第4話 サクラメントレディの戦争

 朝の五時に目が覚めた雷はモソモソと布団から起きだした。

 時計の針が指している時間を見て雷は小さくため息を吐いた。

「こんな事をやる男って気持ち悪いだけのような気が」

 自分の考えたアイデアであるもののその考えに疑問が起こってくる。

 まだ、まぶたが重いながらも階段を下りて一階の台所に向かっていく。

「おはよう。男の手料理なんて喜ばれるものなのかな?」

「黒羽。なんでお前が起きているんだ?」

 今は朝の五時だ。こんな時間に起きているし雷がこれからやろうとしている事も分かっている。

「それも楊貴さんの予言か?」

「その通り。お前が二人に手料理を作ってやろうと考えているのを知っているのは、楊貴の予言だ料理をナメると痛いめを見るぞ」

 包丁とまな板を持っている黒羽の事をジトリとしながら見ている雷は、黒羽の横を通り抜けていった。

「朝の五時くらいに起きておけば出発までには、間に合うんじゃないかって、思っているだろう。実はそれだけじゃ足りないんだ」

 雷は黒羽が言うのを聞き足を止めた。

「料理をするなんて初めてなんだろう。料理をナメるとえらい事になるぞ」

 そう言って、台所に入っていく黒羽。

「こっちに来てみろ」

 黒羽がそう言うのに、雷は黒羽についていった。

「お前が作ったのか?」

 雷が台所に入るとそう言った。テーブルの上にいろいろな料理が並べられていたのだ。

「俺は一人暮らしをしているからな。料理の心得なんて自然に身につく」

 黒羽は言う。

「女の子が好きそうなものばかりを用意した。やはり甘いものが喜ばれるからな。うぐいす豆とか栗きんとんなんかを作ってみた」

 黒羽が作った料理の説明を始める。

 普段は無愛想で喋り方も突き放した感じの奴だと雷は思っている。

 だが、今の黒羽は饒舌で話し方もどこか柔らかい。

「お前、料理を仕事にした方がいいんじゃないか?」

 雷は呆れながらそう言う。黒羽は顔をしかめて答えた。

「できるのならとっくにやっている。本物の料理人から見たら俺の料理なんてママゴトみたいなもんだろう」

 どうも、彼の不機嫌の理由は楽しんでいる所に水を差されたといった感じのようだ。

 すこし不機嫌になり口数も減っていく感じなのだが、どうしてもこれは言いたいらしく不機嫌な顔のままで言う。

「それにだ。俺の仕事は俺にしかできない、仕事の内容は膨大だ。日本の平和のためにも、俺は遊んでいる時間なんてないんだよ」

「日本の平和ねぇ」

 未だに黒羽達がやっている事が何なのか分からない雷は、黒羽の事を疑いの眼差しで見た。

 日本の平和を守る仕事と言うがどんな事をしているのだろうか、実感のない雷には、それが、アニメやマンガの世界の話に聞こえる。

「まだそんな事を言っているのか、未だにそんな事を考えているなんていうのは、リアリストも過ぎるというもんだ。早く自分達が日本を救うヒーローであるという事を理解せんといかんな。それではリアリストというより適応能力が無いだけだぞ」

 黒羽が言いたいことは雷にはなんとなく分かった。

 そもそも何をしているのかが分からない雷にとって、現実味を感じないところだ。

「楊貴の予言にこういうものがある。『大華の幼馴染で少しだけ力を持っている少年がいる。その少年はラウンドナイトとなり日本を救うWBSGハンターとなる』のだという」

 黒羽はそう言うと雷の顔に自分の顔を押し付けた。額同士を押し付けまるで値踏みをするかのようにして雷の顔をじっと見つめた黒羽だが不意に顔を逸らして言った。

「俺にはそうは見えん。お前が俺たちの仕事を覚えられるとは思わないがな」

 そう言ってと鼻を鳴らした黒羽は三つの弁当箱を広げた。

「これは昨日のうちに買っておいたやつだ。昨日のうちに洗ってあるからすぐに使えるぞ」

 弁当箱を三つ並べÞラ黒羽は言う。

「台所に立つのはお前の役目だ。何を作ろうと思っていた?」

 雷の真後ろで腕を組みながら言う黒羽。背中を見張られていると考えると、背中にむず痒さが走っているような気分になる。

「特に決めていないが。奇抜なものを作れるとは思ってない。普通のものでいい」

「口じゃ簡単そうに言うがそんなに簡単に作れるものじゃないぞ。仕込みもしていないのなら、今から始めても出発の時間には間にあわない」

 今の時間は午前五時くらいである。

「簡単なウズラの卵のフライから始めてみないか?」

 そう言うと冷蔵庫の中からウズラの卵を取り出した。


 それから雷の家に泊まった大華とメディタも起き出してきた。雷としては二人が起きる前に弁当を作り終えお弁当はサプライズで渡してやろうと思っていたのだが、料理をするのに、意外と手間取り二人に隠しておくことができなかったのだ。

「な? 料理をナメるとこうなるんだ」

 黒羽は視線を雷の方には向けず大華とメディタの朝食の目玉焼きをフライパンで焼きながら言う。

「男が手料理ね。そんな事よく考えついたもんだわ」

 大華がそう言うのに雷は背中に痛い視線を感じながらも料理を続けていた。

「君らとの別れの前に少しくらい甲斐性を見せてやりたいという雷君の気持ちをくんでやってくれ」

 黒羽がそう大華に向けて言うと大華は『フン……』といった感じでソッポを向いた。

「お前は大華の前ではいい顔をするよな。俺の事を『雷君』なんて呼ぶな気持ち悪い」

 雷が嫌味を言うと黒羽も不機嫌そうな顔をして答える。

「俺だって俺なりに気を使っているんだ。大華君には俺と一緒になってがんばってもらうんだからな」

 黒羽はそう言うと作った目玉焼きをメディタと大華の皿に置いた。

 そして味噌汁を作り始める。

「味噌汁の具は何がいい? 俺はなめこと豆腐がすきなんだがそれでいいか?」

 黒羽はそう言って料理の続きにとりかかった。

 その姿だけを見るとイケメンが楽しそうに料理を作っているという、絵になるような姿に見える。

「お前は黙っていれば様になるんだがな、相変わらずの皮肉屋っぷりだな」

 黒羽はそれを聞くと視線だけを動かして雷の方を見た。

「その点についてはお前もいい線をいっている」

 チラリと視線を合わせた二人だがお互いに視線を外すと、雷は冷蔵庫に行き黒羽は二人に味噌汁を持っていった。

「俺が作ったものだから食いたくないのか?」

 冷蔵庫の中を漁る雷だがそれを見た黒羽が言った。

「そうだよ」

 雷はそう答え冷蔵庫にあった昨日の残りの肉じゃがを食べ始める。

「黒羽と雷の仲の悪さってどうにかならないの?」

 メディタが言うのを聞いた黒羽と雷は、同時にお互いに対して目配せをし合った。

「無理そうだな。こいつの態度が少しでも軟化をすればいいのだが」

 黒羽がいつもの憎まれ口を言うとそれに雷も反論した。

「お前が口の悪さをなんとかするほうが先だ」

 お互いに目をそらした雷と黒羽は「ふんっ……」といった感じで舌打ちをし合った。

「ある意味気があっているようにも見えるね、喧嘩をするほど仲がいいって言葉もあるし」

 メディタがそう言う。それを聞くと雷と黒羽は二人で一緒になってメディタの事を睨んだ。

「俺たちは例外だ!」

 雷と黒羽はまるでお互いに合わせたかのように同時にそう言ったのだ。

「ほら息がぴったり」

 にこりと笑って言ったメディタ。二人の男から睨まれても身じろぎ一つしないのを見るに、メディタは結構肝が据わっているようである。


 遊園地に行く事になっていたのだが大華が先に学校に行きたいと言い出した。

 これから離れる事になる空手部の面々に挨拶をしに行きたいと言うのだ。

 黒羽の運転する車は遊園地に向かう道から雷達の学校に向かう事になった。

 学校の前に黒羽の車を止め学校の校門の前で黒羽と雷と大華が並んでいるところであった。

「挨拶なんかとっくに済ませていると思っていたが」

 黒羽がそう言い雷達の学校の校門に背を預けた。

「俺達は部外者だから中には入れん」

 黒羽はそう言うと「行ってこい」とばかりに目配せをして雷達を学校の中に向かう事を促した。

「大華だっていろいろ心の準備があるんだ。それなのに、通達から三日後に転校なんていう強行スケジュールを作ったのは誰だ?」

 そう雷が言うと黒羽に面倒そうにして鼻を鳴らした。

「そうだなこのスケジュールを考えたのは俺だ。悪かったな戸浦 大華君」

 黒羽がまったく表情を変えずに言う。

 本当は腹の中では『悪いなんて思っていないのではないか?』と感じる雷。

「まーたそういう態度をとる。悪いと思っているなら、少しぐらいはすまなそうな顔をしなさい」

 空からそう声が投げかけられる。楊貴の声であった。

 クサナギは光学迷彩の技術で姿を消す事ができるらしい。楊貴の乗ったクサナギは上空から雷達の事を護衛しているのだという。

 ただ、光学迷彩には多くのエネルギーを消費するらしく、戦闘をしながら姿を消す事は難しいのだという話も聞いていた。

 上を見上げる黒羽は小さく舌打をした後上を見上げた。

「お前は護衛だけをしていろ余計な事に口を挟むな」

 黒羽の言葉通りに黙るわけではないようで、空からまた声が投げかけられる。

「私は雷君の意見に賛成。あんたはもっと愛想よくするべきよ。顔はいいんだから少しは愛想くらい覚えたり気を使うこと覚えたりしなさい」

舌打ちをした黒羽。

「余計な話はいいからさっさと行ってこい。遊園地で遊ぶ時間がなくなるぞ」

 諦めた感じで黒羽は面倒そうにして言う。大華と雷は二人で学校の中に入っていった。


 大華達の空手部は県内でも有数の名門空手部であり部員の数もそれなりに多い。

 武道場に近づくと気合の入った掛け声が聞こえてくる。

 大華が武道場の扉を開けると、空手部の面々がいっせいにこっちのほうを向いた。

「大華! いままで何をしていたの!」

 大華に向けて武道場の奥にいた空手部の部長が大声で言う。髪を短くして活発な印象のある三年生だ。

 やはり大華は今からこれまで空手部をサボっていたのを咎められるようだ。

「それなりの理由があるんだろうな?」

 部長はそう言いながら大華に近づいていった。

「待った! これには事情が!」

 部長と大華の間に割って入っていく雷。

「お前は引っ込んでいろ! これは私達の問題だ!」

 そう言い部長は雷の事を退けようとした。

「まず話を聞けって!」

 それでも部長に食らいついていく雷。だがその雷の肩を叩く大華。

「いいの、雷。下がってて」

 大華がそう言うと肩を掴んで雷を後ろに下がらせた。

 部長は構えた。そして腰を落として拳を握り大華の腹に一発正拳突きを打ち込んだ。

 少し顔をしかめた大華は大きな声で「押忍!」と叫ぶ。そこまでの事をしたのを見ると、空手部の部長は少しだけ表情を柔らかくした。

「ではここ三日部に顔を出さなかった理由を聞こうか。しょうもない理由だったら追加を叩き込むぞ」

 そう言うと大華はうなだれた。

「それは」

 本当の事を言うワケにもいかない大華は言った。


 大華はある名門空手部のある学校に招待をされる事になった。そこは全国大会で優勝をした事のある場所で去年も見事に優勝し、今年は二連覇を狙っているのだという。

 その高校の名は空手部の世界では有名で名前を聞いただけで部長は驚いて目を丸くした。

「それでみんなを裏切るようで、悪くて顔を出し辛かったんです」

 大華は最後にそう言い部長からの言葉を待った。

 これは雷と相談して考えた嘘だ。本当のことを言うわけにもいかない。それに、これから彼女らの目の前から去っていく大華である。

 部長は俯いた大華の顔をつかみ上げさせた。

「もっと誇ってもいいだろう。顔なんか下げるな」

 部長は大華の肩を叩く。

「そういう事情ならよかったじゃないか」

 部長は優しい言葉を言う。

「最後の日を彼氏と一緒に遊びに行くなんて、なんともロマンチックな話だよな」

 からかっているのが分かる感じで、部長が言うと大華は顔を起こした。

「恥ずかしい事を言わないでください」

 雷は、部長に向けて言った。

「はーん? 恥ずかしいってのはどういう事かな? 今の言葉を否定はしないって事は、二人は本当に恋人同士って事なのかな?」

 ニヤリと笑った部長はさらに追求をしてきた。大華はそれでさらに顔を伏せるが、雷はそれを見て苦い笑いを作った。

「恋人同士ではないですよ。俺はロリコンの変態で今年で十歳になる子といい感じになっているんですから」

 冗談交じりで言う雷。そうすると大華は思いっきり足を振り上げ、雷の顔面に蹴りを叩き込んだ。

 その蹴りの威力で吹っ飛ばされ武道場のドアに叩きつけられた。

「いってぇ! 今のは完全に不意打ちだぞ!」

 雷が言うがまったく雷の言葉を聞いていないようで、大華は倒れた雷の胸ぐらを掴み上げた。

「怪しいと思っていたけど、本当にメディタと!」

「ジョークのつもりで言ったんだよ。俺とメディタが付き合っているわけが」

 両手を上げて『降参』といったような感じで言う雷。

「おやー? もしかして三角関係? 旦那が若い女に寝取られそうになるなんて、妻の責任だよー? もっと普段から手綱を握っていないといけないね」

 ケラケラと笑いながら言う部長。

「私が妻だなんて」

 大華がモジモジしながら言っているのを見て雷はため息を吐いた。

「冗談だよ。間に受けるな」

 大華に胸ぐらを掴み上げられた雷。大華は手を強く結びそれで雷の首をしめる力を強くしてしまう。

「ギブギブ」

 大華に首を掴まれて苦しむ雷がそう言うと大華は雷から手を離した。

「じょ、冗談だってのは分かっていたわよ」

『ならなぜ蹴った、ここまでする事ないだろう』

 そう思った雷だがそれ以上の追求をするのはやめておいた。そんな事を言おうもんなら、また蹴りをくらいかねない。

「夫婦漫才をこれから見ることができなくなるってのは残念だねー」

 さらに二人の事を挑発する部長だが雷はその発言を手で止めた。

「もう勘弁してください。俺の身が持ちません」

 雷がそう言うのにおかしさのあまりに吹き出してしまった部長。

 その様子を見て雷は『これで終わったかな?』といった感じで胸をなでおろした。

「それで、いつから引越しをするんだ?」

「それが、きょうの夜にでも」

 大華と部長の会話。それで意気消沈した感じの部長は言う。

「お祝いを言う時間もないのか? これから彼氏とデートだろう?」

 雷は部長がそう言うのを聞き大華の様子を伺った。

「もう蹴らないわよ」

 大華はそういい部長に深々と礼をした。

「ありがとうございました!」

 そう大声で言う大華。話の聞いていた他の部員達は一斉に答えた。

「こちらこそありがとうございました。大華先輩!」

 それ聞くと名残惜しそうにしながら大華は小さくみんなに手を振ったのだ。


「別れは済ませてきたか?」

 校門から出ると黒羽が大華に向けて言う。大華が小さく頷くのを見ると黒羽は車に乗り込んだ。

 その瞬間に大きな音が鳴った。

 なんとも乾いた音であると感じる大華と雷だが、黒羽はそれを聞くと、車から降りて出た。

「今のは銃声だ!」

 黒羽は呆然としている大華と雷の事など気にもせずに学校の中に入っていった。

 黒羽はそれから学校から悲鳴が上がるのを聞く。

「あそこか!」

 黒羽がそう言うと悲鳴のあがった場所に向かって行った。


「警察だ! 今悲鳴が聞こえたぞ! 何があった!?」

 黒羽が向かったのはさっきまで大華が別れを惜しんでいた武道場であった。

 武道場の外から様子を伺うと一人の女子空手部の部員が震えながら前を指さした。

 黒羽が武道場の中に入っていき、その女子部員が指さした先を見ると胸を撃たれた女子部員がいた。

「これは即死か」

 撃たれた女子部員の手を取って脈を測ろうとする黒羽だったが、首を横に振ったあとその手を下ろした。

 その様子を見るとほかの女子部員達から悲鳴が上がった。

「部長!」

 武道場の入口に立つ大華は言った。

 雷もその光景を見て呆然としていた。

「さっきまであんな話をしていたのに」

 銃で狙撃をされた空手部部長の事を眺める雷。

 そこに、武道場の窓から丸めた紙くずが放り込まれた。

 それを拾い上げる黒羽。紙を伸ばして中に書いてある英文を読む。

「それは何?」

 まだショックから立ち直っていない感じの大華が黒羽に聞いた。

「見るんじゃない」

 そう言い、黒羽はまたその紙を丸めポケットの中に押し込んだ。

「見せてよ。何が書いてあるの?」

 大華はそれでも食い下がる。中身に何か良くない事が書いてあるのを大華も感じたのだろう。

 手紙の中身は大華にとっては最悪なことが書いてある。黒羽はこれを大華に見せるわけにはいかないと思った。

「お前たちは車の中に戻れ。すぐに専門の奴を呼ぶ」

 そう言い、黒羽は携帯を取り出した。

「黒羽。出せ」

 雷は携帯を持つ黒羽に言った。

「大華君に見せられない内容だ」

 そう言い黒羽は話を始めた。

「殺人事件発生」「場所は高校」とそれらの事を話し始める黒羽。

「そんな事は関係ない! 出せ!」

 雷は携帯で話している黒羽に飛びかかっていった。

 だが、すぐに関節をきめられ黒羽に取り押さえられる。

「なんで大華に見せない! 大華に秘密にする理由はなんだ!」

 そう雷が言うが黒羽は携帯で話している相手との会話を続けた。

「黒羽! 答えろ!」

 それでも無視を続ける黒羽。

 黒羽が少し気を抜き雷を掴む手を緩めた時、雷は黒羽の服のポケットに手を突っ込んだ。

「大華、早く見ろ!」

 黒羽のポケットから、紙を取り出し大華に向けて放り投げる雷。

 大華はその紙を受け取り中身に目を通した。

 すぐに大華は顔を青ざめさせ武道場から逃げ去ってしまった。

「大馬鹿野郎!」

 普段は落ち着いた態度をとっている黒羽が大声を上げて激昂した。

 拳で雷の顔をブン殴り雷の事を捨て置いて大華の事を追っていった。


 これは挨拶だよ


 大華君にはこれをもって挨拶とさせてもらうよ。キミは自分がどれだけ重要な人物か、いまだに分かっていないようだからね。

 キミは俺の手のひらの上から逃げることができないよ。

 なぜなら、天才だから。キミの事なんて簡単に従わせる事ができるんだ。

『なぜそれをしないのか?』って?

 それはまずキミが自分の置かれた状況を理解する時間が必要だと思ったからさ。

 キミの居場所はそこじゃない。俺のような優秀な男の隣にいるべきなんだ。サクラメントレディってのは、それだけ重要な人種なんだよ。

 今だに下等な奴らと一緒になって学校に通ったりする必要なんて無いんだ。

 それを分かってもらうために、これからボ俺は君と関わりのある人間を殺す事に決めた。

 下等な奴らとの接触なんかをしたら君の手が汚れていくからね。

 今の君には言っても分からないかな? 多分そうだろうね?

 すぐにキミの事を迎えに行くよ。


                            ミラン・エンデ


 その手紙は部長を殺した人物からの手紙であった。

「知らなければいい事ってのがある」

 大華に追いついた黒羽は大華から手紙を取り上げた。

 ライターを使ってその手紙を燃やした。手紙は風によってバラバラに分かれて飛んでいった。

「燃やさずに証拠品としてとっておくつもりだったのだが」

 大華に読まれてしまっては燃やしてしまうしかない。こんなものをとっておいても、何もいいことがない。

「いますぐ施設に入るか?」

 これから遊園地で遊ぶ予定なのであるが、大華はこの状況をどう思うのだろうか? サクラメントレディの戦闘に巻き込まれ、気分が沈んでいく大華に聞く。

「遊びに行こう」

 大華は力なく言う。黒羽は大華の事を無表情な顔で見つめた。

「サクラメントレディの戦いってこんなものなの?」

 人の命が奪われても冷静に行動をした黒羽の姿は大華にとっては恐ろしく薄情なものに見えた。黒羽はこんな戦いを繰り返してきたのだろうか?

「そうだ。サクラメントレディの戦いは事実上の戦争だ」

 自国を守るためにお互いに戦い合っている。どこで命を狙われるか分からない。こんなように戦いに関係ない人が死ぬこともある。

 当然、戦いに参加をしている大華や雷が今殺される危険すらもあるのだ。

「大華君はこの戦争から逃げ出す事はできない。メディタ・ラックノームの場合は『能力が使いにくい』とか『まだ幼すぎる』などの事情もあるのだが、大華君に関してはそれは別だ。能力はまだ開花していないが山をまるごと吹っ飛ばすような力に目覚めるなんてことはそうそうありえない。何があろうとも戦いに身を投じる事になるだろう」

 黒羽は歯に衣着せずに言う。

「やっぱりそうなんだ」

 大華は沈んだ顔でその言葉を聞いていた。

「行こう。遊園地」

 大華は俯いたままで言う。今日が普通の生活とのお別れの日なのだ。

 最後の日をできるだけ楽しむため遊園地に足を向ける事を選んだのだ。


 幕間


 大華の六年前。小学五年生だった頃。台風が接近しているというニュースで世間が賑わっており、周りの家々も雨戸を閉めて台風に備えているところ無謀にも川にまで行っていた。

 川の水が増水しているところを見て橋の上から楽しそうにして眺めていたのだが、それでは飽き足りなくなり。川の中州にまで入って眺めようと思い立ち川をザブザブと渡って中州にまで入っていってしまったのだ。

 川が少しずつ増水しているのを楽しそうにして見ていたのだが、川の勢いが強くなってきた頃そろそろ不安を感じてきた。

『これ以上は危険だ』と察し中州から出ようと思ったのだが、その頃には川の流れが強くもう渡れないくらいになっていたのだ。

 その大華は中州に取り残されてしまい呆然となった。

『この中州にまで水は届かない』希望的な考えで、水が収まるのを待っていた大華だったが、川の水はどんどん増水をしていき、ついには中州まで飲み込んでいってしまう。


 中州に生えている木にしがみつき流されないようにするので精一杯の大華。

 あれから川の増水は続きどんどん水がのぼってくる。

 必死になって木にしがみついているところ声をかけられているのに気づく。

 川瀬から必死になって大華に向けて声をかけている男の子がいたのだ。その男の子はロープを自分に向けて投げかけているのだが自分のところにまで届く様子はない。川の瀬とはいえ、水の勢いは強くその男の子が流されてしまうかもしれない。

「早く大人の人を呼んできて! キミまで流されちゃう!」

 大華はそう言うがその男の子はそこからどこうとしない。川の水が流れる音でかき消されてしまっているのだ。

 大華の方に届く男の子の声も断片的なものである『助け……』『もう少し……』などという声が聞こえる。

 そこでその男の子は石をロープにくくりつけロープを投げやすくする。

「これでどうだ!」

 その男の子の声が聞こえたのははっきりと覚えている。

 その石をくくりつけられたロープは遠くまで飛び大華のところにまで届いたのだ。

 だがその石は大華の額に当たった。

 ロープを掴む事のできなかった大華。ただロープ自分のところに届くようになった。

 今度少年が投げたロープはしっかりとキャッチする。

「早く掴め!」

 その男の子は大華に向けて言う。大華は木から手を離しロープを力いっぱいに掴む。

 ロープを掴んだ大華は荒波に揉まれた。

 川の流れに揉まれ川底になんども叩きつけられながらもロープをしっかりと引いて、岸にまで引っ張ってくれる男の子の力を感じ大華は必死になって掴んだ。

 それから岸にまで引っ張ってもらった大華は、疲れで朦朧とした顔で自分の事を助けてくれた男の子の顔を見た。

「おい、大丈夫か!」「あなたがこの子を助けたの?」

 その頃から大人たちがやってきてそう騒ぎ始める。

 大華は本当に助かったと感じ意識をしっかり保つ事を考えるのをやめた。

 最後に確認をしなければならない事があった。

「ねえ君の名前って何ていうの?」

 大華は『その男の子を見たことがあるかなぁ?』くらいに思っていた。その少年の顔をまったく覚えていない大華はその子が自分の名前を教えてくれるのを待った。

「佐田 雷っていうんだ」

 初めて聞く名であった。

『普段どんな事をしている子なんだろう?』

 もしかしたらこの子と一緒に遊ぶ事になるだろう。そう思った大華はまた会える事を想いながら体の疲れに身を任せた。

 その頃からサッカーやバスケなどのスポーツを男子たちに混じってやっていた大華は、これからは彼に声をかけて一緒になって遊ぼうと考えていたのだ。

「覚えたよ」

 最後に大華はそう言った。

 そして瞼を閉じた大華はその男の子に体をあずけて眠ってしまった。


 次に目を覚ますと大華は病院の一室にいた。

 自分が目を覚ますと隣で大華の事を見守っていた両親が大華の事を抱きしめた。

「ごめんなさい」

 大華がそう言うとそれから何も言わず両親は仕事にでかけていった。


 両親が出て行った時額に巻かれた包帯を手で触る大華。

『こんな所を怪我したのだろうか?』

 そう思いながら額を撫でると痛みを感じる。

 大華はベッドから降りトイレに向かう。鏡の前に立つと包帯を取った。

「そういえばあの時」

 大華は小さく呟いた。

 流されないようにして木にしがみついている時、雷の投げた石付きのロープが一回額に命中していたのだ。

 その額の怪我は意外と深く跡が残る事になるだろう事は、大華にも容易に想像ができた。


 大華はそれから数日の入院で退院をする事になった。

 額にできた傷をかくすためすこし前髪を伸ばした大華。学校の友人たちに『大丈夫?』などと聞かれるが、それに笑って返し自分はもう快調である事を伝えた。

 その話の後大華はその友人たちに聞いたのだ。

「『佐田 雷』って子を知っている?」

 そう聞くと友人たちはその名前は知らないとばかりに首を振った。

 そのためクラスの担任の先生に名前を聞きその男の子の事を聞いてみると、その子は別のクラスにいるのだという事を聞ける事になった。

 大華は期待をしながら放課後にそのクラスに向かって行った。


「あいつは学校が終わったらすぐに帰るよ」

 その教室に行き佐田 雷の評判を聞いてみるとあんまりいいものではなかった。

 マンガやアニメが好きみたいで休み時間はよくオタク仲間と話したり、一緒にゲームをやったりしているし学校が終わればすぐに帰る。

 完全なアウトドア派である大華にとっては、そんな人物とはあまり近づきたくないくらい思っていたくらいだ。

「まあ、お礼を言うだけでいいか」

 自分を助けた男の子なので変な期待をしてしまったのもあるだろう。その子は本当はただのオタクであるのが分かったのに、大華はすこし幻滅をしてしまった。


 次の日大華は昼休みになって雷のクラスにまで向かって行った。

 すると携帯ゲーム機を使って遊んでいる数人の集団を見つける。

 彼らの中に入っていって話しかける大華。

「佐田 雷君っていうのは誰?」

 その集団を見回しながら聞くと一人の男の子が手をあげた。

 今になって見直してみると別段かっこよかったりするワケでもないと見えた。

『あの時はかっこいいと思ったけどな』

 そう思いながら大華は雷の事をジロジロ見た。

「あの時の話?」

 雷はキョトンとした顔で大華に向けて言った。

「あの時ってのは何なんだ?」

 大華と雷の会話に割って入ってきた。雷の友人でゲーム機を持った男の子が雷に向けて聞く。

「前の土曜日に俺はヒーローになったんだ。その時にヒロインがこの子だよ」

 そう、冗談めかして言う雷。

 その言葉に大華の背筋にゾワゾワしたものが走った。

 雷がそんなワケの分からない事を言うのは初めてではないようで、『またなんか変な事を言い出したよ』と言いその言葉を流す友人たち。

「雷君に話があるんだ。来てくれない?」

 背中がゾワゾワしているのを我慢した大華はそう言い、雷をクラスから連れ出した。


「私の事を助けた事を誰にも言ってないの?」

 大華はクラスから廊下に出ると雷に向けて言った。

「そりゃ、ヒーローは人を助けるもんさ。そんな当たり前のことをワザワザ人に話すような事じゃない」

 背中にザワザワとした感触を覚えた大華。それでも我慢をして話を続けた。

「別に言えばいいじゃない。みんなから褒められるよ」

 大華は言う。雷はまた冗談めかして答えた。

「人知れずに人助けをするっていう方がカッコいいじゃないか。俺は誰かから褒められるために、ヒーローをやっているわけじゃないからね」

 そこまで言われると大華は雷に向けて回し蹴りを放った。

 大華の蹴りは、雷の鼻先をかすめる。それにより表情の変わった雷。

「本当の事を言うよ」

 両手を挙げて『降参』とばかりにしている雷は本音を話し始めた。

「いらない注目をされたくないんだよ。さっきも言ったとおり人から褒められるために助けたんじゃないんだし、俺は普段からゲームとマンガばっかやっている。いらない幻滅とかもされるしな」

 確かについ昨日まで雷の事をカッコいい男の子であると夢想をしていた大華だが、実際に会ってみると、格好良くもないオタク男子だったのでひどく幻滅をしたのだ。

 雷がそう言うとなんとなく気持ちが理解できた大華。

 大華としては話はそれで十分だったのだが雷は最後に余計な事を言った。

「俺の事を惚れ直したというなら、いつでも言いに来てくれ、額に怪我をした女の子に好かれるとかいうのもシチュエーションとしては……」

 雷が最後まで言い終わるのも聞かず雷の事を蹴り飛ばした大華。

 雷は大華に吹っ飛ばされ廊下の床を転げまわる事になった。

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