サクラメントレディ

岩戸 勇太

第1話 シヴァ

 プロローグ


『シヴァ』は、追っ手が後ろからやってこない事を確認しながら逃げる。

 ここは日本。高層ビルがいくつも立ち並び、ヘリコプターで『シヴァ』の事を追うのは不可能だ。

 彼女は一度施設から逃げたとき、ヘリコプターからスポットライトを浴びせ続けられながら逃げていた。

 自分の場所は敵に筒抜けだ。周りから敵が迫ってきているという事が嫌というほど感じられた。

 絶対に捕まると分かっていながら逃げ出さずにはいられない。自分が最悪の存在に作り変えられてしまう。彼女は利用されるのを嫌がって逃げる。

 『シヴァ』にとっては邪魔でしかないこの能力は、人によっては夢のようなものなのだという。

 核と並び称されるような強力な力。人を殺すことにしか使えない力はどんな使い方をされるか『シヴァ』であろうがなかろうが考えなくても分かる。

 『シヴァ』は力をそんなふうに使われるなんて嫌だった。

 戦いなんて嫌いだ。人を殺すなんて嫌いだ。人を殺しても何とも思わないような冷酷な人間はもっと嫌いだ。

 『シヴァ』は、ゴミのいっぱい積まれたゴミ捨て場に飛び込んでいった。

 生ゴミの臭いが鼻をつくのだが、そんなものが気にならないくらいに『シヴァ』は追っ手に恐怖をしていた。

 今まで緊張をしっぱなしだったシヴァは突然の眠気に襲われた。

 こんなところで寝てしまったら追っ手に見つかってしまう。そう思ったのだが意識が朦朧としていく。

 これまでずっと逃げっぱなしだった『シヴァ』は、これまでの疲れに負けて深く寝入ってしまった。

 追っ手たちは日本の往来をウロウロする事ができない存在だ。朝日が昇り人の往来が多くなってくると撤退をしなければならない。

 目が覚めた時今とかわらぬゴミ袋の山の中で目を覚ます事を願いながら『シヴァ』は目を閉じた。


一部 シヴァと呼ばれた少女


 昼食のパンを齧りながら外を眺める少年がいる。

 今は学校の昼食の時間。学校の昼休みという事でにぎやかに談笑をしている生徒達の姿がいくつも見られる。

「あーあ……空から女の子でも落ちてこないかなぁ」

 佐田 雷(さだ らい)がそれとなくそう呟くと、雷の視界に学生靴が飛び込んできた。

 昔からの幼馴染である女の子戸浦 大華(とうら たいか)が雷に蹴りを放ったのだというのを理解する前に雷は座っている机から吹き飛ばされた。

「いてぇ! 何すんだ大華!」

 教室の後ろの壁にまで蹴り飛ばされた雷は仁王立ちをしている大華に向けて言う。

「昨日言ったでしょう! 今度アホな事を言ったら蹴るって!」

 大華は仁王立ちをしながら雷の事を見下ろしてきた。

 相手が女の子だと言っても小さな頃から空手をやっており、空手部の次期部長が相手であれば分の悪い話である。

 周囲の者達の反応は『何だ? 今日は何をやったんだ?』などと言い面白がって雷達の様子を見に行く者。

『あれ? 今度は何をやったの?』『またいつものアレでしょう』などと言い合い、雷達の事にはまったく関心を持たないもの。

『またやってるよ……』といった感じで、迷惑そうにしている者など、様々だ。

 この行動は今では、このクラスの風景に馴染んでしまっている。

「そういうオタ発言はやめろって言ってるでしょう! 空から女の子が落ちてくるなんて事はありえないし、ある日いきなり強力な能力に目覚めるなんて事は、絶対に存在しないの! 分かった?」

「少しだけ可能性はあるだろう! 世界は不思議で満ち満ちているんだ!」

 雷が言うと雷の鼻先をかすめる位置で回し蹴りが回された。

 鼻の先に大華の靴がチッ……と、かする感覚を感じ雷はそれで黙った。

「強くなりたいんならいつでも空手部にどうぞ。みっちりしごいてあんたのアホな頭を叩き直してあげる」

「叩き壊すの間違いだろう?」

 そういうと大華は右手を握り左手の手のひらに叩きつけた。ピシャン……という音が教室中に広がる。

「正直に言って叩き壊してあげたい気分だけどね。最初っからブッ壊れてるんだから大した問題は無いでしょう?」

「やめてください。死んでしまいます」

 そう言うと大華はもう一度雷の鼻先に回し蹴りを放った。

「なんか、今の言葉はネットスラングか何かに聞こえたけど? どうなの?」

「ネットスラングもダメなのかよ」

 雷は両手を大きく上げながら言った。

「ダメに決まっているでしょう? ネットやアニメやマンガで頭を腐らせるのがダメだって言っているのよ。あんたの場合は特に」

 雷の普段からの中二病的な発言に大華は飽き飽きしているのだ。

 いつも大華は注意をするのだが、雷はまったく改めず結局軽くビンタをするようになっていき、それでも治らないため蹴りが飛んでくるようになった。

「そろそろ空手部に強制入部させたほうがいいかな?」

 雷にとっては部活動なんて時間のムダである。その分早く帰ってネットやゲームでもやっておいた方がいいと思っている。

 大華にそれを言ったところで『ゲームやネットこそが時間の無駄でしょう!』と言って一蹴されるであろう。

「ほら立ちなさい」

 そう言って雷に手を差し伸べてくる大華。

「机や椅子を片付けるよ」

 大華と雷のひと悶着で倒れた机や椅子を片付け始めた。

 あれだけ物を倒しても他の生徒の弁当や水筒が倒されて、中身をぶちまけるという事は無い。大華も、周りへの配慮を考えているのだった


 雷は放課後になると一人で帰る。

 帰る途中には商店街があった。人の少ない道などはほとんど通らずに雷は帰宅する。

「ちょっとそこの少年」

 商店街の中でそういう声が聞こえる。

 周りに少年なんて感じの人など見当たらない。周りを見回した雷は声のした方に振り向いた。

「そうだ君だ」

 そこには喪服のように黒いスーツを着た男女がいた。

「君のところに一人の女の子が来なかったかね?」

 この男は身長が百八十以上はあるだろうといった感じの長身の男だ。スーツの袖からのぞく手首からは、硬い筋肉が浮き出ている。

 全身はスラリとした細身の体だがあのスーツの中には鍛えられた体が収まっている事だろうというのは容易に想像ができた。

 鋭い眼鏡をかけており、髪もざんばらに切っている。不思議とそれが似合う鋭い感じの男だった。

「外国人の女の子よ。名前はメディタ・ラック……」

 男の後ろの女性がそこまで言うと男はその女性を肘でつついた。

「そうだった……言わないほうが……」

 そう言うと煩わしそうにした男が言う。

「君は相変わらずトロい」

 そう言われると身を縮こませた女性が「ごめんなさい……」と言う。

 女性に向けて、歯に衣着せぬ物言いをする男に雷は食って掛かる。

「女性に向けてそういう事を言うのはいけないんじゃないんですか?」

 雷がそう言うと長身の男は不機嫌そうな顔をして雷の方を睨んだ。

「今、何か言ったか?」

 その目はゾッ……とするような鋭さを持っていた。それでも雷は食い下がっていった。

「あんたの態度が気に入らないって言ったんだ!」

 雷がそこまで言うとその女性が雷達の間に割って入っていった。

「まあまあ……私の事はいいから……二人とも落ち着いて」

 その女性はウエーブのかかった髪をしていた。軽く髪を染め端正な顔立ちをしている。今はその顔を苦笑いで歪ませていた。

「いきなり話しかけちゃってごめんなさい。用はそれだけだから」

 そう言い男の手をとって男を振りかえらせた。

 男の背中を押して雷からは離れていく。

 雷の前から去る際に二人で会話をしていった。

「あいつはダメだな……無鉄砲で考えもなく動く。一番に死ぬパターンの奴だ」

「へえ……私はああいう子は好きだけどね。あんたの事にビビリながらも噛み付いていく所とかカッコいいと思う」

「それが無鉄砲なんだと言っている……」

「案外あんたよりもいいハンターになるかもね?」

「なんだ? あいつの事が気に入ったのか?」

「あら? 妬いてるの? うちの部署で一番の色男であるあんたがねぇ……」

 そう言うとその男は始めて感情らしいものを見せた。女性からの言葉に煩わしそうにして舌打ちをしたのだ。

「勝手に言っていろ」

 そう言い二人は雷の前から姿を消していった。 


「なんだったんだろう? メディタ・ラック……」

 聞く限り外国人の名前である。

 雷は家でマンガを読みながら今日の商店街で起こった事件の事を思い返していた。

「あの真っ黒のスーツとかすっげえかっこよかったし……あの女の人も綺麗だった……」

 もしかしたら、自分には特別な才能があるのかもしれない。あの二人はその力を頼りにする組織の一員で、あの二人から『巨大な悪と戦ってくれ』なんて頼まれたりとかしそうだ。

 そんなありえない妄想をして一人で顔をニヤつかせる雷。

 そこに電話が鳴った。もしかしたらあの二人からの電話だろうか? これから一緒に戦ってくれなんて言われるとか?

 そう変な妄想をしている雷は携帯を取った。

「なんだ大華か」

 大華からの電話であると見て明らかに意気消沈をした雷。それでも雷は携帯電話を取った。

『もしもし? 雷?』

「どうしたんだよ?」

『ふふん……』

 何か含みでもあるような様子の大華。特に期待もしていない雷だが大華の言葉を待った。

『今日、目撃をされたんだって。巨大なロボットが何もない空間で剣を降っているのが』

「へー、そうなのか……」

 何かと思えばそんな事か。雷は特にに驚かない。

『何よ? あんたが喜びそうな話だって思ったのに……』

「その話だったら十年以上前から知ってるよ」

 何もない空間で剣を振るう巨大ロボット。それは、十年以上前から囁かれている都市伝説である。

 何も無い場所から現れた巨大なロボットが、虚空を飛び回り剣を振るう。まるで剣舞でも披露しているかのようなそのロボットは美しい輝きを見せているのだという。

「まるで何かと戦っているように動いているんだよ。何かに飛びかかられたかのようにバランスを崩したり、いきなり装甲に傷が浮かび上がってきたり……」

 そしてそれは何の前兆も無しに消えていくのだという。

 国に問い合わせてみてもそんな物は存在しないとか言われるが、どんどん目撃者は増えていっている。そのうち隠しきれなくなって国も存在を公表をするのではないかと言われているが、今になってもこの不思議なロボットの事は公表をされていない。

「そのロボットに乗れるようになって、見えざる悪と戦う事ができるようになる方法でも見つけたらもう一回教えてくれよ」

 雷が言う。電話の向こうで大華が苛立っているのが感じられた。

 大華の様子から、余計な一言かと思った雷だったが、大華から怒られたりするような事はなかった。

『相変わらずの頭の中身の腐りっぷりね』

 大華はそう言った後電話を切った。

「これはかなり怒らせたなぁ」

 明日にフォローでも入れておいたほうがいいだろう。そう思いながら雷は電話を自分の机に放り投げた。


 雷は朝から家のドアがドンドンと叩かれていくのを聞いて不機嫌な顔になった。

 朝というのは時間との勝負。

 両親がすでに食事を終えたキッチンに行くと、卵焼きやらウインナーやらのおかずの残りがある。

 御飯を盛ってソーセージをおかずにして朝食を食べようとしているところに、ドアが叩かれたのだ。

 ドアが壊れるんじゃないかと思うくらいに思いっきり叩かれている。もちろん音もそれなりに大きい。

 雷は渋々ながらもドアのほうに行った。

「一体何ですか?」

 不機嫌な顔のままドアを開ける

 そこにはブロンドの髪の女の子がいた。

「あなたね! 私の『ラウンドナイト!』」

 雷は知っている。イギリスの昔話に出てくる、円卓の騎士と呼ばれる者の事だ。

「ラウンドナイト? 俺が?」

 いきなり意味の分からない事を言われた雷。だが雷の心は昂揚していった。

 謎の美少女の出現に、『ラウンドナイト』というかっこいい言葉。この不思議な展開には雷の中二病の精神の頭には刺激が強すぎた。

「いいだろう。俺にできることがあるならなんだって力を貸すさ。なんでも言ってみてくれ」

 今までテレビで見てカッコイイと思っていた仕草をする。髪をかきあげながら、ニヒルな笑顔をしてその子に笑いかけた。

 その子は意味がわからないといった感じで首をかしげた。

『外した! でもかわいい……』

 自分の行動が彼女には伝わっていなかった。

 だが、かわいく首をかしげる動作を見て雷の胸が高鳴っていった。

「雷。そこから動くな。下手な場所に当たるとかえって痛いよ」

 その女の子の肩ごしに、先を見ると大華がいた。

 すでに空手の構えをとっており今すぐにでも雷に襲いかかってきそうな感じをしていた。

「大華! なんでお前がこんなところに!」

「あんたがそんな事をやっても寒いだけなのよ。似合ってない変な笑顔をした瞬間にイラっときたわ」

 質問に答えていない大華は大きく拳を振り上げた。

「なんでここにいるのか教えてもらっていいですかね?」

 思わず敬語になってしまう雷。

「あんたのお母さんに言われたのよ。『雷が時間通りに支度できるか心配だから、大華ちゃんが様子を見に行ってあげて』って」

「じゃあ行くわよ」

 そう言い大華はステップを踏んで雷に向けて飛び込んでいった。

 そして、金髪の女の子の肩ごしに拳を伸ばし雷の顔面に拳を打ち付けた。

 雷はそのまま倒れていく。

 大華は自分が叩き倒した雷の事を起こし顔を掴んで言う。

「この子は何なのよ! どうやって連れ込んだの!?」

 そう言い大華はその子の事を見る。

「なんか生ゴミ臭くない?」

 そう言うとその子は自分の腕の臭いを嗅いだ。鼻につく臭いに顔をしかめる。

「シャワー浴びさせてあげな」

 大華が言うと雷は頷いた。


 雷は家のリビングで床に座っていた。すでに学校には間に合わない時間帯である。今大華は女の子の着替えを取りに行っていた。

 大華は雷に向けて『逃げるんじゃないわよ』とドスのきいた声で言い残していった。

 その恐ろしさに体を縮こませた雷は床で正座をしながら大華の事を待っていた。

 あの、名前も知らない女の子がシャワーを浴びている音が聞こえる。

「あの子……誰なんだろう?」

 服はまるで囚人服のような上下のつなぎ。ところどころにドロ汚れがあり、破れている箇所もあり、どこかから必死になって逃げてきたのだろうかといった感じだった。

 玄関にまで行くとその子の靴を確認する。すでにボロボロで汚れあり、靴紐も切れている。あの子を外に連れ出すためには、まず靴の用意が必要だろう。

 クツを眺めているところ、家のドアホンも鳴らさずに人が入ってきた。

「なんで、そんなところで靴を舐めている?」

 そう言ってきたのは、昨日会っ、黒スーツの男だ。その隣には昨日の女性もいた。

「そんなことまでして私のパンツが見たいの? エッチな子ね」

 ちょっと顔を赤らめながら言う女性。

「いや! 違うんだ! 今靴の確認をしていて!」

 雷が言うがそんな事はお構いなしに女性は雷の前までやってきてかがみ込む。

 雷から見てスーツのスカートからパンツがまる見せになる。女性はそれが分かったうえでやっているのだろう。

「『ムラクモ』子供をからかって遊んでいるんじゃない」

 男からそう言われるとつまらなそうにした女性は、かがみ込むのをやめて立ち上がった。

「俺の名は黒羽 唐貴(くろばね とうき)政府公認のゴーストハンターだ」

「私達は『シヴァ』を迎えに来たの」

 ムラクモ。日本神話に出てくる天叢雲(あまのむらくも)の事だろうと思われる。それに『シヴァ』はインドの神話の破壊の神の名前だ。

「またあんたは何をやっているのよ!」

 着替えを持って戻ってきた大華が二人の間を縫ってやってきて、中段の回し蹴りで雷の頭を蹴り上げた。

 

「シヴァ? なんであの子がそんな呼び方をされているんですか?」

 雷は今だに痛みの残る顎元をさすりながら女性に聞いた。

 雷とやってきた二人の三人が揃ってリビングに座っている。

 大華はシヴァに自分の持ってきた着替えを渡すために風呂場に行っている。

 紗々 楊貴(ささ ようき)という名前のその女性は口下手な黒羽の代わりに、説明を始めた。

 黒羽はその隣で憮然とした顔をして座っているだけであった。雷が冷蔵庫から出した麦茶にも全く手を付けようとしていなかった。

 紗々 楊貴は柔らかく笑って話を始めた。

「サクラメントっていうのはね。キリスト教で『神聖な儀式』の事を指す言葉なの」

 洗礼や結婚という宗教的な儀式の事を指す言葉だ。 

「やや強引な感じはあるけど、神からの洗礼を受けて神の力を宿した人の事を総じて『サクラメントレディ』って呼ぶようになってるの」

「あの子がそのサクラメントレディだっていう事ですか?」

「そうよ。シヴァの力を宿したサクラメントレディって言えば、危ないものだっていうのはよくわかるでしょう?」

 『シヴァ』というのは額にある第三の目から全てを焼き尽くす熱光線を発射する事ができる神である。

 戦いの勝利に酔いしれ勝利の踊りを踊ったとき、世界が揺れに揺れ崩壊の危機に立ったという逸話すらもある。

「ただの女の子にしか見えませんよ?」

「当たり前だ。世界をぶっ壊すような熱光線なんてポンポン打たれてたまるか」

 ふと黒羽が言い出す。

 どうもこの男は無口で無愛想であるが、会話には全く入ってこないわけでもないらしい。

 ただ、自分の気が向いたときにしか話さないようである。迷惑な男だ。

「それはそうね。ところで私もサクラメントレディなのよ」

「え? お姉さんも?」

 雷はふと聞き直した。

 その言葉で嬉しそうにした楊貴は身を乗り出して雷の頭を撫でた。

「そうよいい子ねあなた。私はあなたの事をすっごく気に入ったわ」

 頭を撫でる手を取った雷は煩わしそうに言う。

「とにかくあの子がそのサクラメントレディだっていうのは分かりました。ムラクモって言ったからにはあなたも何かできるんですか?」

「こいつの能力は雨を降らす事くらいだ」

 また会話に入ってきた黒羽。それを聞くと楊貴は黒羽から顔を外した。

「それくらいしか能のないサクラメントレディですよ」

 黒羽に向けて言ったのだろうが黒羽は何も返さずに沈黙で返事をする。

 『あまのむらくも』という剣は日本の神話でヤマタノオロチの尻尾から出てきた剣の名前である。ヤマタノオロチの頭上には常に雲がかかっていた事からこの名前が付けられたのだろうと言われている。

「俺達は、『シヴァ』を本部に連れていくために、ここにやってきた。『シヴァ』がシャワーからあがったらすぐに本部に連れていく」

 また口を挟む黒羽。それに楊貴が補足をする。

「まずはあの子の了承があればって話だけどね。任意同行ってやつよ」

「噂をするとってやつだな」

 黒羽が後ろを振り向くと大華の持ってきた服に着替えたシヴァがやってきた。

「どこから聞いていた?」

 黒羽がそう言うと大華は言う。

「全部分かった。この子はあなたたちと一緒に行った方がいいみたいね」

 大華が言う。シヴァの事を振り返り名残惜しそうにして言った。

 この子は見た目から大華や雷と比べても少し年下に見える。

 十一か十二くらいといったところだろう。黒羽と楊貴の事を怖がっているみたいにして大華の後ろから黒羽と楊貴の事を伺っている。

「いやです」

 シヴァが口を開いた。

「私。戦うのは嫌です」

 『シヴァ』がふるえた声で言った。

「でもねシヴァちゃん」

 『シヴァ』の方に向けて歩いていった楊貴であるが、そうすると大華の後ろに隠れていってしまった。

「嫌! オバちゃん嫌い!」

「おっ、オバっ!」

 楊貴がそれで身を引いた。

「おばちゃんじゃないもん。おばちゃんじゃ」

 シヴァから言われたおばちゃんという言葉によっぽどショックを受けたのか、そのままフラフラとしてシヴァから離れていく。

 楊貴は部屋の隅に行くとその場で座り込んでしまった。

「大丈夫ですか?」

 大華が楊貴の様子を見て声をかけるが楊貴からの反応は無い。本気でいじけて指で床にのの字を書いて座り込んでいた。

「こいつはこうなると使い物にならん」

 そう言い黒羽がソファーから立ち上がった。

「ならば強制的についてこさせる。書類ができるまで三日はかかるから、そのあいだにせいぜい楽しめ」

 そして家から出て行こうとしてしまった。

「あのっ! 楊貴さんはどうするんですか?」

 ショックを受けていじけている楊貴を見ると、立ち直る様子など見えず、黙っていたらずっとそうやっていじけていそうであった。

「こいつだって子供じゃない。そのうち立ち直る」

 そう言い今度は本当に部屋から出て行ってしまった。

「あの」

 大華が楊貴に向けて言う。

「お茶飲みます?」

 そう言うと楊貴は顔を上げて頷いた。

「うん」

 小さな声で言った。

 

「あいつってまったく喋らないのよ。そのくせ嫌味な難癖を付けるときはパクパク口を動かすのよね」

 しみじみといった感じで言った楊貴。

「今回だってあなたたちのことなんか無視して、力ずくでシヴァちゃんの事を連れて行っちゃえばいいんだけどね」

 それをしなかった。それは黒羽の優しさなのだという。三日間、雷と大華に考える時間をくれたということなのだ。

「この子を無理矢理連れ出すなんてそんな事して大丈夫なの? 警察を呼ばれるんじゃない?」

 大華はつっけんどんな言い方で言う。

 楊貴は懐から手帳を出した。それには警察手帳と書いてある。

「私達が警察なのよ。身元不明の外国人少女の保護とでも言えば、私達の行動は正当化されるわ。普通の警察とは違うしそもそも本来の業務をこなすのに、警察官だったら都合がいいから、警察の地位をもらっているだけなんだけど」

 よく要領を得ない言い方で言う楊貴。

「警官なのに警官じゃない? まったく意味がわからないけど?」

 大華が言うと楊貴は立ち上がった。

「私達の本来の役目はホワイトブラッドセルゴーストハンター。略してWBSGハンター」

 それを聞くと大華は雷の方を横目で見てみた。

 やっぱりと重いため息を吐く大華。中二臭い話を聞いて興味津々になって目を輝かせているのだ。

 それを興味深々で真面目になって聞いてくれていると勘違いをした楊貴は意気揚々といった感じで話を続ける。

「ホワイトブラッドセルって言うのは、『白血球』の意味なの。血管の中に入った細菌を殺すっていう役割のある血液の成分の一つね」

 身を乗り出して聞いてきた雷であるが、それよりも大華に向けて話をするようにして、大華の方を向いて話し始めた。

「地球の白血球って呼ばれている物を、退治するのが私達の役割なの」

 鞄の中からビンを取り出し大華の前に置いた。

「このビンの中身何ですか?」

 大華にはビンの中にフードをかぶっている人らしき物が収まっているように見えた。

「中身? 空のビンじゃないか?」

 雷はこれを見てそう言う。

「やっぱり大華ちゃんには見えるのね」

 笑みを漏らす楊貴。これがホワイトブラッドセルゴーストだというのだ。

「これは元から小さいからこのビンにも入るんだけど、大きいものだと百八十センチくらいになるの、ちょっと背の高めの男性くらいにね」

 さっきから大華にばっか向けて話をするようになってきた楊貴。

 それを不審に思いながらも雷は楊貴にむけて質問をする。

「ハンターっていうくらいですから、こいつらを倒すのがWBSGハンターの役割だって事ですか?」

 雷がそう聞くと楊貴は大きく頷いた。

「その通りよ。こんなものが街中をうようよしているの、そしてこれが多くなりすぎると、良くないことが起こる」

「良くない事ってのは?」

 雷が聞くがそんな事は気にもとめていない感じで楊貴は大華の方を見た。

「いきなりこんな話しをしても一気に理解できないよね? 今日はこれくらいにするわ」

 そう言い楊貴はビンをカバンに仕舞った。

「今日は二人とも学校でしょう? 今から間に合うの?」

 楊貴が二人に向けて聞き出した。

「もうとっくに間に合わない時間よ」

 ホームルームの開始まで三十分しかない。電車を使って通学をしている二人には、走っていけば間に合うとかそんな状態ではなくなっていた。

「私が学校まで送ってあげるわ」

 そう言って楊貴が笑いかけた。


「いいか? シヴァ? 俺たちが帰ってくるまで大人しくしているんだぞ」

 シヴァに向けてそう言う雷。シヴァは大華の服を着ていたサイズが合わずブカブカになっている。

「シヴァじゃないです」

 雷がそれを聞いて首をかしげるとシヴァが言った。

「私、メディタ・ラックノームっていいます」

「メディタか」

雷が呟く。なんとなく予想をしていたが、昨日の商店街で黒羽と楊貴から言われた女の子とはやはりこの子の事だったのだ。

「いい子にしているんだぞ」

 雷がそう言うとメディタはこくんと頷いた。

「遅れるよー。早く来ないと!」

 外から楊貴の声が聞こえてくる。

 そうすると、雷はメディタの額をコツンと叩いてから家の玄関に向かった。


「車は?」

 雷が、家の庭にやってきたところに大華が楊貴に向けて聞いた。

 雷の家の庭に出てきた三人はさほど広くないスペースにやってきた。

「車なんてないよ?」

 なんでそんな事を聞かれるのか分からないといった感じで首をかしげる楊貴。

「車じゃないんですか!」

 楊貴の言いようから車の用意をしてくれていると思っていた雷は楊貴の方を見た。

「私はムラクモ。草薙! 来なさい!」

 楊貴がそう大声で叫ぶと雷と大華の隣で空間が歪んだ。道路の方の景色がグニャリと歪んだ後黒くなる。

「すげー! かっこいい!」

 雷がその光景を見て興奮している。大華はそれを見てジトリとした目をするが、雷に向けて蹴りをはなつような事はなかった。

 その暗い空間の中から大きなロボットが現れたのだ。道路にの上に立ち、アスファルトを踏みしめ楊貴に向けてひざまづいた。

「これって噂の!」

 白い色をした巨大なロボットだ。目撃談が頻繁にありその姿を撮影されていた動画まさにその通りの姿だ。

「これが国家機密のメス。メスっていうのは神話の意味よ」

楊貴がそのメスに触れると体がメスの中に沈んでいった。体全体がメスの中に沈んでいく。楊貴の姿が完全にメスの中に沈んだ後、メスの中から楊貴の声が聞こえてきた。

『さあ! あなたたちの学校へ行くよ! 早く乗って!』

 スピーカーから楊貴の声が聞こえてくる。

 雷と大華の前にそのロボットの手が差し出された。

『このロボットは『クサナギ』現在日本には一体しかない。メスよ!』

 楊貴がそう言うと、クサナギが地面から浮かび上がった。

 そして、それは飛行機以上の速さで。学校に向けてまっすぐ飛んでいった。


  幕間


 アメリカの空母の一室。

 艦橋に呼び出された部隊がこの船の艦長の男と、アメリカ軍の総参謀長にそろって敬礼をしていた。

 一人面倒そうにして入口の近くの壁に背をあずけ、その様子をぼうっ……としながら見ている男がおり、その男はこの場にいないかのように周囲から無視をされていた。

「サクラメントレディの確保が今回の作戦目的だ。知ってのとおりサクラメントレディに関わる戦闘だけは『戦争』に当たる暴力行為ではないという取り決めがなされている。一般人に被害を与えないならば銃の発砲も許可されているのだ」

 サクラメントレディは特別であるため国家間での戦いになりやすい。各国の裏協定で戦闘が許されているのだ。

 ここの場にいる者であれば誰もが知っていることだ。サクラメントレディを巡る戦いは十年以上前から行われている。

 ホワイトブラッドセルゴースト。略してWBSG。

 それとの戦いは周辺各国との戦いでもある。自分の国でWBSGを倒せば地球のどこかで新しいWBSGが生まれる。

 まるでネットゲームのモンスターのように一定の数がこの世界に存在しているのだ。

 外国でWBSGを倒されると自分の国で新しく生まれる。その状況を見て自分の国の中のWBSGを減らすためには、外国のWBSGハンターを倒すのが手っ取り早いと考えるのだ。

 WBSGハンターは外国に攻め入ってWBSGハンターを倒そうとする。他国が強力なサクラメントレディを保有しているとなれば奪いに行こうとも考える。

 シヴァを自分の国のものにするため、空母の中で日本への着艦を待っている。

「日本に到着をしたらすぐに作戦を開始だ。衛星写真を使って目標の行動を監視し、機会を見てアタックに入る」

 目標の顔の写真は頭に叩き込んである。訓練通りに動いて成果を上げればいいのだ。

「一名の奪還ともう一名の確保を最優先とする。君らが戦傷で戻れなくなっても我々は保証をしない。そのつもりでかかれ」

 この中にいる一人を除いてはアメリカの最強部隊である。

「二人ねぇ」

 壁に背をあずけながら懐から取り出した二枚の紙を眺めながら言う男。

 この部隊の中でも一番若く。彼にラウンドナイトの資格があると分かった事から、つい最近この部隊に配属をされているのだ。

「あんなガキんちょには興味ないのー。俺の狙いはあの女子高生なんだからー」

 この場にいるのは折り目を正して正装をしている軍人達だ。その中でネクタイも締めず、服を着崩し面倒そうにして顔を空に向けながら言った。

 軍の大将をしている彼の父親の威光を恐れて、誰も彼に注意をする事ができないでいる。その状況に気をよくして彼はこの無礼な態度で艦橋に立っているのだ。

「ですが、シヴァの方が能力も強力で……」

 隊長が彼に向けて説明をする。その言葉を聞きながらも「うるさいうるさい……」と、いった感じで手を掲げた。

「どうにしろ二人共捕まえる予定なんだろ? 僕は女子高生の方を貰うから。おまけの『シヴァ』とかなんとかいう奴は、ロリコンの皆さんで好きに取り合ってどうぞ」

 面倒そうにしながら言うその男に艦長も隊長も煩わしそうにしてそれを聞く。

 その中、普段から気が強いと周りでも評判の通信官の女性は小さな声で言った。

「二十五歳にもなって、十七歳の女に執着を見せるのも十分ロリコンですがね」

 小さな声でそう言った通信官の女性の方を向いたその男。

 ボソリと言った言葉であるのにラウンドナイトの力を持つ彼には、十分に聞こえていたのだ。

「俺がロリコンかぁ……」

 無造作にその女性の方に歩いて行ったその男は、座っていた管制官の女性を無理やりに引き寄せて自分に近づけた。

「別に大人の女性にも興味があるよ。なんだったら今夜それを証明してあげてもいいよ」

 ニヤリと薄気味の悪い笑顔を浮かべる男の手をその女性管制官振り払った。

「私には恋人がいるので遠慮をいたします」

「へぇー」

 管制官がそう言うが舐め回すような視線を向けた。

「そいつがいなけりゃいいってわけかい?」

 そう言いその男はほかの管制官の男に向けて拳銃を突きつけた。

「キミってこいつと恋人同士なんだよね? 知ってるよ。本来ならすでに出来上がっているカップルを引っ掻き回すのは趣味じゃないんだけどね」

 拳銃の銃口をその男につきつけてグリグリとして押し付ける。

「キミは僕の事を誤解しているようだしね。この部隊は俺がいて初めて成り立つ部隊だ。この隊の中心人物であるという建前もある。隊員のキミが我が隊の要の事を馬鹿にするのはいけないんじゃないかな?」

 胸の悪くなるような建前を並べた男はさらにこう言う。

「俺が中心のこの部隊。いったいこの隊は誰を信じればいいんだい? 自分が若輩者だってのは理解しているし、だからこそ馬鹿にされて黙っているワケにはいかないんだ。馬鹿にされて黙っているような腰抜けだったら周りに示しが付かないだろう?」

 ここにいる者は全員が彼の事をチンピラだと思っているし慕っているワケでもない。だが、その言葉を言われれば黙るしかない。

 艦橋にいる全員は胸にムカムカしたものを感じながらもその言葉を聞くしかないのだ。

「これは懲罰である。任務終了後俺の部屋に来るように」

 そう言い残した男は、ニヤニヤ笑いながら艦橋から自分の部屋に帰っていった。

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