第6話

 ――回避優先で全部かわしてやる。


 とにかく避けまくる決心をして、やっと痺れの取れてきた腕で盾を構える。


 次々と繰り出されるブラッドベアの攻撃をひたすらかわし、攻撃は絶対安全だと確信できた時だけチマチマと。そうこうするうちにかなりブラッドベアの攻撃パターンが読めるようになり、このままいけば時間はかかるがなんとか倒せるかと思ったその時。


「ゴアアアアアアアアアアアッ!!!」


 逃げ回り避けまくるアシュトに明らかにイラついていたブラッドベアが、突然とんでもない音量で大声を上げた。スタン効果をもつ特殊攻撃『咆哮』だ。すぐに両手で耳を押さえたが、塞いだ手を通り抜けてなお鼓膜が破れそうな大音量が頭の中で鳴り響く。レジスト判定に失敗してふらついたアシュト目掛けて、ブラッドベアが飛び掛かった。


 ――クソッ!


 大きく口を開いたブラッドベアの巨大な牙が目前に迫る。アシュトはめまいを感じ体勢を崩しながらもとっさに頭の中で紋章ルーンを描いた。シンプルな紋章は一瞬で完成し、輝きだした盾で目の前に迫ったブラッドベアの顔面を噛まれるギリギリのタイミングで一か八か殴りつける。


「ガッ……」


 リアルファイトで鍛えあげた完璧なタイミングで盾が横っ面を捉えた。ブラッドベアはアシュトの『シールドバッシュ』の秘技スキルのレジストに失敗、嚙み付かんと大口を開けたままの状態で一瞬麻痺スタンした。


「喰らえっ!」


「グオオオ……」


 その口目掛けてアシュトは右手に握った剣を思い切り突き刺す。斜め上に突き出された切っ先は上あごを突き破り、ブラッドベアの脳にまで達する。ウィークポイントを直撃した一撃はクリティカル判定に成功、致命傷となって体力ゲージは一気にゼロになった。するとその瞬間ブラッドベアは大きく体を震わせて白目を剥いた。


 ーーや、やばっ!


 力を失った巨体がグラりと傾き、そのまま倒れてくる。アシュトは必死に剣を引き抜き、なんとか下敷きになる前に脱出した。音を立てて倒れ込んだブラッドベアの身体が、キラキラとした無数の黄色い光の粒に変わっていく。その光の粒がアシュトの身体に吸い込まれていくと、意識内にメッセージが流れた。


『経験値およびゴールドを獲得しました』


『ドロップアイテムがあります:熊の毛皮・熊の手・熊の牙・熊肉・武道家の魂|(レア)』


「ご主人やりましたね! いやぁ、見事なもんや。まさかレベル1でブラッドベア倒しはるとは、こりゃもうビックリ仰天ですわ」


 ポン吉が驚きと呆れが混じったような声で話し掛ける。アシュトは疲れ果てた声でそれに応えた。


「勝ったというか、なんかよく分からないうちに勝手に倒れたというか――とにかく疲れたよ」


「いや、ホンマ凄いですって。しかもレアアイテムまでゲットしはるなんて!」


「レアアイテムって、この『武道家の魂』ってやつのこと?」


 アシュトは剣と盾をしまうとマジックバッグに手を入れた。引き出した手には水色に輝く玉が握られている。


「そう、それですやん! それはかなり貴重なアイテムで――」


 パチパチパチ


 突然アシュトの背後から拍手が聞こえた。驚いて振り向くと男が立っている。痩せてやや小柄ないかにも素早そうな男だ。革鎧の腰には細身の剣を差している。


「驚かして悪かった。ずっと見物させてもらってたぜ。いや、アンタすげえな。ブラッドベアを一人で倒しちまうとは。しかも見たとこ新人さんだろ?」


「あ、え、はい。インしてすぐにこの森に入ったらいきなり奴に襲われて……」


 コミュ障の勇人――アシュトはいきなり現れた初めて出会うPC(プレイヤーが操作するキャラクター)に多少動揺しながら挨拶をした。


「俺はルイードだ、よろしくな。2次からやってる。そっか、いきなりブラッドベアに出会っちまったのか。そりゃ災難だったなあ。だけどそれで倒しちまうなんざ、凄いじゃねえか。てっきりやられちまうと思ったが」


「俺はアシュトです。たまたま運が良かったんですよ」


「いやいや、運だけで倒せる相手じゃねえって。アンタもリアルファイトやってたくちか?」


「あ、ええ。かなりやり込みました」


 世界一になるくらいには、と言いたいところだがいえない。


「だろうな、そうじゃなきゃさっきの動きはぜってえ無理だ。実は俺も一時期ハマってたんだよ。このゲームは能力値やレベルだけじゃなく操作がかなり重要だからな、リアルファイト上がりはかなり有利だぜ。……ん、そういやアンタ」


 ルイードと名乗った男はアシュトの顔をしばらく眺めて、ニヤリと笑った。


「ははーん、アンタもあのハヤトのファンだな。見た目かなり似てるもんな」


 そう言われて、さっそくばれるのではないかとアシュトは内心かなり焦った。


「あ、ありがとうございます。そうですね、結構好きなんですよ。あははは」


「そうだろうなあ。ここにはアンタみたいにハヤトに似せてキャラ作った奴がちょこちょこいるぜ。でもアンタはその中でもかなり似てるよ」


「そ、そうですか。かなり苦労して似せたので」


(へえ、ご主人ってかなり有名なんですねえ。秘密にせんかってもよろしいのに)


(ちょっと黙ってろって!!)


 まさか自分がハヤト本人だと言う訳にもいかず、アシュトはテンパっていた。耳元で聞こえるポン吉の声はルイードに聞こえないと思いつつも黙るように念じる。


「そうかそうか、いや、でもアンタも才能あるって。きっと強くなるぜ」


「ありがとうございます。あ、ルイードさんの職業ジョブはなんなんですか?」


「へへ、俺のジョブは……これだよ」


 そう言うとルイードは右の人差し指を曲げて見せた。


「それって……」


「そう、盗賊さ。鍵を開けたり、罠を解除したり、相手の背後を取って攻撃するのが仕事だ」

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