第2話 大華の力

 学校に着いたのはホームルームの始まる二十分前だ。

『それじゃ大華ちゃん。雷君。また会いましょう』

 そう言い校庭から飛び立ったクサナギはどこかへ向けて飛んでいった。

「もうちょっと、遠い場所で下ろしてもらえばよかった……」

 大華は、そう言い自分たちを好奇の目で見る生徒たちの間を縫って教室に向かっていった。


 教室に入ると普段はまだ職員室にいるはずの担任が待っていた。

「佐田! 戸浦! 話があるから校長室まで来い!」

 廊下には大華と雷を待つ校長までいた。

「あのロボットの話ですか?」

 雷は校長に向けて聞いた。

「それも踏まえた重要な話だ。校長室に着いてから話す」

 そう言い校長は校長室まで歩いて行った。それに雷と大華もついていく。


 校長室に着くと校長は椅子に座って話しだした。

「君たちも緊張をしているだろうが私もこんなことは初めてだよ」

 雷と大華に向けてそう言い出す校長。

「立ち話で話すような内容じゃない。早く中に入って」

 中に入るとソファーに座るように促された。

「戸浦君。君は一体何をやったんだ?」

 まずは大華の方であるようだ。校長は大華に向けて話を始める。

「防衛省の方から直接うちに通達が来たよ。君が特別災害国家防衛高校に転入になるそうだ」

「なんですか、その高校って?」

「調べてみても出てこないんだ。ネットを使ってもそんな学校は出てこない。説明書きを見ても内容が知れない」

 そう言うと校長はテーブルに置いてあった書類を大華の前に差し出した。

「戸浦君に直接渡すように言われていたのだが、先に中身を開けて調べてしまった」

 校長がそう言うと大華はその書類を手にとった。

「所在地の部分が塗りつぶされてますね」

 裏を見てなんて書いてあったかを調べようとしても、裏からもマジックで塗りつぶされていた。

「重要な情報は戸浦君に直接教えるつもりらしい。最重要機密文書ってやつだよ。こんなものを見るのは私だって始めてだ」

 校長は言い終えると雷に顔を向けた。

「佐田君。君にはこの事に関する箝口令が出た」

 何それ、といった感じで校長の事を見た雷。校長は続けてその事に関する続きを話し出す。

「この事を誰にも言わず黙っていてくれっていう意味らしい」

 そう聞くと雷は呆然とした顔をして頷いた。

「それだけですか?」

 雷は自分にも何かの案件が下されるのではないだろうかと思っていた。

 大華は特別災害国家防衛高校という所に行く事になったらしい。

 あの黒スーツ二人組。楊貴と黒羽の絡んだ話である。あの二人に自分は呼ばれなかったのだ。

「箝口令なんてもの初めて見たよ。そんなものが現代にも実在するなんて思ってもいなかった」

 そう言い校長は雷の方を見た。

「一体何があったんだ? この書類はどういうものなんだ?」

 そう聞くが雷は小さな声で言う。

「箝口令を受けているため答えられません」

 校長は大華に顔を向けた。

「この書類に書いてあります。『この学校にかかわる全ての情報は他言無用。外部への機密の漏洩の際には厳しく罰則がある』」

 大華がそこまで言うと校長は諦めて言う。

「私からの話は以上だ。君らはもう教室に帰りなさい」

 合点がいかないといった顔をしながら言った校長はそう言った。


「賢明な判断だな。あそこで何か一つでも情報を漏らしていたら、俺はお前の首を掻き切っていた」

 校長室を出ると雷の背後からゾッとするような声がかかる。

「黒羽」

 雷がそう言って振り向くとそこには黒羽 唐貴が立っていた。

「黒羽さん。くらいは言えないのか、最近のガキはこれだから困る」

「あんた相手に敬称なんか使うのは嫌なだけだ」

 雷がそう言うと面食らったようにした黒羽は雷の事を睨みながら言う。

「今すぐ首をはねてもいいんだぞ。俺にはそれができるのはお前だって分かるだろう?」

 そうすると黒羽の手に剣が現れた。まるで、大昔の鉄器のようにいびつな形をした剣である。

「あんたは感情任せに動く人間じゃない。『悪口を言われたからカッ……っとなってつい殺しちゃいましたー』なんて事をするような奴じゃない」

「ふん」

 不機嫌そうに鼻をならした黒羽は剣を消した。

「そういう所も気に食わないな。あと三日もお前のそばにいなくてはならないなんて思うと気が滅入ってくる」

 そう言う唐貴は頭を抱えるしぐさをした。

「痛くもないのに痛そうにするのはやめたほうがいいぞ。バレると審判からペナルティがあるから」

「いつからサッカーの話が始まっていたんだ?」

 そう言いながら睨み合う唐貴と雷。

「ストーップ!」

 そう言い大華が二人の間に入っていった。

「二人してそんな意味のない口喧嘩をして! 一体何が楽しいの!」

 そう大声で言う大華。そうするとお互いに視線を反らせた。

「楽しくてやっているワケじゃない。このクソガキがフザけた事を言うから」

「クソ野郎に言われっぱなしになるのが嫌なだけだよ!」

 大華は黒羽と雷の両方に向けて拳を突き出した。体を大の字にして二人の目と鼻の先に拳と近づけたのだ。

「だから!」

 大華にそう言われ二人は息を飲んだ。

「そういう意味のない口喧嘩をやめろって言っているのよ!」

 大華の鶴の一声で二人のケンカは終わり少しの間この場は静かになった。


 少し間を置き二人が落ち着いた頃になって不意に雷が口を開いた。

「それで?」

 雷は黒羽に向けて言う。

 そうすると無言で大華は雷の首根っこを掴んだ。

「そのかっこうがお似合いだな」

 そう嫌味を言い出す黒羽の事を大華が睨んだ。

「さっき、あと三日俺のそばにいなくちゃならないとか言っていたけど、あれってどんな意味なんだ?」

 大華に首根っこを掴まれながら言う雷。

「『シヴァ』の事を連行していくのに、必要な書類ができるのが三日後になる。その間、シヴァの事をお前の家で面倒見なくてはならん」

「すぐに連れて行く事もできるんだろう? なんでそうしない?」

 雷が言う。そこまで話を聞くと大華も手を離した。

「人の厚意はありがたく頂いとけ」

 黒羽の言いようから『シヴァ』に向けて時間をあげたとでも言いたげである。

「数日くらい普通の生活を経験させてやるのもいいだろう。朝にも言った事だが『せいぜい楽しめ』という事だ」

「話が逸れたな。俺の近くに居なければならないっていうのは?」

 雷がそう聞くと黒羽はまた頭を抱えた。

「『シヴァ』は追われる身だ。その間護衛をする人間が必要になる」

「追われる身? 誰から?」

 黒羽が口を開く前に雷が手を出して黒羽の言葉を制した。

「メディタの護衛に入るのがあんただっていうのは分かったよ」

 そう聞くと黒羽は言葉を続けた。

「メディタ・ラックノームは見てもわかるように日本人じゃない。外国から逃げてきたんだ。『戦うのが嫌』だって言ってな」

「メディタを追っているっていうのはその外国の人間って事か?」

「あんなに有用な力を見逃す手はない。当然日本だって同じ事を考える」

 だんだん話が見えてきた。

 メディタはあの幼さで『亡命』をしたのだ。

 だから、外国の人間はメディタを連れ戻そうとするし、日本だって彼女をかくまって自分達の力として利用しようと考えている。

「最低限。あの力が敵に回らなければそれでいい。メディタには適当な奴と『契約』をさせてしまうのが、一番手っ取り早いと俺は思っているのだがな」

 そう言い黒羽は雷の方を見た。

「『契約』って何なんだ?」

「キスをすれば『契約』になる。それ以上は部外者には教えられないな」

 いきなり口をつぐんだ黒羽。雷はそれを見てニヤリと笑った。

「ここまで話しているじゃないか。最後まで話したっていいだろう?」

 黒羽は今雷に向けて機密の一部を漏らしている。彼がうっかり話したのか? それとも意図的に漏らしたのかは判断の難しいところである。

「協力者に対して少しだけ機密を打ち明けたんだ。これ以上は何も話さないぞ」

 底の知れないこの男の事だ。何か考えがあるのかもしれない。

「もうチャイムが鳴っている。学生は教室に戻れ」

 もう用は無いといった感じで黒羽は外へと歩いて行った。


「キスをすれば『契約』かぁ……一体どんな事が起こるんだろう……」

 昼休みになり雷は昼飯のパンを齧りながら言った。

 そうすると雷の視界に学生靴が飛び込んできた。

 首をそらしてその大華からの回し蹴りをかわす雷。

「そう何度も食わないぞ」

 雷がそう言うと大華は鼻を鳴らして大人しく机に座った。

「何よ? さっきから、メディタメディタって。私の事を少し気にしてもいいでしょう?」

 あの書類の内容は大華から聞いていた。

 三日後大華は別の高校に転入になる。

 大華はサクラメントレディとしてその学校に呼ばれたのだ。その高校に入ってからは普通じゃない生活を送る事になる。

 全寮制の学校で全校生徒は一名。つまりは大華一人という事だ。

「これじゃまるで隔離施設じゃない」

 外からの情報は確実にシャットアウトされ、そこでは『災害を防ぐため』の訓練が行われる。そう書類には書いてあった。

「災害を防ぐって何をやるんだろうな?」

 雷はそう独り言のように言う。

「だからあんたは本当にソレしかないの!」

 そう言い立ち上がって雷に噛み付いていくように大声を上げた大華は雷が自分の事を見上げてくるのを見つめた。

「俺だって一緒に行きたいよ」

 雷がそう言うと口ごもった大華は顔を外した。

「私と一緒に居たいって言ってるの?」

 大華の様子を見た雷は言う。

「俺もその学校に入りたいって言っているんだ」

「だから」

 どうして入りたいのよと、言おうとして大華は唇を強く引き結んだ。

「昔からの腐れ縁だしいままでずっと一緒にいたし。いきなり離れるのは寂しいと思う」

 寂しいと言われたのは大華にはうれしかったが、本当に言って欲しかった言葉は違った。だが、大華はそれ以上聞こうとはしない。

「そうね……いままでの腐れ縁もあるし、いきなり離れるのもアレよね」

 大華が雷の事をじっと見据える。そうすると、口元が少しつり上がっているのが見えた。

『こいつは、分かっているか、分かっていないのか?』

 大華は雷の事を見つめているとそう想いが浮かんでくる。そこで、更に雷が言い出した。

「黒羽の言葉って、どう思う?」

「『契約』ってやつ。キスすると契約っていうのはいかにもあんた好みの話よね」

 大華は鼻を鳴らしてソッポを向いた。

「黒羽の言いようから俺がメディタとキスをする事を望んでいるみたいだと思わなかったか?」

 ゲームのやりすぎで、飛躍をした考えをするようにでもなったか?

 大華は一瞬そう考えた。

「そうなのかも知れないわね」

 こんなものはすでにマンガの世界の話だ。

 いきなり大華が謎の組織からの勧誘を受けた。友人の家に強力な力を持っている女の子が転がり込んできた。

 こんな事は大華の知る世界ではありえない。まるで雷がどっぷりとハマっているマンガの世界そのもののような世界である。

「どうすれば助かるんだと思う?」

 大華は雷に向けてそう言った。

「お前の意思を聞かなきゃな。お前の言う『助かる』っていうのがどんな意味なのか、あの学校に行かないで済めば『助かった』のか? それとも」

「いやいい! 続きは言わなくても」

 反射的にそう言った大華。

 真面目な顔をしている雷の横顔を見ると、いつもよりは多少マシな少年の顔に見えた。


 放課後になるとすぐに雷は帰り支度を始める。

 今日は大華も同じで帰り支度をしていた。雷が教室から出ると雷の事を待って廊下から雷の事を見つめていたのだ。

 雷が教室から出ると大華は雷についていった。「部活はいいのか?」と雷が聞くと、「そんな気分じゃない」という大華の返事が帰ってくる。

 雷と大華は廊下を歩きながら話を始める。

「次期部長がちょっと機嫌が悪いからって部活を休むねぇ」

「私はあの空手部で部長にはなれないのよ」

 すぐに転校をしてしまう大華である。


 雷が家に帰ると両親の車が家に置いてあるのが見える。

「先に見つかったわね。メディタの事をどう説明する気?」

 隣を歩いていた大華が雷に言う。

「どうせ、警察に預けろとか言われるんだろうなぁ」

 雷の場合はむしろ両親自体が警察官である。すぐに女の子を保護して警察署にまで連れて行かれるのが関の山である。

 何て言い訳をしようかと考えながら雷は家のドアを開けた。

「おかえり。帰宅部はやはり早いな」

 玄関の前で待ち構えていたのは黒羽であった。

「な! なんでお前がここに!」

 三角巾を被りエプロンも着ている。

「言っただろう? 『シヴァ』メディタ・ラックノームの護衛だ」

 手で、ボウルを持ち中身をかき混ぜながらの言葉である。

「俺特製のクレープを作っている。中身のフルーツだって指定農家から取り寄せてある最高級品だ。もうすぐできるから手を洗っておけよ」

 黒羽の声が奥から聞こえる。

 緊張をして家に帰ってきたのがバカバカしくなるくらいに、拍子抜けをする様子だった。


「とにかく、黒羽の奴が居た……あいつから情報を聞き出そう」

「情報? 何を聞き出そうってのよ?」

 大華は言う。

「お前があの高校に行かなくても済むような情報をだよ」

 雷が言うと大華の顔は幾分明るくなった。

「雷。私の事を考えてたんだ」

「お前の話を聞き流していたワケじゃない。ついでに、俺がその高校に入る事ができる方法があれば尚いいな」

 雷がそう言うと、。大華は雷の背中を蹴り飛ばした。


 雷はキッチンでクレープの生地を焼いている黒羽の事を見た。

「俺は客だぞ。そんなに睨むな」

 振り返って雷の事を横目で確認した黒羽。

「俺は子供の相手が苦手だ。メディタの事はお前に任せる」

 黒羽がそう言うとさっきまでソファーにちょこんと座っていたメディタが雷の方にやってきた。

「ら~い~。おかえりー」

 そう言って雷の後ろから飛びついてきた。

 メディタは雷の首に手をまわし耳元に顔をひっつける。雷の肩にメディタの顔が置かれる。

 雷の両親がそれを見ると微笑ましいものを見るような目で見ていた。

「そういえば、メディタの事を追い出さないのか?」

 雷が両親に向けて聞く。

「通達が来てな。外国人少女とその護衛を数日間家に泊めるようにだと」

 父が言う。

「こっちにも来てね。同じ内容よ」

 母も言った。

「一体何があったんだ?」

 雷の父は雷に向けて聞いた。雷が黒羽の事を確認してみる。

『めっちゃ睨んでる』

 明らかに、『情報を漏らすな』って目で語っているのが分かる。

「箝口令が敷かれていて、話す事ができないんだ」

 それを聞くと雷の父はいぶかしんだ。

「箝口令? それはいつの時代の話なんだ? そんなものが今の時代に存在する訳がないだろう」

 そう言いじっと雷の事を見る父。

「雷君の言うことは本当ですよ」

 そこに黒羽の声がかかる。

「私に守秘義務があって多くの事を説明できないように、雷君にも箝口令が敷かれていて話す事ができないんです」

 黒羽がそう言うと、『合点がいかない』といった顔をしたままの父だが、雷への追求を諦めた。

「色々秘密にして申し訳ありませんが、数日間ご迷惑をかけるのに納得してください」

 黒羽にそう言われると雷の父も渋々といった感じで了承をする。

「お客用の布団はあるし空いている部屋もある。数日くらいはどうって事ないが」

 やはり腑に落ちないのかブスッとしてソファーに深く座る父親。


「雷。どうするの?」

 不安げな様子の大華は雷の服の袖を引いた。

 黒羽が家にいるというのはチャンスと言える。あいつから話を聞き出し大華が転校をせずに済む方法を考えなければならない。

 新しいクレープの生地を黙々と作っている黒羽に雷は近づいていった。

「ん? あと少しだから待っていろ」

 そう言ってさっき黒焦げにしてしまったクレープの生地を丸めて自分の口に押し込んだ。

「俺に話すことな何もないと言いたげだな」

 雷が近づいてからいきなり口を塞いだ黒羽を見て雷がじとりとした目をした。

 何も隠すでもなく、一つ頷いた黒羽は目をクレープの生地に戻した。

「『契約』ってのはなんなんだ。俺がメディタとキスをしたら何が起こるんだ?」

 それを聞き黒羽はジトリとした目をして雷の事を見た。

 口の中にいれたクレープの生地を飲み込むと雷の質問に答えだした。

「メディタとキスをすればお前は強力な力を手に入れる事ができる。空を思いっきり飛び回ったり悪人を片手で投げ飛ばしたりできる。今度、全身タイツでも作ってみたらどうだ? 胸にエスのマークでも入れるとかっこいいぞ」

「俺はスーパーマンか」

 この男は緊張をしているときはやけに饒舌になるか、やけに無口になるか、のどちらからしい。

 いつもの様子からは想像できないようなつまらない軽口を言っている。

「『俺とメディタが契約でもして欲しい』っていった感じの話し方だな」

 雷がそう言うと黒羽に口の端をピクリとさせた。本音を言われて焦ったのか、それとも、全然的外れな事を言っているので呆れているのか、この反応だけでは分からない。

「俺は大華を……」

 雷が、そこまで言いかけたところに口にクレープを突っ込まれた。

「お子さん達からいきますよ。佐田さん夫妻はもう少しお待ちください」

 黒羽がそう雷の両親に向けて言う。そうすると黒羽はメディタと大華にクレープを持っていった。

「その話は後だ……」

 そう小さく言った黒羽はクレープの生地を焼き始めた。


 雷はあれから大華達と同じくソファーに座ってクレープを食べていた。

「俺はどうすればいいか、って話だよ」

 大華に向けてボソリと返した雷。

 メディタは大華の膝の上に座ってクレープをほうばっている。

「メディタ。何か知らないか?」

 そう言うとメディタは雷に丸い目を向けて見上げた。

「お前ってなんでうちに来たんだ?」

 メディタは思案するようにして指を頬に当てた。

「弱い『ラウンドナイト』と契約したら、私の事を誰も欲しいと思わなくなるから……」

 黒羽がこちらの事を見ている。それは雷だって分かる。だが、さらにメディタからの言葉を待った。

「契約は一人につき一回だけ。一度契約をしたら取り返しがつかないの」

 それで読めてきた雷。

「なるほどそういう事か」

 雷は力が弱い。サクラメントレディは力の弱い相手と契約をすると、二度と取り返しがつかないのだ。

 だから、メディタはとんでもなく弱い雷と契約をしてしまおうと考えた。

 自分自身がどれだけ強い力を持っていようが、パートナーが最弱であれば自分の価値が下がるとふんだのだろう。

「ねえ。キスをして。雷」

 メディタがそう言ってくるので雷は恥ずかしくなって顔を外した。

「十歳相手にドギマギしてるよ。カッコ悪すぎだねー」

 大華がそう言ってくる。機嫌が悪いようでそう一言を言ったら大華はツンとして顔を外した。

「黒羽としてはどうなんだ?」

 そう言い黒羽の事を見た雷。

「俺くらいの年になってくると、六歳の年の差くらいなら特に気にする事もないな。キスくらいはやってもいいんじゃないか?」

「へぇ……黒羽って何歳なんだ?」

「二十六だ」

 そう言った黒羽。

 確かに二十歳くらいの相手だったら普通に付き合う事もできるのだろう。

 雷は黒羽を見ながら言う。

「お前たちにとってはメディタが使い物にならなくなるのはマズいんじゃないか?」

 黒羽は口の端を少し釣り上げた。

 またこの表情をする黒羽。これが何を意味している表情なのか? 分からない雷はじっと黒羽の事を見つめた。

「確かに俺たちにとってはそれは損失だと思われているだろうが、俺個人としては、それが最良だと思ってる」

「また、変な言い方で言うな」

 そう言うと黒羽は台所の方に戻っていった。

「料理っていうのは片付けを終わらせるまでが料理だ」

 そう言う黒羽の背中を雷はジッと見つめた。黒羽は手馴れた手つきで食器を洗っていた。


 幕間


 ここは、この空母のなかで武器庫として使われている場所だ。

 そこに数人の男がたむろをしていた。

 その部屋の中にはドラッグの匂いが充満をしており、煙が濃くて白くモヤがかかっている。酒の瓶が転がり椅子の上に座ってテーブルを囲んでいる四人の男たちは、それぞれ軍服を着ているが、それを着崩しており胸のあたりに刺青がいれられているのが見える。

「そら! ストレートフラッシュ!」

 手札を小さなテーブルの上に叩きつけた男は笑みを浮かべて周りを見回した。

「イカサマじゃねぇのか! こんなにいい手札なんてそんなに出るもんじゃねぇぞ!」

 そう言いニヤニヤ笑う一人。そう言うと他の二人も大声で笑い始めた。

「ミランは持っているんだよ。俺たちにはこいつに勝つ事なんてできねぇのさ」

 そう言うとミランと呼ばれたその男を除く三人は笑い始めた。

「悪いなー。全部勝っちゃって。勝負は勝負だよ。さぁ。負け分を払って」

 そうミランが言うと男は丸めてクシャクシャになったドル紙幣をミランに渡した。

 周囲の男たちもそれをニヤニヤ笑いながら見ていた。

「まったく負け分以上に稼がせてもらうから一緒に勝負をしてやってるが、本当ならお前と一緒にポーカーなんてやらねぇぜ」

 そう言うと周りの男もクスクス笑い始めた。

 ミラン以外の男たちはミランがイカサマを使っているのには気づいている。

 だがあえて言わない。この男たちにとってはミランはいい金づるである。機嫌を悪くさせてしまうワケにもいかないのだ。

 ミランが机の下にジョーカーを隠しているのに気づいた上で、男はカードを切る。

 この男たちはミランの不良仲間である。

 昔、学生の頃にミランは周囲でも有名なチンピラであった。

 ドラッグや婦女暴行は当たり前。いつも銃を持ち歩いておりミランを中心としたグループは、他のグループからも恐れられるほどに悪名が高く誰も手出しができないでいたのだ。

 それは仕事に就いた後にも続いた。

 親の権力を使い好き勝手なことをして周りからも煙たがられていた。

 だが、そこにラウンドナイトとしての資格を持つことが判明しそれに輪がかかっていったのだ。

 空母の艦長などでは止めることができないほどである。

「まったくとんだ肩透かしだったよね。あんなに俺の事をこき下ろしておいて、実際には全然大したことなかったし」

 ミランは後ろを振り返った。

 そこには服装を乱れさせ、呆然とした顔をしている管制官の女性の姿があった。

「最初は強がっていたけどすぐに泣き叫び始めてしまうんだからね。全然楽しくなかったよ」

 その女性の体にはいくつもの鞭の跡や垂らされた蝋が体にこびりついていたりしていた。

「気の強い子ってのは好みなんだけど、この子は威勢だけでちょっと脅せばすぐにビビって。もうちょっと楽しませてくれてもいいじゃないか」

 ミランが言うとその女性が横たわっているベッドに向かって行った。女性を見下ろすようにベッドの上に立つとその女性の体を踏みつけ始めたのだ。

「おい! どうなんだよ! さっきまでの威勢はどうしたんだ!」

 グリグリと靴を使って踏みつける。

 その様子を仲間の男たちは面白そうにして見つめた。

「ついさっきまで俺たちの相手をしてて疲れてるんだよ! ちっとは優しくしてやらんと、こいつは壊れちまうぜ」

 そういう声が上がると笑い声が上がった。

「今更になって優しくしろだと? さっきまで散々遊んだっていうのによ」

 一人がそう言うと周りの男たちはどっと笑った。

「サクラメントレディってのは結構体が丈夫らしいよ」

 ミランが言う。

「もうちょっと無茶な事をやっても、壊れない子が欲しいと思っていたんだ。ただの女なんて大抵こんなもんだからね」

 その女性を足でグリグリと踏みつけながら言うミラン。

「んじゃあこの女は彼氏の所に返してやるとしよう。お前、いってこい」

 そう言われると男の一人がその女性の体を持ち上げた。

「ついでにこれも持って行きな。いい記念になるぜ」

 男の中の一人がそう言い一枚のディスクを渡した。

 その中にはその女性を陵辱している様を撮影した映像が保存をされているのだ。

 ミランはその女性の耳元にまで口を近づけいやらしい笑みを浮かべて言う。

「また会うことがあればもっとイイコトをしようね。君が立ち直って顔を出してくれるのを待ってるよ」

 そう言った後ミランは女性を抱えた男に向けて「早くいけ……」と言う。

 その姿を、ミランはニヤニヤしなから見送っていった。

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