第5話
「グオオオオオオオオーッ!」
アシュトと睨み合っていたブラッドベアが再び雄叫びを上げた。
――血走った白目がめっちゃ怖いんですけど。
アシュトは余りにもリアルな目を見て背中に寒気が走る。
ブーンッ!
突然ブラッドベアの右前脚がアシュトの頭目掛けて横殴りに襲ってきた。頭を屈めて何とかそれをかわす。
――あぶねえ、当たったら即死だぞ。
ブン! ブン! ブゥン!
ブラッドベアは初撃を避けられて頭に血が上ったようだ。左右の前足でアシュトに連続で殴り掛かる。さすがは最新鋭のVR技術、本物の熊に襲われているのと全く変わらない迫力だ。だが今のアシュトにそれを楽しむ余裕はない。
――
左右の熊手の攻撃に加え、たまに噛み付きまで入ってくるから厄介だ。巨大な
「――あ、そういえば言い忘れていたことがおますねんけど」
「な、なんだよこんな時にっ!」
集中していたところに突然耳元で話し掛けられ、アシュトは本気で驚いた。一瞬気を取られたところに飛んで来た前足をなんとかステップバックして躱す。
「いや、ご主人のやってはった『
「そ、そりゃあ違いはあるだろうねっ。こんなデカい熊なんかいなかったしっ!」
そう言いながら噛み付き攻撃を右に回って避け、横から隙を見つけて切りつける。だがその剣は分厚い皮にさえぎられて深い傷は負わせられていない。斬りつけた時に手に感じる強い抵抗感もRFVRにはなかったものだ。
「そうでんな。中でも戦闘システムで大きく違うところがおまして――」
「その説明、今じゃないとダメかな?!」
だんだんタイミングが掴めてきたアシュトは前足の攻撃を避けて懐に潜り込み、鋭い突きで傷を負わせると同時に転がって距離を取る。今度の攻撃はある程度ダメージを与えられたという手応えがあった。傷口から流れ出る血もよりリアルになっている。これも格ゲーとRPGの差なのだろうか。
「いや、まあ別に今やないとアカン、ちゅう訳やないんでっけど、どっちかと言うたら今話しといた方がええんとちゃうかなー、思たりなんかしまして」
「あー、分かった、早く教えてくれ。出来るだけ簡潔に!」
プレッシャーに少しずつ慣れてきたアシュトは、ゆっくりと相手の周りをまわりながら隙を窺う。ブラッドベアもアシュトの避ける技術の高さを理解したのだろう。むやみと攻撃するのをやめ、低い唸り声を上げながらアシュトを睨みつけていた。ハッ、ハッとブラッドベアが吐く息の生臭さもとてつもなくリアルだ。
「分かりました、ほな手短に。
――よし、ここだっ。
ポン吉の説明を聞き流しながらブラッドベアの右からの攻撃をかい潜り、タイミングを合わせてアシュトは距離を縮めようとダッシュした。その瞬間、視界の端に左から飛んでくる影が映る。
――しまった!
今までになかったパターンの左右連続攻撃だ。右の攻撃はアシュトを誘う罠だったらしい。アシュトは必死に盾で左の攻撃を受け止めるが、パワー差が大きすぎて弾き飛ばされ、地面を大きく転がる。
「痛え……」
アシュトは今まで感じた事の無い痛みに顔を歪めた。
「それ、それでんがな。
「何だよそれ、先に言っておいてくれよ……」
盾でガードしたにもかかわらず、左肩から腕にかけて痛みと共に痺れが走って自由に動かない。何とか体勢を整えて剣を持つ右手で左腕を押さえながら距離を取った。
「痺れてはりますやろ、それはブラッドベアの攻撃に『痺れ』の特殊効果が付与されてますねん。ダメージはほとんど盾でガードしてますからあとはレジスト出来たらいいんでっけど、レベル差があるさかいになかなか難しいでっしゃろなあ」
――でっしゃろなあ、じゃないって!
アシュトは「痛みを感じる」という事自体に恐怖を覚えた。RFVRではダメージを受けても痛みは感じず体は動く。スタミナが切れると身体の動きは鈍くなるが、それでも痛いという事はない。それは格闘ゲームで「痛み」という概念が入ると劣勢のプレイヤーが逆転する可能性が極端に低くなるからだ。
だがこのVRMMOの世界では事情が異なる。例えば盾役のタンクがいくら殴られても平然としているのでは、リアリティもへったくれもない。敵の攻撃でダメージを受けたら痛みを感じ、ヒール(回復)の呪文を受ければ体力と共に痛みも和らぐ。「痛み」などの感覚異常はVRゲーム世界でリアルを感じるための大切なエッセンスなのだ。だがそれに慣れていないアシュト――成瀬勇人はそれを怖いと思った。
「くっそ、もう攻撃は喰らわない。避けて、避けて、避けまくってやる!」
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