16. 満願成就

 やっべぇ、危なかったぁ。

 力を使い果たしたのか、狐の姿に戻っちまったオレは、人目に付かぬよう社を目指す。


 でもまあ、かねも無事返せたし、これで万事解決だよな。

 上機嫌で鳥居をくぐると、そこには先客がいた。

 白いカットソーにカーキ色のスカートの女性。

 ゆっくりと振り向いたその顔は、なんと宇佐美だ。

 どうして、宇佐美がここにっ?


 固まったまま動けずにいると、彼女は屈んでオレに笑いかけてきた。

 目は赤いしメイクもぐちゃぐちゃだが、今まで見た中で一番晴れやかな表情をしている。


「狐さん。あなた、神様のお使い? それとも、あなたが神様?」


 は? 神とか何いってんだ?

 と聞きたいとこだが、今のオレに出来るはずもねぇ。


「ありがとう。お陰で、会いたい人にちゃんと会えたわ。お礼のいなり寿司は、後で必ず持ってくるから。今日は本当にありがとう」


 そういうと宇佐美は立ち上がり、社殿に深く一礼してから去ってゆく。

 なんなんだ、一体?

 呆然と見送っていると、いきなり背後から抱き上げられた。

 驚いて顔を上げると、元の美青年姿に戻った白菊だ。

 宇佐美同様、晴々とした顔をしている。


「うまくいったようだな。これで俺の霊格も上がり、また神に一歩近付いたワケだ」

(は? つうか、オマエ、大丈夫なのか?)


 さっきまで、オレに気をやりすぎたとかいってたのに。


「ああ。願い事一つ、叶えたからなぁ。力もすっかり元通り、どころかパワーアップした」

(願い事って、なんのことだよ?)

「俺は、稲荷いなりみょうじんからこの社を借りて、やってんだ。で、あの女の、桜田頼正に会いたいっつう願いを、叶えてやったってワケさ」

(え? じゃあ、オレの、罪だか業だかいう話は?)


 聞くと白菊は、しれっと答える。


「真っ赤な嘘だ」

(はぁっ? 嘘っ?)

「たりめぇだっ。大体、嘘吐くと狐に生まれ変わるとか、マジた話だよな。狐のが人間よりも、よっぽど崇高な生き物だっつうの」


 やけに狐をようするような発言だな。

 そういえばさっき、ヤバいときは、元に戻るとかなんとかいってたけど。


(白菊、オマエ、本当は何者なんだ?)


 また誤魔化されるかと思ったが、違った。

 ヤツは、どこかほこらしげに真実をあかす。


「狐だよ。オマエと同じ、だがオマエより遥かに長く生きてるようだ」

(はぁーっ!? 狐ぇっ?)


 自分も狐のクセに、ヒトをペット扱いしやがるのか。

 思い切り首を振ると、頭に置かれた手が離れた。

 その代わり、高い高いするみてぇに持ち上げられ、至近距離で見つめられる。


「ちなみに、ルナールってのはフランス語で狐って意味だぜ。オマエにもう少し語学力があれば、もっと早く気付けたかもなぁ」

(どうせオレはおバカですよ。でも、そんなら、最初から事情を話して、オレを頼正の姿にしてくれりゃあいいのに)

「アホか。俺の客は一人じゃねーんだ。そんなチカラ一遍いっぺんに使ったら、他の業務に支障が出んだろうが。それに、オマエが、桜田頼正として、自分で考えて行動しねーと、本当の意味で会ったことになんねーし」


 そういうもんか?


「兎に角、俺はもっと霊格を上げ、神になってやる。そして、必ず……そういやオマエ、俺から10円借りたけど、返す当てはあんのか?」

(それはっ……)


 オレはグッと言葉に詰まった。

 確かに、どっかで偶然拾う以外、今のオレにはどうしようも出来ねぇ話だ。


「だよな。あるわけねーよな。だったら、うちでバイトするか?」

(なんだよ、バイトって?)

「そうだなぁ。とりあえず、引き続きとして中学へ通い、この神社の噂をもっと広めてくれ。すっげぇご利益があるってな。で、参拝客が増えれば、俺様の霊格も上がり万々歳ばんばんざいだ」

(えーっ。また女子中学生やんなきゃいけねぇのかよ)


 別にそこまで楽しいもんじゃねぇぞ、女子中学生。

 集団行動とか、噂話とか、いちいち付き合いきれねぇって。


「せっかく、憧れのグラドルに化けてんだし、思春期真っ盛りの男子としてヤリたいこともあんだろ」

(は? なんだよ、それ)

「なんだよ、本当にお子ちゃまだな。そうそう、あとでいおうと思ってたんだが、宇佐美友恵の中の桜田頼正が、恋する乙女補正で美化されててよかったな」

(美化?)


 なんのことかわからずにいると、彼はまたオレを抱え直し、懐から手帳を取り出した。

 いつの間にか消えていた、桜田頼正の生徒手帳だ。

 そして頼正の写真を示す。


「オマエが化けた頼正、本物と全然違うぞ」

(えっ、嘘っ?)

「本物は奥二重なのに二重になってたし、まつも長くなってた。鼻も少ーし高くなってたし、頬のニキビはどこいった」

(知らねぇよ、そんなんっ)


 オレは身体をひねって、白菊の手から逃れる。


 コイツはウザいし、バイトもめんどい。

 だが、まあ10円分くらいなら、手伝ってやってもいいか。

 チラッとそう思ったら、白菊がにやけながらいう。


「素直じゃねーな。ツンデレか」

(てめぇ、また心読みやがったな。この、ウソつき狐めっ)


 暮れゆく九月終わりの空に、オレ咆哮ほうこうが響き渡った。

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初恋狐草紙 一視信乃 @prunelle

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