第3話ソフィアと弟2
ラインハルトが男を連れてきた次の日のことである。
「見違えましたね。そうは思いませんか母様?」
「黒髪、黒目とは珍しいな。どこの出身だ?」
屋敷のリビングで、ソフィア、レイティス、ラインハルトと伯爵一家が揃う中、新しい顔が一人いた。言うまでもなく昨日ラインハルトがどこからか拾ってきた男である。が、昨日のうちにメイドによって伸びっぱなしの髪を切り髭を剃り、薄汚れた服も体も綺麗にした結果、日に焼けた精悍な顔つきの青年となっていた。ソフィアから見てもラインハルトに遥かに及ばなくとも、十分にカッコいいと思えるだけの容姿をしており、身体もそこそこ鍛えているのが分かった。少なくともただの浮浪者ではなかったようだ。
「まずは名前を聞くべきだろう」
ラインハルトの言葉にソフィアとレイティスが頷き、青年を見る。しかし青年は言葉を発しない。
「どうしたのですか?」
ソフィアは疑問に思い問う。それに対して青年は怪訝な顔でようやく口を開く。
「食事をもらい。清潔な服を着せてもらったのは感謝する。野垂れ死にそうだった俺を結果的には助けてくれたのだから感謝するべきなのかもしれないが……そこの男は突然攻撃してきた。そして気が付いたらこんな状況だ。何のつもりだ?」
ソフィアは納得がいったと頷いてから青年に答える。それが当然という風にだ。
「攻撃したのはあなたの強さを見るためでしょう。そして耐えたから父様はあなたを助けた。運が良かったと思いなさい。ただそれだけです」
「……そうか。それで俺に何をさせるつもりだ? 何か仕事があるから連れてきたんだろう?」
と、レイティスが青年の言葉に反応する。
「子供が難しいことを考えるな。お前野垂れ死にといったな? 帰る場所はあるのか? 両親は?」
青年は俯いてから絞り出すように答えた。
「……ないな……」
それを聞いたレイティスは哀しそうな顔をした後で、ニヤリと笑ってから青年に向け大声で言い放つ。
「ならば、お前は今日から私たちの家族だ! 良いな旦那様?」
「もとからそのつもりで連れてきたのだが」
「そうだったな。ソフィアの兄弟を連れてきたんだったな! ……はぁ」
「母様! お気を確かに!」
青年は目の前の状況に、訳が分からないと目を丸くする。言われた意味は分かるが処理しきれていないようだ。だが何とか理解しようと口を開く。
「母様?」
どうやら見た目からレイティスのことをソフィアの姉だと思っていたようだ。確かに見た目だけなら青年よりも年下に見える。仕方がないことではあるだろう。その言葉に真っ先に反応したのは本人ではなくソフィアだ。
「母様の見た目がいくら可愛かろうと、あなたよりも年上です。それにこの威厳を見なさい。どう考えても母様でしょう?」
青年は困惑しながらも、年月で見た目が変わらない前例でも知っているのか「そういえばファンタジーだったな」と呟いて納得していた。
「何はともあれ、まずは名乗りなさい。私はソフィア・オーデンゼルフです」
「ラインハルトだ」
「レイティスだ。よく覚えておけ」
「あ、あぁ」
ソフィアたちの簡素な自己紹介に慌てて青年は返す。
「ショウゴ・タカハシ。俺の名前だ」
ラインハルトが大きく頷く
「ではショウゴ。今日からショウゴ・タカハシ・オーデンゼルフを名乗るがいい。正式に我らが家族としよう」
「いや、そんなこと言われても……」
「ではソフィア。念願の弟だ。あとは任せた! 私は研究に戻ろう!」
「はい。ありがとうございます」
「旦那様よ。根を詰めるなよ」
ソフィアとレイティスがラインハルトを見送る様を、ショウゴはただ見ているしかできなかった。ここまでの展開がショウゴにはすべて予想外であり、対応しきれていないのだろう。
「ではショウゴ。私のことは姉さんと呼びなさい。あなたも戦いを学んでいるようですし、少し手合わせでもしてみましょうか」
「えっと……あんたはいくつなんだ?」
「年齢ですか? 13ですが?」
ショウゴは困ったように頭を搔いた。
「俺、19なんだよ。どちらかというと兄だな……」
「いえ、年齢は関係ありません。弟です」
「いや、どうしてもって言ってんじゃないんだが、普通に考えたら年上が姉じゃないか? あんた……あーレイティスさんはどう思う?」
ショウゴは子供にものを教える為か、精一杯の優しい顔をしてソフィアにそんなことを言い、レイティスにも問う。
ショウゴの言うことは一般的なことであり、たとえ養子だとしても年上が弟になることはないだろう。しかし、ショウゴはまだ知らないことであるが、母親であるレイティスはドラゴンであるしソフィアは前世の記憶があると言っても、その環境も決して一般的なものではないということだ。
「ん? あとから入ったうえにソフィアより弱いのなら弟で合ってるだろう?」
「え?」
ショウゴはさらに戸惑う。
(貴族とはこんな考えだったか? いや、でも今まであった貴族は……しかし、兄弟関係の基準なんて聞いたこともないし、こんなものなのか?)
と一人考えて
「あー、俺そこそこ強いよ? 流石にね……」
「それなりに鍛えているかと思いましたが……弟よ。 実力差も見抜けないとは思いの外まだまだのようですね」
「いや、気悪くしたならごめんな。弟でいいからさ」
よく理由は分かっていないが運良く手に入れた庇護下を失わないためにか、ショウゴはソフィアを宥めるかの様に弟でいいと言う。それに対してソフィアは目を細めて一言。
「手合わせすれば分かりますよ」
「うむ。良い催しだ。おいメイド、庭へ行くぞ飲み物とつまめる物を頼んだ」
「了解しました」
「え? 手合わせ?」
「では弟……いえショウゴ行きますよ」
スタスタとソフィアは庭へと足を進めていく。その後ろにレイティスと首を傾げるショウゴを引き連れてだ。
「ショウゴ。武器は片手剣ですね。メイド。私用ではない幅の広い片手剣を持ってきてください」
「どうぞ」
「え? いつのまに?」
なすがままに剣を受け取ったショウゴは未だ困惑しているようで、椅子に座り紅茶を楽しんでいるレイティスに目で何やら訴えている。が、それに対しての反応は「いいからやれ」といった風だ。その間にソフィアは腕輪を剣へと変化させ、剣尖【剣先】をショウゴに向ける。左手は剣指の形をとっており、既に構えは半身だ。
(様になってるな……てきとうに相手をして負けるべきか……)
ショウゴはそう思いながら剣を構え、そして考える。ソフィアはどう見てもスピードタイプの剣士だ。お嬢様然とした細い体は仮に魔力での強化をしようとも、ショウゴが持つ膂力の前に敗れるだろうと。力とは基礎であり信頼できるものである。
「どうしたのですか? さぁ、かかってきなさい」
「お、おう」
ソフィアから仕掛けてくるとばかり思っていたショウゴは、少し拍子抜けしながらも数歩で距離を詰めソフィアへと切りかかる。大きく振りかぶった剣は全力でないにしろ、それなりのスピードとパワーを持ったもので
たとえ剣で受けたとしてもソフィアの体と細身の剣では、武器が折れるか手から弾き飛ばされるだろう。もちろんショウゴはそれを狙ったのであって、ソフィアに怪我をさせる気はまったくない。
「構えを見ても、その認識は変わりませんか」
「ん? うおぉ!」
ショウゴが振り下ろす先、そこに狙ったソフィアの武器はなく、さらにそのまま振り下ろせば、突き出たソフィアの剣尖によって剣を握る指が切り落とされることになる。自身の振り下ろす力で自らの指を失うことになるのだ。
「らぁ!」
全力でなかったことが幸いし、剣を止めることでショウゴは利き手を失わずに済む。そのまま反射的にバックステップで距離を取る。
「狙ってやったんだとしたら、相当なもんだな」
「相手を弱いとみて全力を出さないから後の先を取られるのです。次は全力を出しなさい」
ショウゴは考える。
(反応できないスピードってわけではなかった。見えていたはずだ。なのにさっきのあれだ。こいつは恐ろしく巧い剣士だ。だが、ならば勝てる!)
ショウゴには既にソフィアへの侮りはなかった。剣の扱いについて相手は自分よりも巧いと認めたのだ。ならば勝ちに行かなくてはならない。そう、ショウゴはソフィアが自分よりも強いとは思わない。剣の扱いが巧いだけでは勝てない。それを知っている。嫌というほど知っている。まずは体格差、そしてそれに伴うパワーである。これは圧倒的な有利であるということだ。たとえソフィアの方が剣の扱いに長けていたとしてもだ。そして、これは手合わせ。相手の急所を一突きできない条件であれば更にショウゴに勝利は傾くだろうと。
「ふむ。まだ余裕があるようですね」
そうソフィアが仕方がないと首を振ると
「おい! ソフィア! なにチマチマやってるんだ。もっと派手に行け!」
レイティスからブーイングが入る。
「はい! 母様!!」
そう返事をするとソフィアはドレスを靡かせショウゴへと飛び込む。そして薙ぐように剣を振る。あまり力が入っていない、牽制の意味合いの強い動きだ。相手が躱したとしても連撃に繋げる一手である。
(速いが、やはり付いていけないほどじゃない)
だからこそショウゴはその一手を剣で受けようとする。ソフィアの剣は細身であり、運が良ければ折れることもあるだろう。そうでなくとも剣を合わせるならば力でねじ伏せる。力を受け流そうとするならそれは守りだ。攻め入る好機となる。
そして剣を受けたショウゴはありえない衝撃に武器ごと利き手が弾かれ、結果武器を手放す。
その状況、予想外にショウゴは目を見開く。目の前には、あまりにも嬉しそうに口の両端を吊り上げたソフィアの姿だ。そこで剣を打ち払われたのだとショウゴは悟る。しかしその一瞬は致命的だ。振り払われたソフィアの剣先は既にショウゴの目と鼻の先へと迫る勢いだ。これは手合わせ。既に勝負は決まったと言っていいだろう。
だが
「な!」
ショウゴの経験が危機を叫ぶ。あの突きは避けられない。自身の命を脅かすと。
(来い!)
今度はソフィアが目を見開く番だ。ショウゴが何か自信の源となる隠し手を持っていると思って、ソフィアはあえて相手に本気と思わせる突きを放ったのだ。状況は予想通りではあるが、それでもショウゴの動きにソフィアは驚いた。剣を打ち払われ体勢を崩しているショウゴへのコンパクトな一突き。絶対に避けられないタイミングでの突きだった。しかしもう一息という刹那、ショウゴは手元に黄金の剣を握り。体勢を立て直しソフィアの背後まで裏回った。それはソフィアよりも圧倒的なスピードだ。
(それが切り札か。ファンタジーしてるね!)
ソフィアはそう心の中で歓声を上げる。と、ショウゴが裏回る動きを見せたと同時に突きの慣性を力尽くで制御し、くるりと手元で剣を回し逆手に握り直して背後へ剣尖を突き出す。
そして二人の動きはぴたりと止まる。
ショウゴはソフィアの後ろで信じられないものを見た表情で。
ソフィアは前を向いたままショウゴの首元に剣尖を突き付けた状態でだ。
ショウゴが半歩でも動けば剣が突き刺さる位置だ。
「私の勝ちですね。ショウゴ、剣先が落ちていますよ。裏回りは良いですが構えを解いての移動はダメですね。今の様にせっかくの背後が台無しになります」
ソフィアは剣を腕輪に戻すとショウゴへと振り向きそう言う。ソフィアは今世で初めての立ち合いに、ご機嫌であった。そこへレイティスが拍手をしながら寄ってくる。ショウゴはまだ固まったままだ。
「2人ともよかったぞ! ショウゴもその剣のおかげか? 最後のスピードは驚いたぞ。ソフィアは随分出来上がってきてるな、しかし全力で来いと言っておいて、お前は全力じゃないのな」
「実力差がありますので」
「致し方なしだな。おいショウゴどうした?」
ショウゴはいろいろと二人に聞きたかった。だけれど質問が浮かんでは消えていく。
「これで、私が姉ということがわかったでしょう」
「とりあえず、さっきの立ち合いについて聞きたいんだが……」
「教えてください姉さんと言えば教えてあげましょう」
興奮しているのかソフィアは上機嫌でそんなこと言う。
「あ、あぁ。教えてくれ姉さん」
それを聞いたソフィアは満面の笑みだ。
「兄弟とはいいものですね! いいでしょう教えてあげましょう」
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