余白、そして再開まで。
片平は、少しの間黙っていた。
三日目の話はそこで終わるのか、まだ続くのか、それすら分からない。
私は、改めて片平の顔を見た。風のない日の湖面だ。
「あなたの携帯電話の、通話記録を調べたわ」
注意深く、彼の表情を観察しながら言った。
「四日目、あなたは電話をしている。相手は都内に住む男性ね。年齢はあなたよりも十ばかり上の」
パソコンの画面にその資料を表示して、確認する。
携帯電話会社に提出させた通話記録は、ほとんどが着信だった。それもひと月に数件で、まして片平から電話をかけた記録はほとんどなかった。
「俺だって、電話くらいします」
片平は言う。意図的に、感情を隠しているような声音だった。
「もちろん、そうね。相手は、お友だち? 年齢が離れているけれど、職場の人というわけでもないようだし」
「その人は、この事件には関係がありません」
「この事件というのは、名取の死、という意味ね?」
「そうです」
「今は、あなたと、名取の話をしているんでしょう? 事件のことではなくて」
四日目。
三日目の対話が終わり、その翌日だ。
「あなたは、名取から逃げたかったのかしら?」
当てずっぽうだ。
けれども、もしかしたら、その言葉が彼を揺さぶったのかもしれない。
片平は、微かに口角を上げた。
「……逃げる? なぜ? それに、逃げたいのなら、電話をかける相手はあなた方でしょう?」
彼は、何に動揺したのだろう。
畳み掛けるような言葉、質問に質問で返す返答の仕方、皮肉めいた言い回し。平らにならした表情の裏に、何かを隠していた。
「あなたの携帯電話は、今、どこにあるの」
四日目の通話を境に、電源は切られていた。壊して捨てたのかもしれないと思ったが、そうする理由は思いつかなかった。彼は、警察から逃げていたわけではない。そんな証拠隠滅のようなことは、する必要がない。
「誰かに預けたの? 例えば、その電話の相手の彼、とか」
それを聞いて、片平はあからさまに顔をしかめた。
不愉快であることを私に伝えるために、無理矢理作ったような表情だった。何が気に障ったのか分からない。
私は、ため息をついた。
しばらくの間、彼も私も、一言も話さなかった。
隣に座っていた私の部下が、沈黙に耐えかねて、おずおずと立ち上がった。
「あの、よかったら、コーヒーでも」
買ってきましょうか、と言いかけてーーそれを制したのは、片平だった。
小さく首を横に振り、座るようにと、わずかな手の動きで示す。
「質問に、答えましょうか」
彼は私の方に向き直り、言った。
「質問? 電話のこと?」
先ほど垣間見えたわずかな動揺は、もう見てとることができなかった。
「名取という男は、俺の前で死のうとしていた。彼は、俺とよく似た人間でした。だから怖くなった。それでいいですか」
「怖くなった……?」
「俺は、そう易く、死を望むわけにはいかないんです」
それは私に言っているというよりは、自分自身に確認しているようだった。
「それを、確認したかった」
それから、微かに笑ったような気がした。
「その相手のことは、話してもらえないのね?」
彼は、目を逸らした。
「……もう少しだけ、三日目の話を続けてもいいですか」
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