第8話我らが父は魔導貴族1

 それはコウスケとの衝突があってから数か月後の昼下がりのことだ。伯爵家では家族が一部屋に集まることは珍しくはない。他の貴族のように領地経営に精を出している訳でも、何かしらの商売をしている訳でもないからだ。魔術の研究はあくまでラインハルトの趣味である。


 「さっきメイドに聞いたんだけどさ、近くに王都があるんだろ? 姉さんも偶には遊びに行ったりしないのか?」


 何気ない質問だった。ショウゴがオーデンゼルフ家に来てから外出した人物はラインハルトのみ。それも仕事だったり、研究の為だったりだ。家族の仲は良いんだから外で食事くらいはしないのか? というちょっとした疑問だ。

 ショウゴの隣で紅茶を優雅に飲んでいたソフィアは淡々と。


 「外出ですか。そういえば一度もないですね」

 「え?」


 予想外の答えだ。しかし1度と言っても今年とか最近とか頭に何かつくのかもしれない。まさかとは思うが生まれてこの方外出していないなんてことはないはずだとショウゴは思っていた。


 「一度って?」

 「13年間で一度もという意味ですが?」

 「マジでか! ――何か理由が?」

 「いえ、家の敷地内で全てが完結していますので出る意義は見いだせないですね」

 「いやでも――」


 ショウゴのイメージでは、見た目に反してソフィアはどう考えても戦闘狂と言うか武人だ。強い相手を探しに武者修行くらいしそうな印象だったので、ソフィアの答えにショウゴは


 「――俺が来るまで鍛錬相手もいなかったんだろ? 誰かと闘う為に外行こうとか考えなかったのか? 強くなる為には必要だろ?」


 ショウゴの質問にソフィアはカップを置いてからショウゴを見据えて、溜息を吐く。その行為にショウゴは体がビクリ震えた。鍛錬中ソフィアが溜息をつく時、大体がショウゴの悪いところを指摘する時だ。数ヵ月の癖でショウゴは反応してしまった。


 「ショウゴ。強い相手と戦ったからと言って強くなれるとは限りません。多少は上がるでしょう。しかし実力とは実践ではなく鍛錬で付くのです。確かに腕試しはしたいです。が、それは目的ではないのですよ。極論をいえば戦いすら不要なのです。私が生きていられる間にどれだけ流派を完成させ昇華出来るか、そして後世に伝えられるか。それが大事なのです。しかし幸いに今はあなたという相手もいます。外に相手を求める必要もないでしょう」

 「……」


 ショウゴはソフィアの論に何とも言えない気分になった。これではまだレイティスの方が人間味がありそうだと向かいのレイティスに目を向けてみる。ソフィアとショウゴの会話をニヤニヤと聞いていたレイティスだ。なにかあるだろうと思ってだ。


 「ソフィアはあれだな相変わらず極端だな」


 だよな。とショウゴは頷く。外出くらいするべきだと。


 「蹂躙するのも味なものだぞ? 愚かな愚民を葬り去って爽快感と共に自信を付ける。それは必ずいざという時に役に立つ。そういう強さの身に付け方もあるのだ」

 「そうじゃない!」

 「ん? ショウゴは面白いな。どうした?」

 「外出くらいしたらどう? ってだけの話だよ! なぁラインハルトさん!」


 次は私の番だな。と、準備万端だったラインハルトは揚々と口を開く。


 「素晴らしいぞ! ショウゴ! 家族で外出……ショウゴに言われるまで気付かなかった!」

 「……嘘だろ……」


 天才とは、凡人には想像だにしないことを思い付くが、逆に凡人が容易に思い付くことを気付けないこともあるのだった。


 「メイド! 外出にはどこへ行けばいい」

 「色々ありますが数ヶ月前から王城より家族の顔を見せろと再三に渡って通達が届いております。もうそろそろ行っても良いかと」

 「王城に行く理由がなかったから無視していたが、丁度いいな。明日行くとしよう。通達は任せた」

 「畏まりました」


 と、ラインハルトは立ち上がり、大仰に手を広げて


 「明日は記念すべき初の家族での外出だ。楽しみにするがいい!」

 「人が多いのは好きではないんだがな。まぁ久々に町の料理でも食いに行くか」

 「父様、母様とお出かけですか? これは最優先事項ですね。 外出の際の服はどうすればいいのか……あとでメイドに聞くとしましょう」

 「王城の通達無視してたとかすごいの聞こえたんだけど……それに姉さん……」


 家長の一言で瞬く間に外出ムードになってしまった。ソフィアに至っては外出の意味などないなどと言いっていたにも関わらず、ラインハルトの一言で行く気満々だ。それだけは、なんだか腑に落ちないショウゴあった。


 



王都東門は他方面に比べてあまり大きくはない。理由は単純で人の出入りが少ないからだ。東は広大な森、それを超えても立ち並ぶ山脈と、流通が盛んになるほど発展はしていないからだ。それに一見素材の豊富さから林業等の業者の出入りが多そうにも思えるが、王都は貴族と魔術の都市である為その力はない。故に最低限の業者の出入り位なもので東門の警備などは警備隊に配属されて数年の新人がやらされる職務としては丁度いい。


 「あの先輩。 俺の眼が正しけりゃ貴族様と思われる4人が歩いてこちらに来てるんですが……貴族様って歩いて王都までくるもんでしたっけ?」


 若い兵士が先輩兵士に質問する。


 「あー、こっちの門から入ってくる貴族様で、なおかつ突拍子もない方だとしたら……魔導貴族の伯爵様くらいだなー」

 「うおぉ! 超有名人じゃないですか、じゃあ顔知ってます?」

 「一度見たら忘れないよ。でもお前はその前に紋章を覚えろよ。他の門に配属されたら覚えてないときついぞ」

 「へい」

 「取りあえずお前は隊長に知らせてこい」

 「了解です」


 そうこうしているうちにオーゼンデルフ家一行は門にまでたどり着く。煌びやかな衣装に漆黒のマントを羽織った壮年の美形。幼さを残しつつもどこか大人の魅力を感じさせる真紅の髪を垂らす美少女。肩ほどまでしか髪がないことで大人になったばかりということが分かる、これまた美少女。日に焼けた肌が精悍さを際立てているが、その中にも育ちの良さを見て取れる黒髪の青年。傍から見れば関係性は分からないが、貴族であるということは身なりも仕草も含めて一目瞭然だ。

 ただそんな一行が馬車も使わず使用人とみられる雑用係さえ連れずに歩いてくるのは異様ではあった。とはいえこれも魔導貴族の伯爵様であれば知っている人物なら納得もする。なぜならラインハルトは偉人ではあるが世間から見れば変人でもあるからだ。



 「門番ご苦労。通らせてもらうぞ」


 ラインハルトの言葉に先輩兵士は緊張しながらも答える。


 「お言葉! 光栄です! 伯爵様!」

 「うむ。元気で何より! 行くぞ我が家族よ! ここが王都である!」


 そう言って伯爵一行は門を通り過ぎていった。


 「ふぅ……緊張した」






 門を越えてからは馬車に乗って王城のある中心部まで移動する。王城まで行かないのはもちろん観光が目的だからだ。


 「人が多いですね。建物も奇麗です。壮観ですね」


 ソフィアの第一声である。王城近くの表通りは商店が立ち並び、貴族、平民と、とにかく人が多い。生まれてこの方、家族としか過ごしていなかったソフィアにとっては圧倒される光景だ。


 「ふはぁー。流石に栄えてるだけあるな。都内とまでは言えないが郊外の駅前くらいには人多いぞこれ」

 「人が多いのは苦手だ。さっさと酒場にでも行こうではないか」

 「我妻の希望は酒場か。まぁいいだろう行くか」

 「母様の希望通りに」



 満場一致になりそうなところで


 「いや、いきなり酒場はないだろ?」

 「そうか?」

 「姉さんも初めて来たんだから観光くらいしたほうがいいだろ? それに王城に行くってのはどうなったんだ?」

 「王城は問題ない」


 そこでレイティスが顎に手を当てて考える。


 「それもそうか、ならば分かれるとしよう。ショウゴ付いて来い。旦那様はソフィアを頼んだ。王都を見せてやれ。ショウゴもそれでいいな」

 「俺は文句はないけど……姉さんはレイティスさんいなくていいのか?」

 「私が母様の意見に異を唱えるとでも?」

 「……だよな」

 「ショウゴ遅いぞ!」

 「今行きますよ」


 そうしてあっという間にソフィアとラインハルトが残された。ラインハルトと二人きりというのはソフィアにとってはかなり珍しい。とは言え家族相手に緊張するものでもない。


 「では父様どうしましょう?」

 「ふむ、取りあえずは王城の方を目指して歩こうではないか。何かあれば見るとよいだろう」

 「はい」


 しばらく歩くと雰囲気の変わる。活気ではない喧騒が道の端から聞こえてきた。取りあえず2人して除いてみると一人の浮浪者に対して、数人の身なりの良い若い男たちが取り囲んでいるようだ。その周りでは何事かと更に人垣ができてしまっている。ソフィアとラインハルトはその見た目の為か人垣を通され最前列へと行く。


 「喧嘩か?」

 「誰か状況を」


 ラインハルトの疑問にソフィアが周囲に呼びかける。答えたのは近くにいた青い髪をまっすぐに伸ばした大人びた少女だ。表情はニコニコとしているがどことなく感情が読めない。故に貴族であることが窺い知れた。


 「あの浮浪者が気に食わないんですって。王都に来たと思ったら栄えある表通りに浮浪者がー。みたいなこと言ってましたからね。田舎から出てきた貴族の若いグループってところではないですか。学園の試験も近いですし。兵士の方はそのうち来るとは思いますが、どうしましょう? 一掃なされますか? オーゼンデルフ伯爵」

 「私の顔を知るか。年齢的に学園の貴族かな」

 「初めましてグレイス・エドワード男爵が長女。フレイル・エドワードです」

 「ラインハルトだ。これは娘だ」


 優雅に礼を取るフレイルに対し、簡潔にラインハルトは伝える。その言葉にフレイルは驚いてソフィアに視線を向けてさらに驚く。そして


 「これは……驚きました」

 「初めまして。ソフィアです」

 「まぁ可愛らしい娘さんでしょう。伯爵は謎に包まれていましたが、結婚なされていたのですね。学園のファンの方々には伝えられない情報です」

 「ほぉ、流石は父様ですね。慕われているようです」

 「それは、もちろん」


 ソフィアがフレイルの言葉に興味を引かれ始めたところで、浮浪者のいる方から怒声が響き始めた。男達がついに暴力にまで怒りを爆発させたようだ。


 「それで伯爵。このままで良いのでしょうか? あれでも貴族でしょう。浮浪者相手に暴力……さすがに魔術までは使わない。いえ使えないでしょうから大丈夫だとは思いますが、貴族の名に汚名を塗るでしょうね。あの者らは」


 フレイルの言葉にラインハルトは疑わしげな視線を向け、何を言っているんだと? という顔をしてから興味を失くしたようにソフィアへ視線を移動させる。


 「貴族などどうでもいい。それに、貴族の方が言いがかりをつけただけだろう? ならば問題あるまい。どう思うソフィアよ」


 問われたソフィアは男たちと浮浪者を見比べてから納得したように頷いて


 「身なりの汚い方はなかなかの者です。貴族の方が50人いても勝てないでしょう。世捨て人の武芸者と言ったところでしょうか、感心します」

 「あら、そうなのですか。あぁ本当ですね……一瞬で終わりましたね。見た目で判断してはいけませんね。高みを目指す人はどんな所にでもいるという事でしょうか? 無駄なことを何故するのでしょう? 人は愚かで醜い。新しいもの以外は沈んで行くだけ。未来という海にただ溺れるだけだというのに……」



 喧嘩の結末を見てフレイルが悲しそうに語るのをソフィアは聞くも


 「面白い考え方をしますね」

 「ありがとうソフィアさん、伯爵もこれで」

 「うむ」


 その後兵士も駆けつけ、人垣も徐々に減っていく。ソフィアとラインハルトも足を王城へと再び戻す。


 「父様。あの女は? 何でしょうか?」


 その言葉にラインハルトは


 「私と同じ類だろうな。良く出来た人間だということだ。珍しいがいないわけではない。ただその才能をどう使うかだけが問題だが……私には関係ないことだろう」


 2人は足を進める。

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異世界令嬢 剣に生き家族と過ごす。 さかうあら @nagiex

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