3_2
昌浩は、大内裏を出ると二条大路を東に向かって
火事の煙を見た民人や、
「異形のものがいるって言うのは、本当か」
「わからない! でも、そう
確信があるわけではない。だが、突然視えたあの情景と、全身を
「簀子の下に、気配があるって言ってただろう、多分それと関係があるんだ」
全速力で駆け続け、やがて東三条邸の門が見える。その門前にたたずむ
駆けていく昌浩に、従者が気がついて車中の主に何か奏上している。昌浩が牛車の前にたどり着くとほぼ同時に、
「昌浩
昌浩は
「道…長さまは…?」
「じきに出てこられる。内裏
昌浩は許可も得ぬまま、邸内に飛び込んだ。ここは内覧藤原道長の邸宅。そんなまねをすれば、
中門を抜け庭に
後ろのほうから
彼は色をなくした。
「じい様の術が…!」
対屋を守るために
音を聞きつけ、
「昌浩?」
「ばかっ、出るなっ!」
耳元で風の音がした。視界の
物の怪は簀子の下に
日は
昌浩の全身がぞわりと総毛立った。
こごった瘴気の
だが、その姿はあまりにも小さい。黒い瘴気を
「─────!」
物の怪の
物の怪が異形の後を追って簀子に飛び上がり、少女をかばって身構えた。異形は瘴気を立ち上らせながら、一対の目だけを不気味に光らせてじりじりと距離を縮めていく。
昌浩はようやく渡殿から対屋に回ると、今まさに飛びかかってくる異形と少女の間に
右手で結んだ
「禁っ!!」
重く
一瞬、黒い瘴気が薄まった。だが、異形の全貌はすぐさま瘴気に包まれて、判然としない。
橙色の空は、ただでさえものを見えにくくする。
「ナウマクサンマンダ、センダマカロシャダ、タラタカン!」
昌浩は衣の合わせから
符は風の
黒く重い瘴気が、大きな
「きゃあぁぁぁぁ!」
少女が悲鳴をあげる。
昌浩は少女をとっさに
異形とふたりの間に、物の怪が立ちはだかった。
「もっくん!」
昌浩が叫ぶと同時に、物の怪が
異形が一瞬だけひるんだ。その
「
「────!」
地の底からとどろくような
しばらくたって、風が収まった
「……今の…なに…?」
「わからないけど、異形のもの」
昌浩は注意深く周囲の様子をうかがいながら、答える。
瘴気も気配も
ほっと息を
昌浩ははっとした。
今、自分は少女をしっかりと抱きしめている。対外的に見て、ものすごくまずい
「ご、ごめんっ」
ぱっと
「多分、もう
不意に少女は、昌浩の顔を両手で包んで自分の顔に向けさせた。
「わっ?」
少女は
「
とっさに声の出ない昌浩に、彰子は言い
「彰子、一の姫なんて呼ばないで。彰子よ、昌浩」
「あき…こ…?」
彰子の
わけもなく固まってしまった昌浩の後ろで、
「…まんざらでもないってか」
そこに、行成や道長たちが血相を変えて
「彰子! 大丈夫なのか!?」
すさまじい叫びや突風という異常事態。さらに、見習いながらも
いったい何が起こったのか、道長にしてみたら気が気ではない。行成にしてもそれは同様で、不自然に固まっている昌浩に
「昌浩
答えたのは、彰子だった。
「お父様、行成様、心配いらないわ。昌浩が悪い化け物を退治してくれたの」
父の顔を見て落ち着いたのか、彰子は
「すごかったのよ、昌浩はすばらしい陰陽師になれるわ」
「なに、本当か?」
道長に問われて、昌浩はとりあえず頷く。まだ耳が熱い。動きがぎくしゃくしているのがわかった。
道長は行成と顔を見合わせた。
すると、こういうことだろうか。
「ということで、いいのかな?」
行成に
と、道長が昌浩の手をがしっと摑んだ。
「すばらしいっ! 昌浩、お前はすごいぞ、さすが晴明の孫だ!」
昌浩は内心かちんときた。ここで晴明の孫を出されるとは。
だが、
それを見ながら物の怪は、注意深くあたりの様子をうかがった。
内裏の炎上と、異形の
「…晴明に、聞いてみるか」
見上げた先の夕焼けの空は、血のように赤い。
内裏炎上の報は、すぐさま晴明の
蔵人所陰陽師となってから、晴明はめったに参内しなくなった。もともと参内するのも
原因がわからないという。
炎は
幸い、
「ふむ」
晴明は難しい顔をして思案した。
今参内しても、内裏は混乱している。事態の収拾がつくまでは、待ったほうがいいかもしれない。
「内裏炎上とは、また穏やかでない話だが」
ひとりごちて、晴明は
晴明は庭に下りると、暮れはじめた空を見上げた。
内裏から程近い、藤原道長邸でも何事かが起こったようだ。施していた術が何者かに破られた。だが、放った式によると、術を破った異形は、何かを察知して駆けつけた昌浩が退け、事なきを得たという。
東三条邸の異変に気づいたのは、昌浩ただひとりであったようだ。他の誰も、内裏炎上の
晴明は満足そうに
「……どうやら、
晴れ
◆ ◆ ◆
続きは本編でお楽しみください。
少年陰陽師 異邦の影を探しだせ/結城光流 角川ビーンズ文庫 @beans
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