眠れる未完のアーチスト⑤
浩太郎の日課は変わらない。
彼は毎日のように、学校の練習とは別に、バットを振り続ける。
ただ、以前とは違う点が二つあった。
一つは、今まで漫然とバットを振り続けていたのを、考えて振る様に意識するようになった。始動からスイングの軌道、その際の身体の使い方や振り切るまでの一連の力の入れどころなど、細々としたところまで意識して、身体に沁みつけるようにするようになった。
二つ目は、回数。これまで毎日五百回を続けていたが、コーチに言われて一日あたり百本へ大幅に減らした。一見すると後退やサボりに映るが、数少ないスイングにすることで、かえって一回一回のスイングの重みが増した。その分、一回ごとの内容の濃さが何倍にもなった。我武者羅ではなく丁寧に、一本ずつのスイングを振れるようになっていた。
そんな彼の日課とは対照的に、野球部でのトレーニングは変わらなかった。紅白戦で活躍できなかった一年生組は相変わらず基礎トレーニングのランニングや体幹トレーニングばかりで、ボールにはほとんど触らせてもらえない。それに不満を漏らし、弱音を吐き、嫌気が差して退部を考える者もいたが、浩太郎は気にしなかった。部活時間ではやりたい練習をさせて貰えない分、家の自主練で素振りをしたり、コーチが行なってくれる時間外の指導時間を利用する様にしたりしていたからだ。
今できることをやろう――それが現状の主題となり、その積み重ねがいつか結果に結びつくと信じ、継続して取り組み続けた。
考えなしの努力や練習の積み重ねは平然と嘘をつく――コーチが言ったその言葉は、残酷だが間違いではないと思う。
ただ一方でこんなことも言える。
試行錯誤を繰り返し、編み出された練習や努力ならば、決して嘘をつくことはない、と。
*
時が遥かに経過し、季節は秋に移ろう。
三年生が退部し、野球部は一・二年生中心のチームとなり、秋の県大会に臨んでいた。
夏よりは涼しい気候、しかし熱い戦いが繰り広げられているのは変わらない。
そしてバッターボックスには、背番号十七を付けた長身の打者が立つ。今日、秋の県大会五回戦で初スタメンに抜擢されたその選手は、相手高校のエース投手と対峙する。バットを大きく振りかぶり、反った状態を真っ直ぐに立て直しながら、その打者は構える。
相手投手の配球は、三球が終わったところで二ボール一ストライク……外角を中心にした組立だ。そこまで、打つには手頃なところに球がこなかった打者は、じっと静かに好球を待つ。
そして四球目。相手キャッチャーが内角に要求した球が、真ん中甘目に入ってくる。
捉えた。
持ち上げたヘッドを水平気味の斜めに振り下ろし、僅かに曲げた左膝を力の支点として鋭く腰を捻ってバットを走らせる。豪快ではないが鋭利なスイングが捉えたボールは、快音を響かせて弾け飛ぶ。
高々と放物線を描いた打球は、センターの上を遥かに超え、バックスタンド左側の客席へ叩きこまれた。
打ったバッターは悠々とダイヤモンドを一周し、ホームベースを踏んで生還し、ベンチ前で待つ仲間から歓声で出迎えられる。その最前線、次の打者の待つネクストバッターサークルで待つ同学年の仲間・岡崎康信がハイタッチを求めた。
「ナイスバッティング。いきなり結果を出したな。狙ってたか?」
微笑で出迎えられ、打ったバッターは笑う。
「そりゃあ狙うでしょ。この状況じゃ」
「そうだな。よし、じゃあ俺も続くか」
軽口を叩き、康信は次の打者として打席へ向かう。それを見送ると、打った彼はベンチに戻る。
「ナイス森川!」
「いきなり打つかよ! やるなぁ!」
ベンチ入りの部員たちに祝福され、浩太郎はベンチ前でハイタッチを行なう。そして、ベンチの奥へ引っ込むと、それを待ち受けていたように、部長が近寄ってきた。
「やるなぁ、森川。初スタメン初打席初本塁打とはな」
感心したように言われ、浩太郎は破顔する。ある意味、入部当初から一番認めて貰いたかった相手から褒められ、浩太郎は得意げだった。
――この一発から、その後チーム屈指のアーチストの軌跡が始まるのだが、それはまた別の機会に移すとしよう。
喜ぶのもほどほどに、浩太郎やチームのメンバーは、本塁打の余韻から意識を切り替える。目の前の敵を破り、勝利を得るために、チームは一丸となって試合に集中し直すのだった。
ダイヤモンド・マギカ 嘉月青史 @kagetsu_seishi
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