異世界令嬢 剣に生き家族と過ごす。

さかうあら

第1話プロローグ

 私の前世を話そう。自分で言うのも何だが普通ではないし、名前も国籍も覚えていない。同じ転生者なんかと会ったとしても、共通の話題なんてないことは私自身よくわかっている。それでも話すとしよう。

 前世はそんなに長くない一生だったことは覚えている。少なくとも20は越えていなかった。そして私にあったのは剣だけだ。勘違いしないでほしいのはパソコンやスマホ、インターネットだってあった…と思う。そんな時代に前時代的な武を鍛えていたんだ。おかしいだろう? 当然、表の世界なんてものではなかったはずだ。血も死体もある世界だった。私は天才だったのだろう。女で私ほどの力を持つ者は相当年上にしかいなかったはずだから、天才で合ってるな。順を踏んで功夫を積めばそれなりに武林で名のある人物になれたはずだ。でも私は焦った。…なぜかって? 剣しかなかったからだ。家族も友人も趣味もなかったんだ。師は殺すべき人で、兄弟弟子は殺しにくる練習台でしかなかったと思う。

 今なら言えるが、家族も友人も欲しかった。

  そして焦った私は秘伝を盗みそれが元で殺された。どうだ? もし、あなたが地球からの転生者だとして共感できる部分はあったかな? なかったと思う。だけどもしこの地で会うことがあれば友人になって欲しい。私は幸せだ。その幸せを少しでも分けてあげたいと思うから…




 まず私が転生したと気付いたのは意識が覚醒して随分と時間がたってからだったと思う。混乱の極みだったね。なんたって赤ん坊だ。目は見えていたし、口は動かせたから生後1年くらいは経っていたかも。そこから状況を把握するのに更に時間が掛かった。そして気付いたことは期待が少し、残りは絶望的ってこと。

 転生したんだ。念願の家族がいたんだよ。母親だけだけど、家族がいたんだ。嬉しかったね。それが期待。でもね。母乳もほとんど貰えないし、見える範囲で推測するに、住んでる場所はボロボロの小屋。聞こえるのは母親の…まぁ多分母親ってだけだけど。母親の泣く、そして怒り狂う声だけ。赤ん坊が生き抜くに、良い環境でないことは確かだった。よく死ななかったと思うよ。私がね。それでも最後の方は死にそうになってたのは辛うじて覚えてるか……あんまり意識なかったし、あいまいだけど。

 そして、たぶん、捨てられたんだと思う。目が覚めた時には外の匂いがしたんだ。それに眩しかった。それまでに覚悟は決めてたけど、そこで確信になったよ。死ぬんだってね。前世よりも悪い人生になるなんて運がないにもほどがある。その時は朦朧とした意識の中で、そんなことを考えていたと思う。


 でもね。そこで現れたんだ。この出会いだけで、きっと物語ができる。そんな人物が。先に教えておくと、その人物の名前はラインハルト・ロクイード・オーデンゼルフ。名前がラインハルト。性がオーデンゼルフ。……真ん中のロクイードってのはラインハルトが自分でつけた何か。笑っちゃうよね。ロウは魔術でクイードが素晴らしいって意味。合わせてロクイード。

 この時のラインハルトの格好は、派手な魔術師。真っ黒のローブにジャラジャラとアクセサリーを付けた。いつも通りの格好だったはずだ。この時で30前だったはずで、その割には金髪美少年って雰囲気だったけどね。自信に満ちた表情は私を見て少しだけ歪んで


「ふむ、赤ん坊か…」


 呟きながら身に纏ったローブを片手で翻すんだ。赤ん坊の私を覗き込みながらだよ? 全然そんなタイミングでもないし、意味が分からなかったことは覚えてるかな。でも様になるのがこの人で、大昔の貴族みたいな人だったんだ。なんて言うかな舞台の役者みたいな……うまく言葉にできないね。


「この魔導貴族たる我の屋敷の前に赤ん坊……私に子は居ない。必要もない。しかしこのタイミング! ともすれば私に子をとれと言うことか! いいだろう! 私はこれより父親となろう! 」


 これも意味が分からないよね。この頃はどうやら天才な、この人もスランプだったらしくてね。それまでは捨て子なんて気にはしなかったらしい。だって浮浪児なんて沢山いるし。

 私は運がよかったんだ。多分ただそれだけなんだと思う。でも助かったって、思ったんだ。この時はそれ以上考えられなかったよ。赤ちゃんの体力だし、死にかけだったしね。助かったと思った時点で意識がなくなったよ。


 次に目を覚ました時はベッドの上だった。うん、人が5人は寝れそうなバカでかいベッドに赤ん坊が1人ってね……おかしいよね。地球だとなんて言ってた? キングサイズ? クイーンサイズ? 


「随分と弱っていたようであったから治癒を施したが……我が子よ、何か食べたいものはあるか?」


 すごく真剣な顔で赤ん坊と話すんだよ。傍から見たらすごく奇妙だと思うよ。私はまだ話せなかったし……言葉は何故か分かったけどね。この頃食べれたものって母乳かな……でも柔らかいものならなんとか行けるのかな? 自分のことだけどその時は分からなかったんだ。


 「ふむ…返事はなしと」


 ラインハルトは……ってもう、父様でいいかな? 名前呼びは恥ずかしいよ……それで、とにかくそう呟くと指を鳴らしたんだ。すると父様の隣にはメイドがいた。見たまんまに若い女のメイドだ。名前はあるらしいけど、教えてくれないんだ。だからみんなメイドって呼んでるメイド。説明は長くなるからまた今度。


 「メイドよ。これからどうすればいいと思う? 」

 「食事でしたら母乳が必要なようですね。とは言え、これはご主人様が栄養のある、お嬢様用の飲み物を作ればよろしいだけかと」

 「なるほどな。その程度なら半刻もかからんだろう。して次はどうする? 子を育てるにあたって必要なものはあるか?」


 この場面はよく覚えてる。メイドが少し悩んだと思ったら


「今一番必要なものは母親かと、その他についてはいくらでも用意できますので」


 必要なものは母親。なかなかインパクトのある言葉だと思うよ。でも間違ってもいないよね。父様だけでもいいけど、やっぱり母様は必要だしないと私が困る。


 「メイドではいかんのか?」

 「メイドはメイドなので母親にはなれません」

 「なるほどな……母親の条件は?」


 父様は世間に疎いって言うか常識知らずって言うか、だめなところはいっぱいだけど、まぁカッコいいので大体のことは帳消しだよね。


 「女性であることはもちろん、強い方がよろしいかと。母親とは強いものです」

 「理解した。では、食事を与えて準備をしてから行くとしよう」

 「はっ」


 なんか話がおかしいなー。ホントにこの人は父親になろうとしてるのかなー? 養ってくれるならホント助かるんだけどな。てな感じだったかな? 私は。でもメイドがいるくらいに、お金持ちみたいだし一人くらい増えてもいいよね? なんてことを思ってた気がする。それからしばらく一人にされて……今から思うと赤ん坊を一人にするのは、どうかと思うけど。 1時間くらいしてからなのかな。メイドにスプーンで何とかよくわからない甘いものを飲ませてもらったんだ。お腹一杯になってすぐ寝ちゃった。



 さて、次に目を覚ますとメイドの腕の中だった。そして場所は岩だらけの山!大陸一の山脈。その中でも一番高い山!  

 目に飛び込む光景は父様が、とにかくデカい真っ赤なドラゴンと対峙してる場面! 

 と思ったらドラゴンからブレスが! 

 それを片腕を上げただけで消し去る父様! 


 魔力からなる高温に対して直接魔力干渉して消し去る父様の十八番。ちなみに片腕を上げる必要はないらしい。私が、ここは地球じゃないんだと思ったのはこの瞬間だね。


 「レイティス。あそこのメイドが赤ん坊を抱えているだろう?」

 「それがどうしたという? 戦いの場にメイドだけではなく赤ん坊まで連れてくるとは」


 ドラゴンって話せるんだなーと思ったことは覚えているかな。


 「あれは我が娘となったのだ」

 「ほぉ……」


 この間も戦闘は続いてたんだよ。ドラゴンはブレス以外は肉弾戦。鳥よりも小回りが利いて戦闘機なんかよりも早いんだよ。地球じゃ考えられない動きなんだ。それに対して父様の動きは基本立ってるだけ。防御も攻撃も全部魔術。まぁ、私はまだ何の鍛錬もしていなかったからほぼ何も見えなかったけどね。


「というわけで母親はお前だ! レイティス!!」


 戦闘中にね。ぜんぜんそんなタイミングじゃないのは、いつものことだけど、私史上最高にかっこいいプロポーズなんだ。まぁ、誰もわかってはくれないんだよね。私が誰かに同じようにされたらその隙をついて殺すけど……


 「はっ!?」


 と、ドラゴンは驚いたかと思うといつの間にか17歳くらいの真っ裸な美少女になっていたんだよ。長くて真っ赤髪だけがドラゴンのときの名残を残してたんだ。もうなんでもありなのかなって。


 「いや……なんだ? 前から、うん。私もそうだろうなーとは思っていたんだぞ? 実験の為と言いながら戦いに来ていたのは……あれだ! 私に会いたかったのだろう? よい、よいぞ! 見る目あるなラインハルト! 」


 この時は父様に恋愛感情なんてのはなかったと思う。私の母親を捕まえに来た。って感覚なんだろうなーと。


 まぁ、これが私の母様。古龍なんて呼ばれる伝説の中だけの生き物。その唯一の生き残り。


 誰も血のつながってない。

 父様の勢いだけで出来上がった家族。

 すごく大事な家族。

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