第8話

「これは……廃墟ですね」


 二人は丘を登り、塔の入り口をくぐった。そこはアシュトの言う通り、焼け落ち廃墟と化した塔の残骸だった。遠目には立派に立っているように見えた塔も、中に入ってみると焼け焦げた壁はあちこち崩れ、その隙間からは外の景色が見える。


「へへ、なかなか雰囲気があって面白いだろ? ここは『哀しみの塔』って言ってな、バヌスト大草原の名所の一つになってるんだよ」


 塔の内側をらせん状に階段が上っている。壁と同じく階段も所々崩れてはいるが、気を付ければなんとか上る事は出来そうだった。


「哀しみの塔、ですか」


「昔ここで火事があって大勢の人が亡くなったらしい。もちろんこれはゲーム内のストーリーだけどな。炎に包まれた塔の上から、逃げ場をなくした人々が飛び降りたとかなんとか」


「ゾッとしない話ですよね」


「だよなあ。だから、ここに出るモンスターは」


「ひょっとして……アンデッドですか」


 アシュトは眉をひそめた。中の人である勇人はホラー映画もグロ画像も苦手だ。


「いい勘してるねぇ、その通りだ。上まで登ると相当手ごわいのが出るけど、途中までに出てくる奴はそう強くねえ。やってみねえか?」


「そ、そうですね」


 相手がアンデッドと聞いたアシュトは正直ご遠慮したい気分だ。しかしせっかくここまで時間を割いて案内してくれたルイードのことを考えると、それも申し訳ない気がする。結局アシュトは上がってみる事にした。


「よし、じゃあさっそく行こうぜ」


 ルイードにうながされ、アシュトが前に立ってらせん階段を登って行く。2階には何もおらず、さらに3階に上がるとその入り口は木の扉で塞がれていた。


「この塔ぐらいの難易度ならまずねえが、難しいダンジョンなんかだと扉にトラップが仕掛けられてることも多い。ドアを開ける時は注意しろよ」


「分かりました、開けますね」


 ルイードが頷き、アシュトがノブを押すと扉がギイイと音を立てて開いた。2階までは光が壁の隙間から入って来て明るかったが、3階は真っ暗闇で何も見えない。


松明たいまつって持ってるか?」


「いえ、ないです」


「やっぱりか。松明は冒険の必需品だから忘れずに買っといた方がいいぞ。魔法使いがいれば『灯明あかり』の呪文で代用できるけどな」


 そう言いながら、ルイードはバックパックから松明を取り出した。


「ほら、これ使えよ」


「そんな、悪いですよ」


「いいからいいから。新人さんが遠慮するなって」


「すいません、じゃあ有り難く」


 アシュトは軽く頭を下げて松明を受け取り、ルイードに教えられたとおりに生活スキルの『点火』を使って火をつけた。松明はすぐに燃え始め、辺りを照らす。


「あと気を付けなきゃいかんのは、松明を持ってると片手がふさがるからな。剣と盾は同時に使えなくなるぜ」


「そう言われたらそうですね」


 松明を持っていれば片手がふさがるのは当たり前だ。そんな所までリアルにできてるんだなあ、と感心しながらアシュトは左手で松明を持ち右手で剣を握った。


「もしヤバそうだったら加勢するからよ、安心して行っていいぜ」


「ありがとうございます」





 3階、4階とアシュトたちは進んでいく。各階はいくつかの小さな部屋に分かれていて、その中の何部屋かには敵が潜んでいた。ゾンビ系で見た目がグロ過ぎて無理だったらどうしよう――というアシュトの心配とは異なり、出てきた敵はアンデッドの中でも包帯でぐるぐる巻きになったミイラ系だったのでそれほど困らずに倒すことが出来た。


「やっぱアンタすげえな。なかなか新人さんでここまでやれるもんじゃねえぜ」


「いや、なんとか倒せてよかったです」


 ルイードはアシュトの新人離れした戦いぶりに半ば驚き、半ばあきれていた。2体、多い時は3体のミイラたちに囲まれても全く慌てる事が無い。シールドの代わりに左手に持った松明を上手く使って他の敵をけん制しながら、目の前の敵を確実に1体ずつ倒して行く。ミイラは決して動きの速いモンスターではないし、火が苦手なので松明でのけん制が効果的だったことも確かだ。でもそれを差し引いてもアシュトの動きはこの世界に入って来たばかりとは到底思えないものだった。


 ――こりゃあなかなか、慎重にかからねえとな。




「正直ここが限界だろうと思ってたんだが、アンタなら次も行けるかもしれねえ。次の6階には今までよりちょっと手ごわい奴がいるんだが、やってみねえか?」


 5階の敵を全て倒し終わって一息ついたアシュトにルイードが話しかける。アシュトは一瞬考えたが、今までの敵がそれほど強く感じなかったことに加えてRFVRリアルファイトとはまた違うモンスター相手の戦いが面白くなってきたところだったのでそれにうなずいた。


「やってみたいです。いいですか?」


「よし、じゃあ行くか。いざとなったら俺がついてる、心配すんな」

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