第5話 大華とメディタの未来予想
「これが遊園地ってやつなのかー」
門をくぐると途端に楽しそうになるメディタ。
『くやしー! 私も下に降りていいかしら? 久しぶりにコーヒーカップに乗りたいわ』
空からそう声が聞こえてくる。
『分かってますよ。私は上空で監視と警戒でしょう?』
楊貴がそう言った。
雷が黒羽の事を見ると黒羽は空を思いっきり睨んでいた。今の言葉は楊貴が黒羽に睨まれて言った言葉なのだろう。
「お前の予言ではここなんだな?」
黒羽がボソリと言う。
『遊園地で私達は襲われる。サクラメントレディが一人奪われるの』
「もうちょっと詳しい予言はできないのか?」
黒羽は面倒そうにして言うが楊貴はそれに首を横に振った。
『未来の事が分かるだけありがたいと思ってもらわないと』
「どう護衛をするかだな。メディタと大華は離れるな。楊貴はずっと空から監視をしておけ」
『はーい。わかりましたー』
そう言い楊貴は空からの監視を続けた。
「予言の内容はここでサクラメントレディの一人が奪われるって事だったな?」
雷は黒羽に向けて言った。
「メディタか大華君だな」
黒羽が言うが雷はそれに口を挟んだ。
「楊貴さんもそうだろう。あの人もサクラメントレディなんだから」
それを聞いて目を丸くした黒羽。
「そういえばそうだなあいつが攫われるって事も十分あり得る」
黒羽は大華か、メディタの二人が襲われるものだとばかり思っていた。楊貴が襲われるという考えなどまったく持っていなかった。
「それに他にも楊貴の予言はある。俺がメディタを殺そうとするとか」
メディタが襲われるのだろう。そう考えメディタの護衛を強化するようにと黒羽は考えていた。
「メディタが襲われるといったって大華達が襲われないって意味じゃないだろう。護衛は全員につけるべきじゃないか?」
雷が言うのに黒羽は唸った。メディタの護衛を強化すればいいと考えていたのだが、雷が言う事を聞くと、護衛は楊貴を含めた全員につけるべきのような気がしてきたのだ。
「ゲーム脳ってやつか、随分細かいところにまで気が回るもんだな」
黒羽はそう言う。雷は嫌そうな顔をした。
「お前が言うと嫌味に聞こえるな」
「とんでもない。俺は褒めてやったんだ」
「本当に俺の事を褒めて言ったのなら明日は大雨だな」
相変わらず仲が悪い二人はそう言いながら遊園地を歩いて行った。
前にメディタと大華。後ろに雷と黒羽がついていき、上空では姿を消した楊貴の『クサナギ』が周囲を監視している。
この状況でもメディタは周囲に目移りをしているようで、目を大きく広げながら辺りを見回していた。
「遊園地に来るなんて始めて!」
そう言いながらはしゃぐメディタを見てため息を吐く大華。
「一緒に来たよな。親に連れられて」
雷はそう言う。だが大華は俯きながら言う。
「メディタの相手をしてやりなさい。あの様子じゃすぐにどっかに行っちゃいそうよ」
大華の言うとおりメディタは豆粒のように見えるくらい遠くに行ってしまっていた。
「まあいいだろう? ほら……」
「俺にアゴで指図をするな」
黒羽の言うとおり雷は黒羽に向けてアゴで合図をしてメディタの事を追わせた。
黒羽はメディタの事を追いかけていき、手をつないで雷達のところに戻ってくる。
「ねえ私とメディタのどっちが大切?」
黒羽が戻ってくる前に大華は雷に向けてそう言った。
「どっちも大事だ。そんなもの決められるか?」
大華の言葉にそう返答をする雷。こんな質問に返事が帰ってくるとは思っていなかった大華は目を丸くした。
「最悪最低ね」
大華がそう言う。雷はなんでそんな事を言われたのか分からないという感じでキョトンとした。
「おい! あんまり離れるな!」
大華は雷から離れて一人で歩いて行ってしまった。
「うるさい! 最低よあんた!」
雷にそう捨て台詞を吐いた大華の事を雷は理解できなかった。
『今の質問はダメよ。ちゃんと大華ちゃんの方が大切だって言わないと』
空から楊貴の声が聞こえてきた。
「いーや、あそこではそう答えるしかなかった。大華君の方が大切だって答えたらメディタに悪いし、メディタの方が大切なんて大華君に向けて言えるワケがない」
黒羽も自分の見解を言う。それが楊貴にとっては不服だったようでさらに言ってきた。
『ドロドロした展開なんて望んでいないんじゃない?』
「三角関係だぞ。今更ドロドロした話から外す事なんてできないだろう」
雷は二人の会話を聞くとうーんと唸った。
「モテる男は辛いってやつかな?」
雷がそう言うと黒羽は無表情になって雷に向けて毒を吐いた。
「死ね」
部長は大華と近づいたから死んだ。もしかしたら自分の周りの人間がどんどん殺されていってしまうかもしれない。
あの手紙の文面からは悪意の塊が存在しているようにしか感じなかった。
「私を追い詰めるため。そのために関係のない部長に手出しをするような事を?」
相手はこの状況を楽しんでいる。大華本人ではなく周囲の人間から消していくという手法に狂気を感じた。
ニヤニヤ笑って自分が苦しむ様を眺めている男の顔が頭の中に浮かんでいったのだ。
それを思い浮かべると恐怖とも怒りともつかない感覚が大華を襲った。
「部長を狙うなんて許せない。だけど私に何が?」
小さな声で言う大華。
ミランはガムを噛みながらにやついた顔をしていた。
ミランは遊園地の上空を飛んでいるヘリから雷達が遊園地で遊ぶのを眺めていたのだ。
「俺らがこんなとこでキミらを狙っているなんて、夢にも思っていないだろうね」
大華とメディタの二人は基地に移送され護衛付きで施設に隔離をされる。そうなるとミラン達には手が出せないところであった。
「日本人って本当にマヌケだね。わざわざ襲うための時間を作ってくれるなんて」
ミランが言う。日本人はマヌケにもこうやって大華達を襲うチャンスを作ってくれたのだ。
人が多くてメスを使った戦闘はできない。それに対しこちらは何人もの歩兵を使って襲う事ができる。
ラウンドナイトとしての力を持つものが護衛についている。
「そんなんだけで守れると思っているなら、あまちゃんもいいとこだね」
ラウンドナイトは超人ではあるが決して完璧ではない。
数を使って戦いを挑めば勝てる敵だ。敵がメスを使ってくるなら話は別であるが、この人の多い場所であんなものを使ったら大きな被害が出る。
『被害が出たら誰が責任を取るんだ?』日本人は。そんな事を考えてメスを使うのを渋るだろう。
ミランは顔をニヤつかせながら大華の事を見た。
「大分堪えてるようだね。大華ちゃんは」
俯いて雷と黒羽についていっている大華。その様子をラウンドナイトの視力を使って眺めていた。
「やっぱり狩りってのはこうじゃなくちゃね。壊すからには徹底的に壊さないと面白くないし」
ミランの後ろから、彼の指示を待っているミランの部下は胸のあたりを手で押さえた。
ミランの外道な考え方を聞き胸に嫌な感覚を感じていたのだ。
「人をブッ壊すのが大好きなんだ。肉体的にも当然だし精神的にもね」
顔をニヤつかせ自分の考えに陶酔をし切っているミランは続きを話しだした。
「自分に関わった人が次々殺されていくんだよ。彼女はどう考える? 他人と接しようなんて思わなくなるだろう? そう考えたら一人ぼっちになっちゃうんだよ」
楽しそうにして自分の背後にいる部下達にそう話し始めるミラン。
その様子を見て愛想笑いを浮かべようとしながらもミランの言葉の内容に気が引いている部下達は引きつった苦笑いを作った。
「大華ちゃんと話をした人を殺そうか? 自分と会話をした人間が次々殺されていくんだよ。大華ちゃんはどう思うかな? もう二度と人と話しをしようなんて思わなくなるんじゃないかな? 自分から孤独になる事を願うんじゃないかな?」
そこまで言って気味の悪い笑いを浮かべた。
「絶望をした人の顔ってのが好きでね。それを見るとさらに体の方を壊したくなっちゃうんだよ。何もかも失った奴だし壊すのはもう体しか残っていないっていうのもあるしね」
さらに話に熱がこもっていくミラン。部下たちはその話が聞くに耐えない様子だが、ミランは調子に乗って話し続けた。
「ジワジワと弄るのが好きだ。一気にドカンとやっちゃうのもいいよ。せっかくの獲物なんだから、じっくりと味わい尽くすほうがいいじゃないか。そんなふうに使い潰すのはもったいない」
ミランはさらに続ける。
「体中に青あざや傷なんかを作ってさ。ボロボロになって何も言わなくなった頃ぐらいになると、最後の仕上げのタイミングなんだって思うよね。壊れた人形みたいになっちゃうと胸が高鳴ってくるよ。『ああ……これで完璧にこいつの事を壊したぞ』って思うと、いい達成感を感じるね。あの感じは格別さ。そして」
ミランは一番近くにいた部下に手を伸ばし首元を掴んだ。
「キュッ……と、首を絞めるとさ死にたくないっていって体を振ったり、手を掴んで離そうとはするんだ。その時の手の力ってすごい弱いんだよね。どこかで『やっぱり死にたい』とか考えちゃってるのかな?」
ミランはギリギリと手に力を込めて部下の首を絞めていった。
苦しさで呻き出すのを見るとすぐに手を離した。
「まあ、男を弄る趣味はないんだけどね」
そう言うとクルリと向きを変え大華の事を眺めるためにヘリから下を見下ろした。
「大華ちゃん。君の事はどうやって壊してあげようかな?」
ニヤニヤと笑ったミランは舌なめずりをしながら楽しそうにして大華の事を見下ろした。
大華はあの手紙の事を思い出していた。
「私に関わりのある人物を殺すって」
そう思うと大華は後ろを振り返って雷の事を見た。
あの手紙通りであれば次に殺されるのは雷かもしれない。何よりも幼馴染で一番関わりのある人物だ。
あの手紙の差出人であるミラン・エンデがそれに気づいたら真っ先に狙われる事だろう。
「私。どこかで座ってるね」
大華が言う。大華が影を背負っているのは雷にも分かった。だがそういうワケにもいかない雷は言う。
「メディタはちょこまかと走り回っているし、メディタの事を追っていかないと」
メディタの名前を出された時大華は何かがフッっ切れた感じがした。
「私とメディタのどっちが大事なの?」
「またその質問か?」
今度こそ自分が大切なのだと言ってほしい。そう思った大華。だが雷の返事はそれを裏切るものだった。
「さっきも言ったろ。そんな事決める事なんてできない」
『やっぱり……』
大華は拳をギュッと、拳を握りながら思った。
「メディタについていきなよ。襲われるのはメディタ一人よ。私は、ここで襲われたりなんかしない。私は安全なのよ」
大華がそう言うと黒羽が大華の前に進み出てきた。
「それは本当か? お前の予言でそう出たのか?」
今声をかけて欲しいのは雷の方だった。雷は黒羽の質問の答えを大華が言うのを待っているだけだ。本当は雷に声をかけて欲しい。気にかけて欲しいと思っているのだ。雷はそれにも気づかないようだ。
自分の返事を待っている雷を見ると大華は無性に腹が立った。自分のこんな見え透いた嘘にも気づかず、マヌケ面をして自分の返事を待っている雷が憎くさえ感じたのだ。
「そうよ予言よ。今パパッと降りてきたの」
黒羽は無表情であった。少し考えた後こう答えた。
「なるほどそれなら安心だ……などと言うと思ったか? 見え見えの嘘はやめろ。今の状況を考えろ」
「嘘じゃないわよ。襲われるのはメディタ一人。私に刺客なんて一人もやってこないわ」
「戸浦 大華……俺たちの事が信用できないのか?」
黒羽は怒りの篭った声で言った。
黒羽の冷たい視線に身震いを感じる大華だった。だが大華はそれで引いたりしない。
「本当よ。サクラメントレディの『予言』の力でそう出たの」
「いくら強情をはってもお前の嘘は見え見えだ……」
黒羽はさらに言う。
『もうほっといて。私は捕まったっていいわよ。メディタが残っているでしょう?』
そんな投げやりな気持ちになりながらも大華は続けた。
「嘘が見え見えだから何だっていうのよ! 私の近くをウロつかないで! 私は一人でいいの!」
そう言い黒羽達に背を向けて大華は走っていった。
「待……」
黒羽がそこまで言いかけたところで楊貴が空から声をかけた。
『黒羽。そこまでにしなさい。あの子の気持ちを考えてあげて』
「身の危険の方が大事だ」
『私はあの子の護衛につくわ。あんたはメディタの護衛をしなさい』
有無を言わせずにそう言った楊貴。
黒羽は小さく舌打ちをすると、冷たい声で空に向けて声を投げかけた。
「失敗したら承知せんぞ」
その声は冷たく普通の人間なら驚いて縮み上がってしまうかもしれないような声だった。楊貴はまったく堪えている様子もなく答えた。
「分かっているわよ。私がそんなヘマをすると思う?」
そう言うと楊貴は大華の上空にまで飛んでいった。
「むちゃくちゃ思うね」
最後に楊貴に向けて毒を吐いた黒羽はメディタの護衛に向かって行った。
「二手に別れたか。日本人ってのはやっぱり危機感ってもんがないね」
ニヤリと笑いながら言ったミラン。
「あの女子高生を狙うよ。空に護衛のメスがいるようだからメスは女子高生の回収作戦にまわして」
自分の持つ戦力は相手よりも決定的に高い。
ミラン達はメスを一機持ち、それにはラウンドナイトも乗っている。
ラウンドナイトの自分だっている。それに部下も大量に遊園地の物陰に潜ませている。
「それじゃあ、始めるかな。俺に続いて飛び降りて」
パラシュートを抱えたミランは一番に飛び降りていった。
雷はメディタの事を追っていった。
「あんまり離れるな! 危ないぞ!」
そう言いメディタの肩を掴んだ雷。メディタはそう言われると後ろを振り返った。
「私、遊園地に来るのが初めてなの」
「だからって、そこまではしゃぐ事ないだろう?」
メディタは首を振った。
「だってもうすぐ私は捕まっちゃうから」
それはメディタの予言なのだろうか、雷は疑問に思った。
「私の力って他のサクラメントレディと比べても随分大きいんだよ。大華よりも強いと思う」
メディタは胸を押さえた。
「だから私は楊貴よりも詳しく先を知る事ができる。私はここで捕まってしまう。だけど雷が助けに来てくれる」
さっき大華が嘘の予言を言った。その事を思い出す雷だがそれを読んでいるかのようにメディタは話しを続けた。
「大華が言ったのは確かに嘘だったけど私は本当」
そう言うメディタ。雷はどういう顔をしていいか分からない様子で言った。
「そんな予言なんて俺が覆してやるさ……メディタも大華も守りきる」
雷がそう言うとメディタはニコリと笑った。
「嬉しいな。私ってそうやって誰かに守られるのは初めてなの」
初めてという事はないだろう? 雷はそう思う。メディタがいくら幼いといっても大体十歳くらいである。母親からの愛を受けているだろうし誰か友達ができたことだってあるだろう。
「私はスラムで産まれた。母からは毎日のように折檻されたよ。町へ行ってスリなんかをやらされた。ノルマだってあって言われた以上の金額をもって帰らないと怒られた」
メディタはそんな所で生まれ育ったのだ。雷はその話を聞いてゴクリと唾を飲み込んだ。
「あそこにずっといたら、私は十歳で売春をさせられてた。これは予言の力で分かったことなの」
「そんなのわかるはずがないじゃないか?」
雷は言う。実際に未来に何が起こるかなんて誰にも分からない。予言の力があるからってそれが現実に起こるわけでもないはずだ。
「サクラメントレディの力がある事が分かって、国の偉い人がうちにやってきたの。私の事を『買いたい』って言って……」
その時の話をメディタは話し始めた。
母親からの折檻で顔に青あざを作って泣いていたメディタ。
母親はブランデーの瓶を傾けてメディタの事を一瞥した。
母親の愛なんて全く感じず母親の気まぐれで殴られたり蹴られたりしていた。常に母親の機嫌を伺いオドオドしながら一日を過ごしていたのだ。
家のドアのベルが鳴らされるとメディタは一目散にドアの所まで走っていった。
来客の相手をするのはメディタの仕事。遅かったら怒られる。
メディタがドアを開けると身なりのいい男が立っていた。タバコの吸いすぎか何かで、歯が黄ばみ歯茎もボロボロになっている人相の悪い男だ。
「君がメディタ・ラックノーム君だね?」
タバコの匂いがする息を吐きながら、そう言うその男は奥に向けて声をかけた。
「奥さん! 一つお願いがあるのですが!」
そう聞くと家の奥から母親が出てきた。明らかに不機嫌そうな感じで男の前まで歩く際、メディタの事を蹴り飛ばして男の前からどかせた。
それで、壁に叩きつけられ震えるメディタ。
「その子を私達に譲ってくれませんかね? これで……」
そう言いひと握りのドル紙幣を差し出したのだ。
その金を見ると母親はいきなり喜色をうかべメディタの事をチラリと見た。
「あいつに何の価値があるんだ? こんなに価値のあるガキだとは思わないけどね?」
母親の言葉を聞いた男はニヤリと笑う。それを見た時メディタの頭に映像が浮かんだ。メディタがサクラメントレディの力に目覚めた瞬間だった。
頭の中に映像が映りこの先の事が頭をよぎる。
金額を釣り上げようとして男の話を聞いても渋る母親。男はそれで『仕方ない』といった感じで帰る事になる。
男が帰ったあと母親はメディタの事をニヤリと笑って見つめる。
そして、病院に向かうのである。
病院で母親はとんでもない事を言い出す。
メディタの臓器を売るというのだ。
その病院はその手の噂で有名な場所。最初は『ウチではそんな事はやっていない』とシラを切るのだがそれも二言三言の話だ。
少しばかり母親が食い下がると母親は奥の部屋に案内をされる。
そして、医者に会わされ平然とメディタの臓器を売るという商談を始めるのだ。
その商談はすぐに終わりメディタは病院の手術室に送られる。
そして、手術室から出てきて目を覚ましたとき、メディタは鏡の前に立って愕然とする。
メディタの右目がない……それに、体にはいくつもの手術痕がありそこから臓器を取り出されたのであるというのがよく分かった。
それから家に帰ると男がまた家の前にやってきているのに出くわした。
メディタの右目が無い事は包帯を巻いて隠されている。
それを見て驚く男に向けていけしゃあしゃあとして母親が言う。
『メディタがケガをした。応急処置まではしたものの、本格的にメディタの事を助けるには手術が必要なのだ。このさい娘の命が助かるならなんでもいい。メディタの事を助けてくれるというのならこの前の金額でメディタの事を売る』
それを聞き人相の悪い男はニヤリと笑って金を差し出した。
そこまでの事が一瞬で分かったメディタは母親を押しのけてその男にしがみついた。
「私を連れて行って! なんでもするから! 私はあんなふうになりたくない!」
メディタは必死でそう懇願した。
その場にいた者たちには意味の分からない言葉であったろう。
だがその言葉を聞くと母親はメディタの事を蹴り飛ばした。
「前々から邪魔なガキだって思っていたよ」
そう言い男から金をむしり取りメディタを家から蹴り出した。
「そうして私は施設に入った」
体を震えさせながら言うメディタ。
「施設での私の扱いはまるで実験動物だった……」
意味のわからない薬の投与。週に一回の採血。予知能力の強化。
着ている服は手術着一枚のみ、人の生活とはとうてい思えないようなものだった。
「予言の力なんて持っていても無駄。明日は採血をされる。明後日は薬を飲まされる。そんな事ばっかりが頭の中に浮かんでくる。希望のある未来なんて全く頭に浮かんでこなかった」
だが日本にやってきてかすかに希望が見えたのだ。
通気ダクトを使って建物から逃げ、フェンスの壊れている部分に潜り、施設から抜け出し町を走る。
そうすれば自分の事を助けてくれる人に出会えるのだというビジョンが頭に浮かんだのだ。自分が幸せになるまでには、一度辛い体験をしなければならない。メディタは捕まり、実験動物のような扱いを受ける日々に戻される。
「私は捕まってしまう。だから雷が助けてね」
ニコリと笑いながら言うメディタ。
「お前の事は俺が守ってやる。だからそんな事を言うんじゃない」
雷はメディタの両肩を掴んだ。メディタは雷の手の上に自分の手を置いた。
「雷の手って触ると気持ちいい」
屈託の無い笑顔で言うメディタ。
それを聞いてメディタの肩から手を離そうとする雷だが、メディタは雷の手を掴んだ。
「大華は雷の事好きだよ」
メディタはそう言う。
「それは」
雷はその言葉を聞いて口ごもる。
雷だって大華の気持ちについては気づいている。その事を口に出すのは恥ずかしい。だから何も言わないだけだ。
「私の事を助けるために戦う雷を見て、大華は雷の事をもっと好きになる。私が付け入る隙なんて全くないくらいに」
メディタはそう言うと雷の手をギュッと握った。
「今の運命はそうだけど私は諦めない。運命が決まっているのは私だってわかってる。だけど、運命は努力次第で変える事ができる。その事も私は分かっている」
運命などと言われてもあんまりピンとこない雷。
「俺は未来が見えるワケじゃないからな。そんな話をされても分からん」
困った顔で雷がそう言う。
「そうやってごまかそうとする」
にやりと笑ったメディタは雷に向け逃げ道が無いようにして、話の核心を突いた。
「私は雷に告白をしているんだよ」
そう言ってマジマジと雷の事を見つめたメディタ。雷はその視線から逃れるために目をそらした。
「私のおっぱいが少し出てきて身長も伸びた頃、私は雷とキスをするの。大体四年くらい後になるかな?」
「おっぱいだとか……そんなはしたない事言うんじゃない……」
雷が言うとメディタは雷を指さした。
「だから、そうやってすぐに話をそらそうとする」
そう言われると雷は面食らって困ったような表情を見せる。
「大華も大変だ。こんな奴に惚れるなんてね」
「いきなり『こんな奴』かよ?」
さっきまでこれ以上にないくらいに持ち上げたメディタだが、いきなり興味をなくしたようにして雷の事をこき下ろしたのだった。
『男ってバカねぇ。こんな時に優しい言葉をかければ女はイチコロなのに……』
空からそういう声が聞こえてくるのを聞き、大華は空を見上げた。楊貴はその様子を見て、ため息を吐く。
『そんな無神経な男は全員払ったわよ。この方がいいでしょう?』
「別にそんな事はない」
遊園地のベンチでぼうと空を眺めながらの大華は言った。
『そんな様子じゃ雷君に嫌われちゃうでしょ? 男が鈍感なのは分かるけど『かまってオーラ』を出してふてくされているだけじゃあいつらは気づかないわよ』
「そんなんじゃない」
楊貴の言葉にそう答える大華。
『難しい年頃ね』
楊貴はその言葉を最後に黙った。大華は椅子に座りながら足を抱き体を丸めながら考えた。
「私が攫われればいいのに」
雷はメディタにつきっきりだ。黒羽もメディタの護衛についている。自分には一人もついてこない。
「雷の考えはわかっているわよ」
雷はメディタを助けたい。それには雷がメディタにキスをすればいい。
黒羽だってそう思っているようで、メディタに雷がキスをするようにけしかけている。
「私がいなくなれば雷は気兼ねなく小学生とキスできるんじゃない」
少しうがった言い方をして言った大華。
『そう言う事を言うんじゃないの。雷君はあなたの事を助けるために、頑張ってくれているのよ』
楊貴は言う。大華はその言葉を聞くとギロリとした目で空を見上げた。
「説教なんていらないわ」
そう言うと大華は何を感じたのか顔を上げたのだった。
「もうすぐだね」
『もうすぐよ』
楊貴もそれに小さく答える。
『運命は変えられる。予言が外れる事なんてよくある事よ』
楊貴は言う。大華はどんな未来を見ているのだろうか?
『どう? どんな未来を見ているのか? 私に教えてくれない?』
空から大華の事を見下ろす楊貴は言う。大華は面倒そうにしてそれに答えた。
「ここで攫われるのはメディタ一人。雷はメディタを助けるために頑張るのよ」
『そうね、私が見ている未来もそんな感じよ』
さらに大華は続ける。
「私はメディタを助けるために雷に引っ張り回される事になる。雷の性格から危険なところにも構わず突っ込んでいく。私は雷と一緒に危険に身をさらしながら戦うの。そこで私は思う。『こんな危険な目にあうのも傷やケガをおうのも、全部メディタのため』なんだって」
こんなに雷の事が好きなのに雷はその事を分かっていない。そうとも知らずに雷はメディタを守るために大華の事も犠牲にする。
「こんな未来最悪だと思わない?」
他の女の子を助けるために雷に協力をしなければならないのだ。
『私にやらせるな』『他の女の事なんて知るか……』
そう、心の奥で毒づきつつも雷に従っていくつもの危険を乗り越えていかなければならない。
『そうよね……あなたはそう思うのかもしれないわね。でも大丈夫。雷君はあなたの事を選ぶわ』
そう楊貴が言うと大華は空を見上げた。
『その額の傷は何?』
大華が顔を上げると前髪で隠していた古傷があらわになった。それを見た楊貴はクスリと笑う。そして笑いながら言う
『女の子の顔にそんな傷を作るなんてヒドい子よね。これは絶対に責任を取ってもらわないといけないと思わない?』
楊貴がそう言う。その言葉を最後に大華と楊貴は空を見上げた。
何者かがパラシュートを使ってこちらに降下をしてきているのだ。
『あれが敵ね』
楊貴はそう言いクサナギは光学迷彩を切り姿を現して剣を抜いた。
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