表舞台に立つだけが、音楽に生きる道ではない

コンサートは、箱があって演奏家がいて客が入れば成立するか?
──答えは「否」である。

主人公、八重樫透は、国内屈指の楽団専属ステージマネージャー。
演奏者たちのその時々のベストコンディションを引き出すため、
会場の音の反響や照明、演奏者の立ち位置や譜面台の高さなど、
専門的で且つ多岐に渡る繊細な気配りを施すのが彼の仕事だ。

演奏メンバーが変わり会場が変われば、楽曲は違った顔を見せる。
透の仕事には、ルーティーンやテンプレートなど通用しない。
個性的な音楽家たちは円熟した技術と子供っぽい素顔を併せ持ち、
透は彼らと向き合う毎に、自分を見つめ直し、音楽と出会い直す。

気難しくも堅実で力のある指揮者、
弦楽奏者のおしどり夫婦、
変わり者の前衛音楽作曲家、
孤独に震える天才ピアニスト、
そして、ピアニストを志した透自身。

各章それぞれに違った視点から現代のクラシック音楽が描かれる。
密度が高く確かな筆致で表現される演奏シーンは圧巻の一言で、
クラシック音楽に疎い私にも、その迫力と熱量が伝わってくる。
「コンサートホールで生演奏を聴いてみたい」との衝動が起こる。

世間の注目を浴びて晴れやかな舞台に立つ演奏者とはまた違う、
舞台裏だからこその熱くひたむきな人間ドラマがここにある。
実際にコンサートに出向いても、彼の仕事は目に映らない。
小説ならではの音楽の描き方、仕事の描き方がここにある。



余談ながら。
無調音楽など現代のクラシック音楽を研究している友人がいて、
彼女の前職がある音楽ホール専属のマネージャーだったそうで、
有名音楽家による仰天の忘れ物エピソードを聞かせてもらった。
舞台用の靴(スニーカーの上に黒い靴下を被せてごまかした)、
チェンバロの脚(ぴったりの高さのテーブルを必死で探した)、
ドラムセットのシャカシャカ(アシタバの種の袋で代用した)、
面白い話はほかにもあったけれど、エンドレスなのでこのへんで。

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