カバさん、はしる!

津軽あまに

カバさん、はしる!

 カバさんは、さばんなちほーのお母さんです。

 ちょっと厳しいけど、いつもみんなを心配して、困ったときにはそっと助けてくれます。

 敏感肌ですぐお肌がかさかさになるから水場を離れられないので、相談事があるとみんなが水を飲むついでに、カバさんとお話をします。

 さばんなちほーはカバさんを中心に回っていて、カバさんはいつもゆったり、みんなを待っているのです。

 ……そのカバさんが、今日は、水場から飛び出して、走っていました。

「カバさん、カバさん、どうしたのです?」

 走るカバさんに、通りすがりのサバンナシマウマさんが聞きました。

 サバンナシマウマさんはフレンズになったばかりのころ、カバさんに、この体での上手な走り方を教わったことがありました。

「ちょっと日の出港まで」

 カバさんは走りながら言いました。ここから日の出港まではずいぶん遠いです。

 カバさんは足は速いですが、長く走るのは得意ではありません。それなのにこんなスピードで走るなんて、よほどの大事なのでしょう。

 マイペースなサバンナシマウマさんでも、なにやら大変なことが起きているのだと思いました。

「なにかお手伝いできます?」

「ありがとう、サバンナシマウマ。それじゃあ一緒にきてくださいな」

 カバさんは、サバンナシマウマさんと一緒に走りました。

 さばんなちほーのゲートをくぐろうというときに、カバさんたちに声をかけるフレンズがいました。

「カバ! カバ! どうしたの!?」

 運動大好き元気いっぱいフレンズのインパラさんです。

 インパラさんは、元気がありあまってすり傷だらけになったところを、カバさんに手当てしてもらったことがありました。カバさんの手から出る赤いえきたいは、傷に悪いものが入らないようにしてくれるのです。

「ちょっと日の出港まで」

 カバさんは走りながら言いました。水場から出てずいぶんと経っています。

 乾いたお肌を守るように、カバさんは赤いえきたいをほっぺたに塗っていました。カバさんの遠征もーど。よっぽど大変なことが起きているのだと、インパラさんにもわかりました。

「日の出港って、今おっきなセルリアンが暴れてるよね! 大丈夫? 助っ人いる?」

「ありがとう、インパラ。それじゃあ一緒にきてくださいな」

 カバさんは、サバンナシマウマさんと、インパラさんと一緒に走りました。

 カバさんは、長く走るのは苦手です。息は切れて、足元は少しふらふらしています。

 カバさんは、肌が乾くのに弱いです。特製の赤い液体で守っていても、ほっぺたはひりひりして、いまにもひびわれてしまいそうです。

 それでも、カバさんは走りました。

「カバじゃないか。なんでこんなところまで」

 日の出港にさしかかろうというところで、カバさんの前に、一匹のフレンズが現れました。バーバリライオンさん。さばんなちほーでも、最強くらすのフレンズです。

「あなたと同じ理由だと思いますわ」

 カバさんは言いました。その視線の先には、薄暗がりの中で地響きを立てて進む、巨大な四本足のもの……セルリアンの姿がありました。

 セルリアン。フレンズを食べるもの。ジャパリパークの中の、数少ないあぶないもの。

「私はセルリアンハンターとしてアレを止めに来ただけだが。カバはハンターではないだろう?」

 バーバリライオンさんが聞きました。

「かばんちゃん……っていう子を、助けにきたの」

 カバさんの言葉に、バーバリライオンさんは、首をかしげました。

「「他人の力に頼ってはだめ」「自分を守るのは自分自身」が、カバの言うさばんなの掟ではなかったか?」

「ええ。でも、あの子は、サーバルを助けたの。ボスが教えてくれたわ。それだけじゃない。道中で、色んなフレンドに、手を差し伸べてあげたって。あの子を手助けするために、ここに来てくれって」

 カバさんは、荒くなった息を整えながら答えました。

「足も速くない。空も飛べない。泳げるわけでもない。あの子は、わたしにそう言ったの。サーバルに守られるばっかりだと思っていたの。でも……あの子が、自分を助けるための手で誰かを助けていたなら、誰かがあの子を助けてあげないと」

 カバさんの言葉に、バーバリライオンさんは、にっこりと笑いました。

「ならば、私はおまえを助けよう」

「へ?」

「自分を助けるための手で誰かを助けるようなフレンズは、誰かに助けられるべきなんだろう? なら、そのかばんちゃんとやらだけじゃない。カバこそ、助けられるべきだろう」

 バーバリライオンさんはそう言うと、カバさんを軽々と背負いました。さばんなちほーでも最重量級の、カバさんをです。

「はいはーい、カバ! 水くんできたよ!」

「うるおい補給です」

 バーバリライオンさんと話している間にくんできたのでしょう。インパラさんとサバンナシマウマさんが、カバさんに水をぬりたくりました。

「みんな……」

「奴に近づいたら、カバのパワーは戦力の要だ。ヒグマたちも苦戦してるようだしな。今は体力を温存しておけ」

 山のような大きさのセルリアンに近づきながら、バーバリライオンさんはそれでも不敵に笑いました。

 ハンターではないインパラさんも、サバンナシマウマさんも、今日ばかりは目の前の、黒くて大きくて不気味な姿のセルリアンを前に、足がすくんだりはしませんでした。

 理由は簡単です。カバさん、インパラさん、サバンナシマウマさん、バーバリライオンさんだけではありません。いつの間にか、カバさんたちの周りには、巨大なセルリアン目がけて向かっていく、たくさんのフレンズたちがいたからです。

 ボスの呼びかけに応えて、かばんちゃんを助けるために、ジャパリパーク中から集まったフレンズたちでした。カバさんたちのように。カバさんたちだけではなかったのです。

「そのかばんちゃんとやらは、ずいぶんとお節介だったらしいな。一匹を助けるために、これだけのフレンズが集まるのだから」

「お節介さん。カバさんとよく似ていますねー」

「カバさん! かばんちゃん! 名前も似てるしね!」

 大きなバーバリライオンさんの背中に揺られながら、カバさんは、気づきました。

 カバさんはみんなが立派に自立できるようにと、さばんなの掟を伝えてきたけれど。それでも、つらいときには、周りに頼ることもたいせつなのだと。

 助けて。助けられて。そんなやさしい掟も、ジャパリパークにはあるのだと。

「……次会ったら、あの子に伝えてあげないとね」

 カバさんは呟くと、こぶしを握りしめました。

 数日前、厳し過ぎる言葉を向けてしまったかばんちゃんを、助けるために。


 かばんちゃんは、ジャパリパークのしんざんものでした。こわがりで、走るのも泳ぐのも木登りも、特別得意なわけではなかったけど、みんなが困ったときには、そっと助けてきたのでしょう。

 そして今、少なくてもこの瞬間だけは、ジャパリパークはきっと、かばんちゃんを中心に回っていたのでした。


「――さあ、とっとと野性解放するのです」

「我々の、群れとしての強さを見せるのです」


 コノハ博士の号令に合わせ、カバさんたちは瞳を光らせ、大きなセルリアンに向かっていきました。

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