第3 助ける事

 黒羽とメディタがやってきた次の日。

 日が昇ってきてからそんなに時間が経っていない。雷は自分の部屋に入ってきた気配を感じて目を覚ました。目を覚まして身を起こすとフライパンとおたまを持ったメディタがいた。

 すぐにでもフライパンを叩いて鳴らし出しそうな様子でその二つを高く掲げていた。

「起きてるぞ」

 雷がそう言うがメディタはフライパンを叩いて鳴らしだした。

 カンカンカンと、耳障りな音が鳴るのに雷は両耳を押さえた。

「起きてるって言ってるだろ!」

 大声で言う雷だがメディタは鳴らし続けた。

「ニホンゴワカリマセーン」

「お前がしゃべっているのは思いっきり日本語だろうが!」

 雷が耳を押さえているとメディタは満足そうにして顔をニンマリさせた。

「おはよう。雷」

「ああ……おはよう」

 寝起きの頭にあの音は響きすぎた。未だに頭のなかでガンガンと音が鳴っているような感じがある。

「ねえ! キスして!」

 起き抜けにメディタが言い出す。思わずコクリと頷きそうになってしまった雷だが、その言葉の意味を頭の中で理解して慌てて首を横に振る。

「あと十年経ったらな」

 メディタの頭に手を置いて自分からメディタの顔を離れさせる雷。

 その頃には雷は二十六歳でメディタは二十歳である。別にそんな事をしてもおかしくない年齢だ。

「最近の子供はもっと進んでいると聞いていたが」

 そう言い黒羽が部屋に入ってきた。

 また三角巾とエプロンを着た姿だ。

「今朝もおまえが作ったのか?」

 菜箸を持ちながらやってきた黒羽に雷はそう聞いた。

「他人のメシを食うのは好きではなくてな。これでも健康に気を使っているんだ」

 そう言うとメディタの事をジロリと見た。

 黒羽の視線を受けて雷のすぐ隣にやってきて雷の布団にもぐるメディタを見て、小さくため息をもらす。

「嫌われたもんだ」

 だが、それほど気にはしていないといった感じで部屋を後にしていく黒羽。

「私たちの分もできてるって。一緒に食べよう?」

 そう言って雷の手を引いたメディタは、一階の部屋まで連れて行った。


「もうちょっと寝ていたかったのに」

 頭がはっきりしてきた雷はそう愚痴り始めた。

 いつもならばギリギリの時間まで寝てたというのにそこを起こされたのだ。まだ眠気は残っているし気分も晴れない。

 こんなんでは黒羽あたりに、だらしない顔だなどと嫌味を言われてしまう。そう思った雷は顔を上げ顔を引き締めた。

 雷の母が雷に向けて言う。それを聞きながら雷は、ご飯を茶碗に盛り、味噌汁をお椀にすくいながら苦い顔をした。

 メディタは、箸の持ち方を分からないようで、目の前でいろんな握り方を試していた。

 ああでもない。こうでもないと、いった感じで片手で二本の箸を握ったり一本づつ片手で持ってみたり、試行錯誤を繰り返しているところに雷はメディタの前にスプーンとフォークを置いた。

「それ使え」

 そう短く言うと雷はメディタから箸を取り上げそれを流しまで持っていく。

「日本語が流暢なんだから箸くらい使えると思ったんだが」

 そう言いながら自分の分をよそった雷はメディタの隣に座る。

「あれ? 日本のみんなが英語を話せるんじゃないの?」

 メディタがそう言う。

「サクラメントレディはどこの国に行っても言葉が通じるようになる。いろんなケースがあって、言葉は英語として聞こえるが意味は分かるとかいったタイプもある。メディタの場合は言葉全てが英語に聞こえるようになっているのだな」

 部屋の外で待機をしている黒羽が言う。

「説明にあった通りらしい」

 黒羽の声を聞いて不機嫌になった雷が言う。

「そういえば明日は遊園地に行く事になっている。他の予定を入れるなよ。雷君」

 黒羽が言い出した言葉に雷は反射的に反発をしてしまった。

「そんな所行くかよ勝手に行っていろ」

「俺はもちろん護衛としてついていく。雷君が行かないと二人のレディが悲しがるぞ」

 横を見ると自分の事を見上げるメディタがいた。

『そうか……確か明日にメディタは黒羽達に連れて行かれるんだよな』

 これはメディタに対するこいつらのサービスなのだと思い直す雷。

「わかっているよ。俺も行くからな」

 そう言ってメディタの頭を撫でる雷。これで機嫌を直したメディタはニンマリと笑った。

「素直な奴だな……」メディタを見てそう言った雷。

「二人っていうのは?」

 雷は黒羽の方に意識を戻す。さっき黒羽が言った、『二人のレディ』という言葉の意味を聞いたのだ。

「戸浦 大華もその日に転入する事になっている」

「大華も。そうだったな」

「別れる前に二人に思い出でも作ってやれ」

 そう言った黒羽はそれから口を開く事はなかった。


 学校でまた昼食の時間になると無言の大華が机を寄せてきた。

「明日転校をするんだってな」

 雷はいつもと様子の違う大華に向けて言った。

「うん」

 小さな声で言う大華。

 やはりこれから望まぬ転校をする大華は浮かない気持ちのようだ。

「明日の遊園地には俺も一緒に行く」

 それで顔を上げた大華は雷の事を見つめた。

「なあ二人のうち一人を救うことができる場合お前ならどっちを助ける?」

 雷がそう言う。大華はそれを聞いているのか聞いていないのか分からないような虚ろな目をしていた。

「助ける? どうやって?」

 そう言い小さくため息を吐く大華。

「お前は、今なにも考えられないようだな」

 雷がそう言うと大華は一枚の紙を雷の前に差し出してきた。

「私のパートナーだって」

 その紙には明らかに厳つい男の写真が貼ってあった。

『この男と契約をする事になっているというのか』

 雷はその写真を見つめた。

「私も花の女子高生なんだってのに、こんなおっさんと」

『それも、ひどい言いようだがな』

 雷はその写真の事を見つめたその言葉を聞くと、書類の写真の男の目尻に涙が溜まっているように見える。

「随分余裕があるようで安心したよ」

 自分の事を『花の女子高生』なんて呼ぶなんてよほど余裕があるのだろう。

 そう思って言った雷だが大華は雷の言葉を聞くと一気に立ち上がった。

「ああ! そうよ! あんたと離れる事なんて、全然気にしてないからね!」

 そう言って机を戻した大華。

『余計な事を言ったか』

 そう思って雷は天井を見上げた。


 放課後になると帰り支度を始める雷。

 大華は雷の事を追ってくるようにして自分も帰宅の道についた。

 無言で雷の後ろをついてくる大華。

 学校の廊下を歩く二人は見ただけでも暗い雰囲気を出していた。

「隣にきたらどうだ?」

 雷が大華に向けて言うが大華は無言である。聞こえていたようで雷の隣を歩き続けた。


 学校から出て商店街の道を通る雷。その数歩後ろを歩く大華。

 居心地の悪い感じのする雷だが、事情が事情なのでなんとも言わなかった。

「何? この嫌な感じ」

 大華がそう言い雷は大華に向けて振り返った。

「そんなの今に始まった事じゃ」

「違う。私達は襲われる」

 いきなり言った言葉に雷は疑問符を頭の上に浮かべた。

「来る」

 大華がそう言うと周りから悲鳴があがった。

 何かと思って悲鳴のした方向を見てみると、銃を持った男たちが見える。格好自体は普段着のようなトレーナーを着ている背の高い男たちだ。

「だめ! 雷は私のそばに来て!」

 そう言い雷の首根っこを掴んだ大華が雷の事を自分の方に引き付ける。

 あっという間に銃を持った男たちに囲まれた雷達。

 逃げ出す他の通行人達には目もくれずに雷達の事を囲んだ。

「フタリトモツイテコイ」

 カタコトの日本語で言う男たち。

 目出し帽を被って顔を隠しているものの日本人ではないのは分かる。

「ソノオトコノアタマハイツデモフキトバセル……スナオニトウコウシロ」

 雷の頭にいくつもの光の点が浮かんでくる。

 この男たちが引き金を引けば雷の頭は一瞬で吹き飛ばされてしまう。

 大華は雷の事をさらに引き寄せた。

「大丈夫。すぐに助けが来る」

 大華は言った。

「二人共お待たせ。クサナギが来たわよ!」

 上空から声が聞こえてくる。

『お待たせ雷君に大華ちゃん。後は私に任せなさい』

 楊貴の声が上空を飛ぶクサナギから聞こえてくる。

 それを見た男達はすぐさま逃げていった。まるで最初から打ち合わせでもしていたかのように、一糸乱れぬ動きで商店街の路地裏に逃げていったのだ。

『引き際がいいわね。ちょっとくらい痛い目を見せてあげたかったけど』

 楊貴の声がクサナギから聞こえてくる。

「そりゃ、こんな巨大ロボットを相手に生身で立ち向かうバカはいないでしょう」

 雷が言うと楊貴は『クサナギ』の頭を縦に振った。雷の言葉に同意をしたという事だろう。

『人目に付くのはあんまり良くないの。それじゃあね』

 そう言い『クサナギ』は空の彼方へと飛んでいった。

「黒羽だけじゃなく楊貴さんも……」

 楊貴も大華の護衛として動いていたのだ。


「やあ、お帰り。大変だったようだな」

 雷が家に帰ると黒羽が待っていた。

 また三角巾を被った姿だ。

「お前はいつもその格好だな」

「護衛なんてもんは敵が襲ってこなければ暇なだけだからな。クッキーを作ってみた。お前も早く手を洗え」

 そう言い家の奥にまで行く黒羽。

「あいつああいうキャラか?」

「キャラ作りのためにメシを作っているワケじゃない」

 家の奥からそう声が聞こえてきた。

 手を洗い台所まで行くとメディタが待っていた。

「らいー。一緒にたべよう?」

 そう言ってクッキーを一つ雷に差し出してきた。

「はい。あーん」

 メディタが雷の口の前にクッキーを持ってくるのを見ると雷はそれに齧り付いた。

 そして、雷が半分を食べたクッキーの残りはメディタが食べる。

「ひー。関節キッスだね」

 そんな子供じみた事を言うメディタに雷は呆れて答えた。

「ああ……そうだな……」

 メディタは頬を膨らませる。

「ああー! 小さいからってバカにしてるな!」

 雷の胸の辺りをポンポンと叩くメディタ。

『完全に子供の行動なんだよな……』

 胸を軽くたたくメディタの事を見て雷はそう思っていた。

「あんた、胸をポンポン叩かれて悦に浸っているんじゃないわよ」

 後ろからそう声が聞こえた。

「悦に浸っているワケではなくてですね……」

 そう言いながら振り返る雷。そして、雷の視界には今にも回し蹴りを放ちそうな様子の大華が立っていた。

「こんな小さい子に手を出して!」

 そう言いながら大華は蹴りを放った。

 だが、大華の蹴りは途中で止まった。大華と雷の間に黒羽が入ってきて大華の蹴りを止めたのだ。

「ちょっと待て! 一体どこから!」

 いきなり現れた黒羽に雷は驚いて言う。

 部屋の外に居たというのに、黒羽はいきなり大華と雷の間に割って入ってきた。

 大華の蹴りを受け止めた姿勢の黒羽は大華の足をゆっくりと床に降ろした。

「みんな揃ったようだな」

 そうすると、黒羽は雷達にとって重要な事を話しだした。


 黒羽の話の内容は大華とメディタがいかに危険な状態にあるか、外からの危険に立ち向かうには、結局黒羽達と一緒に居るしかないという事だった。

「随分典型的な建前だな。結局俺たちと一緒に来いって言っているのだろう?」

「そういう事だ。お前たちはついさっき『危険なめ』に遭ったと言うじゃないか、楊貴から聞いたぞ」

 そう言って苦い顔をしながらあの時の事を思い出す雷。

 謎の集団に襲われ雷は頭を吹き飛ばされるところだったのだ。

「君らの命を守るため俺たちは君を特別高校……と、言うか隔離施設に入ってもらいたいと思っている」

 歯に衣を着せぬ物言い。黒羽としては高校なんていう建前を言ってごまかすのは、あまり好きではないのだろう。

 雷はふと思い出した。

 大華は襲われたときこの先の展開がどうなるのか分かっているようにしていた。

「サクラメントレディってのは予知能力なんかも使えるのか?」

 雷が黒羽に聞く。

「大抵の奴は大なり小なり先の事を見る事ができるな。神ってのは大抵が予知の力を持っているもんだ」

「それだったら! 大華は先の事が分かるのか?」

 雷が大華に向けて言う。

「分かるワケないでしょう?」

 大華はそう言うが黒羽は首を横に振る。

「意識を集中してみろ。胸の前に小さな光の玉があるようなイメージだ。そしてその玉に向けて、『未来を教えろ』と念じるんだ」

 そう言う黒羽。

「そんなオカルトじみた話」

 大華はそう言う。だが黒羽はさらに言う。

「サクラメントレディの言葉とは思えんな。『ムラクモ』が『クサナギ』を使っているところも見たんだろう? 戸浦 大華。お前はもう常識の範囲外の人間なんだぞ」

 黒羽が言う。

「一度試してみろ」

 最後にそう言うと黒羽は大華の事を見据えた。

「わかったわよ」

 そう言う大華は渋々といった感じで胸に手を当てた。

「未来を教えろ。未来を教えろ」

 そんな事で未来を見ることができるのならどんなに有益な事だろうか、雷はそう考えながら大華の様子を見た。

「メディタ……メディタ……」

 大華の言葉が変わっていく。

「メディタは、人を殺す……メディタは自分の意思で一人の人間を殺す……」

 いきなりそう言い出す大華。

「そこまでだ! 予言はやめろ!」

 黒羽が大声で大華に叫ぶと大華は目を開いた。

「私。どうして?」

 メディタは驚いて大華の事を見つめていた。

「嫌な予言だ」

 やらせるんじゃなかった。黒羽がそう思っているのが丸分かりだ。表情をなかなか変えない黒羽だがその時は悔しそうにした苦い顔をしていた。


「神話の世界では予言ってのは必ず的中をするもんだ」

「神話の世界の話だろう?」

 そう言って雷は黒羽の事を見た。じっとメディタの事を睨みつける黒羽。

「そこまでにしろよ。メディタが怖がるだろう」

 雷がそう言い、チッと舌打ちをした黒羽。

「神話の世界と同じだ。ムラクモもたまに『予言』をする。サクラメントレディの居場所とか、いい事ばかりを予言していたからな」

 こんな嫌な予言が出るとは黒羽だって考えていなかったのだろう。

 黒羽は両腕を組み頭を下ろしながら言う。


「ちょっと買い物に行ってくるわ」

 そう言う大華は雷の家から出ようとして玄関に向かって行く。

「ついさっき襲われたのを忘れたのか?」

 太華の後ろから大華の肩を掴んで大華に向けて言う黒羽。

「いつこんな所に移動をしたのよ!」

 ついさっきまで居間にいたはずの黒羽が今は玄関にまで移動をしている。

「『ラウンドナイト』の能力だ。サクラメントレディと契約をした者は驚異的な身体能力を得るからな」

 そう言いながら大華の前に立ちふさがるようにして大華の前に回り込んだ。

「雷に教えると喜びそうな話だけど」

「もう教えてある。あいつの反応はそんなに興味がある感じではなかったが」

 そう言いながら黒羽は大華の両肩を掴んで家の奥に押しやっていった。

「買い物があるなら俺が買ってくる。君はこの家でおとなしくしているんだ」

 そう言う黒羽。

「買いたいものなんてないわ。ちょっと気分転換に買い物に行こうとおもっただけ」

「ならばこの家から出るな」

 そう短く黒羽に言われ大華は家の奥に戻っていった。

「ねえ、私がした予言ってもしかしたら外れるんじゃないかな?」

 大華が黒羽に向けて言うが黒羽は冷静な顔で言う。

「予言は絶対に当たる。外れた事など見たこと無い」

 大華に対する気遣いなど全く感じない言いようで言う黒羽。

「私ってその隔離施設に行ったら、ずっとこんな窮屈な生活をする事になるの?」

 大華が黒羽にむけて聞く。

「ゲームや何かが欲しいなら、大抵の物は手に入れてやる。お前は施設から外に出なければそれでいい」

「ゲームは嫌い」

 大華がそう愚痴る。

「施設から出なければそれでいい」

 それに素っ気ない返答を返した黒羽だった。


 大華は、ブスリとしながら今の椅子に座った。

 ジトリとした目で周りを見回すと何も言わずに立っている黒羽を見つける。

「俺を見ても何も面白くないぞ」

 大華の視線を感じそう答える黒羽。フンッと言って他に視線を向けた。

「らいー? これからどうするの?」

 顔にクリームを付けながら言うメディタ。今はメディタの初めてのお菓子作りの最中ということである。

 お菓子作りをしようと、言い出したメディタ。

 お菓子のつくり方などまったく分からない雷だが、黒羽に教えてもらいながらやっているのだ。

「黒羽。何か言いたそうだな」

 部屋の外から中の様子を伺っていた黒羽。

「生クリームのかき混ぜすぎだ。角が立つまでかき混ぜるとは言ったがかき混ぜすぎると、クリームが固まってしまう。直前で止めるべきだった」

 大きな塊になってしまったクリームが入っているボウルを見つめるメディタ。

 小さいナリで黒羽の事をじっと睨むメディタ。その視線を感じた黒羽は部屋の外に出ていってしまった。

「黒羽。メディタが次は何をすればいいのかって聞いてるぞ」

 黒羽を追って部屋の外にまで歩いた雷。

 雷は黒羽から続きを聞いた。

「スポンジはもう出来上がっているんだろう? スポンジを横に切り中にクリームの層を作れるようにする。俺が買ってきた苺を薄く切り。その切れ目に入れる。この時苺の厚さが不揃いだとズレやすくなる。慣れないうちは卵切りでも使うといい」

 菓子のつくり方は黒羽が一番詳しいらしい。

「部屋に入ってメディタに直接教えてやってくれないか?」

 雷が言う。

 さっきからメディタと黒羽の伝書鳩のような役回りをさせられている雷。お菓子を作ろうとしているのはメディタだし、お菓子の作り方にこの中で一番詳しいのは黒羽だ。

「俺はメディタとは一緒になれない。俺はメディタを殺す人間だからな……」

 黒羽がそう言う。

「また黒羽がおかしな事を言い始めたよ」

 雷はその言葉を受け流す。

「俺が普段から変な事ばかりを言っているような言い方だな」

 ジロリと雷の事を睨みながら言う。

「巨大ロボットに乗って悪と戦うだのサクラメントレディだの、予言だのおかしな事ばかり言っているじゃないか」

「お前だってこっちの世界の人間だろうが」

 黒羽は雷の言葉を鼻で笑い飛ばした。

「俺は黒羽みたいに、なんでも知っているワケじゃないからな。お前がメディタを殺すなんて言われてもいつもの妄言くらいにしか思わないくらいだ」

 雷がそう皮肉たっぷりに言うと無表情の黒羽の顔が少し歪んだ。

「単刀直入に言う。さっさとメディタとキスをしろ! そうすればメディタは助かるんだ」

「それはそうだろうな」

 雷は言う。メディタが雷とキスをすれば契約が成立する。雷は力が弱い。雷と契約をすればメディタのサクラメントレディとしての価値が一気に下がり、メディタは用無しとなるのである。

「分かっているならすぐにでもやったらどうだ?」

 この時ばかりは黒羽の顔は雷の事を睨むようになっていた。

「ボサッとしていると両方とも救うことができなくなるぞ」

 黒羽は言う。

「俺は両方救いたい」

 大華だって雷とキスをして弱いパートナーと組む事になってしまったら、お払い箱になるはずだ。

 だが雷の体はひとつしかない。どちらかを救う事ができたとしても、もう一人がサクラメントレディとして戦うことになる。

「ムラクモの予言の話をしようか」

 雷を睨むことをやめて壁に背をあずけた黒羽。いつもの無表情に戻った黒羽は、『ムラクモ』。つまりは楊貴から聞いている予言の事を語り始めた。

「その予言の内容はこうだ『メディタは千人以上の人を殺す』そして『黒羽はメディタを殺そうとする』事になる。そういう予言が出ているんだ」

 雷はその言葉を何も感じずに聞いた。

「俺がメディタを殺そうとする理由は十分考えられる。メディタ=ラックノームはシヴァだ。世界をまるまる焼き焦がす事のできる光線を放つことができる。そんなものを街中なんかで使ったら、それこそ千人以上の死者が出るような大惨事になるだろう」

 そんな力は扱いに困るだけだ。自分達が確保をしても使いどころが分からない。

「俺たちの仕事を少しは聞いただろう? WBSGを倒すのが俺達の仕事だ。WBSGを倒すのに町ごとWBSGを吹っ飛ばしたり、山を跡形もなく消し飛ばすわけにもいかない。あんな力の使い道がまるで見えない」

 上からの命令で確保をする事が決まったもののあんな力を手に入れたところで、何をすればいいのかと、思っているのだ。

「ゴミっかす適合者であるお前と組んで、利用価値を皆無にしてしまうのがいい」

「ゴミっかす適合者ってのは余計だ」

 黒羽の言葉にそう返した雷。

「世界のためだ。メディタのラウンドナイトになってやれ」

 黒羽はそう言う。雷はそれを聞きながらも返事もせずにメディタの方に戻っていった。


「あの人と何か話した?」

 雷がメディタのところに戻ると、メディタは黒羽に聞こえないようにして小さな声で言ってきた。

 顔を雷に近づけそう聞くメディタ。

「お前とキスをしろって言ってきたぞ」

「そういう言葉なら聞いてもいいんだけど」

 メディタの次の言葉を待つ雷。

「あいつの話は聞かないで。あいつは私の事を殺そうとする。だけど雷が助けてくれる」

 メディタがそう言う。雷はそれに眉をしかめて聞き返す。

「お前の予言か?」

 メディタはコクリと頷いた。

「黒羽に殺されそうになる。だけどそこを雷が助けてくれるの。それから先、私は辛いめに遭う。それからも雷は助け出してくれる」

「メディタには俺の事がスーパーマンか、何かに見えているんだな」

「雷はもっとかっこいいと思う」

 メディタが臆面もなくそう言うと、雷は恥ずかしそうにした。

 そこに雷の背中が軽く叩かれる。

「ん? なんだ、いつもの蹴りはどうしたんだ?」

 雷が後ろを振り返ると大華がいた。いつもの大華なら思いっきり蹴りを打ってきているのだが、今回はポンといった感じで軽く背中を蹴られただけだった。

「いつもみたいに全力で蹴るような元気がないのよ」

 大華が言うと雷はそれを見て軽くため息を吐いた。

「なによ! こんな小さな子に何か言われたからって、デレデレしているんじゃないわよ! とか言って、蹴って来ないのか?」

「それがお望みなら蹴り一発分の気合を出してもいいけど?」

 そう言い大華は空手の構えをとった。

「無理してそこまでしなくても大丈夫です。大華さん」

 雷がそう言うと、大華は鼻を鳴らしてソファーに座り込んでしまう。

 雷はそれを確認するとメディタに聞く。

「未来が分かるってどんな感じなんだ?」

 雷はクリームをケーキに塗りつけながら聞く。苺のヘタをとっているメディタは答えた。

「最悪かな。先の事が見えても辛い事ばっかりが見えてくるの。それから逃げる事ができればいいんだけど、予言ってのは絶対に当たるの。逃げても追ってくるの」

 メディタはそう言う。この十歳くらいの女の子の肩にはどれほどの重みがかかっているのだろうか、雷はそう考えメディタの事を見た。

「私はこの先の事が怖い。だけど誰かが助けてくれるのが分かっているから、がんばる事ができるし覚悟を決める事ができる。雷は何があろうと私を助けに来てくれる」

 メディタは言う。

「これからよろしくね。雷」

 メディタが言った言葉を雷は実感がわかずにキョトンとして聞く。

 そして大華は、その様子をジトリとした目で見つめていた。


 幕間


「未来を教えろ」

 大華は胸に意識を集中させながら言う。

「ダメか」

 さっきから未来を見ようと思って自分の胸に語りかけている大華。

 これから先の未来を見ることができるなら素晴らしいと思う。

 サクラメントレディとして自分はこれからどうなるのか、未来に起こる事故なども回避できるのではないか、そう思って未来を見ようとしているのだが全く見ることができない。

『私と雷ってこれからどうなるんだろう?』

 ふと、頭に浮かんだ言葉だが大華はその言葉を頭を振って振りほどいた。

『普段からダラダラしているし、外にも出ずにゲームばかりやってるし』

「だけど」

 ふとその言葉が口から出てきた。

『あいつは優しいところがあるし私のことを助けてくれたり』

 困った人がいるとほうっておけない優しいところもあり、その所だけは、大華も評価をしている。

「そりゃ、私の態度だって素っ気無かったとは思うけど……」

 自分が沈んでいて、そっけない態度を取っていた。それは雷がメディタに向けて優しく接していたからでもある。

 あの時胸に感じた感覚。胸がチクリと痛む感覚。あれは昔雷の部屋で読んだマンガに書いてあった、恋心から来る痛みなのであろうと思う。

 今は雷の家の二階に居た。空は暗く周囲の家も明かりが消えているような時間だ。

「それでも、決めるところは決めるのよね」

 大華は今雷の部屋にいるのだ。そこにはゲームやマンガが棚にビッシリと詰まっていて、いかにもオタクの部屋といった感じがするので、大華はこの部屋に入るのにためらったほどだ。

 雷自信は黒羽と一緒にお客様用の布団を使って客間で寝ている。

 雷と黒羽が一緒の部屋で寝ると聞いた時は不安になった大華だが、雷も黒羽も寝る時まで嫌味の言い合いでケンカまでするワケでもなく。下の階からとくに争うような声などは聞こえてこない。

「ああ、黒羽と仲が悪そうにしていても、結局お互いに守るものは守るのよね」

 大華には雷と黒羽が仲悪くにらみ合いでもしながら、お互いに牽制をしあって眠れずにいるような姿を想像していない。

 お互いに仲良く並んで静かに寝ている姿しか想像できないし、実際にそうしているのだろう。

「雷って私の事をどう思っているんだろう?」

 自然と口から言葉が出た。そして、それに気づいた瞬間大華は恥ずかしくなった。

「あんな奴好きでも何でもないはずよ」

 自分の胸がチクリとするのを認めたくない大華は雷のベッドに飛び込んでいった。

「これはよくあるやつよ。弱っているところに相手のいい所を見たりするとついコッロッっといっちゃう的なあれよ」

 マンガで得た知識で自分の今の気持ちを整理する大華。

「あいつはメディタと一緒になるのがお似合いよ」

 最後に雷に向けて嫌味を言う大華。

 大華は雷の布団をかぶり今までの考えを振り払うために眠りに落ちていった。

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