稀代の切れ者、明智光秀。彼のふたつの誤りを見届けた老僧がいた。

日本史上最大のミステリーの1つ、本能寺の変。
そのとき光秀が何を狙ったのか、信長が何を思ったのか、
様々な説はあれど、決定打を裏付ける資料は未だ存在しない。
光秀の人物像もまた謎に包まれ、後世の趣味人を惹き付ける。

斯く言う私も、光秀の謎めいたところに惚れ込んだ人間だ。
本作の光秀像や信長像、2人の阿吽の呼吸、君臣関係の形は、
私が妄想を交えてイメージするそれらと近い部分があった。
というより、前半は、まさに私の理想の光秀がそこにいた。

冷静沈着で、観察眼と状況判断力に秀で、教養と知識が豊富、
冷徹冷酷な一面を持ちながらも、臣下や領民を篤く慈しむ。
第3話で、信長とグローバルな経済戦略を語り合うシーンは、
めちゃくちゃ私好みの思考展開で、カッコよくてヤバかった。

本作はダイジェスト形式でストーリーが進む短編である。
有名なエピソードを独自の解釈で再現していく点繋ぎで、
点と点の間は語られず、読者には想像の余地が残される。
読みやすいが、個人的にはもっとしつこく書いてほしかった。

なぜ光秀が信長に兵を向けることを思い付いてしまったのか。
あの切れ者が、なぜ、斯くも盛大に時勢を読み違えたのか。
読者はそれぞれの光秀像を持って、他者の描く本能寺を読む。
読者の光秀像を呑み込む位、筆者の光秀像をぶつけてほしい。

ラストに漂うむなしさが好きだ。
「実はあの人は生きていました」系のご都合主義は嫌いだから、
随風の突き放したまなざしが、私の光秀像にもちょうどいい。
烈しくて儚く、謎めいて潔い、興味深い本能寺の変を堪能できた。

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