第6話ソフィアと弟5

 ショウゴが自身の過去を語ってから暫く経った頃だ。ラインハルトが仕事でここ数日帰宅していない事を除けば、オーデンゼルフ家は変わらぬ日々を送っていた。


 「奥様。お客様が来られたようなのでお迎えに参ります」

 「珍しいな。賊であろうと通せ。それはそれで楽しめる」

 「了解いたしました」


 レイティスの会話にソフィアが反応する。時刻は夕方、リビングにはソフィアとレイティスの2人だ。


 「賊ですか? 私が殲滅しましょう」


 レイティスはそんな言葉に少し呆れたように、


 「まだ決まったわけではないぞ? それに賊だとしても私の物だ。お前の出番はない」

 「分かりました」


 レイティスの戦闘が久しぶりに見ることができるのなら、それはソフィアにとっては嬉しいことである。あっさりと意見を収めた。


 しばらくしてドアがノックされ、「奥様。お客様をお連れしました」とメイドが扉越しに声を掛ける。


 「入れ」


 レイティスの許しで入ってきた人物は妙な男だった。格好からして若い騎士であることは分かるのだが、顔半分を仮面で隠しているのが怪しさを増長させていた。


 「お初にお目にかかります。オルステッド王国の騎士コウスケです。伯爵は不在とのことでしたが、少々人探しをしていますので、ご協力いただければと思いお伺いさせていただきました」


 メイドが奥様と言った為かレイティスの容姿を見ても驚きもせず、コウスケと名乗った騎士は挨拶をする。レイティスとソフィアも挨拶を返した後で説明を聞く。


 「少々特別な魔術を使ったところ、このあたりで反応がありましてね。貴国の方にはもちろん捜索の了解はとっています」

 「この屋敷は王都からそこまで離れていない。と言っても馬車で一時間は掛かる森の中だぞ? わざわざこんなところに誰も来ないだろう?」

 「はい。我々も王都に探し人がいるかと予想しています。こちらに訪れたのはその協力を、かの有名な魔導貴族である伯爵様に協力していただけないかと思った次第です」

 「ふむ、了解した。では伯爵が帰宅しだい伝えよう。コウスケ殿は王都だろう? 返事を聞けたら遣いを出そう。しばし待て、まぁなんだ旦那様次第だな今日のところはお茶でも飲んでいけ」

 「ありがとうございます」


 レイティスとコウスケのやり取りがひと段落し、後は全員席について、お茶をしながらの雑談という流れとなった。しかし、そこで今まで傍観していたソフィアがコウスケへと声をかける。それは爆弾だ。


 「オルステッド王国のコウスケと言いましたか。――その探し人とはショウゴのことでしょうか?」

 「な!」


 ガタッ っと音を立ててコウスケが驚きを露わに立ち上がる。予想外だった為かコウスケは何か言おうとして言葉が見つからないようだ。それを見てソフィアがメイドへと


 「ショウゴを呼んできてください」

 「畏まりました」


 メイドが部屋を出ていったところでコウスケが復活した。


 「……取り乱して申し訳ありません。ショウゴという名前は珍しいですし間違いはないかと思います。ショウゴがこの屋敷にいる理由をお聞きしても?」


 レイティスが質問に答える。


 「旦那様が拾ったのだ。それで? ショウゴのことならば話は別だ。なぜ探していたか理由を聞かせてもらおう」

 「理由については国益に関することなので説明しかねます。――それでショウゴから何か聞いていますか?」


 コウスケの仮面から垣間見る瞳に剣呑な雰囲気が宿る。しかし、レイティスは全く動じた風もなく


 「私は何も聞いてないな。シャイな奴だなあいつは。ソフィアは何か聞いたんだろう?」

 「はい。この国まで来た経緯を聞きいました」


 コウスケは少し考えるそぶりを見せて


 「我が国の王が変わったことはご存知かと思います。それ関係ですね……」

 「ふむ。関係ないとは思わんが……」


 とここでショウゴが勢いよく部屋へと入ってきた。それは扉を破る勢いであり、手にはいつも鍛錬に使う片手剣を装備している。


 「コォウスゥケェエエエエ!!!!」


 切りかかるショウゴにコウスケも剣を抜き受ける。


 「ショウゴ。シズカの元に帰ろう。みんなを殺したのは、理由あってのことだ。シズカを信じろ」

 「理由を言え! そんなので納得できるとでも思うのか! 仇は討つ!」

 「待て――クソっ! レイティス様。弁償は後で」


 コウスケが窓を破り庭へと飛び出ていく。それを追うようにショウゴも庭へと躍り出る。


 「ふむ。喧嘩か、ソフィア。ショウゴから【エヴォリュシオン】という単語は出てきたか?」

 「【エヴォリュシオン】という言葉は出てきていませんね。似たので【エヴォリュシオンキーラモ】という言葉は聞きました」

 「なるほど。詳細は分からんが理解した」


 ショウゴとコウスケの戦闘は激しさを増していく。しかしショウゴの容赦ない攻撃に対してコウスケは守るばかりだ。だが


 「ショウゴ、少し動けなくなってもらおう」


 そうコウスケが言ったかと思うと


 「!?」


 ショウゴの全身に斬撃が走り、血が噴き出す。とたん、バタリとショウゴが倒れた。


 「ふぅ……死なないようにはしている――」


 ――コウスケが見た先にはショウゴはいない。


 (僕が気を抜いた瞬間で聖剣を! しかし!)


 「がぁ!」


 コウスケの背後からショウゴの呻き声が聞こえた。そこには更に斬撃を受けて倒れるショウゴの姿があった。その表情は悔しさと哀しさで一杯でありコウスケの方が視線をそらしてしまう。


 「ショウゴ……すまない」

 「では次は私の番です」


 コウスケへとソフィアの剣が迫る。とっさに避けるコウスケは


 「レイティスさん!」


 庭へと出てきていたレイティスに何事かと声をかけ


 「子供の喧嘩だ。大事がない限り、私は関与せんよ。ソフィアの身を案じてなら気にするな。本気で相手しろ」


 コウスケはソフィアの剣を捌きながら考える。


 (ここで、この子に怪我をさせても良いものか? いや、目的を忘れるな。ショウゴの確保! それが第一)


 「考えはまとまりましたか?」


 剣を止めてソフィアがコウスケに問う。問いに対する答えはこうだ。


 「怪我をさせます。御免!」


 言葉とは裏腹に飛びのくコウスケ、ソフィアはそれに追随しようとして動きを止め剣を振る。見えない何かを切るようにだ。


 「小細工は通用しませんよ? ショウゴを倒した技。糸ですか。しかも透明な。これで人を切れるのだから曲芸のようです。初めは聖剣の能力かとも思ったのですが、どうやら技術のようですね。感心します」

 「お褒めの言葉、ありがとうございます。……地球にはない強靭で透明な糸ってのも探せばあるものでね。初見で見破られたのは初めてだけど」

 「素晴らしいものを見せていただきました。しかし貴方は弟が仇とする相手、敬意を持って本気で相手をしましょう」


 今まで本気ではなかったのか? そんな疑問がコウスケに浮かんだ


 「見破られたからといって防ぎ切れるものでもないだろう!」


 コウスケはソフィアに向けて糸を放つ、見えない糸は強力だ。種が分かっていたとしても動きを止めて対処しなければいけない。即ちそれは隙となる――はずだった。


 「ハァ!」


 ソフィアは剣を持たぬ方の掌を突き出し気合い一閃、内力(魔力)を高密度で放出し、糸諸共コウスケを吹き飛ばす。そこからは一方的だ。次の瞬間にはコウスケの剣がソフィアの剣によって断ち切られ無防備になったところを蹴り飛ばされる。

 衝撃から立ち直ったコウスケが見たものは迫り来るソフィアの剣先だ。


 (ここまでか……ははっ異世界……予想外過ぎるだろう)


 コウスケは覚悟して瞳を閉じる。


 「そこまでだ!」

 「?」


 コウスケとソフィアの間にはいつの間にかレイティスが立っており、ソフィアの剣はレイティスによって剣先が掴まれていた。


 「母様。ショウゴの代わりに私が仇を討ちます」

 「ソフィアよ。子供が殺しをする必要はない」

 「しかし、仇は打たねばなりません。ショウゴの表情を見たでしょう? 姉として手を貸すことに何の疑いがありましょう」

 「そういう事ではない。戦争というならばまだしも、これは喧嘩だろう? 」

 「ショウゴの仲間が死んでいます」

 「ふんっ。知ったことか。私は私の子供たちが憎み憎まれの争いをするのが気に食わん。これは喧嘩だ。お前は頭を冷やせ」

 「しかし!」


 まだも食い下がろうとするソフィアにレイティスは無言で裏拳を放つ。


 「!?」


 早すぎるそれは衝撃波を残してソフィアを屋敷へと吹き飛ばす。壁も何もかも壊しながらソフィアは飛ばされ瓦礫の下へとその身を沈ませ意識を失う。


 「メイド。二人を頼む」

 「畏まりました」


 「さてコウスケ殿よ。私ともやるか?」


 にっこりと笑ったレイティスに、あまりのことにただ傍観していたコウスケは首を横に振るしか出来なかった。








 壊れていない部屋へと移動してレイティスとコウスケは席に着く。初めに口を開いたのはコウスケだ。


 「あの、聞きたいことがあります。ショウゴのことをソフィアさんは弟と言っていましたが……」

 「ショウゴは家族になった。それだけだ。で、ショウゴのことだが、あいつはここに置いておくいいな」


 コウスケは困った風に


 「しかし……」

 「お前が気にしているのは【エヴォリュシオン】だろう?」


 その言葉にコウスケは驚き、息を呑む。


 「どこでそれを?」

 「そんなことはどうでもいい。私の予想ではあるがお前か、お前たちは【エヴォリュシオンキーラモ】を使いこなした人間を殺したのだろう? で、それがショウゴの仲間だったと」

 「……」

 「ショウゴは不完全だったことから殺さずに置いたというところだろうか、それでも奴の特性は加速、【エヴォリュシオン】がどうなるか分からないのに加速の鍵は捨て置けない。ならば殺せとも思うが、どうもお前とお前に指示を出している奴は情がまだあるようだ。まだ余地のあるショウゴをキーを使わせないことで時間を稼ごうとしているようだな? あとはなんだ、事情を知らせていないのもその辺か、【エヴォリュシオン】はそれが存在すると知ることが一つのカギだ。だからそれにたどり着く方法を制限していると」


 コウスケはまだ押し黙る。


 「お前……ではないな。お前に指示を出している奴か。安心しろと言っておけ。【エヴォリュシオン】に世界をどうする力はない。いや【エヴォリュシオン】など存在しないと言った方が良いか」


 その言葉でコウスケは感情的に


 「な! それでは! 仲間を殺してまで! シズカがしてきたことは間違いだったと言うのですか!」


 レイティスは「落ち着けと」一言、言った後に優しく微笑み。


 「無駄ではないさ。【エヴォリュシオンキーラモ】は数が多ければ多いほど【エヴォリュシオン】を生み出す。【エヴォリュシオン】てのはな、なんだと思う?」

 「シズカが言うには知る者によってその形を変えるものだとか、詳しくは知らない」

 「まぁ知る者にとってか……あれはな過去の人間が、人間の中の特別を人工的に生み出そうとした結果なんだよ」


 レイティスは語る。特別とは才能あるものでも、不思議な力を持つものでもない。遥か昔にはなかった、明らかに他と隔絶した者のことだ。


 「うちの旦那様のようなのだな」


 レイティスはニヤリと笑う。


 「人類の相互了解をもってして意味を作る。その意味を事実に変える。その舞台装置が【エヴォリュシオン】だ。まぁ確かに危険はある。鍵を持ったものに人類が作り替えられるということだ……実際にはできないがな。鍵を持った一人一人が意味となる。その結果次第で世界が変わる。簡単に言うとそういうものだ。何人が持っている?」

 「3人だ」

 「そうか、ならば3人は自信をもって生きろ。それだけで何とかなるもんだよ。お前たちだけが、世界や人類をを守っている訳でもない。まぁ鍵は使わないに越したことはないがな。お前も持ってるんだろ? さっきの喧嘩で使わなかったことは褒めてやる。まぁそのシズカだったかに伝えておけ。ショウゴのことは心配するな。あと何かあれば私が相手になろう」


 コウスケはブルリと震えてから何とか返事をする。


 「お伝えします」

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