第7話ソフィアと弟 エピローグ 我らが父は魔王貴族 プロローグ

 「姉さん、それ大丈夫なのか? 俺みたいに伯爵に治してもらったら?」


 いつかの夜を彷彿とさせる状況だ。ショウゴはソフィアの部屋で椅子に腰かけ対するソフィアもいつかと同じく、パジャマ姿である。が、片腕は包帯で覆い隠され首から吊り下げられていた。


 「反省の意味も込めて暫くはこのいままだそうです。まぁ自力でも3日もあれば治るでしょう」

 「すげぇな――なぁ、レイティスさんが話付けた言ってたから、もう追ってこない言ってたけどさ……俺はやっぱ納得いかないんだよな」

 「ふむ、何に対してですか?」

 「あいつら……コウスケとシズカな。幼馴染なんだからさ、何か隠してるなら話してほしいんだわ。その上で死んだやつらの仇討ちしたいんだよ。わがままかな?」

 「話せるほど冷静ではありませんでしたよショウゴ」

 「……そうだけどさ……」


 ショウゴは大きな体を折って小さくなっていた。それだけ心も沈んでいるのだろう。

 敵わない相手に挑んだ挙句に助けられ、気が付けば保護者に話は纏められていた。まるで子供だ。恰好が悪い。なのにまだぐだぐだと考えている。それがまたショウゴにとっては辛いのだろう。


 「私には理由を聞き出す上手な方法は分かりません。言えるのは、とりあえずコウスケよりも強くなってはどうですか? とだけ」


 ソフィアはショウゴと違い一見、態度に普段との違いはない。しかしショウゴには少しの違いが分かった。それは短い時間ながらも家族として一緒にいたからかもしれない。


 (目線が微妙にこっち見てないな、いつも真正面から目を見る姉さんがだ)


 それが気落ちしているのか機嫌が悪いのか、それとも他の理由かまではショウゴにはわからない。それでもいつもと違うという事だけは理解できた。


 「母様に殺すなと言われました。あの場で殺さない理由が私には分かりませんでした」

 「……まぁ、あいつ騎士だしな。国際問題とか色々あるじゃん」

 「そういった世情の理由ではなく、武人の理由としてあの場では殺すべきでした。大義があり、弟を傷つけた相手。コウスケが仮に正義だろうと、私としては止めを刺す理由は十分でした」


 ショウゴはソフィアの言葉に微妙な表情になって、


 「あー、そういうとこを直そうとしてくれてんじゃねぇの? 正直、俺もその理由で殺すまで行くのはちょっとやり過ぎな気がしないでもない。まぁありがたいけどな」

 「……そうですか。まだまだ功夫が足らないようですね」

 「まぁ、俺も姉さんも、まだまだ修行が足りなかったってことでいいんじゃないかな。コウスケのことは俺がそのうち何とかするさ」


 ソフィアはニコリと笑って


 「……話して今後を決めるなど、まるで家族です。姉と呼ばれるのは良いものですね」

 「……まるでじゃなくて家族だろ」

 「ええ、そうでしたね」












 「なぁ……旦那様よ」

 「なんだ?」


 食堂でワインを水のように飲んでいたレイティスはテーブルに体を投げだし、顔だけをラインハルトに向ける。対するラインハルトは優雅そのものだ。同じ様に飲んでいたにもかかわらず、酔ってはいるが気品は失われていない。


 「言っても分からないからと私は娘を殴り飛ばしてしまった……母親というのは難しいな」

 「私は別に力で分からせることに否定的なことはないがな、そういうときもあろう」


 レイティスには彼女なりの基準があるのか、ソフィアの前では殴り飛ばした後、何事もなかったかの様に接していたが内心気にしていたようだ。


 「それは分かっているのだがなぁー。こう、なんだ! もっとうまく出来ただろうって! 思うだろうが!」


 話しているうちに興奮しだしたレイティスが拳を叩きつけて、テーブルを粉砕する。しかし、ラインハルトはテーブルが壊れるのを気にした様子もなく、ワイングラスを傾け喉を更に潤して


 「まぁ、そうだな、ソフィアの時もだがすぐに感情的になるのは短所だろうな」


 レイティスはそんなラインハルトの言葉を恨めしそうな顔で聞くと、新しいボトルをメイドから受け取り封を開けるとそのまま口を付ける。ゴクゴクと丸々一本飲み干してから。


 「ラインハルト! お前も昔はすぐ感情的にすぐなったではないか!」


 ラインハルトはフッと舞台俳優の様に笑い。


 「もう良い歳だからな、若くはないさ」

 「そんなことを言ったら、私はお前の何倍生きていると思ってるんだ?」

 「体の変化は感情にまで及ぶからな良くも悪くもだ、レイティスはそう言う意味では変わらないのだよ。良くも悪くもな」

 「良くも悪くもか……」


 その後しばらく2人は無言でボトルを開けていく。


 「旦那様よ。良くも悪くも、私たちはどんな形にしろ親になったのだ、頑張るか……」

 「流石は我妻だ。己の限界まで頑張るがいい!」

 「旦那様もな」

 「もちろんだとも!」








 フレイル魔術王国。魔術を使える者が民の先頭に立ち、導く貴族と成った国。魔術の優劣では隣国のゾルティルカ王国と長年優劣を競い合ってきた。そんな中現れたのがラインハルト・ロクイード・オーデンゼルフである。彼はたった一人で魔術の歴史を動かした。時代を進めたのだ。今まで複雑な知識と膨大な魔力を必要としていた為、魔力量のある血統でしか扱われなかった魔術。それを簡略化、一般化した【術式】を開発した。それは生活の向上、仕事の効率化、そして戦力の増強とフレイル魔術王国を他国より何歩も先に時代を進めた。それ故に彼は魔術を導く貴族【魔導貴族】と呼ばれるようになった。


 「陛下ぁ!!!! ラインハルトの奴は結婚して子供までいると言うではないですかぁ! なのに! なぜ! 陛下にすら家族の顔を見せに来ないのですか!」


 場所はフレイル魔術王国の頂点。国王の執務室である。そこで声を上げるのは大きな男だ。鍛えられた肉体、骨格から既に闘う為に生まれてきたような男。顔はどう表現しても良いとは言えない、むしろ野生の獣を連想させるほどだ。しかも出立は醜悪に派手である。金の刺繍が所狭しと縫われた黒のローブ。両の手には指より太い、色様々な宝石が全ての指に嵌っている。そして一番目を引くのはその身の丈よりも大きな杖だ。蛇が絡まるかのように複雑に、漆黒の枝が絡み合った姿、そして上部ではこれまた様々な宝石が埋め込まれた髑髏が乗っている。悪の教団の幹部と言われても何ら違和感のない姿である。が、この男こそ王国の魔術師の頂点【宮廷魔術師長】タゴスト・ロンベルクなのだ。


 「タゴスト。聞きつけるのが早いな。我も先日知ったばかりなのだ……すでに招待状は出している。それにしても、娘はもう13だと聞いた……」


 答えた男こそ国王アルベルト・フォン・フレイルである。既に壮年は過ぎている。が、その衰えを感じさせない姿は正しく王であると言える。疲れたように出す声にすら威厳が込められており、慣れぬ者なら言葉を返すことすら不可能だろう。しかし、相手は宮廷魔術師長のタゴストだ。


 「13!? そんなに隠していたのはワケガァ! あるとでも!! 言うぅのでぅえすかぁぁぁっぁぁ!!! 」

 「いや、普通の会話で零したようだからな、ただ単に言わなかっただけだろう……ラインハルトならありえるな……遠い領地に居るわけでもないのにな気づかなかったこちらが馬鹿みたいだな」

 「よぉし!! ぶち殺しましょうぞぉ! 家族諸共、我が魔術神の贄にしてくれよう!!!!」

 「タゴスト。そういう事はまずはラインハルトに一度でも勝ってから言うことだな」

 「きぇぇぇええええ!!!!」


 奇声を発してタゴストは執務室を去っていった。

 残されたアルベルトは溜息を吐いてから


 「普段は冷静な奴なんだがな……実力主義の弊害だな」


 そう零すと執務に戻っていった。


 

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