第5話 田村正樹【人を操る】3

 田村は自分の家のすみで膝を抱えて震えていた。


 どうやって帰ってきたのか田村は覚えていない、気がつくと家の中にいたのである。


 膝を抱えながら誰か、いや何かが自分を探しているのでは無いかと汗を流している田村は、まるで人を殺してしまった後の犯罪者のようであった。


 いや正確には、ではなく人を殺した犯罪者そのものである。


 なぜならば、田村はあの時言ってしまったのだ、人々が絶対に従うその言葉で…と


「違う…俺じゃない、俺じゃないんだ…だ、だっておかしいじゃねぇか…し、死ねって言っただけで死ぬなんて……あ、ありえねぇよ…お、俺のせいじゃねぇって…」


 田村は必死に自分に言い聞かせるが、事実が変わることはない。


「く、くそっ!こんなところで丸くなってる場合じゃ…ねぇんだ!は、早く金を…くそっ…2時間くらい無駄にしちまったか…?」


 ふと、我に返り田村が立ち上がる。


「そ、そうだ…金ぇ…そ、それに俺は死ねっつっただけだ…誰に責められる筋合いもねぇ!」


 そう言うと玄関に向かっていき、外に出るためにドアに手をかける。


「ひ…ひひひ待っていやがれ、能力使って俺は一生困らねぇ暮らしを…」


 そう言いながら外に出た田村の目に飛び込んできた風景、それは住宅街を美しく照らす夕日であった。


「ま、まだそんなには経ってなさそうだな…時間は…」


 田村は自分のズボンのポケットに手を突っ込むとケータイを取り出す。


 ホームボタンを押しケータイを覗き込むと、16:40と日付つきで画面が表示される。


「へへ…やっぱりそんなに時間は経ってねぇ!いや、経ってなさ過ぎるくら…い……?…いや、ちょっと待て…」


 そう言うと、田村は日付を凝視する。


 そこに表示されていた日付は、アリスに能力を貰ったのものであった。


 時刻は16時40分、もちろん能力を使える時間も過ぎている。


「は⁈う、嘘だろ?お、俺は一日中部屋の隅っこでうずくまってたとでもいうのかよ⁈」


 そう言いながら田村は驚きの表情を見せる。


 その時であった、田村に驚きの声を上げる者がいた。


「み、見つけた!こんなところにいるなんて……」


 声の主、それは明里あかりと呼ばれていた田村が能力をかけた少女であった。


「な、何でお前が…ここに⁈」


 今度は田村が驚きの声を上げる。


「探していたんです…あなたを!そしたら偶然この家から出てきて……とにかく1度警察に一緒に来てください!」


 そう言いながら少女は田村を睨みつける。


「け、警察⁈ち、ちげぇよ!俺は…殺してなんかねぇ…!」


 田村は少女から逃げるように自分の家の中へと戻ろうするが、震えた足が上手く動かず、バランスを崩してしまう。


「っ⁈」


 頭が地面へと落ち始めたその時、田村の目に映ったのは自分の家のドアのドアノブであった。


 重力に逆らうことなく田村は頭から落下していく。


 ドゴンッ!……硬い何かに、それよりは柔らかい何かが当たった音がする。


「い、いてぇ…」


 田村はそう言いながら地面に転がってしまった自分の体を起こそうとする。


 しかしながら、体に力が入らない。


「えっ?……きゃあぁっっ‼︎」


 少女が悲鳴をあげると、目を閉じていた田村がその目を開けようとする。


「ぐあっ!何かが右目の中に入ってくる…!」


 右目の中に入ってきたもの、それは赤く…ドロドロとした液体であった。



 田村は自分の頭へと手を伸ばし、額を触る。


 すると右目に入ってきた何かと同じく、何らかの液体が手につく。


 手を額から離し、開けることが出来た左目で手についたモノを確認する。


 血だーー


 そう理解した田村は左目で少女の方を見ると


「お、おい…か、体が動かねぇんだ…う、打ち所…が悪かったらし…い、はぁ…は…ぁ…ち、血も出てる…た、助けてくれ、死…死んじまう…」


 と、弱々しく言う。


 少女はそれを聞くとゴクリと唾を飲み込み


「しょ、翔ちゃんは…あんたが殺したんだ!知っている…私にかけた催眠術さいみんじゅつを使って…!ゆ、許さない!あんたなんか…あんたなんか死んじゃえ!」


 そう言い放ち、涙を流しながら田村の前から走り去っていく。


「う、嘘…だ…ろ?だ!誰かぁ…たす…助け…」


 力が入らない中、右手を必死にあげて助けを呼ぶ田村、すると誰かが田村の前で足を止める。


「あ……た…助けてくれ…血が…」


 そう言いながら田村は上を向く。


 その人物の顔を見た瞬間、田村は目を丸くして驚きの表情をする。


「な…んで…お前が…?」

「ふふふふ…」


 笑顔で田村を見下ろす人物、それは田村に能力を与えた少女アリスであった。


「運が無いですわね…?いえ、と言いましょうか?」


 アリスはそう言いながら、クスクスと笑う。


「な、…?なんだ…それ…」

「ふふふふ、言ったではありませんの…24時間後に貴方のを頂くと、貴方から頂いたもの…それは『運』ですのよ?」


 アリスはそう言うと右手人差し指で田村を指す。


「ふ…ふざけんな……そんなもの…奪うなんでぇ…く…そ……」

「……あらあら?『金以外は何もいらねぇ』そう申していたではありませんか」

「…っ!…ぐ…今はそんなことは……いい!は…はやく助けを…」


 さらに体に力が入らなくなってきた田村は慌ててアリスに助けを求める、しかし


「無駄ですわよ?なんせ…今の貴方に助けが来るまでに生きていられるはないのですから…ふふふ」

「…おまぇ…ち…くしょ………」


 そこまで言ったところで田村の目から光が消え、上げていた右手が勢いよく地面に落ちる。


「ふふふ…事切れましたわね……」


 そう言うとアリスは田村にさしていた右手人差し指を自分の唇に重ねる。


 そして田村に背を向けると夕日が沈み出した住宅街へとその姿を消していったーー


 *


「アリス、何だか機嫌良いね」


 コーヒーをすすりながらライトが言う。


「ふふふ、分かりまして?実は良いものが手に入ったんですの」

「…良いもの?」

「はい、目には見えませんが確実に存在しているもの、そんなものを…ですわ」


 そう言いながらアリスが急須を手に取り、ライトの眼の前で湯のみに緑茶を注ぎ始める。


「緑茶か、コーヒー以外もあるんだな」

「えぇ、紅茶も緑茶も…お望みでしたら抹茶もありましてよ?」

「ははは…凄いなそりゃ………お!それって茶柱じゃないか?」


 ライトがそう言いながら湯のみを覗き込む。するとアリスは目を細めながらこう言った。


「あらあら、本当ですわ…全く、ですわね」

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