初めてのラブレター

結葉 天樹

初めてのラブレター

「初音ねーちゃん、頼みがある」


 二歳年下の幼馴染、光太郎から相談の電話を貰ったのはあいつが私と同じ高校に入学してすぐの事だった。


「は、ラブレターの書き方?」

「うん。俺、ラブレターなんてどう書いたらいいのかわからなくて」


 光太郎から頼みを受けるのはとても珍しい。小学生の頃はクラスメイトに泣かされて、私がいつも守ってあげていたけど、あいつが中学生になった頃からいわゆる反抗期とやらなのか、あまり頼られなくなった。

 だがしかし、光太郎も一人前に誰かに思いを寄せる年頃になったか。うんうん。昔から面倒を見ていたお姉さんとしては嬉しい限りだ。


「初音ねーちゃん、趣味で小説書いてるだろ。その文章力で助けて欲しいんだ」

「良かろう。お礼はハーゲンダッツ三つで」

「ありがとう。じゃ、昼飯食べたら行くから!」


 光太郎が家に来るのは、あいつが受験で遊びを断つようになってから半年ぶりだ。


「さて……」


 私は立ち上がる。まずはこの部屋を昼までに片付けなければいけなかった。




「お邪魔します」

「ま、座りなよ」


 部屋に通して座らせる。部屋を埋め尽くしていた衣類や本はそろって押入れだ。


「先に言っておくけど、私はアドバイスするだけだからね。文章を考えるのは光太郎自身だ」

「え、何でだ?」

「当たり前でしょうが。もしあたしが書いて、それで付き合う事になったらすぐ文章力の違いでボロが出るでしょ」

「あ、そうか」


 光太郎はポンと手を叩いて納得する。危ない。こいつは全部私に頼る気だったな。


「私は文章の構成や言葉遣いとかのチェックをしてあげるから」

「それだけでも心強いよ。どうも国語が苦手でさ、『人の心に届くような文章』って言われてもピンと来なくて」

「ふっふっふ。そこは任せなさい。何を隠そう私こそ、とある小説投稿サイトで月間ランキング上位の常連を取っている人気恋愛小説作家。恋愛については経験値が違うのよ」

「妄想の世界だけだろ?」

「ていっ!」


 光太郎のツッコミに間髪入れずチョップを脳天に与えた。彼氏の話はタブーである。


「痛ってー、だって本当の事じゃん」

「やかましい。脳内は常に愛に満ち溢れているからいいのよ」

「空しくないか?」

「ていっ!」


 再びチョップを脳天に与える。この一年で光太郎の背が伸びたのでいちいち背伸びしなくちゃいけない。


「でも私の見立てじゃ、光太郎はモテそうだと思うんだけど?」


 高身長だし、ルックスも悪くない。部活も中学ではバスケ部のレギュラー。加えて私たちの通う高校は地元じゃ知られた進学校。光太郎は国語が苦手とは言うけど決して成績も悪いわけじゃない。


「ああ、何度か告白されたことはある」

「詳しく」


 眼鏡を光らせて前のめりになる。

 光太郎の恋愛体験こいばなとか興味深い。


「面白くも何ともねえよ。だって断ったし」

「何でよ?」

「……初音ねーちゃん、俺が何のために今日ここに来たのか忘れたのか?」


 それもそうだ。意中の相手がいるなら断るのも当然だ。


「じゃ、次の質問。あんたの好きな相手ってどんな子?」

「うーん……明るくて頼りがいがある?」

「良いわね。好感の持てる子じゃない。クラスメイト?」

「いや、先輩」

「あんた、入学したばかりでもう好きな人ができたの?」


 光太郎は頷く。こいつ、こんなに惚れっぽい性格だっただろうか。いや、半年もあれば男は変わる。


「好きな人ができたって言うか……前から好きだったと言うか」

「ほほう……さては、その人を追いかけてうちの学校に入ったと見た」

「げ……」


 光太郎の顔色が変わる。甘いぞ明智君、そのくらい私にかかればお見通しだ。


「と、言う事は同じ中学校だったと言う事。私も知っている相手だ!」

「そこまで分かるのかよ……」


 光太郎が頭を抱え始めた。まずい、これ以上いじるとへそを曲げてしまうかもしれない。


「ま、名前は聞かないでおいてあげる。武士の情けよ」

「それは助かるよ」


 元々光太郎の成績はうちの学校に入れるかどうかの瀬戸際だ。それを、半年間遊ぶのも断って必死に受験勉強をして入ったのだ。簡単に予想は出来た。


「なるほどなるほど。それじゃ、相手の事はそれなりに見てきてはいるのね」

「……まあな」

「相手はあんたの事知ってるの?」

「ああ」

「仲は良いの?」

「それは間違いないな」


 ほほう。好感度はそれなりに高い状態からスタート。ただし友達の関係から抜け出せるかどうかという展開。これは良い。


「学校一のイケメン。ただし恋愛下手が思いを寄せる先輩ヒロイン……よし、次の話はこれで行こう」

「人の恋路をネタにするなよ」

「使うのはシチュエーションだけよ。それより、今のあんたがどれくらいの文章書けるか見せてもらっていい?」

「え、いきなり?」

「あんたの実力がわからないんじゃアドバイスしようがないもの。まずはストレートに気持ちを伝える文章を書いてみなさい」




「できた」


 うんうん唸りながら光太郎は恋文第一号を書き上げた。受け取った便箋には大きく一言。




『好きです』




「ていっ!」

「あ痛っ!?」


 問答無用のチョップである。


「アホかお前は」

「いや、ストレートにって言われたらこれくらいかなって」

「ここまで堂々と書かれてときめく女がいるか!」


 これは恋愛小説じゃなくて少年漫画だ。


「例えば、こう……どうして好きになったのかとか」

「同じ学校で色々とお世話になった」

「それ書いたらお礼状ね」


 少なくとも感謝の気持ちは伝わるかもしれない。だが、そうじゃない。


「部活の試合に呼んだりしなかったの?」

「ああ、来てたよ毎回」

「それを早く言え!」


 チョップを叩き込む。

 不覚、試合会場にいたのなら私も見ている可能性があるじゃないか。


「わざわざあんたの試合見に来てるなら、その子の好感度高いでしょうが!」

「そうか?」

「高校でもバスケ部入るんでしょ?」

「ああ。バスケは続けるつもりだよ」

「だったら、レギュラー取ったら付き合ってくださいとか色んな攻め方があるでしょ」

「レギュラー取るって……うち、強豪校だぜ」


 運動系の部活はよくわからないが、どうも冬の新人戦まではレギュラーを取るのはかなり難しいらしい。

 そもそも光太郎はその相手を追ってうちの高校に入ったんだ。言ってしまえば入学したての今が一番の告白のタイミングだ。


「じゃあ、女の子がときめく様な言葉って例えば姉ちゃんなら何て言うのさ」

「君のために勝つ」

「口が裂けても言えねえよ!」


 さすがに真面目な光太郎じゃ無理か。


「そもそもそれ、恋愛小説や少女漫画の台詞だろ」

「女の子はどこかで夢が現実になって欲しいって思うのよ」

「白馬の王子様ってやつ?」

「本当に乗って来たら引くけどね」

「駄目じゃん」


 現実とは非情な物なのです。


「まあ、試合を見に来てくれって言うのはどこかで使うよ」

「お、頑張れ頑張れ」


 そして、再び光太郎はペンをとって書き始める。


「……初音ねーちゃんはさ、誰かと付き合おうと思ったことないのか?」


 不意に聞かれた質問に、私も考え込む。


「好きになった人はいるけどね。なかなか付き合うまではいかないのよ」

「何で、初音ねーちゃん頭いいし、明るいし、良い所いっぱいあると思うぞ?」

「だって、男の子って、結構バカやってるの多いじゃない。そう言うの見てたら何だか冷めちゃって」


 そもそも、私は小説を書くのが趣味だ。いつも本を読んでてあまり友達付き合いもいい方じゃない。数人の仲のいい友達と一緒に居るくらいで、光太郎の様に素を出せる相手は少ない。だからそれほどクラスで目立った存在ではない。


「勿体無いな。それなりに見た目も良いと思うのに」

「それ、さっきの意趣返し?」

「さあな」


 光太郎はニヤリと笑う。私に仕返しをするようになるとは、なかなかやるようになったものだ。


「あ、そこ。もう少し気持ちを前に出して」

「え、いいと思ったんだけどなあ……」

「恋文ってのはメッセージだから、どれだけ相手の事を思っているかを伝える物なの。確かにその言葉の使い方は悪くないけど、それはあくまで文章として。メッセージとしては不適当かな」

「へー、それなりに小説家っぽい所もあるんだな」

「一言多い」


 また、チョップを脳天に落とす。


「あと、あんたの文章堅苦しいかも」

「そうか?」

「年上だからって、ちゃんとした文章じゃないと失礼だとか思ってない?」

「だって、気持ちを伝える大事な文章だから」

「丁寧な文章と礼儀正しい文章は別。あんたはこの文章で何を伝えたいの?」


 光太郎が考え込む。ここは一番大事なポイントだ。


「ただ感謝と好きだという事を伝える報告なのか、付き合って一緒にこれから歩んでいきたいという決意なのか。そこが大事」

「……できたら付き合いたいとは思ってる」

「付き合って何したいの?」

「……一緒に出掛けたり、俺の試合見に来てもらったり……手を繋いだり」


 最後の方は消え入りそうな声だった。真面目な光太郎がここまで好きな気持ちを表に出すなんて本気の証拠だ。


「いいねー。青春してて」

「……うるさい」


 顔を赤くして光太郎がそっぽを向く。できたらこの恋が成就してもらいたいと思った。




「……できた」


 夕日も沈みかけた頃、やっと光太郎の恋文が完成した。私の小説家としてのノウハウも全てつぎ込んだ珠玉の作だ。

 正直なところを言えば、私が好きな表現が色々と詰め込まれているので、結果的にだが、私が貰ってみたいラブレターの理想に近い物だと言う事は秘密にしておきたい。


「ありがとう。初音ねーちゃん」

「いいのいいの。それより結果報告、待ってるから」


 趣味が悪いと言われた。だってここまで手伝ったのだから当然の権利だと主張したい。


「ところで、これはいつ渡すべきかな?」

「……個人的には二人きりの時に手渡しの方がいいと思うかな。そこで気持ちも伝えるの」

「下駄箱入れるだけじゃ駄目なのか?」

「良く使われる手だけど、私はあまり好きじゃないな」


 首を傾げる光太郎に、私はその理由を指摘する。


「それ、登校した時に下駄箱に入っていたらどうする?」

「一人になれる場所で読むかな」

「読んでからどうする。返事はいつする?」

「……放課後?」


 その通りだ。授業中に告白の返事をするバカは居ない。そもそも光太郎の意中の相手は先輩だ。授業が一緒になるわけがない。

 同様に昼休みも問題だ。他人のクラスに行って呼び出したらそれだけで目立つ。


「それまで一日中、学校で相手に色々と考えさせる気?」

「あー、それは嫌かも」

「でしょ? 知った相手だったら直接言ってもらいたいって言うのも正直な気持ち。気心知れた間柄なら家で渡して後で連絡待つのも手かな。自宅なら落ち着いて考えられるし」

「さすが小説家。色々と考えつくな」

「ふふふ。もっと褒めてもよくってよ」

「……それじゃあ、ハイ」


 光太郎が手にしたラブレターを私に向ける。


「なに?」

「恋愛小説が得意な人が監修したラブレター」


 それは知っている。


「初音ねーちゃん、気心知れた間柄なら、家で手渡しの方が良いんだろ?」

「ちょっと、何を言って……」


 いや、光太郎の好きな相手は先輩で、仲が良くて……あれ、あれれ!?


「頑張ってレギュラー取るから試合見に来てくれ……絶対に勝つから」


 光太郎は耳まで真っ赤にしていた。さっき冗談で言った台詞まで使って。


「返事、落ち着いて考えて。待ってるから」


 そう言って光太郎は逃げる様に部屋を出て行く。取り残された私は、一人でラブレターと頭を抱えたのだった。

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初めてのラブレター 結葉 天樹 @fujimiyaitsuki

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