかわかりません。

 するとひとりのちいさな男の子が、チェルシーの前へすすみでました。

「パパがおもい病気なんだ。けれど、魔法のバラをきれいな水にうかべてのめば、たちまちなおってしまうんだ。チェルシー! 魔法のバラの花びらを、どうか一まいわけておくれ!」

 びっくりしたチェルシーは、すぐには答えられません。

 すると、代わりに赤いバラが答えました。

「いいよ。ぼくの花びらを一枚あげる」

 花びらは一まい減って、赤いバラは少しさびしくなりました。

 ちいさな男の子は、晴れやかに帰っていきました。

 すると今度はチェルシーのママくらいの女のひとが、手を合わせて言いました。

「恋人がいなくなってしまったの。けれど、魔法のバラを祈りといっしょに空へむけてささげれば、きっと帰ってこられるわ! チェルシー! 魔法のバラの花びらを、どうか一まいわけておくれ!」

 びっくりしたチェルシーは、すぐには答えられません。

 すると、代わりに赤いバラが答えました。

「いいよ。ぼくの花びらを一枚あげる」

 花びらは一まい減って、赤いバラは少しさびしくなりました。

 女のひとは、晴れやかに帰っていきました。

 すると今度は年老いたおじいさんが、杖をつきながらやってました。

「からだがすっかりよわくなって、王国の花をおせわできなくなったんだ。けれど、魔法のバラを土にうめれば、すこやかな花が育つんだ。チェルシー! 魔法のバラの花びらを、どうか一まいわけておくれ!」

 びっくりしたチェルシーは、すぐには答えられません。

 すると、代わりに赤いバラが答えました。

「いいよ。ぼくの花びらを一枚あげる」

 花びらは一まい減って、赤いバラは少しさびしくなりました。

 おじいさんは、晴れやかに帰っていきました。

 花の王国の人たちは、ひっきりなしに、チェルシーと赤いバラへ願いをかけつづけました。

 そのたびに赤いバラの花びらは、一まい、一まいと減っていきました。

 赤いバラは少しずつ、小さく、小さくなっていきます。

 チェルシーは、はらはらとみまもりました。

 そして、ついに見てしまったのです。

 赤いバラの中心に、とうめいなしずくがたまっていました。

 あさつゆのようにうつくしく、きよらかなしずくの正体を、チェルシーはしっています。

 チェルシーのママだって、おんなじしずくをひとみにうかべていたからです。真珠のようなかがやきが、ほおをすべらかに伝っていました。

「チェルシー! 魔法のバラの花びらを、どうか一まいわけておくれ!」

 またひとり、花の王国のだれかがチェルシーに話しかけました。

 チェルシーは、言葉がでませんでした。

 ただ、頭のなかにはウィリアムの顔がうかびました。

 よわむしなウィリアムは、チェルシーのようにおこった顔をみせません。

 いつだって、やさしい男の子でした。

 青空みたいなひとみの色は、花の魔女とおんなじです。けれど花の魔女よりもずっとあたたかな太陽のひかりをうつしたひとみを、チェルシーはまいにち見てきました。

 いっしょにあそんで、いじわるをして、日がくれたらさよならを言いあって、おうちに帰ったらあそびつかれてねむりについて、また朝がめぐってきたら、こんどはおはようと言いあって、笑いあってきたからです。そんなひびのきおくが春のあたたかな風のように、チェルシーの心に吹きつけました。

「チェルシー! 魔法のバラの花びらを、どうか一まいわけておくれ!」

 花の王国の人たちが、チェルシーと赤いバラをせかします。

 赤いバラの花びらから、チェルシーのママとおなじしずくがこぼれました。

 そのしずくの、なんときれいなことでしょう。

 ちぎれた花びらのはしをゆらして、赤いバラが言いました。

「いいよ。ぼくの花びらを一枚あげる」

「だめよ!」

 チェルシーは、さけびました。

「だれにもあげないわ! ウィリアムは、ウィリアムのものよ! だれにもウィリアムをうばっていいわけないんだわ! それは、ねえ、ウィリアム! 私からもよ!」

 花の王国の人たちをのこして、チェルシーはかけだしました。

「私にうばわれたくなかったら、あなたはそう言ってよかったの!」

 はしるチェルシーのうでの中で、のこりわずかとなった花びらがゆれています。何も言わない赤いバラへ、チェルシーはおこりながらさけびました。

「ああ、ウィリアム! どうしてあなたは私にぜんぶをあげられたの? 私のことを、きらいだとは思わないの?」

 よわよわしい声で、赤いバラは答えました。

「ぼくはチェルシーがすきだよ」

 しんじられません。チェルシーはさけびかえしました。

「どうして! あなたはそれで、さびしくないの?」

「ぼくがなにかをあげたら、チェルシーは笑ってくれたでしょう? ぼくはチェルシーの笑った顔をみるのがすきなんだ。ずっといっしょにいる女の子だから、パパとママをすきなのとおなじくらいに、ぼくはチェルシーがすきなんだ。ねえ、チェルシー。ぼくはさびしいのかな。よくわからないよ。ぼくにはよく、わからないよ」

「いいえ、あなたはわかっているわ!」

 かぶりをふって、チェルシーはうったえました。

「だって、泣いているんだもの!」

 赤いバラの花びらから、とうめいなひかりがぽろぽろとおちていきました。

 そのひかりはチェルシーと赤いバラのはしる道で、きらきらと星のようにかがやきました。ひかりのむれの中へそっと蛍をはなすように、チェルシーのくちびるは、しぜんと言葉をつむぎました。

「ごめんなさい」

 それは、だれにどれだけしかられても、ずっと言えなかった言葉です。

 チェルシーは立ちどまると、赤いバラを空へとかかげました。

 ウィリアムのひとみと同じ色の空を見あげて、チェルシーは息をすいこみます。

 叶えてもらう願いごとは、とっくに決まっていたからです。

「魔法のバラよ、私の願いを叶えておくれ!」

 大きな声でとなえると、まっしろなひかりが赤いバラからあふれました。

 やさしいひかりにつつまれながら、まぶしくて目をとじたチェルシーのうでのなかで、ママのたいせつな赤いバラも、かすかにひかった気がしました。


     *


「パパ! そのおはなしのつづきは?」

 ベッドにはいったヨハンは、目をかがやかせてパパにたずねました。

 ヨハンには、おきにいりのおはなしがありました。

 夜ねむる前にパパがきかせてくれるおはなしが、だいすきなのです。

 ママはこのおはなしを、あまりヨハンにしてくれません。きっとママははずかしがっているんだよ、とパパはいたずらっぽく笑っていました。

「チェルシーは赤いバラに、どんな願いごとをしたの?」

 もちろんヨハンは、このおはなしのつづきをしっています。

 けれど何度だって、パパに聞かせてほしいのです。とびきりすてきな結末を、だいすきなパパから聞きたいのです。

「チェルシーはたったひとつだけ、赤いバラに願いごとをしたんだ」

 ヨハンの赤毛をなでながら、パパは言いました。

 泉のように青いひとみが、笑ったねこのようにほそくなります。

「赤いバラになったウィリアムを、もとのからだにもどすこと。チェルシーはそれだけを、魔法のバラに願ったんだ」

「チェルシーのママの赤いバラは、どうしてよみがえらせなかったの?」

 魔法のバラの花びらは、まだのこっていたはずです。

 なのにどうして一つだけしか、チェルシーは願いを叶えなかったのでしょうか。

「魔法は、もうひつようなかったからさ」

 パパは、やさしい声で言いました。

「チェルシーはね、もうごめんなさいが言えるんだよ。だからこれからも自分のちからで、ママにごめんなさいを言いたかったんだ。……ヨハン。魔法で咲く花だって、とてもうつくしいかもしれない。けれど、魔法なんてなくっても、花はうつくしく咲くんだよ。何度だって、ね。……ねえ、ママ?」

 とびらのかげから顔をだしていたママは、バラ色のほっぺたをはずかしそうにふくらませました。

 ぷいとそっぽをむいていってしまったので、ブロンドの髪が風にそよぐ花びらのようにゆれました。

 ヨハンとパパは、笑いました。

「ヨハン。もうすぐ庭のバラが咲くんだよ。おひさまがのぼったら、ママよりさきに見にいこう。それから、ママにおしえてあげよう。とってもうつくしい赤いバラが、咲いたよ、ってね!」

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