第1話


 ――ピーンポーン


「ふわぁ、誰だよ、こんな土曜の朝から……」


「成瀬さん、お届けものでーす」





「何だ? ソニック社からって。この間の大会の優勝商品かな」


 宅配便の兄ちゃんに起こされた19歳の学生、成瀬勇人なるせゆうとは届いた小包を眺めながらつぶやいた。昨日も遅くまでRFVRをやっていた為、寝不足気味だ。今朝はゆっくり寝ようと思っていたから、突然起こされて若干不機嫌だった。VR世界に居る間体は寝ているのだが、脳は起きているのでやはり睡眠は必要になる。


 勇人が夏休みだからと言って毎日のように徹夜でゲームをして朝はのんびり寝ていられるのは、アルバイトもしていないヒマ人だからだ。リアルファイトの人気が上がりその戦いを観戦するマニアが増えるにつれ、生配信される戦いは大きな収益を上げるコンテンツになっている。中でも無敗を誇る「ハヤト」には多くのファンがおり、おかげで勇人には決して少なくないお金が入るようになっていた。それは一人暮らしの大学生には十分すぎる金額である。しかもコミュ障のヒッキ―で大学とゲーム世界を行き来するだけの毎日を送る、彼女いない歴=年齢の勇人にはそれほどお金を使う習慣もない。結果生活に困る事はなく、やっていたアルバイトもやめてしまっていた。


 勇人が小包を開けると、中から手紙とメディアが出てきた。


『成瀬勇人様。この度ソニック社は「リアルファイトVR」で培った世界最高のバーチャルリアリティ技術をフルに活用した世界初のVRMMORPG「エターナルランド」をリリースすることになりました。現実世界と全く変わらない感覚で数万人規模のプレイヤーが同時にゲーム世界の出来事を体験する、「リアルファイトVR」をも超える最高のVRゲームの誕生です。そこには現実としか思えないリアルな生活と、現実では決して味わうことの出来ないファンタジーの冒険が待っています! もちろんパーティープレイや大規模なギルド戦だけでなくソロプレイにも完全対応。この夢のゲーム「エターナルランド」の2000人規模の第3次βテスト開始にあたり、「リアルファイトVR」初の世界大会で優秀な成績を収められたハヤト選手こと成瀬勇人様を特別にご招待させて頂きます!』


「へえ、今度のゲームはMMOか。すっげえリアルなんだろうな。でも俺、格ゲーしか興味ないし」


 朝食に買っておいた菓子パンを齧りながら手紙に目を通した勇人は、呟きながらその先に目を向けた。ちなみにどうでもいい情報だが勇人はほとんど酒が飲めない。代わりに甘いものを好む典型的な甘党だ。





『特別招待テスターである成瀬勇人様へのプレゼントとして、「リアルファイトVR」内のキャラクター「ハヤト」と同じキャラクターをご用意致しました。単に顔や体つき、衣装などの見た目が同じであるだけでなく、成長するにつれて「リアルファイトVR」と同じ秘技スキルも使う事が出来ます。キャラクターの外見および名称は通常早い者勝ちですが、特別招待テスターである成瀬様のキャラクター「ハヤト」は他のテスターには選択できないようにしてあるため、いつ始めてもお使いいただく事が出来ます』


『「エターナルランド」は成長型のMMOであるため最初はごく簡単なスキルしか使えませんが、成長すればいずれ格闘ゲームである「リアルファイトVR」と同様の上級スキルも習得できます。RFVRと全く同じ感覚で操作出来るため、すぐに慣れて頂ける事でしょう。「リアルファイト」で感じた衝撃をはるかに超える体験があなたを待っています。さあ、今すぐ「エターナルランド」βテストに参加して下さい!』





「へえ、テスト開始は今日の十二時か。もう1時間もないじゃん」


 タイミングがいいと言うのか、時計を見ると午前11時過ぎ。起こされて早すぎると怒るような時間ではない。だいたい夏休みなのだから、アルバイトもしていない一人暮らしの大学生である自分はいつ寝ようが起きようが2度寝しようが構わないのだ。それを思い出し、起こされて腹を立てていた自分にちょっと呆れながら勇人は箱の中から説明書を取り出した。この時代に紙の説明書か、と思わなくもなかったが問題はその厚みだ。殴るとちょっとした武器になりそうな分厚さにうんざりしながら「リアルファイト」の時もこうだったと思い出していた。


「あの時もこれぐらいの説明書が付いてたけど、読まなくても何とかなったもんな」


 だいたいこの厚さの時点で読まなくてもいい、と言っているような物だろう。勇人は説明書を読むのを放棄するとメディアの入っているビニール袋を開けて、中から四つに折り畳まれた紙を引っ張り出した。


「あった、これこれ」


 その紙を広げると「簡単セットアップ&スタートガイド」と書いてある。そこには分かりやすい図と共に簡単な説明が書いてあった。





「さあ、問題はやるかやらないかだ」


 勇人は生粋の格ゲーマニアである。コンシューマーかアーケードかに関わらず、幼い頃から格闘ゲームはほとんどやりつくしたと言っていい。腕前も天才的で、現実のスポーツはともかくゲーム内での反射神経には自信があった。そんな勇人が過去最も嵌まったのが「リアルファイトVR」だ。現実そのままの感覚の操作性、まるで自分自身がキャラクターに乗り移ったような感覚とスリルに勇人はのめり込んだ。そしてとうとう世界一にまで上り詰めたのだが、最近は少しマンネリを感じていたことも事実だ。名前が売れたせいで挑戦者がひっきりなしに来るのはいいのだが、用事があったりして断っただけで「調子に乗っている」「天狗だ」「負けるのが嫌で逃げた」「そもそもあの大会も出来レースだ」などと掲示板で叩かれるのにも辟易していた。


「……MMOのRPGって合わないんだよなあ」


 もちろん勇人もMMORPG(大規模多人数同時参加型オンラインRPG)を全く知らない訳ではない。かなり昔にはなるが有名タイトルを一度だけやってみたことがある。だが完璧に役割を分けられたパーティープレイに馴染めず1週間もたたずに辞めてしまった。そもそも人と関わらずにはいられないMMOはコミュ障気味の勇人には敷居が高い。だからそれ以来格ゲー一筋だ。


「リアルファイト以上にリアルな世界か、どんな感じなんだろう」


 勇人は初めてRFVRリアルファイトの世界に入った時の驚きと感動を思い出していた。ソニック社が世界に先駆けて開発した新世代型VRゲームエンジン「ジェネシス」。それが創り出す完璧にリアルな世界はまさに衝撃的だった。フルフェイスのヘッドセット型筐体を着けると体は瞬時に眠り、それと同時に意識は仮想のゲーム世界に飛ぶ。そこにあるのは現実と区別のつかないほどリアルな世界。その実用化第一弾としてRFVRが作られたのは格闘ゲームであれば舞台が限られており、データ量が少なくて済むからだ。

 その発売からわずか2年、いよいよ数万人が広大な大地に同時に存在できるゲームが完成したとなったら世界中のゲーマーが熱狂するのは間違いないだろう。第3次とはいえそのクローズドβテストに招待されたのだ。興味が湧かないはずがなかった。





「まあやるだけやってみて、合わなきゃやめたらいいだけのことか。金もかからないみたいだし」


 そう呟いて勇人はインストール用メディアを取り出した。簡単スタートガイドの説明に沿ってRFVRで使っているヘッドセット型筐体にメディアを差し込む。表面のボタンをいくつか押すと、ブィーンという低い音と共に小さい黄色いランプが点滅を始めた。約十分後、ランプが緑色に代わり小さな音が鳴ってインストールが終了したことを知らせる。


「もう終わったのか、早いな」


 かなり時間が掛かるかもしれないと覚悟していた勇人は拍子抜けしてスタートガイドの続きに目を通す。


「ま、やって見りゃわかるだろ。操作はRFVRと変わらないみたいだし」


 時計を見るとそろそろ12時だ。だいたいこういう時はログインロビーが混雑して、出遅れるとなかなか入れないものと相場は決まっている。まずはとりあえずやってみることにして、勇人は筐体を頭に被りながらベッドに横たわった。




 ――目の前のディスプレイにソニック社やエターナルランドのロゴと共にオープニングの簡単な3Dムービーが流れる。製品版になればさぞかし豪華なムービーになるのだろう。それが終わると住所、氏名、年齢、性別、メールアドレスなどの入力と幾つかの項目への承諾を求められた。入力は頭で思い浮かべるだけでいいので簡単だ。承諾項目は読まずにそのままOKをイメージする。それと共に勇人はすうっと眠りに引き込まれていくのを感じた。これはリアルファイトにログインする時に感じるのと同じなので慣れたものだ。



 こうして勇人は「エターナルランド」(EL)の世界に降り立った。

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