第2話 喫茶店Marionette

 篠崎しのざきライトは高校3年生である。


 生まれた時から形人町かたひとちょうに住んでいる彼は、この町のことであれば、何処に何があるかなどは自分で把握をしている自信があった。


 しかし、ライトの目の前に存在する喫茶店は明らかにライトがその存在を店であった。


 レンガが連なる外装のその店は、看板に『喫茶店Marionette』と書かれており、2つのいびつな形をした小さな窓と赤い色をした扉が実に独特な雰囲気を醸し出していた。


「こんな所に店なんかあったっけか?」


 数日前まではここには何も無かったと思っていたライトにとって、これは実に不思議なことである。


「……ちょっと、興味あるな」


 そう言うと、ライトは赤い扉の方へと足を進めドアの取っ手に手をかけると、取っ手を下に押し、ドアを自分の方向に引く。


 するとドアの上から独特な鈴の音色が聞こえてくる。


「おぉ…鈴付きの扉か、オシャレだな中はどうなってるかな?」


 ライトがそう言いながら店内を見渡すと、キッチンから誰かがこちらへと向かってくる。


 その人物はライトの前に立つと軽くお辞儀をし


「いらっしゃいませ、ようこそ『Marionetteマリオネット』へ」


 と言った。


 顔を上げたその人物を見てライトは驚きの表情をする。


 白髪はくはつの長いストレートへアーに、まるで人形のようなくりくりとした碧く丸いひとみをした少女。


 その全てをまとめ上げるかのように、整った顔立ちからは満面の笑みがうかがえる、つまりは…


 途轍とてつもなく美少女だったのである。


「お好きなお席へどうぞ」


 青と白を基調とする色のエプロンを身にまとったその少女は、開いた右手をテーブルの立ち並ぶ店内に向ける。


「…あ、あぁどうも」

「ふふふ、おひやを用意しますわね」


 そう言うと、少女はキッチンへと戻っていく。



 窓側の席に座ったライトは、テーブルに置いてあったメニュー表を手にとる。


 メニュー表を開くと、そこには多くの種類のコーヒーの名前がつづられていた。


「本格的だな」


 そう言いながら店内の匂いを嗅いでみると、美味しそうなコーヒーの香りが漂ってくるのが分かる。


「いい雰囲気の店だな、それにしても…」


 いつからあるのだろうか?と疑問に思ったライトは今一度、店内をぐるりと見渡す。


 すると、キッチンからおひやを持ってくる少女が目に止まる。


「お冷になります、ご注文はお決まりでして…?」


 テーブルにお冷を置くと、少女はその可愛らしい笑顔をこちらに向けてくる。


「あ、はい!えっと…ブルーマウンテンを1つで」


 ライトはそう言うと、右手人差し指を立てて1つというポーズを取る。


「はい、かしこまりましたわ」


 そう言って、キッチンへと戻ろうとする少女をライトは引き止める。


「あ!ちょっと待って」

「…何でしょうか?」

「このお店、初めて見るんだけど…いつからやってるんですか?」


 敬語とタメ口混じりでライトが聞く


 年齢があまり変わらなく見える為、何となく言葉使いに困る。


「実は…3日前にオープンしたばかりですの」

「3日前……」

「はい、ちなみにわたくし、店長の夜月よづきアリスと申します」


 そう言いながらアリスは自分の胸の前に手をおく。


「て、店長さんだったんですか⁈」


 バイトの娘かと思っていたライトは驚き、目を見開く。


「はい、わたくしが始めたお店ですのよ」


 そう言うとアリスはライトにウィンクをして、くるっと回り背中を向ける

 その仕草にライトの頬は思わず赤くなる。


「ブルーマウンテン、淹れてきますわね」


 そう言うと、アリスは今度こそキッチンへと戻っていった。


「か、可愛い……今日から毎日通うかな…」


 小声でそう言うと、ライトは熱くなった顔を冷ますようにお冷を一気に飲み干した。



 それにしても、3日前に開店と言っていたが工事などはいつしていたのだろうか?全く気がつかなかったが。


 ライトはそんなことを考えながら窓の外を見ると、こちらに向かって進んでくる1人の男の姿に気がつく。


 目にはクマを作り、髭もろくに剃っていないような薄汚れた男、着ている服も所々に汚れが見られる。


 その男はどんどんとこちらに近づき、最終的には勢いよくドアを開け店内へと入ってきた。


 男は店の中を見渡すと


「アリス!出てきてくれ!」


 と店内に響き渡る大きな声で叫んだ。


 その声に気づいたアリスが笑顔でキッチンから出てくる。


「あ!ご来店ありがとうございます、また来てくれて嬉しいですわ」

「……お、お前を信じることにした…だから、俺にもよこせよ…」


 歯切れ悪く喋るその男はアリスの顔を真っ直ぐは見ようとせず、おどおどとまるで何かに怯えるかのような態度をとっている。


「ふふふふ…いいですわよ?ですが、少しお待ち頂いてもよろしいですか?お客様にコーヒーを淹れておりますの」


 アリスはそう言うとライトの顔をチラリと見る。


「あ⁈そんなの後にしろよ!」


 ライトの方に向かって男は怒鳴り散らす。


「それはいけませんわ、大事なお客様なのですよ?」


 そう言うと、アリスは男に向かって右手の人差し指を向ける。


「……わ、分かったよ…待つ…ことにする」

 男は怯えるようにそう言う。まるで飼い主に怒られてしょげる犬のようである。


「ありがとうございます、ではそちらの部屋で待っていてくださいまし」


 そう言ってアリスは男をしていた人差し指を店の中にある一風変わった紫色のドアに向ける。


「わ、分かった…」


 そう言うと男はしめされた紫色のドアを開け、扉の奥へと入っていく


 男が見えなくなったところで、紫色のドアは勝手にしまり、店にはバタンッという音が響き渡った。


「コーヒー、すぐにお持ち致しますわね」


 アリスはそう言うと再びキッチンに戻っていく。


 いきなりのことに何を考えればいいのか分からなくなったライトは、とりあえず持っている鞄の中に入っていた小説を手に取った。



 ーーしばらくすると、アリスがトレイの上にコーヒーをのせてライトのもとにやってきた。


「お待たせいたしましたわ、ブルーマウンテンでございます。ごゆっくり味わってくださいまし」

「あ、はい…どうも」


 ぎこちなくもライトはそうお礼を言うと


「さっきの人は……?」


 と、質問をする。


「あぁ、さっきの方でしたら…ですわ」


 そう言うとアリスはライトにクルリと背中を向け、先ほどの男が入っていった部屋の方へと向かっていく。


「どうぞ、ごゆっくり」


 アリスはそう言うと、紫色のドアを開けその中へと消えていった。


「ははは…なんて奇妙な喫茶店なんだ…」


 そう言いながら先ほどアリスが持ってきたコーヒーカップを手に取り、中身をすする。


「………うま」


 生まれて初めて飲んだブルーマウンテンに感動したライトはしばらくは何も考えずにその味を楽しむことにした。


 *


 それから10分位たっただろうか


 コーヒーカップの中身はすっかり空になり、もう一度小説を読もうとしていたその時であった


 閉まっていた紫色のドアが開き、扉から先ほどの男が出てくる。


 その目は先ほどまでの怯えたものとは違い、まるで獲物を見つけたライオンのようにギラギラと輝いている。


「これで…もしも本当なら……こいつで…ふひっ…ひひひひ」


 不気味な笑みを浮かべながら男は出口のドアをけ、そのまま店を出て行ってしまった。


「あらあらあら、もう行ってしまわれましたの?」


 そう言いながらアリスも扉から姿を現わす。


「せっかちな男の人は女の子にモテませんわよ…ふふふ、それに引き換え…」


 アリスがライトの方を見る。


「貴方は、じっくりと味わってくださったようですね」

「あ…ああ美味しかったよ」

「それは良かったですわ」


 そう言うとアリスはキッチンへと向かい、何かを手に取ると今度はライトの方へと向かっていく。


「よろしければこれを」


 そう言ってライトに差し出したのは、可愛い袋に包まれた手作りと思われるクッキーであった。


「え?いいんですか?」

「はい、開店してから1人目のお客様ですのでその記念です」

「ひ、1人目⁈」


 ライトは驚いたと言わんばかりの声を出す。それもそのはずだ、オープンして3日もたっているのに1人目の客だと言われたのだから。


「けど、さっきの人は…?」

「あちらの方はのお客様ですわ。喫茶店として利用して下さったのは貴方が初めてですのよ?ふふふふ」


 そう言うと、持ってきたクッキーが入っている袋を机の上に置く。


「そ、そうなんですか…では遠慮なく」


 ライトはそう言い、その袋を手に取る。


「あの、ところで…もう1つのお客様というのはどういう…」


 ライトがそこまで言ったところでアリスは自分の右手人差し指をライトの唇に当てる。


「それは……ですわ」

 思わぬ行動にライトの顔は真っ赤になる。


「あらあら、赤くなってしまいましたわね…ふふふふ」


 そう言われたライトは恥ずかしさに耐え切れず椅子を倒しながら転がり落ちる。


「あたたた……あ!椅子が!夜月よづきさんすみません!」


 倒した椅子を元の位置に戻しながらライトが謝罪をする。


「いえいえ、大丈夫ですわよ。それよりも…」


 と言ってアリスはライトに顔を近づける。


「敬語はやめてくださいまし、わたくしのことは『アリス』と呼んで下さってよろしいのですよ?」

「え…でも…歳上ですし…」


 近づいてきた顔を直視出来ず、キョロキョロとしながらライトが言うとアリスは


「…?わたくし、年齢を言いましたっけ?」


 と首を傾げる。


「え⁈あ、いや…その…こんな立派な喫茶店を開いてますし俺よりは歳上かと思ったんですが…」

「あらあら、わたくしは他の人から見るとけて見えるのですか…」


 そう言うとアリスは自分の頬っぺたを指でつついて落ち込んだ仕草をする。


 しかし笑顔は崩れない。


「い、いや!違いますよ!夜月さん美人ですし若く見えますって!…て俺は何を言ってるんだ⁈…えっと、その…」

「ふふふふ、冗談ですわ」


 動揺するライトに向かってアリスは目を細めて笑う。


「う……からかわないで下さいよぉ…」

「ふふふ、けど貴方も悪いんですのよ?同じ18歳だというのに自分よりも上だと思ったなんて言われるのですから」

「え……なんで俺の年齢を…?」


 ライトは自分の年齢をアリスには言っていない、それなのにアリスが年齢を知っているのはおかしな話である。


「ふふふ…当たってました?言ってみるものですわね」

「まさか………勘で言ったんですか?」

「はい、おかげで年齢を知ることが出来ましたわ」

「う……」


 一杯食わされた、と言わんばかりの表情をライトがとる。


「という訳ですので、敬語は必要ありません…わね?ふふふふ」

「わ、分かりました…あ!えっと違う……分かったよ、アリ…ス」


 これ以上逆らうのはした方がいいと思ったライトは大人しくアリスに従い、敬語をやめ呼び方を変えてみるがどこかぎこちない。


 その言葉を聞くと、アリスは満足そうに腰に手を当てた。


「じゃあ、俺はそろそろ帰るかな、コーヒー…美味うまかったよアリス」


 そう言うとライトは鞄を手に取る。


「ありがとうございます。お会計ですが、今日はお代は要りませんわ」

「え…?そんなの悪いし、ちゃんと払うよ」

「いえいえ、最初のお客様にはそうしようと決めていたんですの…その代わり」


 アリスが右手人差し指を自分の唇に重ねる。


「……また来てくださいね」


 アリスの笑った顔には今までと別段変わったところは無かったが、ライトにはその表情がとても優しいものに思えた。


「分かったよ、じゃあ今回はその言葉に甘えるけど、次はきっちり払うからな」

「はい、そうしてくださいまし」




 ーー出口のドアを開くとライトは軽く手を挙げてアリスに挨拶する。



「またのご来店をお待ちしております」



 アリスはそう言い、いつもと変わらない笑顔でライトを見送った。


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