プロローグ2 「決勝」

「さあ、決勝戦もいよいよ大詰めを迎えましたっ! 『リアルファイトVR』初代世界チャンピオンに輝くのはハヤト選手か、はたまたサラ選手か?! 一進一退の二人の攻防から目が離せません!」


 ソニック社の開発した世界初の次世代型バーチャルリアリティ(VR)格闘ゲームである『リアルファイトVR』(略してRFVR)は、そのあまりのリアルさから全世界に熱狂的なファンを生み出した。現実の格闘技の試合と見分けのつかない、いやそれ以上の迫力を見せたそのゲーム内の闘いはプレイヤーだけでなく観戦して楽しむ「RFマニア」と呼ばれるファンを大勢生み、優秀なプレイヤー同士の試合は全世界にネットで生配信されて注目を集めるようになった。


「おおっと、ここでサラの『百連打』が炸裂、ハヤトの盾を粉砕したーっ! ハヤト、ピンチです!」


 そして今日、世界中のRFVRプレイヤーの中からナンバー1を決める大会が初めて行われている。決勝に残ったのは剣士を選んだハヤトと、巫女姿で自らの拳を使って戦う拳闘士のサラの二人だ。




 ――くそ、盾がぶっ壊されるとはヤバいな。だがまだ終わってないぞ。


 サラが使った『百連打』はダメージを与えるだけでなく相手のガードや防具を破壊する拳闘士のスキルだ。それを受けてボロボロの役立たずになった盾を捨て、ハヤトは正眼の構えで剣を握る。既にHPは互いに残り30%を切っている。次の大技で勝負が決まるだろう。サラが繰り出す小パンチや小キックが誘いに過ぎないと見抜いたハヤトは、淡々とそれらを避けながら考えた。


 ――サラは『明鏡止水』を狙ってるのかもしれない。だとすると軽々しく先に動くのはまずいな。


 明鏡止水は拳闘士の最終秘技スキルだ。相手の全ての攻撃を受け流し、それをかい潜ってカウンターを打ち込む究極の打撃技。威力の大きい秘技ほど非常に複雑な紋様ルーンを手順通りに素早く正確にイメージすることが必要で、自由に使える者はほとんどいない。サラが明鏡止水を使うところは見たことがないが、だからと言って使えないと考えるのは早計だろう。むしろそう考えればサラの攻撃が妙に単調なのもつじつまが合う。




 これまでのコントローラーを使ったゲームと異なり、この次世代型VRゲームでは指先で何かを操作する必要はない。頭部をすっぽりと覆うヘッドセットを装着すると、脳の神経細胞の発する電気信号をヘッドセットが感知してそのままキャラクターの動きとして再現する。プレイヤーは自分の体を動かすのと全く変わらない感覚でキャラクターを操作できるのだ。その代わりにプレイヤーの身体はヘッドセット装着中は深い眠りに入った状態になる。これはキャラクターと実際の身体が同じ動きをして事故を起こすことを防ぐための措置だ。ゲームをやめてログアウトすれば自然に目覚めるため、一切危険はないとされている。


 通常の殴る、蹴る、跳ぶなどの行為は普段の行動と同じようなイメージで出来るが、それでは出来ないものもある。それが「秘技スキル」と呼ばれる技だ。スキルは各キャラクターの職業ジョブによってそれぞれ異なる。

 例えば今ハヤトが使っている剣士で一番簡単なスキルは「シールドバッシュ」という技だ。普通に盾で相手を殴ってもダメージを若干与えられるだけだが、このシールドバッシュを使うと相手を一定時間麻痺スタンさせることが出来る。このスキルを発動する為には頭の中で決まった形の印を描く必要がある。その印を紋様ルーンといい、そのイメージを正しく描けた瞬間に盾で相手を殴ることに成功すると秘技スキルが発動するが、防御されたり避けられたりイメージが間違っていたりタイミングが合わなければ失敗する。

 格闘ゲームである以上キャラクターの筋力や敏捷性と言った各種パラメーターは職業ごとに一定である為、反応速度や操作能力と共に秘技スキルをいかにうまく使うかがプレイヤーの優劣の決め手となっていた。




 ――どうしたの、攻めてこないのならこっちから行くわよ。


 盾を捨て避ける以外に守る方法の無くなったハヤトに対し、サラはカウンターを諦め自ら攻める事を決めて最後の攻撃の構えに入った。『青竜』と呼ばれるスキルで、拳闘士の持つ攻撃技としては最高ダメージを誇る。内容は非常にシンプル。目にも止まらぬ速さで相手の懐に飛び込み、ただ真っ直ぐに会心の一撃を放つ。超高速移動と高ダメージのコンビ技で、シンプルなだけに盾を失ったハヤトにはカウンターを狙う以外の選択肢はないはずだった。飛び込む時に反撃を食らう可能性はあるが、接近戦を得意とする拳闘士がそれを恐れては何も出来ない。


 ――虎穴に入らずば虎児を得ず、よね。貴方の攻撃を避けると同時に最高の一撃をプレゼントしてあげるわ。


 サラはハヤトの実力を嫌というほど知っていた。今までハヤトが戦う試合を何十回と見てきたのだ。サラはハヤトの決して卑怯な手を使わない、潔い戦い方が好きだった。だから手の内は十分わかっている。本当は秘技『明鏡止水』のカウンターで止めを刺すつもりだったが、さすがにハヤトはそれを察したのか先に手を出そうとしない。ならば自分から動いて最高の一撃を繰り出すのみ。





 サラはすうっと息を鼻から吸い込み、丹田に気を溜めながら頭の中で複雑な紋様の印のイメージを描く。その印が描き終わる瞬間、目にも止まらぬ速さで飛び出した。


 ――決まった!


 瞬時にハヤトに肉薄してその顔に最高の一撃パンチを放ったその瞬間、サラはとてつもない衝撃と共に後方に弾き飛ばされてそのまま意識を失った。


【YOU WIN!】


 ハヤトの頭上にでかでかと表示が浮かび、一斉に花火が打ち上げられる。


「今、何が起こったのでしょうか?! ハヤト選手が絶体絶命かと思われたその瞬間、サラ選手が吹き飛んで勝負がつきました! 第1回RFVRチャンピオンはハヤト選手です! 皆さま、ハヤト選手に惜しみない賞賛を!」





 ――ふう、ギリギリだったな。


 ハヤトが最後に繰り出した秘技スキルは剣士の奥義である『後の先』だ。相手の攻撃を受け流しながら反撃し、相手より後に出した自分の攻撃が先に届くという拳闘士の『明鏡止水』と並ぶカウンター技。ただしその分発動のタイミングが難しく、ほんのわずかでも狂えば失敗して相手の攻撃をもろに受けてしまう両刃の剣だ。剣士は盾で防いだ方が安全なためそのリスクの高さからほとんど使うプレイヤーはおらず、ハヤトも公式の戦いで使ったのは初めてだった。『青竜』の超高速の突きに秘技を合わせられるのは世界でもハヤトだけだろう。


「ハヤト選手、優勝の感想をお聞かせください!」


「……疲れました。早く現実リアルに戻って寝たいっす」


 観ていた観客たちのメッセージや弾幕が宙を飛び交う中、表彰を受けたハヤトは渋々手を振りながら早くこの場から立ち去りたいと願っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る