第十三話
持っていた辞書などを一度先生の机に置き、最初の十五分で部屋を掃除する。
この部屋を穢すわけにはいかない。他のどの部屋が荒廃してしまったとしても、そんなことは考えられないが、この部屋の環境だけは保たなければならない。決して清潔にし過ぎず、といって汚れを拭き残すことなく、部屋を清掃する。それは、儀式を始める前の清めの行為を思わせた。書斎が整っていくのと同時に、私の気持ちも高揚していく。
清掃が済み、私はおそるおそる先生がいつも腰掛けている革張りの椅子に座る。
柔らかさよりも、じっとりとした湿気が私の背中を覆う。
先生の体温であり、先生の汗の欠片。
私は服越しにその体温を感じながら、引き出しを開けて、例の手帳を取り出した。
最初の一ページを開き、そこに置く。
その隣に純白のノートを開き、鉛筆を数本並べる。
目の前に並ぶ異国の言葉には、何が書いてあるのか。
私はどこに行くのか。
私は、何になるのか。
まだ見ぬ私に想いを馳せながら、汗ばんだ手で辞書を手繰り始める。
≪了≫
犬を葬るとき 神楽坂 @izumi_kagurazaka
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