あなたの“ハッピー”って、なんですか?

“幸せってなんだろう?”

年をとると、こういうことって深く考えなくなるものかもしれない。なにげなく過ごす、いつもと変わらぬ日常が最大の幸福と思えるようになったからだろうか? ささやかな庶民である私は最近、刺激的な変化というものを求めなくなったようで、あまり金を使わなくなった(苦笑)。貯蓄が趣味、というわけでもないのだが、通帳を眺めてるときは、かなりニヤついている(笑)。

美味いものにありつけたときとか温泉につかっているときは「ああン、最ッ高……」などと思ってしまう。あと、愛車のステアリングを握っているときはとても落ち着く。そういうのもまた“ささやかな幸せ”というやつなのかもしれない。みなさんの“ハッピー”ってなんですか?
 


“あなたは今、幸せですか?” 

という一文から始まる『ハッピートリガー』。この国でもっとも日照時間が長い、という陽光町を舞台にした本作は、導入→展開→回収の手順を踏んでおり、理路整然とした物語となっている。一見、ポップでキャッチーにも見える世界観は読者のミスリードを誘う目的もあったのだろうか? 本作は一章終盤でジャンルの変更とタグの追加がなされていることから読み手の“死角”をつこうとしたのではないか、という気もしている。ただ、序章から漂う終末感は、あるよあるよと見せかけて“ほらやっぱりあった!”というお約束的期待を予感させるものだ。実は隠す気なかったよね? ね?

本作は、たくさんの個性的なキャラクターが登場する。とっても怪しいヤツもいらっしゃるが(笑)、彼ら自体が伏線となっており、それらは無駄なく見事に回収されていく。結末へ向けての収束度合いはシリアス展開と相まって熱いものだ。そもそも世界とはなんなのか? 衝撃の事実は読者の驚愕を呼ぶ。神様、ちょっとやり過ぎじゃないですか??? ささやかな庶民の私は天文学的建設費用を予想しただけでブッ飛びそうです。自慢の通帳をこそっとしまうことにしよう。見られたら神様に笑われます。

作者の上崎司氏曰く「色々な要素が混じりあったカオスな作品」だそうだ。あれ? 読んでいる私の感想とはけっこう異なるなぁ。色々な要素(アクションとか宗教とか使い魔の類とか)はわかるが、カオスとは思わない。さきにも述べたとおり理路は整然としており、無駄なく伏線は回収されている(本日時点では)。まァ、たぶん上崎氏の謙遜だろう。ある程度、プロットは固めてから書き始めたように思える。もちろん所々にアドリブはきかせているのだろうが、無駄な人物も無駄ゴマも見当たらない。“色々な要素が混じりあった整然たる作品”という印象だ。

本作で感心する点は“描写”。最低限の情報量で理解を促すスタンスは読者の目線に立ったものだ。上崎氏の文章は大変目に優しい。私は本作がネット小説における描写表現の質量として、ちょうどいい“塩梅”にあるのではないか、と思う。もちろん、これより濃く長く書く手もあるのだろうが、高速展開が求められるイマドキの作品においては加減や寸止めがなにより重要だ。その中で、ときおり心にのこる“なにか”を読ませてくれる。これはそういう作品だ。本作の描写は濃淡の中庸にある。だから上崎氏の文章は目にも心にも優しい。屈強な肉体のハ○とかいう手厳しい表現は見なかったことにする(笑)。

ひとつ興味深いのは、キャラクターたちには名前があるにも関わらず、形容であらわされることが多い点だ。栗毛色の髪の少女、青い髪の青年、黒髪の少年、ジト目の少女等々。これらがたまに、ではなくしょっちゅう出てくる。回によっては名前で呼ばれるより多いくらいだ。なぜだろう? 固有名詞よりも形容表現のほうが美しいと考えているのか? それとも、わかりやすい表現技法として外見的特徴を頻繁に強調することをよしとしたのか? これは上崎氏に訊ねてみたいところだ。たぶん回答は聞けると思う。でしょ、上崎さん!

タイトルの“トリガー”は“観測者”である主人公パレット(こちらは“金髪のサイドテールの少女”)の記憶の引き金、という意味合いもあるはずだ。あらすじに書いてあるので、ここで語っても問題ないと思うが、物語は彼女の記憶の回復とともに暗黒のふちへと近づいてゆく。いじっぱりで、ずぼらで、自分勝手で、その癖に自信家で。ほんとうは人見知りで、臆病で、本音とは違う態度を取ってしまう(いや、そこまで卑下しなくてもw)。そんなパレットは陽光町で起きた出来事を経て次第に変わってゆく……

決戦を前にした花火大会のくだり。ここが切ない。打ち上がる花火を見て綺麗と思いながらも、その火薬量に恐怖し、地上の終焉を想像するパレットの姿は戦士としての本能に抗えない彼女の宿命を描いた最重要場面と感じた。

(あたしの前いた世界では、火薬を空へ打ち上げる発想は、敵国を滅ぼすことにしか利用されてこなかった……ましてや、火薬は焼夷弾として、空から地上を焼き払うのが主流ですらあった……それなのに……)

(この世界は、なんて優しい世界なんだろう……)

火薬を娯楽として扱うことを“優しい”と思うパレット……だが、これって本当に感動のシーンなのだろうか? 最初に述べた私にとっての温泉だの通帳だのと同レベルの“ささやかな幸せ”に過剰な感銘を受ける彼女は某国の○○○○員だったらしい。“金髪のサイドテールの少女”は結局、戦う以外の選択肢を持たない孤独な存在だったのだ。だから花火に夢中になっている周囲の子供たちは彼女の○に気づいてくれない。このシーンは“アンハッピー”のほうだと思う。

本作で最も余韻があるこの花火大会の内心描写は上崎氏が最も書きたかったことなのかもしれない。そしてパレットのスマートフォンにうつっていたものはなにか? 皆様の目で確かめていただきたい。それこそが死地へとおもむく動機《トリガー》なのだ。

読みすすめるにつれ、読者は分厚い世界観の裏ッ側をのぞくこととなる。そもそものきっかけ《トリガー》は○○な国と○○い国の確執。そして世界の○○と○○を繰り返す神。上崎氏いわく「シリアスになりますが、重すぎる話にはならないと思います(^^)」とのこと。うんにゃ、1.5トンはあるスーパーヘビー級です。上崎基準恐るべし!

だが、さきにもふれた通り読み手に配慮されているため、やっぱり目に優しい。すらすら読める。私にとっては更新頻度が高いネット小説の在り方書き方というものを考えさせてくれた作品だ。屈強な肉体の○ゲ? そんなの知らん(笑)。

“ハッピーエンドだと良いのですが”

上崎氏はそう語ってくれた。ヘッ……もったいぶりやがって(笑)。残りは二話。氏の中でラストは決まっているはずだ。陽光町の人たちは救われるのか? パレットのBulletは誰を撃つのか? 結末を見よ!

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