第3話 田村正樹【人を操る】1
彼はある日、送られてきた『貴方が望んでいる能力を差し上げます。興味がおありならこの住所まで』と書かれたイタズラの手紙に文句を言うために
その手紙の送り主である《アリス》は本当に奇妙な能力を持っており、田村はその日、あまりの不気味さに店を
しかし次の日、彼はまたその店に来ていた。
「お…俺…どうしちまったんだろう…」
トランプの絵が描かれている部屋の中で田村は1人呟く。
先ほど、アリスに促され紫色のドアを開けこの部屋に入ったが、そこはなんとも不気味な場所であった。
トランプの絵が無数に描かれている壁紙に、中央に丸いテーブルが1台、向かい合う形で椅子が2脚ある。
田村は手前の椅子に座ると深い溜息をつき、自分に起きたことを改めて考え始めた。
*
田村正樹は何処にでもいる普通の会社員だった。週5日働き2日は休み、そんな安定した暮らし。
しかし彼が、いや全ての会社員が恐れているであろうことが彼の身に起きたのである。
リストラだ。
彼は1年前突如としてリストラにあうと、社会に絶望し、残っている貯金だけで暮らすという自暴自棄な生活を送り始める。
生きていても意味がない、貯金も底が尽きることだし、いっそのこと自殺でもしてやろうか。
アリスからの手紙が届いたのは田村がそんなことを考えている時であった。
彼はその手紙を無視しようとした。ただのイタズラである、構うことは無い。
しかし、その手紙には不思議な説得力があり、その不思議な何かが彼を喫茶店『Marionette』へと向かわせた。
*
「お待たせ致しましたわ」
そう言いながら、アリスが紫色のドアを開けて姿を現わす。
「こ、今回はいきなり背後から現れたりはしないんだな…」
「お望みでしたら…そうしますわよ?」
「……遠慮しておく」
田村がそう言うと、アリスが向かいの椅子へと歩いていく。
アリスは椅子を引き寄せ、そこに座ると
「いらっしゃると思っていましたわ」
と言い田村の顔を覗き込む。
「お、俺は…まだイマイチ信じられないが…お、お前が…嘘をついてるようにも思えないんだ…だから…よぉ……俺にも
「……ふふふふ、いいですわよ?初めからそのつもりでしたし………ただ」
アリスは立ち上がり田村に近づいていき
「タダで……という訳にはまいりませんわ」
そう言いながら右手人差し指を自分の唇に重ねる。
「な、何が欲しいんだ…?…金か?」
「いえいえ、そんなものは要りませんわ…私が欲しいもの、それは………貴方の大切な何か…ですわ」
「た、大切な何か?何かってなんだよ」
「ふふふふふ、それは
そう言うと、アリスは椅子へと戻っていく。
「…まあ構わねぇか……失って困る物なんざねぇからな」
「そうですの?」
「あぁ、別に金以外は何もいらねぇからよぉ…それよりも、早く能力をくれよ!あのパッパッと消えるヤツをよ!あれさえあれば何処へでも瞬間移動出来るんじゃねぇのか⁈」
田村が急かすようにそう言うとアリスは右手で2本の指を立て、左手で4本の指を立てる。
「24時間…貴方が能力を所有できるのはそれが限界ですわ。そして…与える能力はこのあいだのものとは異なるモノですの」
「は……?な、
「ふふ、この間はお伝えする前に帰ってしまったではないですの」
「う…いやそれは…」
田村は情け無い声を出しながら店から飛び出してしまったことを思い出し、頬に汗をながす
「…ふふふ、あれは
「……お前、ビクともせずに終始笑ってたじゃねぇかよ…」
「…そうでしたっけ?ふふふ、それで?時間制限の方は了承していただけますの?」
その言葉を聞くと田村は溜息をつき
「
「…ふふふ……きっと気に入りますわよ?」
そう言ってアリスは口にする。
その能力の名と効果をーーー
「貴方に与える能力、それは…『人を操る』……つまりは貴方の命令を聞いた人間は絶対に貴方に従う、そういう能力ですわ」
それを聞いた田村は目を丸くする。
「ま…まじかよ⁈そ、そんなすげぇ能力…………いいのかよ?」
「えぇ、ですが能力を与えてから24時間後に貴方の大切な何かを頂きますわよ?」
「ああ!構わねぇ!構わねぇからよぉ!その能力、早くくれよ!」
田村はそう言うと椅子から立ち上がり、アリスの方に身を乗り出す。
「ふふふ…では、契約成立…ですわね」
アリスはそう言うと左手で指をパチンッと鳴らす。
「はい、
「……え?今ので終わりかよ?」
田村はキョトンとした表情になる。
「えぇ、もっと儀式的な何かがあると思いまして?」
「あ、あぁ…まあな、だけど……これで!…ふひっ」
田村は不気味な笑みを浮かべるとアリスに背を向け、紫色のドアへと近づいていく。
「……ところでよ、『人を操る』能力ってのはあんたにも効くのか?」
「…さぁ?試してみたらいかがです?」
アリスはそう言うと目を細めながら、右手人差し指を自分の唇に重ねる
「………いや、やめとくぜ…どんな仕返しがあるか分からんからな…じゃあ、俺はもう行くぜ…ひひひ」
田村はそう言うと不気味な笑みをしたまま紫色のドアを開ける。
そのまま部屋を出ると、出口へと向かっていき
「これで…もしも本当なら……こいつで…ふひっ…ひひひひ」
と言いながら店を出て行った。
*
店を出て田村が最初に向かったのはコンビニであった。
「ここで、いいか」
そう言うと何処にでもありそうなオレンジ色をしたコンビニへと田村は入っていく。
「いらっしゃいませ〜」
レジにいる店員が田村に向かって挨拶をする。
田村はその店員の方へ向かい、レジの後ろにあるタバココーナーを指差すと
「おい3番くれよ、タダでよ」
と言った。
「え?お客様何を言って………」
そう言いかけた店員の目から光が消えていく。
すると店員はおもむろに後ろを向き、タバココーナーから3番を抜き取り、田村に差し出した。
「へっ!マジかよ⁈」
田村はタバコの入った箱を受け取りながら驚きの声を上げる。
「ふひっ!こりゃすげぇな」
そう言うと田村は店員の方をジロリと見て
「悪いな、貰ってくぜ〜」
と言いながら出口の自動ドアへと近づいていく。
センサーが田村に反応して自動ドアが開く。田村は店員の方をもう一度見るが、動く様子は全くない。
「こりゃ良いな」
そう言うと田村は自動ドアを抜け、コンビニを出る。
「能力が本物ってことは分かった…次は大本命の…銀行だ」
そう言うと田村はニヤリと笑いながら次なる目的地に向けて足を進めた。
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