第4話ソフィアと弟3

 ショウゴがオーデンゼルフ家に来てから半月が経った。半月ともなれば、心を許すのには短いが心を開くには十分な時間だ。ショウゴも少しずつではあるが環境に慣れ始めた頃である。


 「いいですか何度も言いますが、魔力、ここでは内力と言いますが、それを循環させることでその量を増やし、質を高めます。これは、呼吸、姿勢、精神をしっかりと私の言うように整えなさい。さすれば内力は増え、それを自身の力に、刃に通せば強靭な剣となります」


 時刻は早朝の鍛錬中である。ソフィアの日課にショウゴも加わり、それも日常と化していた。ソフィアが説明するのは内功について、ソフィアのパワーとスピードは、その比率がほぼ内力(魔力)によって支えられている。それをショウゴに説明しているのである。


 「いや、姉さん。何度も言われた通りにしようとはしているさ。でもな、やっぱりそう言われてもまったく意味が分からない。身体強化の魔術を使うでもなく魔力を循環させる? まずそれが出来ない。なんでそれで身体強化よりも強くなる? 刃に通す? 全くできる気がしないんだが」

 「細かい理論は知りません。それについては父様に聞きなさいと言ったはずです」

 「いや、聞いたけどより意味が分からなかった」


 ラインハルトは人に教えるのが上手なタイプの天才ではない。我が道を行く天才なのだ。


 「まぁ私のやり方は女性という不利を覆すためのものです。もしかしたら男性であるショウゴには向かないのかもしれませんね」

 「マジか……でもあのパワーは身に付けたいところなんだけどな」

 「体を鍛えればいいでしょう。男性なのですから」

 「追いつけるのか? それで?」

 「追いつけますよ。男性ですし。羨ましい限りです。私も一日二日で強くなったわけではないのです。ショウゴも鍛えれば強くなりますよ」


 そこまで話してソフィアは「ただ……」と、この年の年齢ではあり得ない、何かを懐かしみ、それを良くも悪くも受け入れたうえでしか出せない、喜びとも諦めともつかない、微妙な表情を一瞬見せた後。目標を今一度確認したというように、


 「私に勝ちたいのなら、剣以外を使うべきですね。私は剣では負けませんよ?」


 とても自然に

 明日の予定は決まっていますよと誘いを断るように

 一切の反論も言う気が起きないほどに、


 只々事実を口にするソフィア。先の微妙な表情と打って変わって、人間味が感じられない程淡々と放つ言葉には、どこか聞いている者に寒気を覚えさせるもので、ソフィアの実力を知っていると余計にその意味を空想し印象を変える。

 それがショウゴには一種の狂気にも見えた。


 「……あぁ、勝とうとは思わないよ……」


 (なんだろな……まだ半月だが半月でも教えてもらう立場だったからか……友達でもない、先生か? いや、やっぱり姉さんが言うように姉弟の嫌な部分を見たって感じなのかな? どうにも変な気分だ……)


 元々一人っ子だったショウゴはソフィアの言葉と雰囲気に感じたことを、心の中でそう表現することにした。それはただの家族ごっこだと思っていたものが、自分の中で少しずつ消化されて普通になったような気がして、なんだかショウゴは苦笑いしたくなった。

 この半月、オーデンゼルフ家のみなはショウゴが生まれてからずっと、この家の家族だったかのように扱った。そう、まったく他人という気がショウゴに起きないほどに普通に接したのだ。行動原理や思考は、ショウゴからすれば意味不明な人たちではあったが、それが普通に接しているだけだということはショウゴにも理解できた。

 少しはショウゴも馴染んできたという事だろう。








 夕食は基本的には家族みんなで取るものだ。無駄に大きな屋敷にあって釣り合ってないとも言えるような、こじんまりとした食堂。伯爵家というには豪華さが足りていない大きなテーブルに無骨な椅子が並ぶ。その上に並ぶ食事はパン、お供は肉とスープと野菜、塩のみで味付けされたそれらも、やはり伯爵家と言うには随分と質素に見える。


 「なぁ、文句言ってるわけじゃないんだけど、食事が毎回これ、たまに魚に変わるだけってのはお金がないのか? でも素材は良いようだし理由が?」


 口を開いたのはショウゴだ。ショウゴの経験ではこの食事は庶民よりも良く、商人よりは低いくらいの物でしかない。決して貴族が食べるような物ではないし、ましてや伯爵様が食べるものでない。

 しかし、ショウゴの質問に他の三人は首を傾げる。


 「何か問題でも? お腹がいっぱいになります。十分でしょう?」


 ソフィアの談である。ショウゴはソフィアがもう武士か何かに見えてきた。見た目はお嬢様なのにだ。


 「正直、肉と酒があれば他はどうでもいいな。まぁせっかくの旦那様との食事だ。同じものを食うのもいいだろ?」


 レイティスの言葉だ。レイティスがドラゴンだということは既にショウゴは知っている。聞いて実際ドラゴンの姿を見たときには驚いたものだが、これもまた一度聞いてしまえば慣れるものだ。ともかく種族的なものはしょうがないと割り切る。


 「たしかに他の貴族のものと比べると違いはあるな。だが気にならん程度だ。それにメイドはこれ以外に作れん仕方ないのもあるな」


 ショウゴは「それだ!」と、立ち上がる。まるで犯人でも見つけたかのようだ。


 「えっと……メイドは料理は得意じゃないの?」

 「食べれる物を作れるようになっただけ褒めて欲しいところですね」


 この屋敷にメイドはメイドしかいない。初めはそれを不思議に思っていたショウゴだが、その疑問は既にない。なぜなら完璧だからだ。掃除に洗濯、呼べば傍に呼ぶ前には傍に。所作は優雅で見目も完璧。知らないことはなく聞けば答えてくれるからだ。

 しかし、どうやら欠点はあったようだ。別にショウゴは咎めようという訳ではない。


 「まぁ……作れないならしょうがないか」


 とは言っても流石にこの食事に飽きてきたショウゴは控えめに、


 「なんか作ってもいいか? みんなの分も一緒に」


 その一言は劇的だった。


 「素晴らしい! ショウゴが何か作ってくれるようだぞ!! メイドすぐに今ある食事を下げろ! 宴だ!」

 「良い親孝行だぞ! ショウゴ! すぐ作れ! 今作れ! 」

 「母様も父様も喜んでいます! ショウゴ! 早くなさい! これは命令です!」


 ラインハルト、レイティス、ソフィアの順で立ち上がって芝居がかった動作で、この反応だ。これにはショウゴも困った。


 「まて、まて! 少しだけ作るから分けよう。だから今の食事は下げなくていい、もったいない!」


 迅速なメイドが主人の命令通りに食事を下げる。そうでなくても勢いのままにラインハルトが術式でテーブルの上を更地にしそうな勢いだったので、その前にショウゴは急いで声を上げる。


 「メイド。厨房の案内を頼む」

 「ショウゴ様。どうぞ」


 そう言って食堂を、ショウゴは慌ただしく、メイドは優雅に出ていった。


 「どうやらショウゴは料理が好きだったようですね。人は見た目によらないですね」


 ソフィアはショウゴに感心して深く頷くと共に、自分をさらけ出すほど心を開いてくれたかと嬉しくなる。家族が一人増えた実感が心から溢れ笑顔になるというものだ。


 「将来は料理人か? 夢を持つにはいいことだな、旦那様よ応援するべきだ」

 「もちろんだとも! 金は有り余っている。とりあえず王都に店でも作らせるか?」

 「店か……あった方が良いのかどうか私にはわからんな。メイド! どう思う?」

 「将来的にショウゴ様が望めば作って差し上げたらどうかと、今は静かに見守るべきかと」


 その意見にラインハルト、レイティスも賛同を示し、ソフィアも「なるほど確かにと」と呟く。


 (料理も鍛錬は必要だな。まずは自信を付けてから他人に披露するべきだ。さっきも恐る恐る料理の話題に持って行ったことを考えるに、まだその時ではないな。今は家族で練習するといい)


 ショウゴの気持ちなど全く理解せず、ソフィアは心の中で納得したのだった。



 しばらくすると、ショウゴがメイドを連れて帰ってきた。メイドがワゴンから小皿に入った料理をソフィアの前に並べていく。

 ショウゴは照れ臭そうに頭を掻きながら、


 「料理は得意じゃないんだが簡単なものならな、いつも同じ料理の割には厨房には山ほど香辛料も材料もあった。てきとうに野菜と茸と肉ぶっこんだだけのパスタだ。ペペロンチーノぽいなにかだな、味が多い分、塩だけの料理よりはましだろ」

 「すばらしい! では、みないただこうか」

 「うむ」

 「はい」


 ラインハルトの合図でみなパスタを口に運ぶ、ショウゴはそれを固唾を吞んで見守る。なんだかんだと言っても自分が作った料理だ。感想が気にならないはずもない。


 「おいしいですね」

 「だな」

 「うむ」


 「お、おう。ありがとう」


 ソフィアのおいしいという感想にラインハルト、レイティスが頷くとショウゴはホッとして息を吐き、言葉を返す。と、同時にまた気が向いたら作ろうかと思うのであった。






 魔導具によって明かりが確保されている昨今、就寝までの時間は自ずと遅くなる。オーデンゼルフ家でもそれは変わらない。特にレイティスが酒を飲み始めると夜中まで起きているし、ラインハルトもそれに付き合ったり、魔導の研究で夜更かしをすることもある。そういった中であって、ソフィアの就寝は早い方だ。二階にあるソフィアの自室まで、レイティスのよく分からない酔っ払い声が聞こえてくるがそれも日常だ。ソフィアは明かりを消した部屋で今日も眠る。


 「入りなさいショウゴ。何を突っ立っているのですか」


 が、扉の前に来た人物の気配を見逃すほどソフィアは愚鈍ではない。

 スッと静かにドアノブが回り、ショウゴが部屋に入ってくる。


 「話し聞いてくれねぇかな?」

 「いいでしょう。座りなさい」


ベッドに座り パジャマ姿であるものの、ソフィアは優雅さを一つたりとも欠けない動作で、机の取り付けられた木製の椅子を指差し、それを受けたショウゴは静かに椅子を引いて座る。


 「それで、話とは?」

 「いや、まぁ」


 とショウゴは煮え切らない表情で一旦区切ってから、


 「俺が今まで何してきたのかっての話しとこうかと思ってさ……多分大丈夫だとは思うが危険もあるかもだしな……」

 「ふむ、私はショウゴの来歴など気にしませんが話したいと言うのならいいでしょう。只私に先に話すということは母様、父様には話しずらいことなのですか?」

 「えっとまぁ……あの人らは自意識過剰かもしれねぇけど話すと俺の為とか言ってなにしでかすか分からないというか……自意識過剰だよな……それに比べて姉さんは、まぁ話しやすいからかな」

 「お二人に内緒にするというのはショウゴの正気を疑いますが、あなたの問題です許容しましょう」

 「相変わらず、なんかすごいな……」



 そしてショウゴは話し出す。出だしはこうだ。


 「勇者って知ってるか?」

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