コンサート
第50話
コンクール会場の市民文化会館は、たくさんの人でにぎわっていた。あと1時間で僕の出番だ。
「孝くん、がんばってね」
「あの時の調子で引けば、オレ優勝間違いないと思うな」
カッコと英ちゃんはわざわざ僕の演奏を聴きに来てくれたんだ。
ほんの一週間前まで、あの土管の向こうの街で過ごしていたなんて、ウソみたいだった。僕らの団地はしっかりと存在していたし、ショッピングモールリリィも崩れていなかった。調整池も相変わらずそのままだった。
変わったことといえば、僕らはお互いにかけがえのない友達になっていたということだ。
土管の向こうの街のことは僕らだけの秘密にすることにした。まあ、話したとしてもどうせ誰も信じてくれないだろうし。
サオリと、終わらない夏休みは、僕ら3人の心の中にだけに残った。
でも、もしかして僕らが大きくなったとき、あれを本当のこととして覚えているのかな。ひょっとしたら、それこそ夢だと思い込んで、ついには忘れてしまうかもしれない。それが、大人になるということなんだろうか。
僕はぼんやりとそんなことを考えながら、順番を舞台袖で待っていた。
「9番、山内孝之君。演奏曲は『月光・第1楽章』です」
アナウンスに導かれて僕は大ホールのステージへと進んだ。
ステージの真ん中にはグランドピアノが一台置かれているだけだ。僕はかなり緊張していた。たくさんの人が僕だけを見ている。ホールに向かってお辞儀をする。顔を上げ、初めて客席の方を見たとき、僕は息が止まりそうになった。観客席の真ん中には、黒髪で白いワンピース姿の女の子が微笑んで座っていた。
そして次にまばたきをした瞬間、もうそこには誰もいなかった。でも、僕にはそれで十分だった。誰のために弾くのかは、はっきりしている。
深呼吸して、椅子に座り、目を閉じた。
僕は、静かに『月光』の最初の音を奏でた。
土管の向こうの街 なるかみ音海 @otominarukami
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